――不快だった。
王都の貴族会議室。
黄金の装飾が施された荘厳な空間で、形ばかりの報告会が淡々と進んでいく。
だが、実のところ、誰も本気でこの会議に意味を見出してはいなかった。
決定権を握っているのは、ただ一人。
勇者パーティーの後援者にして、王都の実力者――クロード・バルゼン侯爵。
彼の眼差しは常に冷徹でその思考は王都の政治の奥深くへと繋がっている。
「……また辺境で一騒動、か」
低く重く響いたその言葉に、場の空気がわずかに揺れた。
部屋の奥で静かに控えていた報告官が、緊張した面持ちでクロードの前に立つ。
クロードは分厚い書類を手にし、鋭い目で目を通す。
その目は、些細な情報からも糸口を見つけ出すかのように細部までを捉えていた。
「テルマという辺境の村で、魔獣の襲撃があった。そして、それを退けたのが……」
そこまで聞いた瞬間、俺の背筋がかすかに緊張した。
嫌な予感が胸をよぎる。
報告官の口から、次に発せられる言葉を、俺は無意識に恐れていた。
「……勇者パーティーの追放者、エリオット加えて、断罪された令嬢、シンシア・フォン・アーデルハイトです」
耳慣れた名に、心がざわついた。
怒りか、それとも別の感情か。
自分でも判別がつかない、複雑な波紋が胸に広がる。
エリオット――かつての仲間。
補助魔法しか使えない『役立たず』として、俺が自らの手で追放した男。
――だが、あいつの魔法が、ただの飾りじゃなかったことくらい、俺は知っていた。
あの結界魔法、あの補助術。
派手さこそなかったが、戦場のど真ん中で俺たちの背中を何度守ってくれたか。
ガレスの強引な突撃を支え、マリーベルの詠唱時間を稼ぎ、俺自身の剣が届かぬ場所を補ってくれた。
けれど、当時の俺はそれを『足手まとい』と判断した。
魔王討伐という最短の勝利を目指すために無駄を排除すべきだと信じていた。
選ばれた者たちの中に凡庸な術師の居場所はないと、そう思い込んでいたのだ。
その判断は、間違いではなかったはずだ。
「忌々しいな……」
クロードの低い声に、俺は我に返る。
彼の声には、不快感が露わに滲んでいた。
彼は椅子に深く腰を下ろし、指を口元に添えながら呟いた。
「悪女と蔑まれ、無能と切り捨てられた者が、いまや人々の前で英雄ぶっている……滑稽ではあるが、見過ごせん。彼らが生きていること自体が我々の『物語』にとって邪魔なのだ」
「体面を汚されたと?」
側近の問いに、クロードは鼻で笑う。
その冷たい笑みは嘲りというよりも、計算の末に導き出された結論を示しているようだった。
「いや……問題は民だ。彼らは単純で、移ろいやすい。彼らが『正義』と信じ始めれば、それがどれほど危うい思想でも国の基盤を揺るがす火種になる。王都の民が我々勇者パーティーの判断を疑い始める……それは、魔王討伐という神聖な使命の遂行を妨げる、最も危険な要素となり得る」
彼の言いたいことは分かる。
民衆の支持が、権力基盤にとってどれほど重要か。
そして、その感情が一度揺らげば、制御が困難になることも。
だが、心の奥底では――別の焦燥が、俺を蝕んでいた。
――最近、調子が悪い。
魔王討伐の準備を進める中で、感じる違和感が拭えない。
先日のダンジョン攻略でも、思うように連携が取れなかった。
ガレスは一人で敵陣を突破しマリーベルは強力な魔法を放つが、その間に生まれるわずかな隙が、以前よりも大きく感じられる。
かつてエリオットが後方支援していた時は、俺たちの動きには無駄がなかった。
彼が張る結界、彼が放つ補助魔法がまるで潤滑油のように機能し、パーティー全体の能力を底上げしていた。
今思えば、あれはあいつがいたからこそだったのかもしれない。
だが、それを認めるわけにはいかない。
――俺は、勇者なのだから。
世界を救う使命を背負い、この王国の未来を導く者だ。
神に選ばれし存在として、完璧でなければならない。
だから、切り捨てた者に振り返る余裕などないはずだった。
あいつの不在を感じるなど、俺の弱さに他ならない。
「雑草が芽を出したとて、踏み潰せばいい」
そう、口にしたとき。
その言葉の刃が自分自身の心にも突き刺さるような気がした。
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなくなっていた。
口元を固く引き締めた俺の視線の先――沈黙の中、マリーベルが静かに目を伏せている。
その表情は読み取れないが彼女もまた、エリオットの不在を感じているのだろうか。
……あいつだけは、わかっていたのかもしれない。
エリオットの価値も、存在も。
それを認めれば、自分たちの『選択』が間違いだったと証明することになる。
だから、何も言えない。
彼女なりの、神に選ばれし聖女としての静かな沈黙なのだろう。
その沈黙が、会議室の冷たい空気の中で、重く響いた。
「準備を整えろ」
クロードが立ち上がり、鋭く命じる。
その声は、決定的な行動の開始を告げるものだった。
「火が大きくなる前に――薪ごと焼き払う。愚かなる民衆の記憶から彼らの存在を完全に消し去るのだ」
俺は、拳を握りしめた。
その掌には、冷たい汗が滲んでいる。
エリオット。シンシア。
……お前たちは、またしても俺の前に立ちはだかる気か。
俺の道を、俺の使命を邪魔するつもりなのか。
それならば、構わない。
もう一度、証明してやる。
俺こそが、『選ばれし者』なのだと。
そして、俺の決断が、世界の正義なのだと。
王都の貴族会議室。
黄金の装飾が施された荘厳な空間で、形ばかりの報告会が淡々と進んでいく。
だが、実のところ、誰も本気でこの会議に意味を見出してはいなかった。
決定権を握っているのは、ただ一人。
勇者パーティーの後援者にして、王都の実力者――クロード・バルゼン侯爵。
彼の眼差しは常に冷徹でその思考は王都の政治の奥深くへと繋がっている。
「……また辺境で一騒動、か」
低く重く響いたその言葉に、場の空気がわずかに揺れた。
部屋の奥で静かに控えていた報告官が、緊張した面持ちでクロードの前に立つ。
クロードは分厚い書類を手にし、鋭い目で目を通す。
その目は、些細な情報からも糸口を見つけ出すかのように細部までを捉えていた。
「テルマという辺境の村で、魔獣の襲撃があった。そして、それを退けたのが……」
そこまで聞いた瞬間、俺の背筋がかすかに緊張した。
嫌な予感が胸をよぎる。
報告官の口から、次に発せられる言葉を、俺は無意識に恐れていた。
「……勇者パーティーの追放者、エリオット加えて、断罪された令嬢、シンシア・フォン・アーデルハイトです」
耳慣れた名に、心がざわついた。
怒りか、それとも別の感情か。
自分でも判別がつかない、複雑な波紋が胸に広がる。
エリオット――かつての仲間。
補助魔法しか使えない『役立たず』として、俺が自らの手で追放した男。
――だが、あいつの魔法が、ただの飾りじゃなかったことくらい、俺は知っていた。
あの結界魔法、あの補助術。
派手さこそなかったが、戦場のど真ん中で俺たちの背中を何度守ってくれたか。
ガレスの強引な突撃を支え、マリーベルの詠唱時間を稼ぎ、俺自身の剣が届かぬ場所を補ってくれた。
けれど、当時の俺はそれを『足手まとい』と判断した。
魔王討伐という最短の勝利を目指すために無駄を排除すべきだと信じていた。
選ばれた者たちの中に凡庸な術師の居場所はないと、そう思い込んでいたのだ。
その判断は、間違いではなかったはずだ。
「忌々しいな……」
クロードの低い声に、俺は我に返る。
彼の声には、不快感が露わに滲んでいた。
彼は椅子に深く腰を下ろし、指を口元に添えながら呟いた。
「悪女と蔑まれ、無能と切り捨てられた者が、いまや人々の前で英雄ぶっている……滑稽ではあるが、見過ごせん。彼らが生きていること自体が我々の『物語』にとって邪魔なのだ」
「体面を汚されたと?」
側近の問いに、クロードは鼻で笑う。
その冷たい笑みは嘲りというよりも、計算の末に導き出された結論を示しているようだった。
「いや……問題は民だ。彼らは単純で、移ろいやすい。彼らが『正義』と信じ始めれば、それがどれほど危うい思想でも国の基盤を揺るがす火種になる。王都の民が我々勇者パーティーの判断を疑い始める……それは、魔王討伐という神聖な使命の遂行を妨げる、最も危険な要素となり得る」
彼の言いたいことは分かる。
民衆の支持が、権力基盤にとってどれほど重要か。
そして、その感情が一度揺らげば、制御が困難になることも。
だが、心の奥底では――別の焦燥が、俺を蝕んでいた。
――最近、調子が悪い。
魔王討伐の準備を進める中で、感じる違和感が拭えない。
先日のダンジョン攻略でも、思うように連携が取れなかった。
ガレスは一人で敵陣を突破しマリーベルは強力な魔法を放つが、その間に生まれるわずかな隙が、以前よりも大きく感じられる。
かつてエリオットが後方支援していた時は、俺たちの動きには無駄がなかった。
彼が張る結界、彼が放つ補助魔法がまるで潤滑油のように機能し、パーティー全体の能力を底上げしていた。
今思えば、あれはあいつがいたからこそだったのかもしれない。
だが、それを認めるわけにはいかない。
――俺は、勇者なのだから。
世界を救う使命を背負い、この王国の未来を導く者だ。
神に選ばれし存在として、完璧でなければならない。
だから、切り捨てた者に振り返る余裕などないはずだった。
あいつの不在を感じるなど、俺の弱さに他ならない。
「雑草が芽を出したとて、踏み潰せばいい」
そう、口にしたとき。
その言葉の刃が自分自身の心にも突き刺さるような気がした。
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなくなっていた。
口元を固く引き締めた俺の視線の先――沈黙の中、マリーベルが静かに目を伏せている。
その表情は読み取れないが彼女もまた、エリオットの不在を感じているのだろうか。
……あいつだけは、わかっていたのかもしれない。
エリオットの価値も、存在も。
それを認めれば、自分たちの『選択』が間違いだったと証明することになる。
だから、何も言えない。
彼女なりの、神に選ばれし聖女としての静かな沈黙なのだろう。
その沈黙が、会議室の冷たい空気の中で、重く響いた。
「準備を整えろ」
クロードが立ち上がり、鋭く命じる。
その声は、決定的な行動の開始を告げるものだった。
「火が大きくなる前に――薪ごと焼き払う。愚かなる民衆の記憶から彼らの存在を完全に消し去るのだ」
俺は、拳を握りしめた。
その掌には、冷たい汗が滲んでいる。
エリオット。シンシア。
……お前たちは、またしても俺の前に立ちはだかる気か。
俺の道を、俺の使命を邪魔するつもりなのか。
それならば、構わない。
もう一度、証明してやる。
俺こそが、『選ばれし者』なのだと。
そして、俺の決断が、世界の正義なのだと。



