辺境の町テルマに来て、もうすぐひと月。
最初は「勇者パーティーを追放された役立たず」と、「断罪された悪女」のコンビに向けられていた視線は、冷たいものばかりだった。
ギルドに入れば嘲笑が、道を行けば好奇と侮蔑の視線が突き刺さる。
でも――ほんの少しずつ、空気が変わってきた気がする。
「はい、エリオット、シンシア。昇格通知よ」
ギルドの受付嬢であるクラリスさんが、淡々とした声で紙束を差し出してきた。
相変わらず表情は鉄壁だけど、その口調には以前にはなかった柔らかさが含まれていた。
いや、柔らかいって言っても鋼がステンレスになった程度だけど、それでも大進歩だ。
「これであなたたちは、正式にEランク冒険者、順調ね……まあ、まだまだだけど」
「当然の結果ね」
隣のシンシアがすぐさま鼻を鳴らして、勝ち誇ったように胸を張る。
真紅のドレスの裾を揺らしながら堂々たるドヤ顔を決めた。
「はいはい」
俺は肩をすくめながら書類を受け取った。
なんだかんだ言って、ちゃんと頑張ってたもんな――ギルドの片隅では、ほかの冒険者たちがこっそりとこっちを見てひそひそ話している。
「おい、あの悪女……最近暴走してなくね?」
「むしろ、あの子の魔法とエリオットの補助、意外と相性いいって噂だぞ」
「スピード強化もありがてぇしな。狩りが楽になるわ」
聞こえてるけど、聞こえてないフリをしておく。
だが、もう以前のように身構える必要はない。
むしろ、その噂話の内容は、俺たちを認めてくれているようにも聞こえた。
褒められているわけではないが、冷たい視線から「普通」の視線に変わったこと自体が大きな変化だった。
こういう声が背中から聞こえるのって、少しだけくすぐったい。
ギルドを出て、いつもの道を歩いていると、町の空気もどこか違って感じられた。
広場では、何人かの子供が追いかけっこをしていて、そのうちの一人が俺たちに気づいた。
「あっ!エリオットお兄ちゃんだ!」
「シンシアお姉ちゃんもいるー!」
「ありがとうー!また遊ぼうねー!」
元気いっぱいに手を振られて、俺は思わず苦笑しながら手を振り返し――そして、隣の人が盛大に反応した。
「だ、誰が『お姉ちゃん』よっ!!」
シンシアが真っ赤な顔でピシィッと指を立てて子供たちに叫ぶ。
そのあまりの剣幕に、子供たちは一瞬固まった。
「私をそういう軽々しい呼び方で呼ぶんじゃないわよ!私は、れっきとした伯爵令嬢で――」
「はいはい、落ち着いて。子供たちは感謝してるだけだって」
俺が肩を叩くと、シンシアは「う、うるさいわね……!」と顔をぷいっと背けた
でも、耳まで真っ赤だったのを、俺は見逃さなかった。
彼女はきっと、子供たちに自分のことを「お姉ちゃん」と呼ばれる事が、人生で初めてだったのだろう。
そのまま通りを抜け、宿への道を歩いていると、角のパン屋の前でひとりの老婦人が待っていた。
手に、焼きたてのパンが二つ。
「あなたたち……この前、孫を助けてくれたでしょう?お礼よ」
そう言って差し出されたパンは、ほかほかと湯気が立ち、バターの香りがふんわり漂っている。
「そんな、いいですよ……!」
俺が断ろうとすると、老婦人はニコリと笑った。
「遠慮なんかしないで。そういうのちゃんとお礼言わなきゃ気が済まないの……ありがとうね」
「ありがとうございます」
「……あ、りがとう」
俺がお礼を言った後、少しだけ頬を赤く染めながら、シンシアがお礼を言う。
ありがたく受け取り、そのまま少し歩くと横からシンシアが小さくつぶやいた。
「……この町の人も、少しは悪くないわね」
声は小さかったけど、きちんと届いた。
その横顔は、なんとなく、柔らかくて。最初ここに来たときとは、まるで別人のようだった。
そして、俺の胸にも、似たような感情が芽生えていた。
王都では、貴族や勇者パーティーの一員として、いつも大きな使命や期待を背負って生きてきた。
個人の存在価値は、役職や成果によってしか測られなかった。でも、ここでは違う。
ただ「誰かを助けたこと」が、こんなにも温かい感謝として返ってくる。
(ああ……ここにも、『居場所』はあるのかもな)
誰かに必要とされること、誰かに感謝されること。
ただ、それだけのことが、こんなにも温かいなんて。
「……なによ、ニヤけてるわよ」
「いや、別に。ちょっと、いい日だなって思っただけ」
「……ふーん」
シンシアはそっぽを向いて、だけどほんの少しだけ歩く足取りが軽くなったように見えた。
辺境の町での生活は、まだまだ始まったばかり。
だけど、ここでならきっと――やっていける。
そう思えた、ほんのり温かい一日だった。
最初は「勇者パーティーを追放された役立たず」と、「断罪された悪女」のコンビに向けられていた視線は、冷たいものばかりだった。
ギルドに入れば嘲笑が、道を行けば好奇と侮蔑の視線が突き刺さる。
でも――ほんの少しずつ、空気が変わってきた気がする。
「はい、エリオット、シンシア。昇格通知よ」
ギルドの受付嬢であるクラリスさんが、淡々とした声で紙束を差し出してきた。
相変わらず表情は鉄壁だけど、その口調には以前にはなかった柔らかさが含まれていた。
いや、柔らかいって言っても鋼がステンレスになった程度だけど、それでも大進歩だ。
「これであなたたちは、正式にEランク冒険者、順調ね……まあ、まだまだだけど」
「当然の結果ね」
隣のシンシアがすぐさま鼻を鳴らして、勝ち誇ったように胸を張る。
真紅のドレスの裾を揺らしながら堂々たるドヤ顔を決めた。
「はいはい」
俺は肩をすくめながら書類を受け取った。
なんだかんだ言って、ちゃんと頑張ってたもんな――ギルドの片隅では、ほかの冒険者たちがこっそりとこっちを見てひそひそ話している。
「おい、あの悪女……最近暴走してなくね?」
「むしろ、あの子の魔法とエリオットの補助、意外と相性いいって噂だぞ」
「スピード強化もありがてぇしな。狩りが楽になるわ」
聞こえてるけど、聞こえてないフリをしておく。
だが、もう以前のように身構える必要はない。
むしろ、その噂話の内容は、俺たちを認めてくれているようにも聞こえた。
褒められているわけではないが、冷たい視線から「普通」の視線に変わったこと自体が大きな変化だった。
こういう声が背中から聞こえるのって、少しだけくすぐったい。
ギルドを出て、いつもの道を歩いていると、町の空気もどこか違って感じられた。
広場では、何人かの子供が追いかけっこをしていて、そのうちの一人が俺たちに気づいた。
「あっ!エリオットお兄ちゃんだ!」
「シンシアお姉ちゃんもいるー!」
「ありがとうー!また遊ぼうねー!」
元気いっぱいに手を振られて、俺は思わず苦笑しながら手を振り返し――そして、隣の人が盛大に反応した。
「だ、誰が『お姉ちゃん』よっ!!」
シンシアが真っ赤な顔でピシィッと指を立てて子供たちに叫ぶ。
そのあまりの剣幕に、子供たちは一瞬固まった。
「私をそういう軽々しい呼び方で呼ぶんじゃないわよ!私は、れっきとした伯爵令嬢で――」
「はいはい、落ち着いて。子供たちは感謝してるだけだって」
俺が肩を叩くと、シンシアは「う、うるさいわね……!」と顔をぷいっと背けた
でも、耳まで真っ赤だったのを、俺は見逃さなかった。
彼女はきっと、子供たちに自分のことを「お姉ちゃん」と呼ばれる事が、人生で初めてだったのだろう。
そのまま通りを抜け、宿への道を歩いていると、角のパン屋の前でひとりの老婦人が待っていた。
手に、焼きたてのパンが二つ。
「あなたたち……この前、孫を助けてくれたでしょう?お礼よ」
そう言って差し出されたパンは、ほかほかと湯気が立ち、バターの香りがふんわり漂っている。
「そんな、いいですよ……!」
俺が断ろうとすると、老婦人はニコリと笑った。
「遠慮なんかしないで。そういうのちゃんとお礼言わなきゃ気が済まないの……ありがとうね」
「ありがとうございます」
「……あ、りがとう」
俺がお礼を言った後、少しだけ頬を赤く染めながら、シンシアがお礼を言う。
ありがたく受け取り、そのまま少し歩くと横からシンシアが小さくつぶやいた。
「……この町の人も、少しは悪くないわね」
声は小さかったけど、きちんと届いた。
その横顔は、なんとなく、柔らかくて。最初ここに来たときとは、まるで別人のようだった。
そして、俺の胸にも、似たような感情が芽生えていた。
王都では、貴族や勇者パーティーの一員として、いつも大きな使命や期待を背負って生きてきた。
個人の存在価値は、役職や成果によってしか測られなかった。でも、ここでは違う。
ただ「誰かを助けたこと」が、こんなにも温かい感謝として返ってくる。
(ああ……ここにも、『居場所』はあるのかもな)
誰かに必要とされること、誰かに感謝されること。
ただ、それだけのことが、こんなにも温かいなんて。
「……なによ、ニヤけてるわよ」
「いや、別に。ちょっと、いい日だなって思っただけ」
「……ふーん」
シンシアはそっぽを向いて、だけどほんの少しだけ歩く足取りが軽くなったように見えた。
辺境の町での生活は、まだまだ始まったばかり。
だけど、ここでならきっと――やっていける。
そう思えた、ほんのり温かい一日だった。



