追放された補助魔術師は、婚約破棄された悪役令嬢にスカウトされる ~辺境で始まる凸凹コンビの逆転劇~

 朝焼けが、まだ眠たげな空をやわらかく染めている。
 空の色は夜の深い藍色から、淡いピンク、そして黄金色へとグラデーションを描いている。

 辺境の町テルマの入り口――木製の簡素な門をくぐり、小道の先に続く林を見つめた。
 俺たちは、そこで並んで立っていた。
 装備は整えた。地図も補給も万全……のはず。
 だが、それだけでは埋められない、心のどこかにざらついた予感が残っていた。
 何故、そのように感じたのかはわからない。
 王都での任務は、常に情報が完璧に揃えられリスクが計算されたものだ。
 だが、今回は違う。この依頼は、何もかもが不確かだ。

「……あの森の奥に、魔獣がいるって話だけど……もしもヤバそうなら、無理せず引き返そう」

 思わず、口から漏れる言葉は弱気だったかもしれない。
 だが、それは無謀な突撃を避けるための、俺なりの判断だった。
 俺はもう、誰かの無茶な命令に従い自分を犠牲にするような生き方はしたくない。けれど、隣から返ってきた声は思いのほか明瞭だった。

「ええ。咆哮、聞こえたでしょ」

 言われて、耳を澄ます。ゴォ……と、遠くで地鳴りのような低い音が響く。
 それは獣の怒りとも、悲鳴ともつかない、原始の力に満ちた咆哮。
 空気が震え、足元の小石が微かに震えるのを感じる。
 森の奥――異変が、確かに蠢いている。
 シンシアはその音を正面から受け止めて、肩をすくめた。
 その表情に、怯えは一切ない。
 むしろ、不敵な笑みが浮かんでいるようにさえ見えた。

「やれやれ……朝っぱらから鬱陶しいわね。さっさと鎮めにいくわよ」

 そう言いながら、彼女は俺のほうにちらりと視線を向ける。
 金色の髪が風に揺れ、マントの裾がさざ波のようにひるがえった。
 昔の彼女なら、その目にあったのは敵意か諦めだったのかもしれない――が、今は違う。

「――怖いの?」

 ふいに、シンシアが訊ねてきた。
 その顔は、ほんの少しだけ悪戯っぽく見えた。
 まるで、俺の弱さを見透かしているかのように。

「いや、怖くないって言ったら嘘になるけど……でも、シンシアもだろ?」

 俺がそう返すと彼女は一瞬だけ、目を伏せた。

「……ええ、そうね。だから、あんたが先に怖気付いてる場合じゃないの」

 少しだけ笑って、そう告げられた。
 その笑みに、俺は安堵した。自分だけが怯えているわけではない。
 この不安を、彼女も共有してくれている。
 それだけで、足が軽くなった気がした。
 俺の横に立つ彼女は、共に戦う存在――背中を預ける事が出来る、『仲間』なのだと改めて実感した。

「さあ、仕事よ。――相棒」

 胸の奥に、あたたかくて少しくすぐったいものが湧いてくる。
 『相棒』――たぶん、それは口先だけの言葉じゃない。
 この数週間、一緒に戦い、食べて、寝て、笑って、怒って、互いの不器用さも、強さも、弱さも知った上でようやくたどり着いた、たったひとつの信頼のかたち。
 それは、王都でいくら勇者パーティーの一員だったとしても決して手に入らなかったものだった。
 俺は剣の柄を握り直し、小さく息を吸って答えた。

「……まあ、やってみるか」

 風が、ふたりの間をすり抜けた。
 空気は澄んでいて、だけどその先には荒れた森と、不穏な異変が待っている。
 今までのような軽い依頼じゃない。
 だけど、俺たちはもう――ひとりじゃない。

 歩き出す足取りは、まだ少し不安定かもしれない。
 だけど、それでも。この一歩が、未来を変えることになると、信じていた。
 この町を守るために、そして何より、隣に立つ彼女と共に新しい未来を築くために。