広場の喧騒は、まだ遠くでくすぶっている。
けれど、俺とシンシアはもう背を向けていた。
断罪と混乱、罵声と恐怖――すべてを置き去りにして。
王都の裏通りへと続く道。
石畳は夕陽に照らされ、長い影を二人分だけ落としている。
風が、少し涼しくなった。
「……さて。じゃあ、まずは準備ね」
隣で歩いていたシンシアが、ふいに足を止めた。
そして――なぜか、俺の腕をぐいっと引っ張る。
「えっ、ちょ、なに?」
「何って、あなたは今日から私の護衛でしょ。ちゃんと自覚持って行動しなさい」
言いながらも、その手は意外としっかりと握られていて。
振りほどく気も起きなかった。
「……いや、正式に契約とか、してないよな?」
「するわよ。今から。まずは装備を整えるために道具屋へ。それからギルドに挨拶と登録。あなた、補助魔法の扱いも記録しておかないと、私の護衛として面倒だから」
「う、うん……?」
シンシアはぐいぐいと引っ張って歩く。
まるで何年も連れ添ったパートナーのように、当然のような顔で。
「ちょっと、歩き遅いわよ。ついてきて。まだ行く場所はたくさんあるんだから」
「いや、さっきまで『断罪』されてた人の台詞とは思えないんだけど……」
「うるさいわね。過去なんて振り返っても何も変わらないでしょ。前を向くのよ、私たちは」
『私たち』。
その言葉が、不思議と耳に残った。
ほんの数時間前まで、俺は『役立たず』として王宮を追われて。
彼女は『悪女』と罵られて断罪された。
そんな二人が、今は一緒に歩いている。
誰からも必要とされなかったはずの俺が。
誰にも助けてもらえなかったはずの彼女と――。
「……さっきの戦い、本当に危なかったよな」
「ええ、確かに。でも――悪くなかったわ。あんたの補助魔法、ちゃんと効いてたし。足も軽くなったし、視界も広くなった。魔力の流れも整ったし……」
「お、おう。そこまで実感してくれてたなら、よかった」
「今後もその調子でよろしく。私、あんたに無駄な期待はしないけど……少しくらいは、信じてあげてもいいわよ」
「……なんだその上から目線の信頼表明」
「文句ある?」
「ないです。がんばります……護衛として」
彼女はふふん、と満足そうに鼻を鳴らした。
その横顔は、もう“断罪された令嬢”じゃなかった。
真っ直ぐで、気高くて、どこか寂しがり屋で――でも、確かに前を向いていた。
俺は深く息を吸って、少しだけ笑ってみせる。
「……まあ、やってみるか。これからのこと」
「ええ。やるのよ、私の相棒としてね」
二人の歩みが並んだその瞬間――ふと、何かを思い出したように、シンシアが立ち止まった。
「そういえば、名前。まだちゃんと名乗ってなかったわね」
「え? あ、たしかに……」
そういえば、助けたときも、戦っている最中も、名前を呼び合うような余裕はまったくなかった。
いや、名乗る前に共闘してたって、今考えるとすごいな……。
「私は、シンシア・フォン・アーデルハイト。アーデルハイト伯爵家の一人娘よ」
そう言って、シンシアは軽くスカートの裾を摘んで優雅に一礼する――けれど、その口調と態度には、相変わらずのプライドが滲んでいた。
「断罪されて爵位も婚約も失ったけど……まあ、肩書きなんて飾りだもの。私は私よ」
「……なんか、すごいな」
「当然でしょ?」
ふふん、と鼻を鳴らす彼女に、少しだけ肩の力が抜けた。
「じゃあ、俺もちゃんと名乗るか。エリオット・レナード。元・勇者パーティーの補助魔導士……だった人間」
「……あら、フルネームは初耳だったわ」
「まあ、必要なかったからな。役立たずには、名乗る価値もないってさ」
苦笑混じりで言った俺の言葉に、シンシアがぴくりと眉を動かした。
「今のは撤回しなさい。あなたはさっき、私の命を救った。そんな人間に価値がないなんて、私が認めない」
「……ありがとう」
「礼なんていらないわ。だってこれからは、あなたは私の護衛なんだから……信頼するのは当然でしょ」
真顔でそんなことを言われると、逆に照れる。
「じゃあ改めて……よろしくな、シンシア」
「ええ、よろしく。エリオット」
二人の影が、ゆっくりと並んで伸びていく。
名前を知ることで、ほんの少しだけ、距離が縮まった気がした。
気づけば、手を引かれたまま歩いている。
肩の荷は、まだ重い。未来だって不安定だ。
でも――不思議と、悪くなかった。
今なら少しだけ、自分を誇れる気がした。
そして、こう思う。
――この出会いは、きっと『始まり』なんだと。
けれど、俺とシンシアはもう背を向けていた。
断罪と混乱、罵声と恐怖――すべてを置き去りにして。
王都の裏通りへと続く道。
石畳は夕陽に照らされ、長い影を二人分だけ落としている。
風が、少し涼しくなった。
「……さて。じゃあ、まずは準備ね」
隣で歩いていたシンシアが、ふいに足を止めた。
そして――なぜか、俺の腕をぐいっと引っ張る。
「えっ、ちょ、なに?」
「何って、あなたは今日から私の護衛でしょ。ちゃんと自覚持って行動しなさい」
言いながらも、その手は意外としっかりと握られていて。
振りほどく気も起きなかった。
「……いや、正式に契約とか、してないよな?」
「するわよ。今から。まずは装備を整えるために道具屋へ。それからギルドに挨拶と登録。あなた、補助魔法の扱いも記録しておかないと、私の護衛として面倒だから」
「う、うん……?」
シンシアはぐいぐいと引っ張って歩く。
まるで何年も連れ添ったパートナーのように、当然のような顔で。
「ちょっと、歩き遅いわよ。ついてきて。まだ行く場所はたくさんあるんだから」
「いや、さっきまで『断罪』されてた人の台詞とは思えないんだけど……」
「うるさいわね。過去なんて振り返っても何も変わらないでしょ。前を向くのよ、私たちは」
『私たち』。
その言葉が、不思議と耳に残った。
ほんの数時間前まで、俺は『役立たず』として王宮を追われて。
彼女は『悪女』と罵られて断罪された。
そんな二人が、今は一緒に歩いている。
誰からも必要とされなかったはずの俺が。
誰にも助けてもらえなかったはずの彼女と――。
「……さっきの戦い、本当に危なかったよな」
「ええ、確かに。でも――悪くなかったわ。あんたの補助魔法、ちゃんと効いてたし。足も軽くなったし、視界も広くなった。魔力の流れも整ったし……」
「お、おう。そこまで実感してくれてたなら、よかった」
「今後もその調子でよろしく。私、あんたに無駄な期待はしないけど……少しくらいは、信じてあげてもいいわよ」
「……なんだその上から目線の信頼表明」
「文句ある?」
「ないです。がんばります……護衛として」
彼女はふふん、と満足そうに鼻を鳴らした。
その横顔は、もう“断罪された令嬢”じゃなかった。
真っ直ぐで、気高くて、どこか寂しがり屋で――でも、確かに前を向いていた。
俺は深く息を吸って、少しだけ笑ってみせる。
「……まあ、やってみるか。これからのこと」
「ええ。やるのよ、私の相棒としてね」
二人の歩みが並んだその瞬間――ふと、何かを思い出したように、シンシアが立ち止まった。
「そういえば、名前。まだちゃんと名乗ってなかったわね」
「え? あ、たしかに……」
そういえば、助けたときも、戦っている最中も、名前を呼び合うような余裕はまったくなかった。
いや、名乗る前に共闘してたって、今考えるとすごいな……。
「私は、シンシア・フォン・アーデルハイト。アーデルハイト伯爵家の一人娘よ」
そう言って、シンシアは軽くスカートの裾を摘んで優雅に一礼する――けれど、その口調と態度には、相変わらずのプライドが滲んでいた。
「断罪されて爵位も婚約も失ったけど……まあ、肩書きなんて飾りだもの。私は私よ」
「……なんか、すごいな」
「当然でしょ?」
ふふん、と鼻を鳴らす彼女に、少しだけ肩の力が抜けた。
「じゃあ、俺もちゃんと名乗るか。エリオット・レナード。元・勇者パーティーの補助魔導士……だった人間」
「……あら、フルネームは初耳だったわ」
「まあ、必要なかったからな。役立たずには、名乗る価値もないってさ」
苦笑混じりで言った俺の言葉に、シンシアがぴくりと眉を動かした。
「今のは撤回しなさい。あなたはさっき、私の命を救った。そんな人間に価値がないなんて、私が認めない」
「……ありがとう」
「礼なんていらないわ。だってこれからは、あなたは私の護衛なんだから……信頼するのは当然でしょ」
真顔でそんなことを言われると、逆に照れる。
「じゃあ改めて……よろしくな、シンシア」
「ええ、よろしく。エリオット」
二人の影が、ゆっくりと並んで伸びていく。
名前を知ることで、ほんの少しだけ、距離が縮まった気がした。
気づけば、手を引かれたまま歩いている。
肩の荷は、まだ重い。未来だって不安定だ。
でも――不思議と、悪くなかった。
今なら少しだけ、自分を誇れる気がした。
そして、こう思う。
――この出会いは、きっと『始まり』なんだと。



