卒業アルバムのアイツが、頭から離れない‼

 触れるだけのキスなのに甘くはなく、引き留めるように無理やりなキス。
 
 ピりつく空気に屈せずに話す。

「振っていいって言ったじゃん」
「……本当に別れたいの?」

――別れたくない。けど……
 恋ってなんだろう。好きだけじゃ成立しない。喧嘩をすることでもない。
 恋人に何かしてほしいことがある?
 好きという感情だけで動いていた俺だけでは、正解には辿り着けない。

「2人でちゃんと話をしたい」
「別れるために?」

 叶南は別れることを恐れている。それは、幼稚園で一度俺と会えなくなったからというのが大きいだろう。

「別れないよ。本気にするな」
「怜也の言葉は全部本気にするよ?」

――それはこっちの台詞だ。
 自分のことを棚に上げて俺が責め立てられるみたいで苦しい。

「俺だって……俺だってそうだったんだよ‼」
「怜也?」
「嘘つかれて、もう信じたくなくなって、それでも叶南のこと好きだから。信じたいと思って……なのに、まだ隠し事はあって」
「それは、こっちも同じだ‼ 俺の事が好きなのに、好きな人がいるから付き合えないって言われたときのこっちの気持ち怜也にわかんのかよ‼」

 徐々にヒートアップしていく空気に周りの学生も気づき始めていた。

『カシャッ』

 スマホのシャッター音を耳にする。
 反射で音のする方に目をやる。幸い、こちらではなくただ学生同士で写真を撮り合っているだけだ。
 しかし安堵は一瞬で、焦りに変わる。
――まずい。
 叶南の口から聞いたわけではないけど、幼稚園での話を聞いて俺以上に写真は苦手なはずだ。

「叶南……!」
「大丈夫。大丈夫だよ」
「そっか」

 ホッと胸を撫で下ろした目線の先で叶南の手を捉える。
――震えている。
 大丈夫なはずがない。
 また嘘をつかれた。だけど、この嘘は、俺に心配をかけたくないか強くありたいのか。どちらもか。

「叶南、聞いてほしい」
「な、に?」

 また俺が別れると言うと思っているのだろう。顔を引きつる叶南の手を握る。

「俺には嘘つかないで。他の誰かにどんなに嘘をつこうがどうでもいい」
「どうでもいいって……」

 深く息を吐く。

「当たり前だろ? 叶南が俺のこと好きでいて、不安にさせなければなんでもいいから」
「なんのために?」
「さあな。俺にもまだわからないけど、そう思ったから言ってみた」

 叶南に言われても今考える余裕はなかった。手当たり次第に浮かぶ言葉を口にする。

「……叶南が今の俺を好きでいる理由が見当たらないからかもな」
「俺の家来て」
「え?」

 家という個人的な空間に足を踏み入れても良いという許可に、拍子抜けする。
——また、声を荒げて怒ると思っていたから。

「ここじゃ落ち着いて話もできない」

 それは確かにそうだと、小さく頷く。

「見せたいものもあるから」
「ものって何? ちゃんと言って」

 遠回しに言うのは癖づいたものだろう。
 特に嫌な顔はせずに素直に答えてくれた。

「卒アルだよ」
「いつの?」
「全部」
「幼稚園から?」

 コクリと頷かれる。
 それで貫太のことがわかるというのか? と、不審な顔をして見せるとすぐに察して叶南が落ち着いた声で言う。

「もちろん。貫太のこともちゃんと話すから」
「わかった」
「そんな畏まって言うことではないと思うけどね」
「それは俺が決める」

 歩いて行ける距離にあるらしい叶南の家に向かう。
 閑静な住宅地を叶南に引っ張られて歩く俺は常に一歩後ろにいた。すると、頬に雫が一粒、二粒落ちてくる。

「あ、雨だ」

 ぽつりと呟くと、叶南は自分が着ていたパーカーを脱ぎ俺の頭にかぶせた。俺はそれを剥ぐ。

「すぐ着くんでしょ? いらないよ」
「俺のせいで風邪引かれたくないから暑くてもかぶっとけ」

 乱暴な言葉遣いの中に焦りが見え透く。しかし俺は別のことに関して焦りを感じていた。
――だって、叶南の匂いでおかしくなりそうなんだ。
 小雨で済んだことと家が近かったことがあり俺も叶南もあまり濡れずに済んだ。いや、俺は叶南のパーカーのおかげというべきだろう。
 「お邪魔します」と、家に入る。一目で父親とわかるほど美人で顔立ちがそっくりな男性が玄関から廊下につながるドアから顔を出す。

「おかえり。雨大丈夫……お、友達いたのか」
「あっ! えっと、はじめまして。林崎怜也です。すみません、突然お邪魔して」

 名乗る俺の横で叶南は「そういうこと」と、俺には通じないことを言い残し2階へと繋がっているであろう階段を先に行く。
 叶南の父親は瞳孔を開かせ驚いたあと、安心した顔で、「そうか」と小さく呟く。

「ゆっくりしていってくれ。怜也くん」

 俺は突然下の名前で呼ばれたことにびっくりする間もなく、叶南に「こっち」と、呼ばれ一礼を残して叶南に続いた。

 部屋の中には一面本棚になっていて、文庫本がびっしりと詰まっていた。本だけではなく絵本や辞書など活字の多い読み物。
――本好きなのは嘘ではないのか。
 嘘か真かを精査することが本当にくだらない。

「これが幼稚園のアルバム」

 10年以上もの月日が経ったアルバムだが、非常に状態が良い。
 中身は、親が自由に写真を組み合わせられるようで、当然のことながら叶南が映っている写真ばかりだ。そして写真の大半に俺も映っていた。
 遠足の動物園の写真では、小動物と触れ合えるコーナーがあったのかウサギを俺の方へ突き出す叶南とそれに対して大泣きをする俺の瞬間がしっかりと撮られていた。

「何やってんだ、叶南」
「好きな子に意地悪したくなっちゃったんだよー」

 頬を擦り寄せてくる叶南に押され身体が傾く。

「自覚してなかったクセに」

 好きと思うどころか、一緒にいて覚えてない俺の方が文句を垂れる。

「覚えてなかったクセに」

 軽くデコピンして言い返された。
 そして、俺の隣を数センチ離れると側に置いてあった複数のアルバムのうちの一冊を手渡される。

「はい。中学のやつ」

 一段と分厚くなったアルバムから叶南を探すのは骨が折れる。ペラペラと検討もなく捲っていると、卒園アルバムを本棚に戻して隣に腰を下ろした叶南に「3組だよ」と言われ、即座にそのページを開いた。
 好きな人の名前は意識せずとも視線が誘導されるみたいに、見つけられる。ページを開いた途端真っ先に目に入った叶南の隣には、貫太の写真が貼られていた。
 そうだ。みんな貫太って呼ぶから忘れてた。日野という苗字が貫太である。
 俺はわかりきっている真相を確認するために言葉を発する。

「これって……」
「本当は先に見せるべき、だったよね。思ってる通りだよ。貫太と俺は中学が同じ
。俺は中間一貫校だったからそのまま高校もそこに進学したんだけど、貫太はうちの学校でも珍しく高校は別のところ行ったんだよね。あとは知ってるでしょ?」

 頷き反応を示した。
 そして、もう一冊差し出してくる。

「あ、こっちが小学校ね」

 わざわざ小学校のアルバムまで出され、「それは俺も同じの持っているからいらない」と言い放つ。
 いらないと目線を逸らせば、特定のページを開いて押し付けてくる。そのアルバムに渋々目を通す。
——何をそんなに……!
 開かれたページに写真はなく、白紙になっている。俺が一所懸命クラスメイトの寄せ書きで埋めたページだ。俺とは対照的に、叶南のページは真っ白だ。

「このページになんかあるのか?」

 叶南は無言で次のページを捲った。
 見開きのページは白紙になっていたであろう場所だと推測できる。推測になってしまうのは、堂々と2ページを使って文字が書かれていたからだ。

『ガンバレよ‼︎‼︎』

 文字は曲がり、ペンのインクを全て出しているのかというほど濃く太い文字。何度も上から書いたような……
——これ。どこかで見覚えが……

「怜也が書いてくれたんだよ」
「お、れ?」

 殴り書きをした言葉は、俺にとって軽い気持ちでも叶南にとってはそうではなかったらしい。

「うん。怜也は俺のこと媛守叶南だと認識していないし、もう諦めようとしていた。……諦めたかった。だから、中学は別の学校に受験したんだ。それなのに最後の最後にこんなの書かれたら諦め切れなくなったじゃないか……」
「叶南……」
「久しぶりに再開したら、かわいいし、恋愛の練習とか漫画みたいなこと言ったら提案に乗ってしまうくらいチョロいし」
「チョロいって……俺にも考えがあって付き合ったんだからな! 好きな人に言われたらそりゃチョロくもなるよ」

 開き直ってふてくされた流れで、不満をこぼす。

「教室出るとき、どうして安心なんかしてたんだ?」
「それは……教室で別れてって言われるかと思って怖かったんだ。でも言われなくて安心した。結局すぐに言われたけどね……」

 わかりやすく凹む叶南の伏目になった睫毛に触れたくなるのを抑える。
——俺はコイツの顔に弱すぎる……。

「俺、は……叶南が俺の事ほんとに好きか確かめたかったん、だ」
「好きって……こんなに怜也の隣にいるのに思ってたの?」

 当然である。そうじゃなきゃ貫太に嫉妬しただけでは止まらず、試す真似をしてしまったから。貫太に嫉妬してることも理解されていないということは、逆に俺が叶南のことが大好きなこと伝わってないのか?

「俺は貫太に嫉妬するほど叶南のことが好きだ」

 違う。これでは伝わらない。

「最初はかわいいからだった。女の子に告白されても叶南よりもかわいいいと思えなかったから、かわいい対象としか見てなかったんだと思う」
「待って……告白されてたの⁇」
「せっかく話してるのに話の腰を折るなよ」
「どこの誰? 俺のかわいい怜也に告白したの」
「別に付き合ってないんだからいいだろ?」
「よくない。全っ然、よくない」

 「貫太に何も言われていない」と言う叶南。どういうことだ? と、すぐに湧き出る疑問を問う。

「何も言われてないってなんだ?」

 口を滑らせたという顔をされた。

「……今度こそ嫌われてしまうかもしれない」
「叶南はいつも嫌われる心配をしてるな」
「当たり前だよっ……‼」

 泣きそうな顔をしながら訴える。それは俺を困らせた。
 だって、嫌われないように取り繕っている姿も乱暴な言葉遣いの叶南も愛おしいと思っているんだ。
——嫌うとか今更できない。
 俺は心の中で思っているだけではなく、素直に伝えることにした。

「もう素の叶南を知っているし、どんな叶南も好きだから嫌うとか……」
「どんなに重くても?」
「受け止められる自信しかないからどうぞ」
「全部貫太から聞き出していたから。高校のとき偶然、道で会った貫太から怜也って名前が出たとき嘘かと思った。それから怜也のことだけずっと聞いていたんだ。……受験する大学も」

 貫太には多大な迷惑をかけていると、改めて自覚する。

「……一旦、貫太に電話してきていい?」
「ここでいいよ」

 貫太への通話はすぐにつながった。叶南がスピーカーモードにして聞きたいと言い、俺は特にやましいことはなくただ感謝と謝罪を伝えたいだけだったため了承した。

《もしもし?》
「今大丈夫?」
《うん。どした? 別れた?》
「なっ……!」

 言葉を失う俺の代わりに叶南が横入りして言う。

「別れるわけねーだろ‼ 俺が怜也のこと手放すと思ってんのか⁉」

 貫太は面倒臭いと言わんばかりにテンションを下げて言う。

《いんのかよ……》
「いちゃ悪い?」
「ちょっと叶南!」

 瞬間的に着火する2人の会話にハラハラし、止めに入る。俺が叶南だけを止めたことで、叶南がさらに不機嫌になった気がした。俺から貫太に通話かけて時間を取ってもらっている身としては、貫太を止めることはできない。

《お前がいると怜也が素直に話してくれないから》
「は……?」

 スマホに向かって顔を寄せて怒りを露わにする叶南を知るのは俺しかいない。いや、貫太も察しはついているだろう。誰だって、恋人が自分よりも素直になれる人がいると知って黙っていられるのは耐え難い。

《知らねーの? 初デートのあと俺に通話かけてきて『揶揄われてるだけだ』って言わせてるってこと》

 その言葉を聞いた途端、気が動転した叶南は後退りしベッドの淵に背を打ちつける。

「お、れ……」

 打ちつけた背を丸め頭を床に付けると謝罪の言葉を口にしたのは叶南だ。

「本当にごめんなさ、い……」

 今までついていた嘘が俺を傷つけていた事実を知った叶南は床に向かってか細い声を出した。
 きっとここは怒る場面。しかし俺は怒ることができなかった。
 叶南に怒って、万が一別れるなんて言われたら? 俺は耐えられないだろう。

「か、叶南、頭上げてくれ!」
《それくらいじゃ足りないだろ。甘やかすなよ》

——やめろ、貫太。俺、叶南に……嫌われたくないんだ。

「ごめん、本当に俺は……俺のことしか考えられていない最低な奴だ」

 自分を追い詰める叶南に、胸が痛くなる。
——俺が陰で言わなかったら、こんなことにはならなかったのに。
 否定しようとしたが、一歩遅かった。

《あぁ、ほんとにな……》
「……貫太!」

 一層落ち込み、顔を上げない叶南を気に掛けられるのは俺しかいない。
——多分、”普通”じゃないから。

《なんだ?》
「俺、叶南のこと好きなんだよ」
《知ってるよ》

 間髪入れずに返事され、俺は一呼吸し言葉を発する。

「叶南に何されても許すくらい好きなんだ。これがどんな歪な恋愛でも俺もう変われないと思う」

 自分で歪と言葉にしたくはなかった。これが俺の恋愛だから。でも、貫太が通話をかけた時の第一声が『別れた?』と聞かれたとき思ったんだ。
——あぁ、本当は別れる展開なのだろう。
 確かに俺は別れるという発言はした。しかし本気で別れようとは微塵も思ってはいなかったのだ。
 俺は嘘をついて叶南にも嘘をつかれていて、誰がどの角度で俺らを見ても付き合っているのが不思議に思われるのも無理はない、
 でも俺はこの”媛守叶南が好き”という感情を無碍にはできないし、叶南の俺が好きという感情に浸っていたい。
 間を置いて貫太は答える。

《俺も首突っ込みすぎた》
「ううん。ありがとう。貫太がいなきゃここまで前向きに考えられなかったから。感謝してる」
《……そ。俺は感謝されたくてやったわけではないよ》
「首突っ込みすぎたなんて言うけど、巻き込んだのは俺だから。ごめん。ありがと……」
《別にー? 謝って欲しいわけでもない。もし嫌だったらとっくに、距離置いているから。俺はただ友達に後悔ないようにしてほしいだけ》
「ありがとう……」
「あ! 怜也のこと泣かせてる‼︎」
《はっ。さっきまでメソメソしてたのに元気になりやがって。めんどくさいな、お前の彼氏》
「あははは!」

 俺が声を上げて笑うと、「何が面白いんだよ」と呆れられたので思ったことをそのまま口に出してみた。

「仲良い友達だなって」
「何それやめて。悪寒がする」
《同感。コイツと仲良いとかあり得ない》

 息ぴったりに否定される。すると貫太は話を戻して、話し出した。

《友達に後悔してほしくないのはもちろんなんだけど、第三者目線で見る恋愛ておもしろいんよ》
「おもしろいって……」
《でもさ、確かに周りから見れば不安定な恋してるなーって思うけど、ここまで一途になれる人見つけてるの少し羨ましく思えたよ。ま、おもしろかったことには変わりないけど!》
「俺たちは見せモノじゃねぇ」

 貫太は親身に相談に乗ってくれていたし、おもしろいと言っているのも多分半分ふざけているだけだ。今のだって、俺が歪な恋愛だと表現を気にしてのことだと瞬時に理解できた。
 仮に本気だったとしても、救われたことが多く本気では怒れない。むしろ感謝することしかないくらいだ。

「貫太、話聞いててくれてありがとう」
《あ、改まって何言ってるんだよ……》
「別に、ありがとうって言いたいから通話かけたんだし。言わせてよ」
《……今俺が言ったこと、ムカつかないのかよ》
「怒ってほしいの?」

 微笑がわかるように声のトーンを落として言った。

《もーいいや。ごめん、嫉妬したわ。でも幸せそうでよかった。ちゃんと本音だよ》
「ほんとは少し面白いと思ってたでしょ。でも、ありがと」

 多分、お礼を言われるのがこそばゆいと感じるのだろう。言われるのを回避したかったと思う。面白がってたという発言に、罪悪感とか感じて謝るくらいに貫太は真面目だから。

《いや礼は……》
「ありがとうは伝えられるときに言わなきゃっていうのが俺のポリシーだから受け取ってよ?」
《感謝の押し付けかよ》
「うん!」

 満面の笑みで答えると、俺の表情は見えていない貫太に「もらうから俺にまで愛想を撒き散らすな」と言われ「どういうこと?」と返すと横で怖いくらい静かにしていた叶南は正座に座り直すと俺を引き寄せ、ぎゅうと抱きしめる。

「俺にそんなかわいい笑顔向けてくれたことないのに。貫太ムカつく」

 膨れた頬には不満と嫉妬が詰まっているのがよくわかる。
——かわいい……。
 胸がキュウと鳴る。可愛さのあまり通話しているということを一瞬にして忘れかけ、叶南に構おうと頭を撫でるために手を伸ばそうとしてしまう。しかし貫太の声に通話へ戻される。

《俺かよ‼︎  巻き込むな!》
「俺たちを面白がった代償だ」

 叶南がまた貫太を煽るようなことを言うと、めんどくさそうに貫太が返す。

《怠すぎるだろ……怜也、またな》
「うん、本当にありがとう」

 「わかったよ」と、言い残し通話を切られる。
 通話が切れてもハグした腕を取ろうとしない叶南の頭を撫でる。さらさらとした細い髪の毛が繊細に指を通り抜けた。

「ん。何?」
「かわいいなって思って」
「今でも?」
「俺は今の叶南だから好きなんだよ」

 ハグする腕を強められると、叶南が顔を上げる。

「ちょっと、でかけようか」

 玄関先で靴に履き替えながら横目に車のキーを握る。

「叶南て、車好きなの?」
「運転は好きだね。車自体には特に。車種とかこだわりない」

 何気ない会話。俺たちはこの数ヶ月。いや、十数年間すれ違い続け、想う気持ちのあまりお互い踏み出せてこなかった。その中で知り得ることができたはずのピースの欠片を山ほど落として来てしまっただろう。
 浜辺に着いた車を降りる。海水浴場は開いていないが、それでも火の沈みかけた砂浜には人が疎に歩いている。俺たちは海をただ茫然と眺めていた。波の音が心地良い。

「俺はっ……」

 叶南が言いかけては言葉を止め、俺を引き寄せた。

「俺は……会う勇気がなかった。嫌われたらもう絶対に話せないと思ったら慎重になるしかなかった。会ってしまったら遠くから見てるだけなのは無理だとわかっていたから。俺は何度も怜也に救われてきた。その救いが俺じゃない誰かに向けられるのは耐えられない。どんな手を使っても、ずっと隣にいてほしいし、怜也のすべてを俺の独占欲で満たしたいんだ。好きだよ、怜也」

 好きだと確認できるたびに、俺の好きも満ちていく。

「うん。俺も好きだよ。大好き」

 屈託のない笑顔をして見せる。

「……埋まんないな」
「何、が……!」

 ふわりと抱き上げられる。足は宙に浮き、叶南の膝と俺の膝がぶつかる。叶南よりも背の高くなった気分になったのも束の間。

「叶南⁉︎」

 驚く俺を軽々しく、臀部を抱え直す。さらに高く抱き抱えられた。そして、叶南は海の遠くの方へ向いて大きく息を吸った。


「聞け! 世界‼︎」
「は⁉︎⁉︎」
「林崎怜也は世界でたったひとりの俺が愛する人です‼︎‼︎」

 胸の奥がとろける。
 言ってやったと言わんばかりに意地悪に笑うと、真剣な眼差しをする。
——あ。キスされる。
 と、思った反射で目を瞑ると、キスされたのは頬だった。口にされると勘違いしたとわかり目を開ける。叶南は唇以外に次々と口付けする。首筋、耳、そして目の横。

「な、なにっ?」
「全部好き」

 叶南は支えていない方の手で俺の左手の甲にキスを落とす。

「どんな困難があろうとも、生涯をかけて愛し抜きます」

——こんなのプロポーズじゃないか……。
 身体中が暑くなり、汗ばむ。
 叶南の顔を手で包んで、親指で口元に触れる。
——言葉だけじゃなくて、もっと愛して。
 欲がジワリと湧き上がる。我慢の限界に達した俺は口をつぐんだ。

「ここはいいの?」
「まさか。もっと深いとこまで怜也の全部愛したい。むしろ足りないくらいだよ」

 甘いキスをする。触れたところも触れられていないところも関係なく、幸せと身体がひしめいた。

 恋愛に答えはないかもしれない。だから形を成さず掴めないと言われているののだろう。でも、俺は好きになったからしたいものでも、支えてもらいたいからでも、支えたいからでもない。
 パズルの最後のピースが歪みながらも必死に形を成そうとしていく。
 パチリと型にハマった音を鳴らした。
 そうか。

 俺にとって恋愛の形は、”好きになったままでいたい”からするのだ——