宴の余韻が、まだ耳の奥で残っていた。
――音楽、笑い声、子供のはしゃぎ声。
そのすべてが、私にとってどこか不思議だった。
優しすぎて、夢のようで、まるで自分には許されない光景のように感じられる。
だから、私はその空気に酔いすぎる前に、ふらりと席を立った。
この温かさに、心を預けてしまうのが怖かったのかもしれない。
向かったのは、村の裏手にある、なだらかな丘。
草が靴音を吸い込み、頬に夜風が優しく触れる。
その冷たさが、熱を帯びた頬に心地よかった。
「……来たのか」
後ろから聞こえた声に、私は振り向かないまま言った。
エリオットの声だとすぐにわかる。
いつも通り、軽やかな、けれど芯のある声。
「来たくて来たんじゃないわ。ただ……気がついたら、足が勝手にこっちを向いていた、それだけよ」
「それ、来たくて来たっていうんじゃないか?」
「うるさいわね」
ふふ、と自分でも驚くほど柔らかい笑いが漏れて――私、今、笑ったのかしら?
王都にいた頃は、常に貼り付けたような微笑みか、嘲りの笑みしかなかったはず。
笑ったのはいつぶりだろう、
こんな風に、素直な感情からくる笑いがこぼれたのは。
ふたり、並んで丘の上に立つ。
見下ろす先には、ぽつぽつと灯る村の明かり。
焚き火の煙が夜空に吸い込まれ、人々の営みの証を小さく灯している。
素朴で、揺れていて、それでも確かに生きている灯のように見える。
それは、王都の煌びやかな魔導の光とは全く違う――温かく、生命力に満ちた輝きだった。
「……全部見えるのね、この場所から」
夜風が、髪をそっとなびかせる。
少しだけ寒くて、でも、それすらも心地よかった。
私は言葉を探すように、ぽつりと呟いた。
心の奥底に沈んでいた、ずっと言葉にできなかった感情が少しずつ浮上してくるのを感じた。
「……少しだけ、居場所ってものがわかった気がするわ」
エリオットはすぐに返事をしなかった。
でも、その沈黙が、妙に優しく思えた。
彼は決して、私に安易な言葉をかけたり、期待を押し付けたりしない。
ただ、私の言葉を受け止めてくれる――その彼の態度が、私にとってどれほど安心できるものかこの時初めて理解した。
そして彼は、静かに、まっすぐに言った。
「なら、また作ればいい……これからも、少しずつでいいからさ。だって今の俺たちは、それが出来るんだから」
私は彼の顔をちらりと見る。
暗がりの中でも、彼の目はしっかりとこちらを見ていた。
あの時、魔獣の前で危険を顧みず飛び出してきたときと同じ――迷いのない、まっすぐな目。
その瞳には、私を否定する色も、見下す色も、哀れむ色も、一切ない。
ただ、隣に立つ相棒を信頼し、未来を信じる光だけが宿っていた。
「……あんたって、ほんとにお人好しね。そして、お節介だわ」
「かもな。でも、嫌いじゃないだろ?」
「……否定は、しないでおいてあげる。今のところは、ね」
私は顔を逸らす――けれど、たぶん隠しきれていない。
顔に上った熱も、心の奥がほんのり、温かくて、くすぐったくて、むず痒いような感覚も。
初めて経験するこの奇妙で甘い感情が、私を戸惑わせる。
灯りを見下ろしながら、そっと呟いた。
それは、自分自身への問いかけのようでもあった。
「ここも、悪くないわね……少なくとも、今は。王都での冷たい視線や、常に張り詰めた緊張とは無縁の世界だわ……このまま、安心して息が出来るようになりたいわ」
そしてもう一度、風が吹く。
世界の音が、少しだけ優しくなった気がした。
まるで、私自身の心が、硬く閉ざしていた扉をわずかに開いたかのように。
この暖かさが、泡のように消えてしまわないことを今はただ、願うばかりだ。
――音楽、笑い声、子供のはしゃぎ声。
そのすべてが、私にとってどこか不思議だった。
優しすぎて、夢のようで、まるで自分には許されない光景のように感じられる。
だから、私はその空気に酔いすぎる前に、ふらりと席を立った。
この温かさに、心を預けてしまうのが怖かったのかもしれない。
向かったのは、村の裏手にある、なだらかな丘。
草が靴音を吸い込み、頬に夜風が優しく触れる。
その冷たさが、熱を帯びた頬に心地よかった。
「……来たのか」
後ろから聞こえた声に、私は振り向かないまま言った。
エリオットの声だとすぐにわかる。
いつも通り、軽やかな、けれど芯のある声。
「来たくて来たんじゃないわ。ただ……気がついたら、足が勝手にこっちを向いていた、それだけよ」
「それ、来たくて来たっていうんじゃないか?」
「うるさいわね」
ふふ、と自分でも驚くほど柔らかい笑いが漏れて――私、今、笑ったのかしら?
王都にいた頃は、常に貼り付けたような微笑みか、嘲りの笑みしかなかったはず。
笑ったのはいつぶりだろう、
こんな風に、素直な感情からくる笑いがこぼれたのは。
ふたり、並んで丘の上に立つ。
見下ろす先には、ぽつぽつと灯る村の明かり。
焚き火の煙が夜空に吸い込まれ、人々の営みの証を小さく灯している。
素朴で、揺れていて、それでも確かに生きている灯のように見える。
それは、王都の煌びやかな魔導の光とは全く違う――温かく、生命力に満ちた輝きだった。
「……全部見えるのね、この場所から」
夜風が、髪をそっとなびかせる。
少しだけ寒くて、でも、それすらも心地よかった。
私は言葉を探すように、ぽつりと呟いた。
心の奥底に沈んでいた、ずっと言葉にできなかった感情が少しずつ浮上してくるのを感じた。
「……少しだけ、居場所ってものがわかった気がするわ」
エリオットはすぐに返事をしなかった。
でも、その沈黙が、妙に優しく思えた。
彼は決して、私に安易な言葉をかけたり、期待を押し付けたりしない。
ただ、私の言葉を受け止めてくれる――その彼の態度が、私にとってどれほど安心できるものかこの時初めて理解した。
そして彼は、静かに、まっすぐに言った。
「なら、また作ればいい……これからも、少しずつでいいからさ。だって今の俺たちは、それが出来るんだから」
私は彼の顔をちらりと見る。
暗がりの中でも、彼の目はしっかりとこちらを見ていた。
あの時、魔獣の前で危険を顧みず飛び出してきたときと同じ――迷いのない、まっすぐな目。
その瞳には、私を否定する色も、見下す色も、哀れむ色も、一切ない。
ただ、隣に立つ相棒を信頼し、未来を信じる光だけが宿っていた。
「……あんたって、ほんとにお人好しね。そして、お節介だわ」
「かもな。でも、嫌いじゃないだろ?」
「……否定は、しないでおいてあげる。今のところは、ね」
私は顔を逸らす――けれど、たぶん隠しきれていない。
顔に上った熱も、心の奥がほんのり、温かくて、くすぐったくて、むず痒いような感覚も。
初めて経験するこの奇妙で甘い感情が、私を戸惑わせる。
灯りを見下ろしながら、そっと呟いた。
それは、自分自身への問いかけのようでもあった。
「ここも、悪くないわね……少なくとも、今は。王都での冷たい視線や、常に張り詰めた緊張とは無縁の世界だわ……このまま、安心して息が出来るようになりたいわ」
そしてもう一度、風が吹く。
世界の音が、少しだけ優しくなった気がした。
まるで、私自身の心が、硬く閉ざしていた扉をわずかに開いたかのように。
この暖かさが、泡のように消えてしまわないことを今はただ、願うばかりだ。



