卒業アルバムのアイツが、頭から離れない‼

 どこかの誰かが言った。
 『好きも恋も形がなくて掴めない』と。
——掴めなくても、そう思った答えがあるはずだ。
 そう。どんなことにも答えがあるはずだ。例えば俺が写真を撮られることが苦手になったことにも。写真1枚で胸の高鳴りを感じた理由も——
 

***

 小学校の卒業式当日に配られた卒業アルバムは、分厚く重い。
 各々がアルバムを開き、思い出を切り取った写真でワイワイと騒ぐ。そんな人たちを横目に、今日しかないと、卒アルの白紙になっているページをクラスメイトの寄せ書きで埋めてもらうので必死だった。
 載っている数多の思い出写真には目もくれず、手当たり次第にいる人に声をかけては書いてもらう。そのお返しにと、適当に他人のアルバムに寄せ書きしに行っていた。気づけば真っ白だった数枚のページがあっという間にびっしりと色とりどりのペンで彩られた。寄せ書きでカラフルに埋まったページが誇らしくなっていた俺は満足してアルバムをランドセルへ仕舞い込む。
 程なくすると、いつも一緒に帰っていた奴らに「帰ろうぜ」と声をかけられ、重たくなったランドセルを背負って帰路につく。肩が下に引っ張られるほど重たくなった背中に対し、ひとつ大きな節目を終えたことから心は宙に浮きそうなくらい軽かった。
 横では一緒に帰っていた複数の友人たちが、卒業アルバムを二人がかりで開きながら歩いていた。そして、その1人が俺のことを指さして言う。

「おい! れーやの顔なんだよ!!」
「ぎゃはは‼‼」

 俺の顔写真を見て豪快に笑われる。
 なんて失礼な奴らなんだと思う反面そういえば自分の顔写真も見ていなかったと気付かされる。2人の間を割り込んで覗き込んだ。
 『林崎怜也(はやしざきれいや)』と書かれた名前の上部には、縦に長い長方形に切り取られた俺の顔写真が載せられている。
 斜めに向いた顔はツンと唇を突き出し目は半分も開いていない。カメラレンズと言うものが苦手すぎるあまり、何度撮り直しても視線がカメラに向かなかったのだ。なんならこれはマシな方だ。

「う、うるせーよ! ほらお前らだって……」

 友人たちを揄ってやり返してやろうと彼らの写真を探そうとした時だった。視線は1人のクラスメイトに留まる。
 異性ではない。同性の男に対して反射的に目を奪われた。
 なんだ……処理しきれない感情が口から溢れそうになる。いや、遅かった。

「かわ、いい……?」
「れーや?」
「あっ、いやなんでもない。俺先帰るわ。今までありがとな」

 せっかくの最後の挨拶を口先だけで瞬間的に終わらせる。
 家の戸を勢いよく明け放ち、いつもは帰宅直後に飛びつくおやつさえ目もくれず自室のある2階にドタドタと足音をさせながら階段を駆け上がる。
 息を整える間もなくランドセルを開き、親に出してなかった長年のプリントをまき散らす。それを気に留めることなくアルバムを取り出すと自クラスの卒業写真まで一直線だ。
 そして正座に座りなおすと、指でなぞりながら名前を呼ぶ。

媛守叶南(ひめもりかなん)……」

 学校では目を隠すように伸びていた前髪は、うまい具合に目を避けられていて、二重になっているタレ目が露わになる。写真でも分かるほど長く密度のあるまつ毛と色素の薄い瞳に吸い込まれるように見入った。
――卒業写真だからと顔周りの髪を避けさせられたんだろうな。
 小さな鼻と薄い唇。
 クラスにいたというなんとなくの存在は認識していた。ただ、目立たない生徒だった。それに、身体が弱いのか体育はいつも休んでいたし、給食の時間は自分の給食に夢中だったから誰かの顔を見ることもなかった。
 これほどまでに顔を見たことなかったのは、俺の興味の問題だけではない。
 なぜなら媛守が常にマスクをしていたからだ。故にマスク下を見たことがなかったということだ。
 マスクをしていたことを気に留めていなかったわけではないが、興味は微塵もなかった。もちろん、こんなにかわいいとは思ってもいなかった。
 母の「おやついらないの⁉ ケーキよ‼」という声が飛んできたのは聞こえていても媛守叶南の顔写真から目が離れることはなかった。
 今日が卒業式。大半の人が地元の中学校に進学する。だからそこまで焦らなくてもいいのだが、運命はそうはいかないらしい。

 中学の入学式をワクワクしながら迎えた。しかし媛守の姿はない。
――いたら絶対わかるのに……。
 入学してすぐ後に、お受験をして全く別の中学に進学したらしいという噂を耳にした。なぜここまで噂になってしまったのかというと、他でもない卒業アルバムのせいだ。
 何人かの同級生も卒業アルバムで媛守を発見したのか、気になっていたらしい。俺も同じ轍を踏んだ同類のくせに、他の誰かと同じ感情を抱いていたことに対して偉そうに癪に障った。
——なんで、こんなイライラしているんだ?
 その話を聞いた日の学校が終わった瞬間、校舎を飛び出し自室に駆け込む。そして卒アルを引っ張り出してひとしきりに眺めた。

「ああ!! もー! こんなんどうすればいいんだよ!!」

 媛守をかわいいと思ったことのなかった自分の感情に心が追いつけず混乱する。ガキなりに落ち着こうと必死に目をつむる。耳に響く心臓の音がうるさい。走ったせいか、他の理由なのか。
 心臓の等間隔で鳴る音の中で、胸の奥底がパズルのピースがはめ込まれるみたいパチリと音を立てた。そして再び瞼を開いたときには答えが後者だと呆気なく受け入れる。

「好きになっちまったじゃないか……」

***

 媛守叶南に心を寄せたところで、再会できるもわけもなく中学を終え、気づけば高校卒業を迎えた。今まで告白されることがなかったわけではないが、全てを断っていた。
――綺麗事を言えば誠実でありたかったから。本音を言えば、告白してきた女子が媛守よりかわいいと思えなかったから。
 拗らせた恋心を持ち合わせたまま、この4月から俺は大学生になる。どうせ大学でも、この恋をどうすることもできず思い耽ることになるのだ。

 着慣れないスーツを纏って、桜が散ってしまった入学式を終える。
 式が行われていたホールの入り口付近でスマホ片手に、偶然同じ大学に入学した友人を待つ。同じくスーツを着て退場してきた多くの新入生の中の1人が勢いをつけて飛びついてきた。

「怜也ぁぁぁ‼」
「うわっ、抱きつくな貫太!」

 貫太は高校で仲良くなった友人だ。そして色々相談に乗ってもらうこともある気兼ねなく話せる貴重な人物である。
 ここだけの話、高校時代の友人たちで唯一貫太だけが俺が交際経験のないことを知っている。俺自身にというのも、底抜けの明るさと人懐っこい性格であり聞き上手ということで話していて安心できる。その上、貫太は彼女が途切れることのないような奴で、どうやったら好きになった人と付き合えるのかなど高校生男児としては少し気恥ずかしいと思うことも気軽に話していたことからバレたのだ。
 特に言いふらす等もしないというのも貫太といる理由の1つだった。決して恋愛経験のないことを恥じているわけではない。ただ、俺がかなりの頻度で告白されるということもあり、言い辛い雰囲気を作ってしまっただけなのだ。

 ついこの間までの高校生を思い出していると、貫太の重みを頭上に感じる。普段から俺の頭を肘置きにするのだ。貫太の高い身長も相まって俺の身長の低さを思い出させることが時折、俺を不機嫌にさせる。
 170センチを過ぎることなく止まった身長。欲を言えば身長はもっと欲しいが、遺伝と言われれば仕方のないことだった。もう少し身長が高ければ彼氏にしたい。と幾度となく言われてきた。
――もちろん、そんな言葉はどうでもいいのだが。
 そう言われる一番の理由は顔だろう。幼少期の面影を残す顔つきは、目尻が微量に吊り上がっている。真顔でいると不愛想に見えると言われた経験からなるべく明るくふるまうようにしている。
 結果的に、性格がかわいいだとか言われてきた高校生時代を過ごした。始まりは貫太がふざけて言った一言だったが、徐々に伝染していきクラスメイトも言うようになった。かわいいと言われることに嫌悪感を抱くようになってしまったのはこの時だけだろう。物事はハッキリ言う性格だからか「嫌だ」と言ったら皆やめてくれた。
――媛守の隣に立てるくらいかっこよくならないと。
 出会うこともできない媛守への妄想は止められない。
 自分に呆れ溜息ひとつすると身体の力が抜け、貫太の重みに耐えられず入学式を終えた新入生でごった返す場所で、 バランスを崩した。

「うわぁ!」

 情けない声を出し、目の前からやってきた長身の男性の胸に飛び込む。

「あ、すんません‼」

 咄嗟に手で相手の身体を押しのけてしまい、顔を上げる。
――え?
 俺の思考が停止する。
――媛守叶南……?
 直感がそう言った。
 ワイシャツの上からは細く見えたが、胸板の厚さからほどよくついた筋肉。かわいいとは離れた体格の良さにうらやましいくらいの身長の高さには美麗な顔が乗っている。そしてゴツゴツとした骨ばった指が男らしさを加えていた。
 勝手にかわいいまま成長しているとばかり思っていた。
 でも、間違いなく媛守だ。何が媛守なのかと聞かれたら、直観としか答えられないくらには不確定要素の多い確証。この矛盾を解き明かすには名前か出身小学校か、媛守の情報を知るしか方法はない。
――あんなにかっこよくなってるのずるすぎるだろ……。
 突然飛び込んだせいか俺が呆然と見上げ見つめすぎたせいか、目を丸くした彼も時が止まったみたいに静止する。
 そしてハッとする仕草を見せると彼は押しのけたことを怒るわけでもなく、俺が触れていた手をそっと握り両手で下ろす。
 驚きすぎた俺は言葉1つ出てこない。何か言って引き留めたいのに、何も言えないまま彼は「大丈夫ですよ」と、一言放つと颯爽と歩いて行ってしまった。

「大丈夫?」
「うん……」
「めっちゃ綺麗な顔してたけど、男かー。これが女の子だったら恋に落ちて運命の出会いとかなるんだろうな!」

 横で男だとか女だとか言葉を羅列する貫太に構う余裕などない。人混みの中に紛れていく彼を目で追う。
 だって、あれは……
――絶対に媛守叶南だ。
 かわいさに惚れたはずなのに、惚れたはずの箇所は全く別で揺れ動く自身の感情が狂わされる。彼の男らしさの部分が脳裏に焼き付いて離れない。 そして支えられたときの胸筋の頼もしさと温かさに触れられた大きな手の優しさがじんわりと身体を熱くする。
――やっぱ俺、媛守が好きだ……。
 驚きを通り越して、もはや安堵感さえある。そして確認の意味を込めて、貫太に問う。

「アイツの名前は?」
「……え? ……知らんよ。どっか行っちゃったし」
「だよな」
「なるほどな。どんな可愛いアイドルにも女優にも靡かなかったのはそういうことだったのか」

 勝手に解釈を進める貫太は、俺の恋愛対象が男だと思っているらしい。
 それの正解は俺も知らない。どんな可愛い人と言われても媛守より可愛いとは思えなかった。媛守叶南しか眼中になかった俺にとっては男が好きとかではなく、媛守叶南しか好きになったことがないのだ。

「そんな恋する怜也くんに新歓という素晴らしきイベントがあるぞ‼」
「こっ……! 別に恋とか……て、てかそんなのいつ言われたんだよ……」

 貫太曰く、入学前からこの大学のグループがあったらしく、そこで話になっていたらしい。

「さっきのやつが来るとは限らないだろ」
「ほぉ、やっぱり彼にご興味が……」
「うるっさい」

 媛守のことを恋々と思い続けるだけでいいのだろうか。 答えは決まっているのに、それを確かめるためという口実を心の中に秘めて参加することにした。
 指定された店に到着すると既に何十人もの人が集まっていた。
 軽く自己紹介を、と幹事が指揮を執る。こんな大人数の自己紹介で何が分かるのかと思いながら順番を待つ。待つのは俺の順番ではない。媛守叶南と確信している人物だ。まるで間違えるはずのないテストの答えが簡単すぎて不安になるような気分だ。
 長かった前髪は眉を隠すくらいまで切られ、短く切りそろえられている。ハッキリと見える目には密度のある睫毛。整った顔立ちは小学生を彷彿とさせる。
――きれいだ。
 いざ彼の順番になり、生唾を飲むほどの緊張に水を手に取った。そして立ち上がった彼から柔らかな声が発せられる。

「文理学部1年の媛守叶南です」
「ゲホッ」

 口に含んだ水が、喉をつかえた。
――本当に媛守だ……。
 心臓が大きく跳ね上がる。
 確信していたのに、いざ本当に媛守だとわかると思ったよりも嬉しい自分がいて顔がにやけそうになるのを、もう一度水を口に含んで抑えようとする。
 後半にも差し掛かるともう誰も自己紹介を聞いておらず各々が気になった人と会話の花を咲かせていたが、そんなときに現れた美麗な新入生に誰もが会話を止めた。突然視線が集まったことに驚いたのか恥ずかしそうに言う。

「え、えっと。大学生活楽しみたいです。よろしくお願い、します」

 言い終わった途端にあらゆる方向から声が上がる。

「えー! かっこいい‼」
「かわいいねー」

 女性の黄色い歓声と共にあっという間に囲まれた媛守には、しばらく近づけそうにはない。いや、仮に近づけたとしても近づく勇気はでなかっただろう。
――だって、実感が湧かなすぎるから。
 程なくすると、俺の順番が回ってきたため軽く自己紹介をする。もう誰も聞く耳を持っていないのは百も承知だ。

「文理学部1年の林崎怜也です。よろしくお願いします……」

 俺の名前を覚えているだろうか。チラリと媛守に視線だけ動かす。しかし相変わらず媛守の周りを女子たちが囲っており、俺の話など届いていそうになかった。
 心の隅で落胆している気持ちもあるが、一度も話したことがないのだから覚えているわけがないと自分に言い聞かせる。
 全員の自己紹介が終わったところで、いつの間にかどこかに行っていた貫太が俺の隣に腰を下ろす。

「怜也ー、名前分かったじゃん!」
「名前は知ってたよ。確認したかっただけだし」
「え? なんで?」
「それは……」

 小学校が同じであることと中学校からは別で話したことはないとだけ伝えると、貫太は「何?! 小学校の同級生だったのか?!」 と、オーバーリアクションともとれる反応を示した。まぁ、無理もないとは思った反面少し驚きすぎにも思える。

「あぁ。確信がなかったけど、名前も同じだしそうだと思う」

 ”思う”なんて、不確定な要素を追加する自分が情けない。もし違ったらなんて心の中ではそんな言葉一ミリもない。齢十九を過ぎようとしている今まで媛守にご執心なのだ。間違えるはずがない。

「まさか、小学校のときの同級生に恋するなんて人生分からないものだね」
「……別に、まぁ、そうか。そうだな」

 歯切れの悪い俺の様子に、貫太が察したのか神妙な面持ちで聞かれる。

「え、まさか。小学校の頃から好き……とか⁇」
「……だったらなんだよ」

 口を尖らせて言う。次の瞬間、貫太の声が鼓膜を揺らした。

「えぇぇぇぇぇぇ‼‼‼‼ 何してるんだ! 早く行け‼」
「行けるわけないだろ!」

 こっちはたった今、本人の口から媛守叶南という名前の裏付けができたばかりだ。

「そ、それに、彼女とかいうかもしんねーのに……」
「聞いてみなきゃわからないだろっ!」

 俺の事を無理にでも腕を引っ張って連れて行こうとする貫太と攻防戦になる。しかし貫太との体格の差が明らかで、じりじりと引っ張られる方向、すなわち媛守へ近づいていく。
 心臓の音が大きくなるし顔も熱い。こんな状態で聞いたら絶対気持ちがバレてしまうと貫太の腕をグイと引きさらに抵抗した。その時だった。

「叶南くん彼女いるのー?」

 参加者の1人が俺が聞けなかった質問をいとも容易くする。
 貫太は引っ張る手を止め、俺は聞き耳を立てた。

「彼女はいないですけど、心に決めた人がいます」

――あ……。
 ズキ。心臓の奥が凹む音がした。こんなにきれいに心臓が痛むことがあるとは知らなかった。
――心に決めた人、ね。
 どうせ俺が話したことのない人で。きっと美人で、かわいくて……愛想の良い女の子だ。

「……怜也。あんまり気にしても……」
「気にしてないし。あんなイケメンの時点でわかってたから」

 隣に立つのは俺ではないと容易に想像がついてしまう悔しさと焦り、そして貫太に暴露した緊張。全てがぐちゃぐちゃに混ざり合って渇いた喉を潤そうと近くにあったコップをゴクリと喉を鳴らし、一気に飲み干す。
 すると、女性の先輩と思しき人物が駆けつけ俺の手からコップを奪った。

「それ! わたしの日本酒!!」
「へ?」

 お酒を飲んだと自覚すると、アルコールの辛味と喉の辺りに熱を持つ。
——熱い……。
 どうやら俺は酒に弱いらしい。誤って飲んだお酒1杯で、誰かの肩に寄りかかって力が抜けた。スーツのジャケットを手探りで脱いで少しでも身体を覚そうとしたが、そんな即座に酔いは覚めない。
 寄りかかった肩が貫太のものだろうと、推測し体重を預けベラベラと身の上話をする。

「まさか再会できるなんて思わなくて、俺ぇどうすれば話せると思うー? アイツかっこよくなってるしぃ。それなのに笑った顔はかわいいしぃー……周りに女の子もいっぱいで、彼女とかできちゃうんだろうなぁ……てか、もう決まってるんだもんなぁ、嫌だなぁ……恋愛ムズイってーー」

 相槌するでもめんどくさそうにするでもない貫太と思われる人に不思議に思い首を起こし、 見上げる。そして回らない呂律で言い放つ。

「にゃんで何も言わないんだぁ!」
「貫太、さんじゃない……ですよ」
「え……?」

 一瞬にして全身の血の気が引く。

「媛守叶南……」
「さっきの自己紹介なんかで名前覚えてくれたんですね」

――覚えたんじゃなくて、覚えてたんだよ……。
 覚えていたかどうかはこの際どうでもいい。それよりも俺の発言へ危機感を覚えた。
——かなり女々しいことを言ってしまったのでは⁉︎

「今の忘れてくれ……」
「えっと、その男の子と付き合いたいんですか?」

――俺、男かどうかわかること言ったか?
 回らない頭で自身の発言を思い返す。

 『彼女とかできちゃうんだろうなぁ』

 前後の文脈でも、9割男性だという結論に至るのは無理もない。実際その見解は正しいのだから。

「忘れてくれって言っただろ……この話はお終いだ」

 一方的に話をへし折る。よりにもよって寄りかかっていたのが媛守だとは思いもしなかった。いつ貫太ではなくなっていたのかも考えたくもない。

「い、嫌です」
「なんでだよ」
「それ、俺じゃダメですか?」

 何に対しての提案なのか、理解しきれず、思わず聞き返す。

「……ん? 今なんて言った?」
「付き合う人、俺じゃダメですか?」
「な、に言ってんだよ。いるんだろ……」
「何がですか?」

 白を切る媛守に啖呵を切る。

「心に決めた人だよ‼」

 小さく「あぁ」とわかったように素振りを見せると、真剣な眼差しをこちらに向け身体を俺へ座り直す。

「ちょっと面倒でそういっただけです。これが広まれば彼女はいないって嘘ではないですし、みんな納得して身を引いてくれるんです」

 顔がいいのも大変なんだなぁと俯瞰する。
 それに媛守と付き合えるのは俺にとって願ったり叶ったりだ。しかし、なぜそんな提案をしているのだと疑問に思う。
――まさか、媛守も俺のことが……。
 期待とは対称に媛守がポツリと溢した言葉がそんな考えを打ち消す。

「俺、男の子好きかもしれなくて……」
「え?」
「恋愛って何なのか、知りたいんです。お試しでもいいので‼」
「いや……お試しとかは無理かな」

 「媛守ってモテるだろ? 俺じゃなくても……」なんて言葉は飲み込んだ。だって、他の誰かにこの立ち場を取られたら、それこそ居ても立っても居られなくなるだろう。
 それが同じ男だったら尚更だ。それでももしかしたら俺の事が好きだから声を掛けたのではないかという一縷の望みをかけて遠回しに聞く。

「1つ聞いていいか? 恋愛の経験を積むことに好きじゃない人と経験を積むのは、もはや恋愛ではないのでは、と思うんだけどどう思う?」
「……確かに。でも俺好きな人いないですし、林崎くんなら好きってこと教えてもらえるんですよね?」
「意味、わかんねぇ……てか俺好きな人いるし」

 目をキラキラさせて俺に期待する媛守の目から一瞬光が消えたのは気のせいだろう。何を根拠に教えてもらえると判断したのか身に覚えがなく困惑する。
 すると媛守の迷いのない口ぶりに面食らう。

「だって、恋愛経験豊富なんですよね‼」
「……はい?」

 続けて話す媛守が放つ言葉は、俺をあきれさせた。

「貫太……さんが言ってましたよ‼ 先ほど同じ相談を貫太さんにしたんですけど、そういうのは林崎に聞けっておっしゃってました!」

 あんのやろう……。どう足掻いても、恋愛経験があるのは顔良し、身長良しの貫太の方だ。むしろ、俺は媛守しか好きになったこともない。恋人いない歴は年齢だ。
 貫太を探し睨みつける。
 こちらの鋭い視線に察しのいい貫太は脱兎の勢いで周囲の女子たちの背に隠れる。
 言葉を失った俺は、媛守に向きなおした。

「えっと、やっぱり迷惑……ですよね」

 迷惑と言えば迷惑だった。
 正直俺は少女漫画みたいなお互いが想いを伝えて両思いとわかったうえで付き合う恋愛を望んでいたくらいだ。だから初の恋人がお試しとなるのは、気が進まない。
 そうは言っても媛守のこの威勢の良さから、本当に恋愛経験豊富な男が目の前に来たら取られてしまうと思考をめぐらす。それに貫太なりに背中を押してくれているのだろう。

「はぁ。いいよ、付き合おう」

 こんな形で付き合うなんて考えもしなかった。それでも了承したのは他でもない媛守のお願いだからだ。
 媛守は「本当?!」と、あどけない笑顔を俺に見せて連絡先の交換を要求する。
 行き場のない気持ちを抱えたまま1番よく使うアプリのアカウントを交換した。むくれたままの俺はうれしいはずの連絡先を手に入れたスマホを即座にポケットにしまい込んだ。
 しかしポコンという通知音に呼ばれ閉じたばかりをスマホをしぶしぶと開く。

『よろしくおねがいします!』

 たった一言を真横にいる俺に送ってきたのだ。媛守は「えへへ」と肩をすくめる。
――かわいい。
 お試しで付き合うことになったのも、横にいるのだからわざわざ送るなと文句を言ってやろうという気が一瞬で引くのもわかる。

「はいはい、よろしく」

 俺は、照れるのを隠すためにそっぽを向いて返事した。
 結局この顔で言われたら何でも許してしまう。と再会したことで確信を持つと同時に、どう足掻いても媛守から離れられない気持ちに本当に媛守が好きだと思った人ができたときに、この場所を譲れるのかという不安感を抱えた。
 媛守がそっぽを向く俺に向かって口を開く。

「もし好きな人に告白されたり付き合ったりするってなったら俺の事、振っていいですからね」
「……あぁ」

 目を逸らしてわざとらしく水まで飲む媛守に媛守もそうしろよ、という言葉を言う気になれず、代わりに媛守に身体を向き合わせニコッと笑って見せた。

「俺が媛守の事好きになったらどうするんだ」
「えっ?」

 慌てる媛守に軽い力でデコピンする。

「じょーだん」
「まだ酔ってるんですか?」
「ち、ちがうちがう」

――こんなんじゃ俺の気持ちが伝わるわけないよな。
 謎の闘争心が俺の中で湧き上がる。
 俺の事を本当に好きにさせて見せる‼ そして媛守から好きだと言わせるんだ!!

「逆に本当に俺のこと好きになっちゃったりして。……なんてな!」
「……ははは。もう……何言ってるんですか」

 「もっと笑い飛ばしてくれ」と付け加えると、困り笑いをされた。その姿にもっと笑った顔もいろんな表情も見たいと欲が出る。しかし所詮はお試し。
――期待なんてするな……。
 好きにさせて見せるなんて啖呵を切ったところで方法はひとつも思い浮かんでいない。
 先行きを身に任せ、卒業アルバムで一目ぼれした媛守とお付き合いをすることになった。