追放された補助魔術師は、婚約破棄された悪役令嬢にスカウトされる ~辺境で始まる凸凹コンビの逆転劇~

 パチ……パチ……と、テーブルの上に置いたランプの火が静かに揺れている。

 宿の一室――狭いけれど、もうすっかりいつもの部屋になった場所だ。
 窓は少し開けてあって、外から虫の声と、草を揺らす風の音が聞こえてくる。
 辺境の町「テルマ」での暮らしにも、俺はもう慣れつつあった。
 特に、こうしてシンシアと向き合って食事をすることが、日常の一部になった。

「……今日の肉、ちょっと硬かったな」

 フォークを置いて、ぼそっとつぶやくと、向かいで食べ終えたシンシアが肩をすくめる。

「文句があるなら、自分で作りなさい」
「いや、俺じゃなくて宿の……っていうか、そもそもこれ自炊だよな?」
「私が作ったってことじゃないんだから、責任転嫁しないでちょうだい」

 軽くムッとした表情を浮かべながらも、どこか柔らかい。
 以前ならこうして軽口を叩くこともなかっただろう。
 無言のまま、互いの食事を終え、各自の作業に戻るのが当たり前だった。

 気がつけば、こうしてふたりで食卓を囲むのも、もう何度目になるんだろう。
 最初は緊張と気まずさしかなかった部屋の空気も、今では、なんとなく落ち着いたぬくもりを感じる。
 互いに遠慮しすぎず、かといって踏み込みすぎず。
 その微妙な距離感が、今のちょうどいい居心地になっている。
 それはまるで、長い旅路を共にする、気心の知れた仲間のような感覚だった。

「……なあ、シンシア」

 言いかけて、少し間を置いた。

「……なんなの?」

 彼女はテーブルの上のランプに視線を落としたまま、ゆるく返事を返す。

「俺、まだまだ足手まといだなって。実感してる。戦闘でも、情報の読み取りでも……もっと何か、できるようにならないとなって」

 この町に来て、初めて「役に立ちたい」と純粋に思えるようになった。

 だが同時に、自分の無力さも痛感していた。

 王都での俺は、ただの「無能な補助役」だ。
 しかし、ここではそうではない。彼女の隣に立つ相棒として、もっと強くなりたい。
 その言葉に、彼女はふっと視線だけをこちらに寄こして、そして、少しだけ笑った。

「……私のほうが、もっとよ」

 照れ隠しみたいに、ちょっと早口で続ける。

「攻撃はできても、力任せで、あんたの補助がなかったらすぐ崩れてた。無駄に気を張って、ひとりで勝手に空回りして……今思えば、バカみたいだったわ」

 らしくもない自己反省に、思わず笑ってしまう。
 王都での彼女は「完璧」で「傲慢」な令嬢だった。
 そんな彼女が、自分の弱さを認めている。
 そのことに、なんだかひどく心を揺さぶられた。

「はは……お互い様、だな」

 シンシアはむすっとした顔をしながらも、どこか柔らかな色を瞳に浮かべていた。
 そして、少しだけ視線を落とし、まるで呟くように言う。

「……だから、頼りにしてるわよ。少しだけ、ね」

 一拍遅れて、俺はそれを聞いた。
 その言葉は、まるで夜風に溶けてしまいそうなほど小さかった。

「……えっ、いま何か言った?」
「別に?」

 あからさまにそっぽを向く彼女。
 だけど耳が、ほんのり赤い。
 俺も返す言葉を見失って、なんとなく湯気の立つマグカップに視線を落とす。
 気まずくもない、でも言葉を選びあぐねるような沈黙が流れる。
 だけど――どちらからともなく、ふっと笑いがこぼれた。
 声を立てて笑ったわけじゃない。
 ほんの少し、口元が緩んだだけ。
 でも、それで十分だった。
 言葉は必要ない。この一瞬の温かさが、全てを語っていた。

「……ありがとな」

 小さく、でもちゃんと伝えた言葉に、シンシアは何も返さなかった。
 それでも、表情がどこか穏やかだった。

 もう、最初の頃のような関係ではない。
 けれど、『恋人』ってわけでもない。
 ただ、隣にいるのが自然で、一緒に食事をするのが日常で。
 言葉がなくても、どこか通じ合っている。

 ――たぶん、これが『相棒』、『仲間』と言う関係なのだろう。

 ランプの火が小さく揺れて、窓の外では、風が夜を撫でていた。
 明日からも、この町で、この部屋で、新しい日々が続いていく。
 その事に、俺は静かな喜びを感じていた。