追放された補助魔術師は、婚約破棄された悪役令嬢にスカウトされる ~辺境で始まる凸凹コンビの逆転劇~

(……静かね。辺境の夜って)

 星の数は王都よりずっと多いし、虫の声もうるさいくらい。
 でも、どこか落ち着く。
 こうして宿の窓から外を眺めていると、自分がただの『人間』に戻れたような気がするのよ――いや、何言ってるのかしら、私。

 今さら『人間』って。

 私は最初から、人間だったじゃない――『悪女』でもなくて。

 ただの、伯爵家の娘。シンシア・フォン・アーデルハイト。

 ……なんて、今さら言い訳しても誰も聞いてくれないわよね。
 思い出すのも馬鹿みたいだけどあの断罪の場、今でもたまに夢に見るの。
 あの時の王子の顔、群衆の嘲笑、ドレスの裾が震えていたのを誰にも気づかれないように必死で隠していた自分。
 みんな私を指差して笑った。
 私のことを知りもしないのに、悪女って、魔女って、怪物みたいに呼んだ。
 だから、ここへ来てすぐの頃も、ずっと身構えてた。
 町の子供に睨まれた時、ギルドで書類を突き返された時、パン屋で「令嬢様には庶民の味は合わんでしょう」と言われた時。

 ――結局、どこへ行っても同じじゃないと、何度も思った。

 でも――エリオットは、違った。

 馬鹿みたいな笑顔で、補助魔法だけでゴブリンの巣に突っ込んで。
 「節約しないとね」って財布の紐握って、「危ないから、前に出すぎるなってば!」って、何度も私に言ってくる。
 気づけば、隣にいるのが『当然』みたいになってた。

 ……ずるいわよ、ほんと。

 あなた、どうしてそんなふうに誰かのことを当たり前に信じられるの?
 どうして、あの子に「ありがとう」って言われて、あんな優しい顔ができるの?
 私には、ずっとなかったのに。感謝されることなんて、あの日から、一度だって。

 だから――あのとき、子供に小さな声で「ありがと」って言われたとき。

 何も言えなかった。
 声が出なかった。
 嬉しかったのか、驚いたのか、ただ怖かったのか、自分でもよく分からない。

 ――でも、あれだけは、忘れないと思う。

 人生で初めて、人間として名前も知らない誰かに感謝された瞬間。

 少しは……変われたかしら、私。

 ――なんて考えてると、また頭がぐるぐるしてきてダメ。
 こういうのは、私には似合わないのよ。
 私に似合うのは、炎の魔法と、鋭い皮肉、そういうもの。

 ……でも。

 もし明日も、あの子と戦えるなら。
 あのバカみたいに真っ直ぐな『相棒』と背中合わせに立てるなら――もう少しだけ、この世界を信じてみようかしら。

 ……ほんの、少しだけ、ね。

(そして窓を閉じたシンシアの瞳には夜空に浮かぶ一番星が、ひときわ強く映っていた)