追放された補助魔術師は、婚約破棄された悪役令嬢にスカウトされる ~辺境で始まる凸凹コンビの逆転劇~

 王都に戻ってきた――という実感は、石畳を踏みしめたときよりも、広場に吹く冷たい風の中にあった。
 その風は、辺境の穏やかな風とはまるで違い、どこか過去の記憶を呼び起こすかのように、肌を刺し、心の奥底まで凍らせる。

 王都の匂い――権力と虚飾、そして見せかけの正義の臭いが鼻腔をくすぐった。

 目の前には、かつてと同じ舞台――否、それ以上に『整えられた』舞台がそびえていた。
 純白の布で覆われた断罪台は、まるで神聖な儀式のように演出されているが、その実態はただの『見世物』だ。
 民衆の娯楽と、貴族の都合のために用意された、冷酷な茶番。
 その舞台の高さが、観衆と被告の間に、越えられないほどの格差を象徴しているようだった。

 広場を取り囲むように、貴族、神官、そして王都の住民たちが押し寄せ、階段状の観覧席にびっしりと詰めかけている。
 その顔ぶれは、あの日の記憶と重なる。
 冷たい好奇心と、他者の不幸を喜ぶような、歪んだ期待に満ちた視線が舞台中央へと集中する。
 嘗ての公開断罪と、何ひとつ変わっていない――そう思わされるような、空気と構成だった。
 いや、あの時よりも、さらに多くの人間が集まっているように見えた。

「また来たのか、あの女……図々しいにも程がある」
「ほら見ろ結局ああいう奴は、罪を繰り返すんだ……腐った貴族の血は変わらない」
「今度こそちゃんと裁かれるんだろうな?」

 どこからともなく聞こえる囁き、罵声、そして嘲笑。
 その内容は、俺たちが辺境で聞いた噂話と同じだ。

 王都の民衆にとって、シンシアは変わらず『悪女』であり『災いの象徴』なのだ。
 内容も、声の調子も、前と同じだ。
 まるで、時間が巻き戻ったかのように。

 ――でも。

 俺が舞台袖で立ち尽くし、視線を前に向けるとそこには一つだけ、決定的に『違うもの』がある。

 舞台の中央に立つ、あの背中。真紅のドレスを纏い、堂々と背筋を伸ばす姿。
 群衆の視線を真正面から受け止め、一切ひるむことなく立つその姿は、貴族としての誇りを捨てず逃げることもなく、人々の前に再び姿を見せた――彼女、シンシア・フォン・アーデルハイトだった。
 その纏う空気は、以前よりも一層研ぎ澄まされ、凛としていた。
 傍目には気丈に見えるその姿も俺は知っている。
 この舞台が、どれほど彼女にとって苦しい場所か。
 あの日、心をへし折られ、誰にも助けられなかったこの場所に再び立つことが、どれだけの覚悟を要するのか。
 その痛みを、どれほど深く心に刻みつけながら、ここに立っているのかを。

 でも彼女は、逃げなかった。
 恐怖を押し殺し、プライドを賭けて、この場所に帰ってきた。

「……強くなったな、お前」

 思わず、小さくつぶやいていた。
 その声は、群衆の喧騒にかき消されるほど小さかったが、俺の心には深く響く。
 群衆の視線は、すべてシンシアに向いている。
 だが、それは彼女を公正に評価するためではない。
 『罰』を求める野次馬根性、前と同じ結末を期待する冷たい目。
 彼らは知らない。
 シンシアがこの一年で、どれほど変わったか――辺境の村で、誰かのために手を伸ばし、感謝される喜びを知り、自らの無力さと向き合い、変わろうと、もがいてきたかを。
 そして、それを支えるために俺がどれだけ彼女の隣を歩き、共に足を動かしてきたかも。
 彼女の隣には、誰も立っていない。
 しかし、その背中はもう独りではなかった。
 見えない絆が、彼女を支えている。

 観覧席の上段、貴族たちの席に目を向ければ、リカルドの姿が見える。
 剣を腰に下げ、勇者のローブを纏い、相変わらず隙のない立ち姿だった。
 その表情は、いつものように冷静で、感情を読み取ることができない。
 その隣に控えるのは、聖女マリーベルと重装騎士ガレス。
 嘗ての仲間たち――いや、俺を『役立たず』と呼び捨てた者たち。
 彼らは今、どんな気持ちでこの舞台を見ているのだろうか。
 シンシアを再び断罪しようとしている事をと信じているのか。

「これより、再審を執り行う」

 王族の代理として現れた神官が、荘厳な口調で開会を宣言した。
 その声が、広場に満ちるざわめきを一瞬で鎮める。
 鐘の音が三度、静かに響き渡る。
 その音は、まるで過去の判決を再び呼び覚ますかのように、重々しかった。
 白い幕が、静かに風になびく。そのすぐ下、シンシアが一歩前に出た。

 空気が張りつめ、群衆が息をのむ。
 彼女の一挙手一投足にすべての視線が釘付けになる。
 だが彼女は、わずかに顎を上げ、そのまま真っ直ぐに観衆の視線を返した。
 その瞳には、恐怖も悲しみも、もはや見当たらない。
 あるのは、揺るぎない覚悟と、内なる炎。

 ――そうだ。この空気の中で、目をそらさない強さを持っているのが、今の彼女だ。

 彼女はもう、王都の貴族が敷いたレールの上を歩く人形ではない。

 もし、ここでまた『過去』に引き戻されるような言葉が放たれたとしても。
 今度は、誰にも傷つけさせない。
 俺が、絶対に守る。
 誰が何を言おうと俺は彼女の隣に立つ。
 そう、心の奥で誓いながら、俺はゆっくりと歩み出した。
 舞台袖から、シンシアの隣に進んだ。