王都を出てから三日。ようやく、目的地である辺境の町──テルマにたどり着いた。
「……思っていた以上に、静かだな」
町の入り口に立ち、俺はぽつりとつぶやいた。
城壁なんて立派なものはなく、木造の柵が簡素に立てられているだけだ。
その向こうに見えるのは、瓦屋根の民家と土の道、雑草が生い茂った広場。
そして、乾いた風に吹かれる人々の姿。
地図にもろくに載っていないと聞いていたけれど……なるほど、納得の光景だ。
王都の活気や、絶え間ない馬車の往来、煌びやかな魔導商店の賑わいとはまるで違う。
ここは時がゆっくりと流れる忘れられた場所のように感じてしまった。
畑仕事から戻ってきたのだろう、泥だらけの服を着た男がこちらを一瞥してすぐに目を逸らす。
軒先で洗濯物を畳んでいた老女は警戒するようにこちらをじっと見つめていた。
乾いた風が、わずかに土埃を運び、二人の間に漂う静寂をより際立たせる。
「『静か』っていうのは、まあ……都合のいい言い方ね」
隣で、シンシアが呆れたように吐き捨てた。
「どう見ても、ただの田舎じゃない。魔導商店もなければ舗装もされてないし、馬車だって牛車しか通ってない……本当に、こんなところに住むつもり?」
「ま、まあ。騒がしくないのは俺は助かるけど……」
言いながら、ちらりと横目で彼女の様子を伺う。
長い金髪をまとめ、ドレスの上から黒いマントを羽織っている。
どこか他人を拒絶するようなその姿勢と漂う気品は、この町の空気の中では異質だった。
「はあ……そもそも、どうしてあの王都を出なきゃいけなかったのよ……私、伯爵令嬢なのよ?こんな泥臭い場所に落ち着く理由なんて、どこにも……」
「断罪されて追放されたからだろ?」
「うるさいわね。言わなくていいことを言うんじゃないわよ」
シンシアはぷいっとそっぽを向き、足元の石を小突いた。
正直、俺だって不安はあった――王都を追い出され、頼る人もいないまま断罪された『悪女』と一緒に旅をする。
これが周囲からどう見えるかなんて、考えるまでもない。
だけど──ここなら、俺たちにも新しい生活ができるかもしれない。
そんな希望を抱いて、ここまで来たのだ。
「……とりあえず、宿を探そう。夕方になる前に落ち着ける場所を見つけないと」
「……仕方ないわね。せめてまともな部屋があることを祈るわ」
ため息混じりに応じる彼女を引き連れ、俺たちは町の中へと足を踏み入れた。
その瞬間、刺すような視線を感じた。
町の広場にいた人々の動きが止まり、物陰から子どもがこちらを見ている。
市場の店主は、野菜を並べる手を止めて眉をひそめた。
誰もが、まるで未知の獣でも見たかのように、あるいは穢れたものを見るように、露骨な嫌悪を交えた視線を向けてくる。
「……気のせいじゃないよな」
「見られているわね。露骨に。しかも、あからさまに警戒されている」
まるで、異物が来たとでも言いたげな目。
いや──それ以上に、シンシアへの視線には、明らかな敵意すら混じっている。
それは王都で彼女に向けられた、冷淡で無関心な視線とは全く異なる感情のこもった、剥き出しの悪意だった。
「……どうせ、『断罪された悪女が町に現れた』って噂でも立っているんでしょうね。田舎の噂好き共にありがちなことだわ」
「いや、ここで有名になっているとも思えないけど……」
「人の悪意は、勝手に物語を作るものよ。特に都から来た女が『貴族』だなんて言えば、格好の標的じゃない」
その言葉に、俺は返す言葉が見つからなかった。
彼女は強がりに見えて、本当はこういう視線にずっと耐えてきたのだろう。
王都でも、断罪された瞬間から──いや、それ以前から。
「気にしないでおこう。とりあえず、宿さえ見つかれば今日はそれで十分だ」
「ええ、そうね。もう少しマシな空気の中で眠りたいものだわ」
そう言って歩き出す彼女の背中を見ながら、俺も足を動かす。
今さら後戻りなんてできない。
ここが俺たちの『再スタート』の場所なんだから。
どれだけ田舎でも、どれだけ冷たい目で見られても。
俺たちは、ここで生きるしかない。
そう、自分に言い聞かせながら、俺は新たな町の土を踏みしめた。
「……思っていた以上に、静かだな」
町の入り口に立ち、俺はぽつりとつぶやいた。
城壁なんて立派なものはなく、木造の柵が簡素に立てられているだけだ。
その向こうに見えるのは、瓦屋根の民家と土の道、雑草が生い茂った広場。
そして、乾いた風に吹かれる人々の姿。
地図にもろくに載っていないと聞いていたけれど……なるほど、納得の光景だ。
王都の活気や、絶え間ない馬車の往来、煌びやかな魔導商店の賑わいとはまるで違う。
ここは時がゆっくりと流れる忘れられた場所のように感じてしまった。
畑仕事から戻ってきたのだろう、泥だらけの服を着た男がこちらを一瞥してすぐに目を逸らす。
軒先で洗濯物を畳んでいた老女は警戒するようにこちらをじっと見つめていた。
乾いた風が、わずかに土埃を運び、二人の間に漂う静寂をより際立たせる。
「『静か』っていうのは、まあ……都合のいい言い方ね」
隣で、シンシアが呆れたように吐き捨てた。
「どう見ても、ただの田舎じゃない。魔導商店もなければ舗装もされてないし、馬車だって牛車しか通ってない……本当に、こんなところに住むつもり?」
「ま、まあ。騒がしくないのは俺は助かるけど……」
言いながら、ちらりと横目で彼女の様子を伺う。
長い金髪をまとめ、ドレスの上から黒いマントを羽織っている。
どこか他人を拒絶するようなその姿勢と漂う気品は、この町の空気の中では異質だった。
「はあ……そもそも、どうしてあの王都を出なきゃいけなかったのよ……私、伯爵令嬢なのよ?こんな泥臭い場所に落ち着く理由なんて、どこにも……」
「断罪されて追放されたからだろ?」
「うるさいわね。言わなくていいことを言うんじゃないわよ」
シンシアはぷいっとそっぽを向き、足元の石を小突いた。
正直、俺だって不安はあった――王都を追い出され、頼る人もいないまま断罪された『悪女』と一緒に旅をする。
これが周囲からどう見えるかなんて、考えるまでもない。
だけど──ここなら、俺たちにも新しい生活ができるかもしれない。
そんな希望を抱いて、ここまで来たのだ。
「……とりあえず、宿を探そう。夕方になる前に落ち着ける場所を見つけないと」
「……仕方ないわね。せめてまともな部屋があることを祈るわ」
ため息混じりに応じる彼女を引き連れ、俺たちは町の中へと足を踏み入れた。
その瞬間、刺すような視線を感じた。
町の広場にいた人々の動きが止まり、物陰から子どもがこちらを見ている。
市場の店主は、野菜を並べる手を止めて眉をひそめた。
誰もが、まるで未知の獣でも見たかのように、あるいは穢れたものを見るように、露骨な嫌悪を交えた視線を向けてくる。
「……気のせいじゃないよな」
「見られているわね。露骨に。しかも、あからさまに警戒されている」
まるで、異物が来たとでも言いたげな目。
いや──それ以上に、シンシアへの視線には、明らかな敵意すら混じっている。
それは王都で彼女に向けられた、冷淡で無関心な視線とは全く異なる感情のこもった、剥き出しの悪意だった。
「……どうせ、『断罪された悪女が町に現れた』って噂でも立っているんでしょうね。田舎の噂好き共にありがちなことだわ」
「いや、ここで有名になっているとも思えないけど……」
「人の悪意は、勝手に物語を作るものよ。特に都から来た女が『貴族』だなんて言えば、格好の標的じゃない」
その言葉に、俺は返す言葉が見つからなかった。
彼女は強がりに見えて、本当はこういう視線にずっと耐えてきたのだろう。
王都でも、断罪された瞬間から──いや、それ以前から。
「気にしないでおこう。とりあえず、宿さえ見つかれば今日はそれで十分だ」
「ええ、そうね。もう少しマシな空気の中で眠りたいものだわ」
そう言って歩き出す彼女の背中を見ながら、俺も足を動かす。
今さら後戻りなんてできない。
ここが俺たちの『再スタート』の場所なんだから。
どれだけ田舎でも、どれだけ冷たい目で見られても。
俺たちは、ここで生きるしかない。
そう、自分に言い聞かせながら、俺は新たな町の土を踏みしめた。



