追放された補助魔術師は、婚約破棄された悪役令嬢にスカウトされる ~辺境で始まる凸凹コンビの逆転劇~

 結界は──ただの魔法じゃない。

 人を守るための盾だ。敵を封じ、味方の足場を作るための線だ。
 今、それが俺の『役』”だと、この場にいる全員が理解していた。

「《ライン・バリア》、次──展開!」

 俺は通路に膝をつき、震える手で地面に魔法陣を描く。
 魔力が底を突きかけているのが分かってるし、頭の奥がじんじんする。
 手足は氷のように冷たいけど、それでもやめられなかった。
 この命が尽きるまで、止まることなんてできない。

 振り返れば、老いた農夫が少女を抱えて走っている。
 その隣を、母親が転びそうな足取りで追いかけているのがわかった。
 顔は恐怖に歪んでいるが、その目は希望を失っていない。
 逃げ道は、俺が張った結界の『内側』しかない。

「こっちです!この道を通って、丘の上の避難所へ!」

 村の青年たちが声を張り上げ、混乱の中でも秩序が保たれている。
 彼らもまた、必死に村人を誘導している。
 けれど、向こうでは魔獣の咆哮が鳴り響いており、その声は、絶望を囁く悪魔のようだった。

「グルルゥゥ……!」

 シンシアが一体の狼型魔獣と真っ向からぶつかっていた。

「おとなしく燃えなさい……!」

 彼女の手に奔る火球は、さっきよりもずっと整っていた。
 余計な魔力の暴走はない。
 的確な威力、的確な射線。
 敵を焼き払い、味方を傷つけない制御された『魔法』。
 その背で、彼女が叫んだ。

「エリオット、そっちは!?」
「あと……三枚!維持はギリギリだけど、なんとかなる!」
「やれるわね!」
「やるしかねぇよ!!」

 連続展開してきた《ライン・バリア》は、もう六枚目。
 村の主通路に沿って、等間隔に敷かれたその結界はまるで光の回廊――半透明の壁が、迫りくる魔獣の脅威から村人を守っている。
 彼らの目には俺たちの魔法が、希望の光として映っているのだろう。

「次の結界……っ、《バリア・リンク》!」

 歯を食いしばり、全身から汗が噴き出す。
 視界の端が歪み始め、耳鳴りがする。
 魔力の枯渇は、意識を朦朧とさせる――それでも、止まれなかった。

 ──もう誰も、見捨てたくない。

 過去に「役立たず」として切り捨てられ、誰の役にも立てなかったあの時の自分とは違う。
 だから、俺は動く。

「ありがとうよ、兄ちゃん!」
「おかげで子どもが助かった!」

 駆け抜ける村人の誰かが、そう言っていった。
 その声は、荒れ狂う嵐の中で、俺の心に強く響く。
 俺は声を返す余裕がなかったけど、その言葉は胸に深く染みた。
 過去の俺に向けられたのは、「役立たず」「追放」「無能」ばかりだった――誰からも必要とされない存在、それが、俺の全てだった。
 でも今──俺はここにいて、誰かの命を支えている。
 この手で、未来を繋いでいる。

(……これが、俺の『戦い方』だ)

 剣も、攻撃魔法もない俺にできる、たった一つの『役割』。
 けれど、それは『無力』じゃない。
 誰かが前に出て戦えるのは、俺のこの防衛線があるからだ。

 シンシアが、あんなに強力な魔法を躊躇なく放てるのも、俺が彼女の背後を守っているから。
 互いが互いを信じ、支え合う――それが今の俺たちの戦い方だった。

「おらあああああッ!!」

 シンシアの叫びと共に、巨大な爆裂音が空を裂いた。
 振り返れば、最後の魔獣が炎に包まれ、断末魔の叫びを上げながらゆっくりと倒れるのが見えた。
 周囲に飛び散る炎の残滓が、夜の闇を赤く染め上げる。

 ……終わった。

 そう思った瞬間、足元の力がふっと抜けてその場に座り込んだ。
 全身の魔力が枯渇し、意識が遠のきそうになる。

「え……エリオット!?」

 焦った声、視界の端に、焼け跡の中から駆け寄ってくるシンシアの姿が見える。
 その顔は、魔獣との激闘で煤けているが、安堵と心配が入り混じった表情をしていた。

「……へへ、大丈夫、大丈夫。生きてるし、立てる……たぶん」

 精一杯の強がりを言ったつもりだった。
 口元がうまく動かせない。
 けど、彼女は小さく息を吐き、俺の腕を掴んで無言で支えてくれた。
 その手は、小さくても確かに力強く、そしてあたたかかい。
 言葉はなかった。
 でもその手は、確かにあたたかかった。