追放された補助魔術師は、婚約破棄された悪役令嬢にスカウトされる ~辺境で始まる凸凹コンビの逆転劇~

 ざわめきの波が、空を裂くように押し寄せてくる。
 その音は、まるで無数の刃が心を切り裂くかのように、私を襲った。

 ――知っている。

 この空気、この視線、この音。

 白い断罪台の上に立つと、世界が歪んで見えるのは気のせいではない。
 足元の石畳が、まるで奈落の底へと続いているかのように感じられた。
 そこにいる全員が、私を『悪』と見なしている。
 最初からそう決めつけて、都合のいい『物語』だけを真実として、重ね合わせてくるのだ。
 彼らの目には、私という一人の人間は映っておらず、ただ「悪女」というレッテルだけが貼り付けられている。
 その集団の憎悪にも似た感情が、物理的な重さとなって私にのしかかる。

「『悪女』が、再び王都に戻ってきたぞ……懲りない女だ」
「今度は、何を仕出かしたんだ?」
「こんな女に助けられた村の人間が、哀れでならないな。きっと騙されているのだろう」

 くすくすという笑い声が、刺すように突き刺さる。
 それは明確な憎悪でも、敵意でもない。
 ただ、見下している――踏みにじって、愉しんでいる。
 他者の不幸を肴にするような、その冷たさが、一番人を傷つけると私は知っている。
 嘗て、この場所で、私はその冷たさに心を凍らせた。

 王都の高台に響く神官の声が、無感情に『再審』を宣言する。
 その声は、まるで感情を持たない機械のようだった。

「シンシア・フォン・アーデルハイト。過去において、貴女は高貴なる立場を利用し、他者を侮辱し、勇者パーティーとの対立を引き起こし、王都の秩序を乱した……この点について、再確認の場を設けた」

 その言葉と共に、整然と用意された『証言』が読み上げられていく。

 婚約破棄の経緯。勇者リカルドへの不遜な言動。
 高飛車な態度で、他者を見下していたとされる行動の数々。
 どれも、歪められ、都合よく編集された過去。
 真実とは程遠い、一片の真実も含まれていないような言葉が次々と紡がれていく。
 あの時の私は、ただ、自分の信じる正義を守ろうとしただけ。
 しかし、それが『事実』として語られていく。

 人は、真実よりも納得できる『物語』を信じたがる。

 そして私は、その物語の『悪役』であり続けるしかなかった。
 この舞台に立つ限り、私の言葉は届かない。

 ――知っている。全部、知っているの。

 私は、見下していた、傲慢だった、それは事実だ。
 でも、それは「守るため」だった。
 自分の立場も、家の誇りも、そして、誰にも踏み荒らされたくないと信じていた未来も――。
 なのに、今こうして晒されているのは、その時の『結果』ではなく『演出』だけだ。
 私の行動の真意など、誰も知ろうとはしない。

「彼女は勇者を侮辱した!」
「貴族でありながら責任を放棄し、被害者ぶって同情を買っているだけだ!」
「追放されて当然だった女だ! この王都に災いを呼ぶ!」

 声が次第に大きくなる。
 群衆の怒りが、まるで津波のように押し寄せてくる。
 私は視線を上げ、何かを言い返そうとする――けれど、口は開かなかった。
 言っても無駄だ――彼らは聴く耳など持っていない。
 私がどれだけ変わったか、何を思って戦ってきたかなんて関係ない。
 この場所では、私は過去の亡霊でしかないのだ。

 それでも。
 私は、逃げなかった。
 今日、この場に立つと決めたのは、私自身だ。
 誰かに強いられたわけではない。

 「――逃げるのは、もっと腹立たしい」

 あの時、エリオットにそう言った。
 あの言葉を、私は守る。だから
 こそ、笑われても、指を差されても、私は前を向いている。
 でも……胸の奥がじくじくと痛む。
 まるで、心の傷が再び開くかのように。
 自分の中の過去の自分が、また顔を出しそうになる。
 あの頃の私なら、きっとここで、彼らをさらに見下し冷たい言葉で突き放していただろう。

 ――誰も私を理解しないなら、最初から一人でいればいい。

 誰かに感謝されるなんて、期待しなければいい。
 どうせ信じてくれない。なら、私も信じない。
 そうやって、ずっと自分を閉ざしてきた。
 硬い鎧を身につけ、誰にも触れさせないように生きてきた。
 でも、辺境での生活で、少しだけその鎧が緩んできた。
 エリオットや村の人々に触れて、ほんの少しだけ「変わるのも悪くない」と思い始めたのに――今、それが一気に打ち砕かれそうになる。
 この温かい感情が、偽りだったと、この王都が証明しようとしている。

「……ぐっ……」

 無意識に、爪が手のひらに食い込んでいた。
 痛みが、意識を現実へと引き戻そうとする。
 呼吸が浅くなる、鼓動が早まる。
 心臓が、まるで警鐘のように激しく鳴り響く。
 視界の端が、にじんだように揺れ始める。
 このままでは、あの日のように絶望に飲み込まれてしまう。

(駄目。私は、こんなところで――)

「シンシア!」

 その時だった。
 ざわめきと罵声の嵐を切り裂くようにはっきりと響いた、男の声。

 迷いも、恐れもない、ただまっすぐな――その声は、まるで暗闇の中で差し込む一条の光のように、私の心を貫く。
 振り向かなくてもわかる。

 それは、彼――エリオットの声が、聞こえた。