***
「……俺らの通っていた幼稚園は、小さかったけど先生も十分にいて居心地がよかったって幼いながらに思える場所だったんだ。それにしっかり遊べる園庭もあったしね。でもいくら先生たちが頑張ろうが園の施設がすごかろうが、わんぱくすぎる子供っているだろ?」
確か幼稚園は大きいとは言えなかったが、イベントごとは多く、通うのが楽しいと思うくらいには充実していたと思う。とはいえ、幼稚園という遠い話をあまり覚えていないのも事実。だから、叶南の口から発せられようとする幼稚園の出来事に内心ドキドキしていた。
でもまさか俺の乏しい記憶力を考慮してか、幼稚園というものについて話されるとは思ってはいなかった。それでもオブラートに言葉を包む叶南に頷き同意をする。俺が同意したことを確認すると話を続けた。
「俺はそのわんぱくな子供の中でもガキ大将だった」
「叶南が?!」
「驚くと思ったよ……続けるね」
続けると言った叶南がまた軽く深呼吸をする。緊張なのか震えて細い声の中に芯のある声で放たれた言葉に俺は耳を疑う。
「怜也と俺は誰もが認めるくらいに仲良しだった。……怜也はずっと、俺の後をついて回っていて親も先生たちもほほえましかったらしい」
知らない。知らないはずなのに、記憶にある気がする。
――顔が思い出せてなかっただけで、もしかしてあの時の子が……? いや、でもあれは近所の公園だったはず……。
「まるで生まれた時から一緒みたいな幼馴染だって言われてたんだ」
「俺と叶南が……?」
「幼馴染の定義は曖昧だけど、それほどに仲が良かったんだろうね。毎日一緒に幼稚園の園庭で遊んでた。それが俺にとっての日常で、のびのび過ごせていた時間だったんだ。あの日までは……」
握る手にじんわりと汗を感じる。これは、叶南のものだろう。
周りから幼馴染だと勘違いされるくらい仲が良く遊んでいたのに、大切な叶南のことを覚えていない自身に呆れる。声はもちろんだが、顔も思い出という思い出も覚えていない。
必死に頭の中を整理しながら叶南の話に真剣に聞く。
「ガキ大将とはいえ、正直顔立ちは綺麗な方だったと思う。あるとき外で遊んでるとフェンスの奥からシャッター音が聞こえたんだ。……初めてシャッター音を耳にしたときは俺とは限らなかったし、なんとも思わなかったんだ。だけど、どんどん頻度が多くなっていって、終いには……園庭に出ることも幼稚園に行くことも、怖く、なった。だけど、誰にも何も言えなかった」
「なんで……」
「だって、俺はみんなが……怜也が憧れるガキ大将だったから。強い自分でありたかった」
言葉を詰まらせながら言う叶南が苦しそうで、幼い子には怖いで片付けて良いことではないくらいの恐怖だったはずだと感じ取る。
「そして、何よりも……幼稚園に行けば怜也がいたから。今思えばガキながらに会いたいという感情を一丁前に覚えていたらしい」
それは好きだからなのか、友達としてなのか、叶南は明言をしなかった。というより、できなかったのかもしれない。
そして大切な思い出を並べるみたいに話す。
「俺たちだけの秘密基地とか言って園庭の端に砂を重ねて家を模倣して作ってたんだ。そんな立派なものじゃない。今だったら足で踏めるくらい小さな砂の山だ」
「ガキだな……」
「だよね」
叶南は肩をすくめ困り笑いをする。
「でも俺たちだけの秘密みたいでお気に入りだった。もちろん先生たちにはバレていたけどね」
「だろうな」
俺は苦笑いで相槌を打った。 園児の安全を考えれば、知らないはずがない。
「結局、怜也といれば怖くなくて、いつもみたいに遊べると思ったときだった」
嫌な予感がする。
「シャッター音が聞こえたんだ」
――やっぱり……。
想像するだけでゾッとした。
「さすがに怜也も気が付いて、俺たちは怖いながらも音のする方へ向かった。というか俺は足がすくむくらいめちゃくちゃ怖かったっていう記憶あるけど、なぜか怜也が向かおうとしたんだよ」
「俺かよ……」
「そう」と、小さくうなずかれ自分の行動が危険に晒したんじゃないかと、今なら理解できる。しかしガキの俺もガキ大将として振舞っていた叶南も止めなかっただろう。
そして、その予想は真実となった。
「ガキ大将とし、怖がる姿を見せたくなかったのかな。俺が怜也の前を行った」
「だろう、な。それでそこに誰かいたのか?」
「うん。姿はあまり覚えてないけど、首からストラップを掛けたカメラを持っていたのは鮮明に覚えている」
よくあるちょっと高価なカメラというところか。
俺が想像できたところで叶南は、次に起こった出来事を説明する。
「そいつが俺たちに気づいて、そいつがフェンスに指をかけたんだ」
思わず指に力を込める。それに応えるように握り返してくれた。
「普通は逃げるだろ?」
「うん……」
「普通が通用しない奴だったんだと思う……怖くて動けなくなった。俺も幼稚園児だったからハッキリした記憶ではないけど、そいつは俺らの目線にしゃがんで懲りずにシャッターを切ったんだ」
息を止めて聞いてしまいそうになる。それほどに身体が強張った。
「……怜也まで撮られて俺はふと冷静になった。冷静というか怒りに近かったな。『俺だけの怜也なのに』みたいな」
「緊迫した状況でそんなこと……」
「思うなんてびっくりだよね」
全くびっくりしてなさそうに言う。むしろ当然とも言わんばかりにも聞こえた。
「それでフェンスに近かったカメラを思い切り殴ってレンズを壊したんだ。感情に身体が動かされた」
フェンス越しでも壊せる叶南の力はいったいどうなってるんだ、と思わざる得ない。そんな俺の戸惑いを無視して叶南は話し続ける。
「異変を察知した先生が警察呼んですぐに駆けつけてくれて、それから俺たちは病院に連れていかれた。幸い、二人ともケガはしていなかったよ」
ホッと胸を撫で下ろす。と同時にひとつの答えにたどり着いた。
――俺が写真撮られるの苦手だったのは……。
カメラが苦手だったことが腑に落ちてしまう自分がいる。ただ記憶にないからか自分の事なのに、あたかも他人のことにさえも感じてしまう不思議な感覚だ。
さらに叶南の話は続く。そもそも俺の事を好きになったきっかけが今のところどこにもないのだ。
「俺が怜也の傍にいたらまた同じことになると思って、お母さんに離れたところに行きたいって言ったんだ」
「そんなの叶南のせいでもなんでもないじゃないか……」
「俺が原因ではあるから。幼稚園の卒園式が終わってすぐに引っ越した」
「えっ、でも小学校同じだよな?」
「大人の都合ってやつだね。引っ越した先も小学校の学区は同じだったんだ。それなのにさ、怜也ったら大泣きしたんだよ」
「そりゃ離れると思ったら泣くだろ……」
はにかみながら視線を逸らす瞬間、目の端で叶南は俺とは真逆に目線を逸らすのが見える。
「ま、俺も泣いたけどね」
付け加える叶南に軽く苛立った。もちろん本気ではない。こういう意地悪な性格を見せてくれるようになったのも心のどこかでは喜んでいたからだ。
「親には騙されたよねー。遠くに離れると思っていたのに、学校同じなんてさ」
「親も仕事やめるわけにもいかないからな」
「そういうこと。でも本音はうれしかった」
「うれしかった? やっぱ友達だったからか」
叶南は口角を微量に上げ、穏やかな表情で首を左右に振る。
「引っ越したあとにさ、卒園アルバム見返したんだ。怜也の顔を見ては大泣きしてを繰り返してた。そこで初めて怜也への気持ちが友達としてじゃなくて恋愛の好きだって気が付かされたよ」
――だから、”卒園”アルバムだったんだ……
「皮肉だよね。カメラなんて怖い。写真は嫌だ。そう思ようになっていたのに写真で恋を気づかされて見てしまうなんてさ」
その気持ちはよくわかる。
――俺もそうだから。
――そしてやっぱり、あの時の記憶は……
「誰かと遊んでいた記憶と大泣きした記憶はあったけど、ただの公園だと思っていた」
「きっとそれが俺だね」
自分以外ありえないと言わんばかりにすんなりと認められる。
「それにしてもなんで思い出せなかったんだろう。叶南の顔で惚れるくらい整った顔の人を忘れるなんて……」
「ねぇ、やっぱ小学校の卒アルの俺がいいんでしょ」
「なんでそうなるんだよ‼ いい加減自分に嫉妬しないでくれ!」
「まぁ、小学生の俺がかわいかったのは置いておいて。実際問題、幼稚園のことなんてあまり話さないし覚えていなくても幼かったで片付けられてしまうからそんなに気になるときがなかったんじゃないかと思う」
まぁ、確かに。叶南の言う通りだろう。それでも叶南が覚えていたのは、感情を覚える大事な期間に、忘れらたくても忘れられないほどの恐怖を植え付けられてしまったからだろう。
「それはそうと、今の俺を好きになる要素なんてないだろ?」
「あるよ。大ありだよ」
「なんでっ!」
「答えわかんない?」
俺にされた仕返しをするように目を細める。しかし口角は上がらず、笑顔はない。話しきった安心感か緊張感か叶南がどう感じたのかはわからなかったけど、確かなのは俺に伝えることの恐怖だったと思う。
「わからないけど、今日はもういいよ。話してくれてありがとう」
「うん……」
消え入りそうな声で言う叶南に相当無理をさせてしまったのだと気づかされる。
「叶南の口から聞けてよかった。覚えてなくて気を遣わせててごめんな」
「ううん。俺の方こそごめん。黙っていて」
謝罪をしながら頭を下げる。
――だから、叶南のせいじゃないだろ……!
過去の事を聞き出しておいてなんて声を掛けたらいいのかわからないまま叶南の肩を慌てて起こそうとした。
すると、俺に体重を軽く預けて言う。
「……自分勝手なこと言っていいい?」
「いいよ」
――コイツの自分勝手はどうせ自分勝手ではないとわかっているから。
「嫌だと思うけど抱きしめさせて……」
抱きしめてと言い終わる前に叶南の大きい身体に包み込まれる。
――ほら。自分勝手なんことじゃない。俺だって好きだって伝えただろ? この一連の出来事が叶南のせいだと思っているわけないってわかっているだろ? 嫌なわけないんだよ……。
黙っていたのも、言ってくれたのも叶南の優しさだと知っている。
まだ疑問の全てが解消されたわけではないけれど、今だけは。今日だけは、このままがいい。
ふんわりと抱きしめる叶南に対して、俺は想いの限りを抱きしめ返した。
「……俺らの通っていた幼稚園は、小さかったけど先生も十分にいて居心地がよかったって幼いながらに思える場所だったんだ。それにしっかり遊べる園庭もあったしね。でもいくら先生たちが頑張ろうが園の施設がすごかろうが、わんぱくすぎる子供っているだろ?」
確か幼稚園は大きいとは言えなかったが、イベントごとは多く、通うのが楽しいと思うくらいには充実していたと思う。とはいえ、幼稚園という遠い話をあまり覚えていないのも事実。だから、叶南の口から発せられようとする幼稚園の出来事に内心ドキドキしていた。
でもまさか俺の乏しい記憶力を考慮してか、幼稚園というものについて話されるとは思ってはいなかった。それでもオブラートに言葉を包む叶南に頷き同意をする。俺が同意したことを確認すると話を続けた。
「俺はそのわんぱくな子供の中でもガキ大将だった」
「叶南が?!」
「驚くと思ったよ……続けるね」
続けると言った叶南がまた軽く深呼吸をする。緊張なのか震えて細い声の中に芯のある声で放たれた言葉に俺は耳を疑う。
「怜也と俺は誰もが認めるくらいに仲良しだった。……怜也はずっと、俺の後をついて回っていて親も先生たちもほほえましかったらしい」
知らない。知らないはずなのに、記憶にある気がする。
――顔が思い出せてなかっただけで、もしかしてあの時の子が……? いや、でもあれは近所の公園だったはず……。
「まるで生まれた時から一緒みたいな幼馴染だって言われてたんだ」
「俺と叶南が……?」
「幼馴染の定義は曖昧だけど、それほどに仲が良かったんだろうね。毎日一緒に幼稚園の園庭で遊んでた。それが俺にとっての日常で、のびのび過ごせていた時間だったんだ。あの日までは……」
握る手にじんわりと汗を感じる。これは、叶南のものだろう。
周りから幼馴染だと勘違いされるくらい仲が良く遊んでいたのに、大切な叶南のことを覚えていない自身に呆れる。声はもちろんだが、顔も思い出という思い出も覚えていない。
必死に頭の中を整理しながら叶南の話に真剣に聞く。
「ガキ大将とはいえ、正直顔立ちは綺麗な方だったと思う。あるとき外で遊んでるとフェンスの奥からシャッター音が聞こえたんだ。……初めてシャッター音を耳にしたときは俺とは限らなかったし、なんとも思わなかったんだ。だけど、どんどん頻度が多くなっていって、終いには……園庭に出ることも幼稚園に行くことも、怖く、なった。だけど、誰にも何も言えなかった」
「なんで……」
「だって、俺はみんなが……怜也が憧れるガキ大将だったから。強い自分でありたかった」
言葉を詰まらせながら言う叶南が苦しそうで、幼い子には怖いで片付けて良いことではないくらいの恐怖だったはずだと感じ取る。
「そして、何よりも……幼稚園に行けば怜也がいたから。今思えばガキながらに会いたいという感情を一丁前に覚えていたらしい」
それは好きだからなのか、友達としてなのか、叶南は明言をしなかった。というより、できなかったのかもしれない。
そして大切な思い出を並べるみたいに話す。
「俺たちだけの秘密基地とか言って園庭の端に砂を重ねて家を模倣して作ってたんだ。そんな立派なものじゃない。今だったら足で踏めるくらい小さな砂の山だ」
「ガキだな……」
「だよね」
叶南は肩をすくめ困り笑いをする。
「でも俺たちだけの秘密みたいでお気に入りだった。もちろん先生たちにはバレていたけどね」
「だろうな」
俺は苦笑いで相槌を打った。 園児の安全を考えれば、知らないはずがない。
「結局、怜也といれば怖くなくて、いつもみたいに遊べると思ったときだった」
嫌な予感がする。
「シャッター音が聞こえたんだ」
――やっぱり……。
想像するだけでゾッとした。
「さすがに怜也も気が付いて、俺たちは怖いながらも音のする方へ向かった。というか俺は足がすくむくらいめちゃくちゃ怖かったっていう記憶あるけど、なぜか怜也が向かおうとしたんだよ」
「俺かよ……」
「そう」と、小さくうなずかれ自分の行動が危険に晒したんじゃないかと、今なら理解できる。しかしガキの俺もガキ大将として振舞っていた叶南も止めなかっただろう。
そして、その予想は真実となった。
「ガキ大将とし、怖がる姿を見せたくなかったのかな。俺が怜也の前を行った」
「だろう、な。それでそこに誰かいたのか?」
「うん。姿はあまり覚えてないけど、首からストラップを掛けたカメラを持っていたのは鮮明に覚えている」
よくあるちょっと高価なカメラというところか。
俺が想像できたところで叶南は、次に起こった出来事を説明する。
「そいつが俺たちに気づいて、そいつがフェンスに指をかけたんだ」
思わず指に力を込める。それに応えるように握り返してくれた。
「普通は逃げるだろ?」
「うん……」
「普通が通用しない奴だったんだと思う……怖くて動けなくなった。俺も幼稚園児だったからハッキリした記憶ではないけど、そいつは俺らの目線にしゃがんで懲りずにシャッターを切ったんだ」
息を止めて聞いてしまいそうになる。それほどに身体が強張った。
「……怜也まで撮られて俺はふと冷静になった。冷静というか怒りに近かったな。『俺だけの怜也なのに』みたいな」
「緊迫した状況でそんなこと……」
「思うなんてびっくりだよね」
全くびっくりしてなさそうに言う。むしろ当然とも言わんばかりにも聞こえた。
「それでフェンスに近かったカメラを思い切り殴ってレンズを壊したんだ。感情に身体が動かされた」
フェンス越しでも壊せる叶南の力はいったいどうなってるんだ、と思わざる得ない。そんな俺の戸惑いを無視して叶南は話し続ける。
「異変を察知した先生が警察呼んですぐに駆けつけてくれて、それから俺たちは病院に連れていかれた。幸い、二人ともケガはしていなかったよ」
ホッと胸を撫で下ろす。と同時にひとつの答えにたどり着いた。
――俺が写真撮られるの苦手だったのは……。
カメラが苦手だったことが腑に落ちてしまう自分がいる。ただ記憶にないからか自分の事なのに、あたかも他人のことにさえも感じてしまう不思議な感覚だ。
さらに叶南の話は続く。そもそも俺の事を好きになったきっかけが今のところどこにもないのだ。
「俺が怜也の傍にいたらまた同じことになると思って、お母さんに離れたところに行きたいって言ったんだ」
「そんなの叶南のせいでもなんでもないじゃないか……」
「俺が原因ではあるから。幼稚園の卒園式が終わってすぐに引っ越した」
「えっ、でも小学校同じだよな?」
「大人の都合ってやつだね。引っ越した先も小学校の学区は同じだったんだ。それなのにさ、怜也ったら大泣きしたんだよ」
「そりゃ離れると思ったら泣くだろ……」
はにかみながら視線を逸らす瞬間、目の端で叶南は俺とは真逆に目線を逸らすのが見える。
「ま、俺も泣いたけどね」
付け加える叶南に軽く苛立った。もちろん本気ではない。こういう意地悪な性格を見せてくれるようになったのも心のどこかでは喜んでいたからだ。
「親には騙されたよねー。遠くに離れると思っていたのに、学校同じなんてさ」
「親も仕事やめるわけにもいかないからな」
「そういうこと。でも本音はうれしかった」
「うれしかった? やっぱ友達だったからか」
叶南は口角を微量に上げ、穏やかな表情で首を左右に振る。
「引っ越したあとにさ、卒園アルバム見返したんだ。怜也の顔を見ては大泣きしてを繰り返してた。そこで初めて怜也への気持ちが友達としてじゃなくて恋愛の好きだって気が付かされたよ」
――だから、”卒園”アルバムだったんだ……
「皮肉だよね。カメラなんて怖い。写真は嫌だ。そう思ようになっていたのに写真で恋を気づかされて見てしまうなんてさ」
その気持ちはよくわかる。
――俺もそうだから。
――そしてやっぱり、あの時の記憶は……
「誰かと遊んでいた記憶と大泣きした記憶はあったけど、ただの公園だと思っていた」
「きっとそれが俺だね」
自分以外ありえないと言わんばかりにすんなりと認められる。
「それにしてもなんで思い出せなかったんだろう。叶南の顔で惚れるくらい整った顔の人を忘れるなんて……」
「ねぇ、やっぱ小学校の卒アルの俺がいいんでしょ」
「なんでそうなるんだよ‼ いい加減自分に嫉妬しないでくれ!」
「まぁ、小学生の俺がかわいかったのは置いておいて。実際問題、幼稚園のことなんてあまり話さないし覚えていなくても幼かったで片付けられてしまうからそんなに気になるときがなかったんじゃないかと思う」
まぁ、確かに。叶南の言う通りだろう。それでも叶南が覚えていたのは、感情を覚える大事な期間に、忘れらたくても忘れられないほどの恐怖を植え付けられてしまったからだろう。
「それはそうと、今の俺を好きになる要素なんてないだろ?」
「あるよ。大ありだよ」
「なんでっ!」
「答えわかんない?」
俺にされた仕返しをするように目を細める。しかし口角は上がらず、笑顔はない。話しきった安心感か緊張感か叶南がどう感じたのかはわからなかったけど、確かなのは俺に伝えることの恐怖だったと思う。
「わからないけど、今日はもういいよ。話してくれてありがとう」
「うん……」
消え入りそうな声で言う叶南に相当無理をさせてしまったのだと気づかされる。
「叶南の口から聞けてよかった。覚えてなくて気を遣わせててごめんな」
「ううん。俺の方こそごめん。黙っていて」
謝罪をしながら頭を下げる。
――だから、叶南のせいじゃないだろ……!
過去の事を聞き出しておいてなんて声を掛けたらいいのかわからないまま叶南の肩を慌てて起こそうとした。
すると、俺に体重を軽く預けて言う。
「……自分勝手なこと言っていいい?」
「いいよ」
――コイツの自分勝手はどうせ自分勝手ではないとわかっているから。
「嫌だと思うけど抱きしめさせて……」
抱きしめてと言い終わる前に叶南の大きい身体に包み込まれる。
――ほら。自分勝手なんことじゃない。俺だって好きだって伝えただろ? この一連の出来事が叶南のせいだと思っているわけないってわかっているだろ? 嫌なわけないんだよ……。
黙っていたのも、言ってくれたのも叶南の優しさだと知っている。
まだ疑問の全てが解消されたわけではないけれど、今だけは。今日だけは、このままがいい。
ふんわりと抱きしめる叶南に対して、俺は想いの限りを抱きしめ返した。
