追放された補助魔術師は、婚約破棄された悪役令嬢にスカウトされる ~辺境で始まる凸凹コンビの逆転劇~

 王都の中央広場は、朝の陽光に照らされながらも、重苦しいざわめきに包まれていた。
 昨日までただの石畳だったはずの場所が、今は人の波で埋め尽くされている。
 子どもを肩車する親、興奮した顔で笑いあう若者、そして冷たい目を光らせる老人たち――押し合いへし合いしながら集まった彼らは、皆、何かを待ち望んでいた。
 そのざわめきは、期待とも、好奇心ともつかない熱を帯びていた。

「……何があるんだ?」

 俺は立ち止まり、自然と耳を澄ませていた。
 ここに来るつもりなんてなかった。
 ただ、歩いていた足が人の流れに吸い込まれ、気づけば広場の端に立っていたのだ。

「知らないのか?今日はあの伯爵令嬢が断裁されるんだ」
「そうだそうだ、あの高慢ちきな伯爵令嬢、シンシアが!」
「ようやくか……!ざまあみろってやつだな」

 噂好きの市民たちの声が、途切れることなく耳に飛び込んでくる。
 『断罪』――その言葉に、胸がざらついた。
 人々の顔には笑みが浮かんでいた。
 それは慈悲や同情から生まれたものではなく、他人の不幸を楽しむための笑みだ。
 広場の中央に設けられた舞台の前に群がり、口々に彼女を罵る言葉を吐き出している。

「派手なドレスばかり着て、いつも鼻で人を笑ってたんだ」
「殿下を誑かそうとしたんだろ? 卑しい女め」
「これで溜飲が下がるってもんだ」

 誰もが断罪を『娯楽』として待ち望んでいた。
 俺は、その光景をただ眺めるしかなかった。
 ……いや、眺めることしかできなかった。

 ほんの少し前、俺も似たような断罪を受けた。
 勇者パーティーからの追放。
 『役立たず』の烙印。
 誰にも必要とされない存在だと突きつけられた、あの瞬間を――忘れられるはずがない。

 だからこそ、俺はこの場に足を止めざるを得なかった。
 彼女が断罪される姿が、なぜか自分に重なって見えて仕方がなかった。

 押し合う群衆のざわめきは濁流のように渦巻き、広場全体が熱にうなされているかのようだった。
 子どもがはしゃぐ声に混じって、男たちの嘲笑、女たちの蔑みの声が飛び交う。

「悪女だ、悪女だ」
「王家を愚弄した女にふさわしい末路だ」

 口々に放たれる言葉は、まだ姿を見せぬ彼女を、徹底的に貶めていた。
 俺は思わず唇を噛みしめる。

 ――どうして人は、こんなにも容易く、誰かを切り捨てられるのだろう。

 昨日、『役立たず』として俺を追放した連中の顔が脳裏をよぎる。
 結局、俺も同じだ。
 群衆の中に混じり、ただ黙って見守っているだけの傍観者に過ぎない。

 人垣の隙間から、舞台が見える。
 磨かれた木材で作られた壇上には、金の装飾が施された椅子が置かれていた。
 そこに座るのは――王子か、あるいは王家に連なる者か。
 そして、その前に引き立てられるのが『伯爵令嬢シンシア』。

「シンシア様も終わりだな」
「殿下を騙そうとしたのが運の尽きだ」

 噂は、尾ひれをつけて広がっていく。
 真実がどうであれ、彼女は『悪女』として舞台に上げられる。
 その事実だけが、揺るぎなく広場を支配していた。
 人々は、誰も疑わない。
 そこにいるのは悪女で、裁かれるべき存在で、だから罵っても構わないのだと。
 その光景は、俺にはどうしようもなく寒々しく映った。
 群衆の波に押され、前へと進んでしまう。
 肩がぶつかっても、誰も謝らない。
 皆、舞台の一点を食い入るように見つめている。

 俺の心臓は、妙に早く鼓動を打っていた。

(……なぜだろう?)

 知らない令嬢のはずなのに、これから彼女に降りかかるものを想像すると、胸の奥が締めつけられる。
 笑い声。罵声。嘲り。

 ――その中に、昨日の自分がいた。

 あの広間で、リカルドに突きつけられた言葉。
 マリーベルの冷笑。
 ガレスの侮蔑。
 あの時と、何も変わらない。
 彼らも群衆も、俺の存在を否定した。
 そして今、それが彼女に向けられようとしている。
 俺は拳を握りしめた。
 けれど、その拳に力は入らない。
 助けることなんてできない。
 俺にできるのは、ただ見ていることだけ。

 ――それが、なおさら胸を苛んだ。

 石畳の上に立ち尽くしながら、俺は舞台を見つめる。
 人々の歓声は高まり、ざわめきはますます熱を帯びていく。

 ――伯爵令嬢、シンシア。

 その名前を耳にしたとき、胸の奥で何かが引っかかった。
 見たことも、話したこともない相手。
 それでも、不思議と耳から離れなかった。
 群衆は、彼女を待っている。
 裁かれ、辱められ、突き落とされるのを。
 舞台の幕が上がれば、彼女は孤独な断罪の場に立たされるだろう。
 そして俺は、また傍観者として、その光景を見届けることになる。
 逃げ出したい気持ちと、目を逸らせない衝動がせめぎ合う。
 広場のざわめきはさらに高まり、鼓動と混ざり合って耳鳴りのように響いていた。

 やがて――鐘の音が鳴る。

 広場全体が、ざわめきを止めた。
 人々の視線が一斉に、舞台へと注がれる。

 ――断罪が、始まる。

 俺もまた、抗うこともできず、その場に立ち尽くし、舞台を見つめるしかなかった。