追放された補助魔術師は、婚約破棄された悪役令嬢にスカウトされる ~辺境で始まる凸凹コンビの逆転劇~

 王都・聖堂の一室。

 その場所は、神に選ばれし者たちが集う、最も神聖で、最も冷たい空間だった。
 豪華なステンドグラスから差し込む光さえ、どこか無機質に感じられる。
 重厚な石造りの壁は、外部の喧騒を完全に遮断し、世界から隔絶されたような静寂に満ちている。

「――リカルド様、お疲れでしょう。お茶をお持ちしました」

 聖女マリーベルが、変わらぬ微笑みを浮かべながら銀のトレイを差し出す。
 香草の香りがふわりと鼻をかすめたが、俺は受け取らなかった。

「いらん。今はそういう気分ではない」

 拒絶にも似た俺の言葉に、マリーベルの微笑みは崩れない。
 寧ろ、その瞳の奥にはすべてを見透かすような冷たさが宿っているようにも見えた。
 それは、彼女が神の言葉を聞き、人の心さえも透かして見ることができるという、聖女としての力の片鱗なのかもしれない。

「……そう。相変わらずね。なら、冷める前にどうぞ?」

 微笑んだまま、テーブルに置かれたカップ。
 その隣では、ガレスが重たい甲冑を軋ませてソファにどかりと座り込んでいた。

「チッ……最近、動きが妙だな……魔獣の活性化も辺境での異常も、どこかおかしい」
「魔王軍の動きではない可能性もある、と神官団は言っていたわ」

 マリーベルの言葉に、俺は窓の外を見つめた。
 遠くに広がる王都の光景――その中心に自分たちがいることに、疑いはなかった。 
 だが、その光景がどこか脆いものに見えて、無性に苛立ちが募る。
 俺たちは神に選ばれた。だが、その使命はあまりにも重く、そして孤独だった。

「……それが、どうした」

 苛立ちを隠さずに、俺は言った。

「俺たちの任務は、魔王を討つこと。枝葉の動きに振り回されていては本末転倒だ。たとえ何が蠢いていようと、我々が動くべきはただ一つ。最終決戦の場だけだ」
「でも……」

 と、マリーベルが口を開いた。
 彼女の声には珍しく、ほんのわずかな迷いが混じっている。
 その迷いは、まるで静かな水面に投げ込まれた小石のように波紋を広げていく。

「……時々、考えるの。エリオットのことを」

 静寂が落ち、聖堂の空気が一瞬にして凍り付く。

「――は?」

 ガレスが露骨に顔をしかめた。

「またその話かよ。あいつは『役立たず』だったんだろ。だから追い出した……それだけだ。今さら何を気にする必要がある」

 ガレスの言葉は、まるで自分の心に言い聞かせているようだった。
 エリオットを切り捨てたことに微塵の後悔もないと、強く主張している。

「……ええ。でも、私たち、彼の本当の力を……見ようともしなかったのかもしれないわ」
「おいおい、マリーベルまで何言ってんだよ。まさか後悔でもしてんのか?」
「後悔じゃない。ただ、最近よく思い出すの。結界の中で守られていたあの感覚を……」

 マリーベルは静かに言った。
 彼女のその声に、俺もガレスも、しばし何も言えなかった。
 たしかに、エリオットの結界魔法は、何度か俺たちを守った。
 それは、攻撃魔法のように派手な力ではなかった。

 だが、俺たちが危険な攻撃にさらされた時、いつもそこに彼の魔法があった。

 攻撃ではなく、守るための魔法。
 補助と支援。それは確かに、実戦では見劣り力。

 だが……今にして思えば、その力が、どれほど俺たちの命綱になっていたか。

「…………」

 俺は、手元に置かれた隊の報告書に目を通す。

 辺境・テルマにて、未確認の高位魔獣が目撃された件。
 対応した冒険者の名に――見覚えのある名前があった。エリオット・レナード。

「リカルド。まさか、気にしてるのか?」

 ガレスが肩越しに俺を睨むように問う。
 その鋭い視線は、俺の心の奥底を見ようとしているようだった。

「気にしてなどいない。ただ――」

 俺はそこで言葉を止めた。
 言ってしまえば、認めることになる気がして口が動かなかった。

「……俺たちは、勇者だ。使命を果たす……それだけだ」

 その言葉は、まるで自分自身に言い聞かせているようだった。

「そうね」

 マリーベルが小さく笑う。
 その瞳の奥には、何か別の光が揺れていた。

「……でも、神が選ぶのは一度とは限らないわ。世界が誰を『必要』とするかで、価値は変わるものよ。あなたの使命が、本当にただ魔王を討つ事だけだとは限らない」

 俺は、何も返せなかった。
 彼女の言葉は、まるで冷たいナイフのように、俺の心臓に突き刺さる。
 窓の外、王都の空はどこまでも晴れているのに――胸の奥にある何かだけが、じわりと曇っていた。

 ――追放された『役立たず』が、今もなお、生きて戦っている。

 しかも、新たな『仲間』と呼べるものと、追放した元婚約者と、俺たちとは違う形で戦っている。
 それが俺たちにとって脅威なのか、それとも――いや、俺たちを脅かす存在は、魔王軍だけだ。
 そう、それだけのはずだ。