村の空気は、やっぱり嫌いだった。
じろじろと値踏みするような視線、遠巻きに交わされる囁き声。
あからさまな拒絶ではないけれど、まるで「ここにあなたの居場所はない」と言われているような空気。
それでも私は、何も言わないし言い返さない。
どうせ言ったところで変わらないのだから。
本当の事だから――貴族の娘で、王都を追われ、断罪された『悪女』。
それがこの村の私に対する認識だからいまさら否定する気にもなれない。
だから私はただ、村の広場の木陰に立っていた。
日差しは柔らかい。風も穏やか……なのに、胸の奥にはずっと小さな冷たさが残っていた。
その時、突然声が聞こえた。
「きゃっ……!」
甲高い声が響き、振り返ると、小さな荷車が傾き積んであった麻袋が地面に転がり落ちていた。
袋のひとつが破れて中から野菜が転がり出ていく。
傍らには、慌てふためく子ども――おそらく10歳にも満たない、あどけない男の子がいた。
どうやらひとりで荷車を運んでいたらしい。
「う……うええぇぇっ……!」
(え、ええ……)
泣き始めた子供に、私が一瞬どうしたらいいのかわからなかった。
もしかしたら、酷い顔をしていたのかもしれない。
子供はそのまま泣きながら転がったジャガイモを拾おうとしても、うまくいかない。
泣きながらも、手を止めないその姿がなぜか妙に胸に引っかかった。
少しだけ、足が勝手に動いていた。
言葉もなく、私は片手を軽く上げる。
「《フロート・リフォルム》」
魔力が集まり、空気がわずかに震える。
崩れた麻袋と転がった野菜たちがふわりと宙に浮き、まるで見えない糸に導かれるように荷車の上にぴたりと戻った。
口の中で袋の破れを仮修復する術式を唱え、簡易補修の魔法をかける。
完璧とはいかないけれど、数日はもつはずだ。
沈黙が落ちている。
泣いていた男の子が、ぽかんと口を開けて、私を見ている。
その目に浮かんでいるのは――恐怖でも、警戒でも、憎しみでもなかった。
「……ありがとう、お姉ちゃん!」
その言葉が、まるで不意打ちの矢のように胸に刺さる。
――ありがとう。
また、だ。
『悪女』と罵られ、嘲られ、貴族の娘というだけで忌避されて――そんな私に向けられる「ありがとう」は、あまりにも軽すぎて、そして重すぎた。
私はほんの少し目を見開いた。
自分でも、そんな顔になるとは思わなかった。
「……べ、別に、気まぐれよ。あなたが泣く声がうるさかっただけ」
そう言って顔を背けたのは誤魔化すためだ。
本当のところ、自分でもよく分からない。
ただ――その言葉は、きっと嘘だった。
気まぐれじゃない。
私は、助けたかった。
泣いている子どもが困っているのを見て、手を伸ばしたかった。
(ああ、なにやってるのかしら、私……)
自嘲しかけたその時、背後から少し笑いを含んだ声が届いた。
「また『ありがとう』もらったな、シンシア」
エリオットだった。
相変わらず、ひょうひょうとした顔で。
でもその目は、どこか優しくて、あたたかい。
「……うるさいわね。別に、嬉しくないわよ……たぶん」
たぶん――その語尾だけが、妙に自分の中で引っかかった。
『嬉しくない』と言い切れなかった。
それが自分の中で少しだけくすぐったくて、そして少しだけ心地よかった。
エリオットは、何も言わずに私の隣に立った。
風が吹き、どこか遠くで、鳥の声がした。
静かな時間の中、私はもう一度だけ、先ほどの男の子を振り返る。
彼は、にかっと笑って手を振っていた。まぶしいほどの笑顔だった。
じろじろと値踏みするような視線、遠巻きに交わされる囁き声。
あからさまな拒絶ではないけれど、まるで「ここにあなたの居場所はない」と言われているような空気。
それでも私は、何も言わないし言い返さない。
どうせ言ったところで変わらないのだから。
本当の事だから――貴族の娘で、王都を追われ、断罪された『悪女』。
それがこの村の私に対する認識だからいまさら否定する気にもなれない。
だから私はただ、村の広場の木陰に立っていた。
日差しは柔らかい。風も穏やか……なのに、胸の奥にはずっと小さな冷たさが残っていた。
その時、突然声が聞こえた。
「きゃっ……!」
甲高い声が響き、振り返ると、小さな荷車が傾き積んであった麻袋が地面に転がり落ちていた。
袋のひとつが破れて中から野菜が転がり出ていく。
傍らには、慌てふためく子ども――おそらく10歳にも満たない、あどけない男の子がいた。
どうやらひとりで荷車を運んでいたらしい。
「う……うええぇぇっ……!」
(え、ええ……)
泣き始めた子供に、私が一瞬どうしたらいいのかわからなかった。
もしかしたら、酷い顔をしていたのかもしれない。
子供はそのまま泣きながら転がったジャガイモを拾おうとしても、うまくいかない。
泣きながらも、手を止めないその姿がなぜか妙に胸に引っかかった。
少しだけ、足が勝手に動いていた。
言葉もなく、私は片手を軽く上げる。
「《フロート・リフォルム》」
魔力が集まり、空気がわずかに震える。
崩れた麻袋と転がった野菜たちがふわりと宙に浮き、まるで見えない糸に導かれるように荷車の上にぴたりと戻った。
口の中で袋の破れを仮修復する術式を唱え、簡易補修の魔法をかける。
完璧とはいかないけれど、数日はもつはずだ。
沈黙が落ちている。
泣いていた男の子が、ぽかんと口を開けて、私を見ている。
その目に浮かんでいるのは――恐怖でも、警戒でも、憎しみでもなかった。
「……ありがとう、お姉ちゃん!」
その言葉が、まるで不意打ちの矢のように胸に刺さる。
――ありがとう。
また、だ。
『悪女』と罵られ、嘲られ、貴族の娘というだけで忌避されて――そんな私に向けられる「ありがとう」は、あまりにも軽すぎて、そして重すぎた。
私はほんの少し目を見開いた。
自分でも、そんな顔になるとは思わなかった。
「……べ、別に、気まぐれよ。あなたが泣く声がうるさかっただけ」
そう言って顔を背けたのは誤魔化すためだ。
本当のところ、自分でもよく分からない。
ただ――その言葉は、きっと嘘だった。
気まぐれじゃない。
私は、助けたかった。
泣いている子どもが困っているのを見て、手を伸ばしたかった。
(ああ、なにやってるのかしら、私……)
自嘲しかけたその時、背後から少し笑いを含んだ声が届いた。
「また『ありがとう』もらったな、シンシア」
エリオットだった。
相変わらず、ひょうひょうとした顔で。
でもその目は、どこか優しくて、あたたかい。
「……うるさいわね。別に、嬉しくないわよ……たぶん」
たぶん――その語尾だけが、妙に自分の中で引っかかった。
『嬉しくない』と言い切れなかった。
それが自分の中で少しだけくすぐったくて、そして少しだけ心地よかった。
エリオットは、何も言わずに私の隣に立った。
風が吹き、どこか遠くで、鳥の声がした。
静かな時間の中、私はもう一度だけ、先ほどの男の子を振り返る。
彼は、にかっと笑って手を振っていた。まぶしいほどの笑顔だった。



