ギルドの掲示板の前は、いつもと同じようににぎわっていた。
次の稼ぎを探して集まってきた冒険者たちが、ボードに貼り出された依頼書を真剣な顔で見つめ、時には取り合いまで始めている。
俺たちも、その波に混じっていた。
「うーん……また草刈りか、小動物の駆除が主だな」
俺がそう呟きながら手近な依頼書に目を通していた時――ふと、異質な紙が目に飛び込んできた。
【至急:辺境森林付近にて高位魔獣の目撃情報あり。調査および危険排除を希望】
【推薦ランク:フリー/誰でも可】
「……おい、これ」
思わず声が漏れた。横にいたシンシアも、すぐにその紙に視線を向ける。
「……Bランク以上の案件じゃない、これ?」
彼女が言う通りだった。
通常、高位魔獣が絡む依頼は、Eランクの俺たちに割り当てられるような仕事じゃない。
それが誰でも可扱い。
おかしい。いや、不自然すぎる。
「これ、ランク詐称だろ……」
俺が呟くと、シンシアも神妙な面持ちになった。
「でも、なんとなく……気になるわね。悪い予感っていうか」
普段ならランク外の無茶な依頼なんて無視と一蹴するはずの彼女が、珍しく言葉を濁していた。
「――気づいたのね。さすがだわ」
ひそりと背後から声がかかる。振り向くと、クラリスがファイルを片手に立っていた。
いつも通りの無表情だけど、目だけがどこか冴えていた。
「これ、正式には『格下げ』じゃないわ。依頼人の意向で、あえて条件を緩くした『案件』なの」
「どういう意味……ですか?」
俺が尋ねると、彼女は周囲を軽く見回し、小声で続けた。
「正直、こういう案件に軽々しく『推薦』なんてしたくないの。でも……今回だけは、あなたたちに行ってほしいと思ってる」
「俺たちに?」
「理由は、説明できない。直感なの……でも、もし行けるなら――この町の未来に、繋がると思う」
彼女の言葉には、いつになく切実な響きがあった。
それは、受付嬢という立場を越えて、この町に生きる一人の人間としての、純粋な願いのように感じられた。
「危険なのはわかってるわ。だから無理はしないで。でも……テルマはね、表に出ていない『問題』をいくつも抱えてる。見過ごされてきた綻びが、そろそろ綻びに変わる。このままじゃ、町は立ち行かなくなる」
俺は視線を依頼書に戻す。
紙の端には、かすれた文字で「森林近辺での住民失踪」「異常な魔力反応あり」といった追記がされていた。
高位魔獣だけじゃない。何かが――この辺りで、起こり始めている。
それはまるで、昔、俺が追放されたパーティーで見て見ぬふりをしてきた「問題」と似ているような気がした。
「……わかりました。準備はしておきます」
気づけば、俺はそう返していた。
もう二度と、大切なものから目をそらしたくない。
「エリオット。無理する必要は――」
クラリスが言いかけるのを、そっと遮る。
「無理はしません。でも、目をそらしたくないんです。誰かが見て見ぬふりをしてきたものに」
ふと、隣から視線を感じ、シンシアが俺を見上げていた。
その青い瞳は、何かを測るように、深く俺の顔を見つめている。
「……仕方ないわね。あんたが行くなら、私も行くしかないじゃない」
その言い方はいつものようにぶっきらぼうだったけど、瞳は真っ直ぐだった。
そこに迷いはない。
彼女もまた、この町で得た「居場所」を守りたいと思っているのだと俺は直感的に理解した。
クラリスは静かに頷いた。
「ありがとう。……気をつけて」
掲示板から離れながら、シンシアがぽつりとこぼす。
「こんな依頼、どう考えても『おかしい』わ。情報が少なすぎるし、危険の規模も曖昧。私たちに調査させるってこと自体、異例よ」
「でも、誰かがやらなきゃいけないだろ? 俺たちが、最初に相手を知る役になれば次に繋がる。この町を、そしてこの町の日常を、俺たちが守るんだ」
彼女はしばらく無言だった。それから、小さく肩をすくめて言う。
「……まあ、いいわ。あんたのそういうとこ、少しだけ相棒らしくなってきたじゃない」
その『相棒』って言葉が、少しだけ胸に響く。
誰かと肩を並べて、意味のあることに向き合う――その感覚が、少しずつ確かになってきている。
次の依頼は、これまでと違う。
ただの駆け出しじゃなく、選ばれて動く立場になった。
例えそれが偶然でも、俺たちにしかできないことがあるのかもしれない。
だから、怯えるよりも――まず、やってみようと思った。
次の稼ぎを探して集まってきた冒険者たちが、ボードに貼り出された依頼書を真剣な顔で見つめ、時には取り合いまで始めている。
俺たちも、その波に混じっていた。
「うーん……また草刈りか、小動物の駆除が主だな」
俺がそう呟きながら手近な依頼書に目を通していた時――ふと、異質な紙が目に飛び込んできた。
【至急:辺境森林付近にて高位魔獣の目撃情報あり。調査および危険排除を希望】
【推薦ランク:フリー/誰でも可】
「……おい、これ」
思わず声が漏れた。横にいたシンシアも、すぐにその紙に視線を向ける。
「……Bランク以上の案件じゃない、これ?」
彼女が言う通りだった。
通常、高位魔獣が絡む依頼は、Eランクの俺たちに割り当てられるような仕事じゃない。
それが誰でも可扱い。
おかしい。いや、不自然すぎる。
「これ、ランク詐称だろ……」
俺が呟くと、シンシアも神妙な面持ちになった。
「でも、なんとなく……気になるわね。悪い予感っていうか」
普段ならランク外の無茶な依頼なんて無視と一蹴するはずの彼女が、珍しく言葉を濁していた。
「――気づいたのね。さすがだわ」
ひそりと背後から声がかかる。振り向くと、クラリスがファイルを片手に立っていた。
いつも通りの無表情だけど、目だけがどこか冴えていた。
「これ、正式には『格下げ』じゃないわ。依頼人の意向で、あえて条件を緩くした『案件』なの」
「どういう意味……ですか?」
俺が尋ねると、彼女は周囲を軽く見回し、小声で続けた。
「正直、こういう案件に軽々しく『推薦』なんてしたくないの。でも……今回だけは、あなたたちに行ってほしいと思ってる」
「俺たちに?」
「理由は、説明できない。直感なの……でも、もし行けるなら――この町の未来に、繋がると思う」
彼女の言葉には、いつになく切実な響きがあった。
それは、受付嬢という立場を越えて、この町に生きる一人の人間としての、純粋な願いのように感じられた。
「危険なのはわかってるわ。だから無理はしないで。でも……テルマはね、表に出ていない『問題』をいくつも抱えてる。見過ごされてきた綻びが、そろそろ綻びに変わる。このままじゃ、町は立ち行かなくなる」
俺は視線を依頼書に戻す。
紙の端には、かすれた文字で「森林近辺での住民失踪」「異常な魔力反応あり」といった追記がされていた。
高位魔獣だけじゃない。何かが――この辺りで、起こり始めている。
それはまるで、昔、俺が追放されたパーティーで見て見ぬふりをしてきた「問題」と似ているような気がした。
「……わかりました。準備はしておきます」
気づけば、俺はそう返していた。
もう二度と、大切なものから目をそらしたくない。
「エリオット。無理する必要は――」
クラリスが言いかけるのを、そっと遮る。
「無理はしません。でも、目をそらしたくないんです。誰かが見て見ぬふりをしてきたものに」
ふと、隣から視線を感じ、シンシアが俺を見上げていた。
その青い瞳は、何かを測るように、深く俺の顔を見つめている。
「……仕方ないわね。あんたが行くなら、私も行くしかないじゃない」
その言い方はいつものようにぶっきらぼうだったけど、瞳は真っ直ぐだった。
そこに迷いはない。
彼女もまた、この町で得た「居場所」を守りたいと思っているのだと俺は直感的に理解した。
クラリスは静かに頷いた。
「ありがとう。……気をつけて」
掲示板から離れながら、シンシアがぽつりとこぼす。
「こんな依頼、どう考えても『おかしい』わ。情報が少なすぎるし、危険の規模も曖昧。私たちに調査させるってこと自体、異例よ」
「でも、誰かがやらなきゃいけないだろ? 俺たちが、最初に相手を知る役になれば次に繋がる。この町を、そしてこの町の日常を、俺たちが守るんだ」
彼女はしばらく無言だった。それから、小さく肩をすくめて言う。
「……まあ、いいわ。あんたのそういうとこ、少しだけ相棒らしくなってきたじゃない」
その『相棒』って言葉が、少しだけ胸に響く。
誰かと肩を並べて、意味のあることに向き合う――その感覚が、少しずつ確かになってきている。
次の依頼は、これまでと違う。
ただの駆け出しじゃなく、選ばれて動く立場になった。
例えそれが偶然でも、俺たちにしかできないことがあるのかもしれない。
だから、怯えるよりも――まず、やってみようと思った。



