魔獣が倒れた後の広場には、奇妙な静けさが戻っていた。
がれきと土煙の中、人々はぽつぽつと戻ってきていた。
だが彼らの目に、感謝や賞賛の色はなかった。
「……ったく、何だったんだよ、あの魔獣」
「あの女、何か魔獣を呼び寄せる儀式でもしてたんじゃないか?」
「やっぱりあの女、災いを呼ぶって噂は本当だったんだな」
そんな声が、そこかしこから聞こえてくる。
誰一人として、命が助かったことに安堵している様子はない。
口々に文句を言いながら彼らは誰ともなく罵りの矛先を、再びあの令嬢へと向けはじめていた。
「見た?あんな男に助けられるなんて、伯爵令嬢も地に落ちたもんだよね」
「つーか、あれって勇者パーティーから追い出された奴じゃなかったか?」
「ああ、確か『補助魔法だけの役立たず』って噂の……なるほど、お似合いのコンビだな」
嘲りと冷笑が、堂々と聞こえる距離で投げかけられる。
俺たちのすぐ傍にいながら、誰も声をかけてはこない。
ただ、見下すように鼻で笑うか、興味本位の視線をぶつけてくるばかりだった。
……さっきまでは、確かに命の危機だった。
でも、魔獣がいなくなった今、彼らはまた『日常』へと戻っていく。
そして俺たちは――その日常からはじき出された側だ。
俺は、ふと隣に目をやる。
シンシアは、何も言わずに立っていた。
顔を上げ、背筋を伸ばし、群衆の罵りを涼しげな顔で受け流している。
けれど、目は笑っていなかった。
頬は少しだけ紅潮し、唇がかすかに震えていた。
それは怒りではなく、きっと――痛みだった。
俺には、それがわかった。
彼女も、わかっていたのだ。
誰も味方をしてくれないということを。
どれだけ必死に立ち向かっても、正しかったとしても人は簡単に切り捨てるということを。
……そして、それでも強くあろうとしていることを。
「……くだらないわね」
ぽつりと、シンシアがつぶやいた。
視線はまっすぐ前を向いたまま。まるで独り言のように、小さな声で。
「勝手に『悪女』って決めつけて、勝手に罵って……命の恩人にすら、感謝もできないなんて。本当、これがこの国の『民度』ってやつなのね」
その声音には、皮肉が滲んでいた。
でも、それは怒りから来るものじゃなかった。
冷たく見せかけているけれど――ほんとは、悲しみによく似た何かだった。
俺はそれを、ただ黙って聞いていた。
少し間を置いて、そっと言葉をかける。
「……大丈夫か?」
その一言に、シンシアはぴくりと肩を震わせた。
すぐに顔をそらし、ふいっと横を向く。
「何が? 私は別に、大丈夫だけど?」
返ってきたのは、いつもの高飛車な口調だった。
だけど、それは完璧な『仮面』じゃなかった。
声の端が、どこかかすかに揺れていた。
「誰に嫌われようと、どうでもいいわ。私は……最初から、そういう人間だから」
その言葉には、妙な寂しさがあった。
まるで、自分に言い聞かせるように。
俺は、一歩だけ彼女に近づいて、静かに言う。
「……それ、本気で言ってるのか?」
「は?」
「そういうの、強がりって言うんじゃないのか?」
その瞬間、シンシアの動きが止まった。
彼女は振り向かなかった。
でも、背筋がわずかに硬くなったのがわかる。
「……ふん。勝手に言ってれば?」
強気な声。だけど――さっきまでよりも、ちょっとだけ小さかった。
「私はね、誰の助けもいらないの。一人で立って、一人で歩いて、ちゃんと生きていける。誰にも期待しなければ、裏切られもしないから」
淡々と告げるその言葉は、どこか機械的で。
繰り返し自分に言い聞かせてきた『呪文』のようだった。
「……慣れてるのよ。こういうのには」
その声には、ほんのわずかに震えが混じっていた。
まるで、その『慣れ』が、本当は全然平気じゃないことを証明しているようだった。
俺にはわかる。
誰にも必要とされない痛みを、俺も知ってるから。
だからこそ、俺は彼女の背中に、そっと言った。
「でも……強がらなくてもいいんじゃないか?少なくとも今はさ」
シンシアは答えなかった。
それでも、ほんの一瞬だけ――横顔の端が、少しだけ揺れた気がした。
そして数歩だけ前に歩いて、振り向かずに言った。
不意に、彼女が振り向かずに言った。
「……あんたのこと、少しだけ見直してあげる。さっきの戦いも、悪くなかったし。だから、その……べ、別に、あんたが気になるとかじゃないけど」
「え? 何の話?」
「ちがっ、そうじゃなくて……!だから、あの、もし『暇』なら――」
言い淀んだ彼女の声が、しばし沈黙したあと、ぽつりと落ちた。
「……私のこと、護衛してくれてもいいわよ。ちょっとだけ、役に立ちそうだし」
やっぱり強気な言い回しだったけど――その背中には、どこか安心したような、ほっとした空気があった。
俺は苦笑して、小さく頷く。
「じゃあ……『ちょっとだけ』ってことで」
「ちょっとだけよ?」
「了解」
きっと、俺たちはまだ孤独の中にいる。
でも――二人でいれば、その孤独は、少しだけましになる気がした。
がれきと土煙の中、人々はぽつぽつと戻ってきていた。
だが彼らの目に、感謝や賞賛の色はなかった。
「……ったく、何だったんだよ、あの魔獣」
「あの女、何か魔獣を呼び寄せる儀式でもしてたんじゃないか?」
「やっぱりあの女、災いを呼ぶって噂は本当だったんだな」
そんな声が、そこかしこから聞こえてくる。
誰一人として、命が助かったことに安堵している様子はない。
口々に文句を言いながら彼らは誰ともなく罵りの矛先を、再びあの令嬢へと向けはじめていた。
「見た?あんな男に助けられるなんて、伯爵令嬢も地に落ちたもんだよね」
「つーか、あれって勇者パーティーから追い出された奴じゃなかったか?」
「ああ、確か『補助魔法だけの役立たず』って噂の……なるほど、お似合いのコンビだな」
嘲りと冷笑が、堂々と聞こえる距離で投げかけられる。
俺たちのすぐ傍にいながら、誰も声をかけてはこない。
ただ、見下すように鼻で笑うか、興味本位の視線をぶつけてくるばかりだった。
……さっきまでは、確かに命の危機だった。
でも、魔獣がいなくなった今、彼らはまた『日常』へと戻っていく。
そして俺たちは――その日常からはじき出された側だ。
俺は、ふと隣に目をやる。
シンシアは、何も言わずに立っていた。
顔を上げ、背筋を伸ばし、群衆の罵りを涼しげな顔で受け流している。
けれど、目は笑っていなかった。
頬は少しだけ紅潮し、唇がかすかに震えていた。
それは怒りではなく、きっと――痛みだった。
俺には、それがわかった。
彼女も、わかっていたのだ。
誰も味方をしてくれないということを。
どれだけ必死に立ち向かっても、正しかったとしても人は簡単に切り捨てるということを。
……そして、それでも強くあろうとしていることを。
「……くだらないわね」
ぽつりと、シンシアがつぶやいた。
視線はまっすぐ前を向いたまま。まるで独り言のように、小さな声で。
「勝手に『悪女』って決めつけて、勝手に罵って……命の恩人にすら、感謝もできないなんて。本当、これがこの国の『民度』ってやつなのね」
その声音には、皮肉が滲んでいた。
でも、それは怒りから来るものじゃなかった。
冷たく見せかけているけれど――ほんとは、悲しみによく似た何かだった。
俺はそれを、ただ黙って聞いていた。
少し間を置いて、そっと言葉をかける。
「……大丈夫か?」
その一言に、シンシアはぴくりと肩を震わせた。
すぐに顔をそらし、ふいっと横を向く。
「何が? 私は別に、大丈夫だけど?」
返ってきたのは、いつもの高飛車な口調だった。
だけど、それは完璧な『仮面』じゃなかった。
声の端が、どこかかすかに揺れていた。
「誰に嫌われようと、どうでもいいわ。私は……最初から、そういう人間だから」
その言葉には、妙な寂しさがあった。
まるで、自分に言い聞かせるように。
俺は、一歩だけ彼女に近づいて、静かに言う。
「……それ、本気で言ってるのか?」
「は?」
「そういうの、強がりって言うんじゃないのか?」
その瞬間、シンシアの動きが止まった。
彼女は振り向かなかった。
でも、背筋がわずかに硬くなったのがわかる。
「……ふん。勝手に言ってれば?」
強気な声。だけど――さっきまでよりも、ちょっとだけ小さかった。
「私はね、誰の助けもいらないの。一人で立って、一人で歩いて、ちゃんと生きていける。誰にも期待しなければ、裏切られもしないから」
淡々と告げるその言葉は、どこか機械的で。
繰り返し自分に言い聞かせてきた『呪文』のようだった。
「……慣れてるのよ。こういうのには」
その声には、ほんのわずかに震えが混じっていた。
まるで、その『慣れ』が、本当は全然平気じゃないことを証明しているようだった。
俺にはわかる。
誰にも必要とされない痛みを、俺も知ってるから。
だからこそ、俺は彼女の背中に、そっと言った。
「でも……強がらなくてもいいんじゃないか?少なくとも今はさ」
シンシアは答えなかった。
それでも、ほんの一瞬だけ――横顔の端が、少しだけ揺れた気がした。
そして数歩だけ前に歩いて、振り向かずに言った。
不意に、彼女が振り向かずに言った。
「……あんたのこと、少しだけ見直してあげる。さっきの戦いも、悪くなかったし。だから、その……べ、別に、あんたが気になるとかじゃないけど」
「え? 何の話?」
「ちがっ、そうじゃなくて……!だから、あの、もし『暇』なら――」
言い淀んだ彼女の声が、しばし沈黙したあと、ぽつりと落ちた。
「……私のこと、護衛してくれてもいいわよ。ちょっとだけ、役に立ちそうだし」
やっぱり強気な言い回しだったけど――その背中には、どこか安心したような、ほっとした空気があった。
俺は苦笑して、小さく頷く。
「じゃあ……『ちょっとだけ』ってことで」
「ちょっとだけよ?」
「了解」
きっと、俺たちはまだ孤独の中にいる。
でも――二人でいれば、その孤独は、少しだけましになる気がした。



