追放された補助魔術師は、婚約破棄された悪役令嬢にスカウトされる ~辺境で始まる凸凹コンビの逆転劇~

 ――静かだった。
 あれだけ騒がしかった広場も、今は夕暮れの風が吹き抜けるだけ。
 ざわめきも、罵声も、もう聞こえない。
 誰もいない広場の片隅、朽ちかけたベンチに腰を下ろしながら、私は空を見上げていた。

 雲が、薄く流れていく。
 沈みかけた陽の光が、まるで血のような赤に染まっている。
 それがどこか、滑稽で――少しだけ、胸を締めつけた。

「ふん……やっぱり、誰も信じちゃいなかったのよ」

 あの舞台の上で、私は完璧に『悪女』を演じきった。
 上等なドレス、澄ました口調、高飛車な態度。
 どれもこれも、王家の妃には不適格な女というレッテルにぴったりだった。

 でも、それでよかったの――私の言い分なんて、誰も聞く耳を持っていなかった。
 だったらせめて、自分の誇りだけは守り通そうと思った。

 ――それが、父の名を背負う者としての責任だと思っていた。

 けれど。
 彼は――エリオットだけは、そんな私を真正面から見た。
 誰も助けなかった中で、ただ一人、命を賭けて私の前に立った。
 補助魔法しか使えない、追放された元仲間の彼が。

「……バカみたいよね、本当に」

 誰にも頼まれてないのに、魔獣に突っ込んで。
 自分の腕の震えを隠しながら、それでも結界を張って、私を守った。
 格好つけたって無理があるのに――それでも彼の姿は、なぜか目を離せなかった。
 あの時、胸の奥が少しだけ熱くなったことを、私は今も忘れられない。

「エリオット、レナード……か」

 口に出して、もう一度、名前を確かめる。
 不思議な響きだった。地位も名誉もないその名前が、今は妙に耳に残っている。

「……役立たず、ね」

 誰が決めたのだろう。
 力の強さ? 
 魔力の大きさ? 
 王家の血筋?

 そんなもので人の価値が測れるなら――どうしてあの男は、誰よりもまっすぐだったのか。

「ふん、まあ……ちょうどよかったのよ。ああいう鈍くさい男、護衛にするには悪くないわ」

 言葉にして、また自分に言い聞かせる。
 これはただの気まぐれ。
 情なんかじゃないし、好意なんてもってのほか。
 私は一人でも生きていける。
 助けられたからって、心まで寄りかかるつもりはない。

「でもまあ……」

 風が冷たい――だけど、それをほんの少しだけ和らげるように、隣に誰かが歩いてくれるのも、悪くないと思った。
 これから始まるのは、私自身の物語だ。
 王子の傀儡になる未来なんて、とっくに棄てた。

 だったら――私自身の力で、この国に爪痕を残してやるくらいの野望を持ったって、罰は当たらないはず。

「……エリオット、せいぜい役に立ちなさいよ。私の相棒として」

 夕暮れの空の下、誰に聞かせるでもなく、私は小さくつぶやいた。