浴衣を返してからにしようと、落ち着いた声で言う叶南に従ってついさっき来た呉服屋で着替えた。なんとなく気まずくてしっかり笑っていられたか分からないが、店員さんたちはにこやかに送り出してくれた。
最寄り駅まで無言で歩く。
――やっぱりあまり聞いてはいけないことだったのか。
関係が崩れてしまうくらいなら言わなければよかったという後悔と前に進むためだったらなんでもやってやる、という勢いという名の決心がせめぎあう。
やはりこの雰囲気からして、好きになったきっかけはあまりいいものではないのだろう。
――少なくとも俺にとっては……。
もう最寄り駅に到着するまで間もない。話してくれるまで待っていようという考えも過ったが、俺は早く全てを解決して好きだと言ってしまいたい。
自身の欲だけを考えた結果の行動であることは見ず知らず、声を掛けようとした時だった。
「かな……」
「今日は帰ろうか」
――帰る?
「嫌だ!」
子供が反抗するみたいに答えた。
叶南のことを仰ぎ見てジッと見つめるも一向に目が合わない。
――俺が傷つくと思ってるってところか?
叶南は優しいから言いたくないんだろうな。
小さくため息つくと叶南が片手をもう片方の手で握りこむ。悄然とした仕草に珍しさを覚え猫がおもちゃを追いかけるように目で追う。
――あ、れ? 叶南の手、震えてる……。
どうして?
俺が傷つくからじゃないのか?
勘違いだとしたら恥ずかしすぎる。けど、だからこそ叶南の口から聞かせ欲しい。
手を握ったまま目線を斜め下に向け、動こうとはしていない。いつも俺を覗き込んで意地悪に笑ったり真っ直ぐな目で驚いたりする叶南だったからだ。目が合わないと、どこか遠く感じて思わず太く男らしい腕を両手で掴んだ。
「このまま帰したくない」
両手にグッと力を込める。
引き留めたはいいがここからどうすれば良いのかわからず、頭を回転させる。
幼稚園の頃どうして俺のことを好きになったのか言ってほしい。
昔から知っている口ぶりの意味を。俺の知らない自分がいるみたいな話を。
――なんて言えばいいんだ?
離せないままの腕を引き寄せる。ほんの微量動く叶南の身体と俺との隙間が俺たちのわだかまりみたいで、それをなんとかして解きたいのに解き方がわからない。
俺が直接聞きたいと言っても答えてくれない叶南に頭を悩ませる。
――どうすれば……。
ふと、霧が晴れたようなクリアな思考を感じとった。
――あ、れ?
……俺も叶南に聞かれても答えなかった。つまり同じことをしていたんだ。
本人の言葉で話してほしいのは俺も叶南も同じだと理解していたのに、何にもわかっていなかった。俺たちはまどろっこしいことをしていないで腹を割って話すべきだ。
――あぁ。なんてことを見落としていたのだろう。
人に話してほしいと言う前に自分のことを話すべきだ。
「俺さ、覚えてない幼稚園こともどんな叶南のことも知りたいんだ」
――どんなに頑張っても幼稚園の頃が思い出せないんだ。
すると、叶南はようやく口を小さく開き沈黙を破る。
「俺の事、嫌いになったら……?」
「ならないよ」
「何を根拠に……」
肩に力が入り、同時に腕の血管がハッキリするほど浮きでた。
――嫌いになんてなるわけないよ。
離したくないだなんて叶南は言うけど、それはこっちの台詞だと言いたくなるほどに……
「ずっと、好きだからっ!」
こんなところで言うつもりなかったが、今言わないですれ違ったままになる方が嫌だった。
泣きそうになる叶南の顔に、少しの安堵が見えた。それも一瞬だけ。またすぐに俯き顔になる。
俺のこと、知ってよ。
「本当は全部知ってからちゃんと言いたいと思ってたんだ」
――好きな人をただ不安にさせて俺は本当にどうしようもないバカだ。
俺の勇気のなさを人のせいにして。
意地悪したときの顔が見てみたいだなんて思ってたとか、本当は笑ってる顔が好きだ。
「俺って少女漫画みたいな恋に憧れちゃってる部分あるみたいで。女々しいだろ?」
こんな俺知らないだろ? 初デートだって、ただ張り切っていたわけじゃないんだ。小学生の頃の思い出に浸り、情緒的な時間を過ごせると夢を描いていたからだ。
叶南は俺の掴む手をそっと外し、その両手の指先を親指と人差し指で優しく握る。そして顔を上げた。叶南の表情はこわばっていながらも、目は据わっている。それから抑揚の抑えた声を発した。
「俺が怜也のことを好きになったのは卒園アルバムだって言ったでしょ」
「あぁ」
「顔を見たから好きになったと思ってた。集合写真の怜也がそっぽ向いていてかわいいと思って、好きだと思った。だけど、きっともっと前から好きだったって後から気づいたんだ」
――そうだろうとは思ってたよ。
「怜也ってカメラ嫌いだろ?」
脈略のない問に、眉間にしわを寄せ反応が遅れる。
「……ん? まぁ、言われてみれば嫌いだったなぁ。今でもそんな好きじゃないけど。突然どうしたんだ?」
「それ、俺のせいなんだ」
――叶南のせい?
叶南は俺の手のひらを深く握り、自分を安心させるかのように大きく息を吐いて話だした――
最寄り駅まで無言で歩く。
――やっぱりあまり聞いてはいけないことだったのか。
関係が崩れてしまうくらいなら言わなければよかったという後悔と前に進むためだったらなんでもやってやる、という勢いという名の決心がせめぎあう。
やはりこの雰囲気からして、好きになったきっかけはあまりいいものではないのだろう。
――少なくとも俺にとっては……。
もう最寄り駅に到着するまで間もない。話してくれるまで待っていようという考えも過ったが、俺は早く全てを解決して好きだと言ってしまいたい。
自身の欲だけを考えた結果の行動であることは見ず知らず、声を掛けようとした時だった。
「かな……」
「今日は帰ろうか」
――帰る?
「嫌だ!」
子供が反抗するみたいに答えた。
叶南のことを仰ぎ見てジッと見つめるも一向に目が合わない。
――俺が傷つくと思ってるってところか?
叶南は優しいから言いたくないんだろうな。
小さくため息つくと叶南が片手をもう片方の手で握りこむ。悄然とした仕草に珍しさを覚え猫がおもちゃを追いかけるように目で追う。
――あ、れ? 叶南の手、震えてる……。
どうして?
俺が傷つくからじゃないのか?
勘違いだとしたら恥ずかしすぎる。けど、だからこそ叶南の口から聞かせ欲しい。
手を握ったまま目線を斜め下に向け、動こうとはしていない。いつも俺を覗き込んで意地悪に笑ったり真っ直ぐな目で驚いたりする叶南だったからだ。目が合わないと、どこか遠く感じて思わず太く男らしい腕を両手で掴んだ。
「このまま帰したくない」
両手にグッと力を込める。
引き留めたはいいがここからどうすれば良いのかわからず、頭を回転させる。
幼稚園の頃どうして俺のことを好きになったのか言ってほしい。
昔から知っている口ぶりの意味を。俺の知らない自分がいるみたいな話を。
――なんて言えばいいんだ?
離せないままの腕を引き寄せる。ほんの微量動く叶南の身体と俺との隙間が俺たちのわだかまりみたいで、それをなんとかして解きたいのに解き方がわからない。
俺が直接聞きたいと言っても答えてくれない叶南に頭を悩ませる。
――どうすれば……。
ふと、霧が晴れたようなクリアな思考を感じとった。
――あ、れ?
……俺も叶南に聞かれても答えなかった。つまり同じことをしていたんだ。
本人の言葉で話してほしいのは俺も叶南も同じだと理解していたのに、何にもわかっていなかった。俺たちはまどろっこしいことをしていないで腹を割って話すべきだ。
――あぁ。なんてことを見落としていたのだろう。
人に話してほしいと言う前に自分のことを話すべきだ。
「俺さ、覚えてない幼稚園こともどんな叶南のことも知りたいんだ」
――どんなに頑張っても幼稚園の頃が思い出せないんだ。
すると、叶南はようやく口を小さく開き沈黙を破る。
「俺の事、嫌いになったら……?」
「ならないよ」
「何を根拠に……」
肩に力が入り、同時に腕の血管がハッキリするほど浮きでた。
――嫌いになんてなるわけないよ。
離したくないだなんて叶南は言うけど、それはこっちの台詞だと言いたくなるほどに……
「ずっと、好きだからっ!」
こんなところで言うつもりなかったが、今言わないですれ違ったままになる方が嫌だった。
泣きそうになる叶南の顔に、少しの安堵が見えた。それも一瞬だけ。またすぐに俯き顔になる。
俺のこと、知ってよ。
「本当は全部知ってからちゃんと言いたいと思ってたんだ」
――好きな人をただ不安にさせて俺は本当にどうしようもないバカだ。
俺の勇気のなさを人のせいにして。
意地悪したときの顔が見てみたいだなんて思ってたとか、本当は笑ってる顔が好きだ。
「俺って少女漫画みたいな恋に憧れちゃってる部分あるみたいで。女々しいだろ?」
こんな俺知らないだろ? 初デートだって、ただ張り切っていたわけじゃないんだ。小学生の頃の思い出に浸り、情緒的な時間を過ごせると夢を描いていたからだ。
叶南は俺の掴む手をそっと外し、その両手の指先を親指と人差し指で優しく握る。そして顔を上げた。叶南の表情はこわばっていながらも、目は据わっている。それから抑揚の抑えた声を発した。
「俺が怜也のことを好きになったのは卒園アルバムだって言ったでしょ」
「あぁ」
「顔を見たから好きになったと思ってた。集合写真の怜也がそっぽ向いていてかわいいと思って、好きだと思った。だけど、きっともっと前から好きだったって後から気づいたんだ」
――そうだろうとは思ってたよ。
「怜也ってカメラ嫌いだろ?」
脈略のない問に、眉間にしわを寄せ反応が遅れる。
「……ん? まぁ、言われてみれば嫌いだったなぁ。今でもそんな好きじゃないけど。突然どうしたんだ?」
「それ、俺のせいなんだ」
――叶南のせい?
叶南は俺の手のひらを深く握り、自分を安心させるかのように大きく息を吐いて話だした――
