俺と大ちゃんの終わらない夏


「うぉ〜! マジかぁ~」

 登校すると、高橋くんたちがなにやらわいわいと盛り上がっていた。俺は机の横に鞄をかけてから「どしたの?」とそちらに近寄る。

三河(みかわ)のやつ、昨日初めて彼女とデートしたんだって」

 高橋くんに肩を組まれた三河くんが「おい~やめろよぉ」と言いながらも、嬉しそうに頬をゆるめている。たしか最近、塾で知り合った他校の恋人ができたと聞いたばかりだ。
 俺は、おぉ~、と歓声をあげてぱちぱちと拍手を送る。

「羨ましいよなぁ。いーなぁ他校の彼女!」

 なぁ? と高橋くんに問われて、俺は「そうだね」と頷いた。
 俺と大ちゃんはご近所さんの上に同じ高校の同じクラスだからいつも近くにいる。けど、もし他校同士だったらそれはそれで楽しかっただろう。
 二人の高校のちょうど真ん中あたりで待ち合わせて放課後に出かけたり、お互いの高校の学園祭とか体育祭に行ったりさ。あ、いいな。それもすごく楽しそう。

「なぁ、もうしたのかよ」

 高橋くんが声をひそめてコソコソと三河くんに何事か問うている。

「したって?」
「ほら、あるだろ……手繋いだとかキスしたとか」

 途中からめちゃくちゃ早口で言うもんだから、三河くんは聞き取れなかったらしく「なに?」って聞き返している。たしかに今のは『てつだいきすとか』にしか聞こえなかった。

「馬鹿おまえ、そんな何回も言えるかよ〜恥ずかしい〜」
「はぁ〜? おまえ、なにを言ったんだよ、なにを!」

 二人はワイワイと肘で相手をつついたりしながら楽しそうに盛り上がっている。教室の隅っこ、誰も俺たちを気にしていないし、クラスのみんなもそれぞれ、「おはよー」「ねぇ今日の体育バスケだったよね」「古典の対策なんもしてない」なんて話してる。うん、実に平和な朝だ。

「テスト期間だし、放課後遊べるんじゃね? 向こうもそうだろ?」
「いや、一応テスト終わってからデートしよって約束してる」
「っくぅ~~真面目かよ~うらやまぁ!」

 このこの、と高橋くんが三河くんを肘でぐりぐり押しやっている。三河くんは「痛いってぇ」なんて言いながらも幸せそうだ。いや、実際幸せなんだろう。三河くんはハッピーそうなピンクのオーラに包まれていた。

(初めてのキスかぁ)

 高橋くんと三河くんのやり取りを見てにへにへと笑いながら、俺はぼんやりと自身の過去に思いをはせた。





――中三、七月。

「大ちゃんってさ、俺としたいこととかないの?」

 俺の言葉を聞いた大ちゃんは、パック牛乳がズコッと(へこ)むまで飲み干して、「したいこと?」と首を傾げた。

「や、付き合ってるんだからさ。恋人としてしたいこと……みたいな?」
「あぁ、そういう」

 なるほどね、って顔して、大ちゃんが首の後ろに手をやった。
 最近身長が伸び盛りな大ちゃんは、見るとだいたい牛乳を飲んでいる。中学三年生にして、大ちゃんはすでに百七十後半という高身長だ。クラスではもちろん一番後ろ、俺と並んで歩いていると兄弟と間違えられることも多い。

(さすがに兄弟はないだろう。俺だって……)

 俺だって……うん、高校に入学したら成長期がくると思っているので、いいのだ。うんうん、きっとこれから伸びる。伸びしろしかない。未来に期待大だ。
 そんな未来に希望溢れる俺たちは、現在がっつりテスト勉強中だ。
 大ちゃんはほぼ推薦で決まりなので成績は関係ないだろうに、なぜかテスト勉強はちゃんとする。授業中は寝てたりすることが多いんだけど、『テスト勉強しようよ』と誘って断られたことはない。なぜテストだけ……ちょっと謎だ。
 テスト期間は部活も休みなので、こうやってどっちかの家に集まって勉強してる。今日は、俺の家が勉強会場となっていた。

「で?」
「で、って?」
「なんで急にそんなこと言い出したん」

 なんかあるだろ、という目を向けられて、俺は「んー」と唇を尖らせた。

「最近さ、少女漫画を読んだんだよね」
「……へぇ」

 若干前のめりになってた大ちゃんが「あっそう」と気の抜けた声を出して、牛乳のパックをゴミ箱に投げた。さすがエース、パックは抜群のコントロールによってスコンッとゴミ箱に収まった。

「部活の後輩に借りたんだけど、それが結構おもしろくてさぁ」
「ふぅん」
「読むのに集中しすぎて、おとといなんて気づいたら夜中の二時になってたの。びっくりだよね」
「早く寝ろよ」

 大ちゃんはそう言って、そして「で?」と頬杖をついた。

「少女漫画とさっきの質問がどう繋がるんだよ」
「うん。えっとね……」

 そのおもしろかった少女漫画は、幼馴染のラブストーリーだった。まるで俺たちみたいな……なんてことは言わないが、まぁとにかくクライマックスで二人は気持ちを伝えあって付き合うことになった。

(素直になれなくてすれ違ったり、親友が告白してきたり、部活の悩みとか、家族とぶつかったりもあってさぁ。恋愛だけじゃなくて、そこがまたおもしろかったんだよね。それで……)

 それで。紆余曲折の末に付き合いだした二人はなんだかんだあって、キスしてさ。そのとき、彼氏の方が彼女に『付き合ったら、こういうことしたかったんだ。ずっと』なんて照れた顔で言ってたんだ。

(それ見て、大ちゃんもそんなこと考えてたりするのかな〜って思ったりしたんだけど……)

 そこまで頭の中で考えて、俺はキュッと口を引き結んだ。

「…………やっぱりなんでもない」

 なんだか急に恥ずかしくなってしまった。
 だって別に、俺も大ちゃんも少女漫画をたしなむって雰囲気じゃないし。ただの中学生男子だし。漫画と自分たちを重ねたなんて、恥ずかしすぎるし。

「は? なんだよ、言えよ」

 大ちゃんは当然のことながら不満そうに片眉を持ち上げた。さらに、向かい合って座るローテーブルの下で、脚を使って俺をつついてくる。

「こらっ、脚が長いからってそんなことに使わないの」

 めっ! と怒ると、大ちゃんは「褒めてんのか(けな)してんのかわかんねぇな」と言って、そしてますます不満そうに今度は眉間に皺を寄せた。わぁ、柄が悪い。

「いやさぁ、だってさぁ」
「なんだよ」
「うんー……んんー……」

 俺は悩んで、悩んで、悩んでそして……。

「べ、勉強の休憩にかき氷食べる人〜、この指止~まれ」

 と、人差し指をピッと差し出してみた。大ちゃんは胡乱(うろん)な目でその指を見て、そしてガシッとすごい勢いで掴んできた

「食う」

 いよいよ夏が始まるっていう七月の頭、最近はもう日差しも容赦ないし、連日猛暑だし、かき氷も食べたくなるよね。

「だよね」

 俺は、俺の人差し指を握る大ちゃんの手に手を重ねるようにして、ニッと笑った。だよね、やっぱりかき氷だよね。




「で、なんだったんだよ、さっきの」
「さっきの?」
「少女漫画」
「え、えぇ~。もういいじゃんか。ただ漫画がおもしろかったって話だよ」

 クーラーの効いた部屋で食べるかき氷は格別だ。
 ソファに座ってだらりと脚を投げ出したまま、いちご味のかき氷をちみちみすくって食べていると、すでにかき氷を食べ終えた大ちゃんが俺の方を見ていた。見てるというか、じとっと睨んでいる。

「ていうか、大ちゃんもう食べちゃったの? 作るのあんなに大変だったのに、もっと味わって食べなよ」

 大変だった、とリビングから続くキッチンの……その調理台の上を見る。氷が飛び散ってびしゃびしゃになったそこをどうにか片付けたのはついさっきのことだ。
 氷の量で言い合ったり、シロップを何味にするかでじゃんけんしたり、とにかく大変だった。
 俺の両親はフルタイムの共働きなのでこの時間は家に誰もいない。だから俺たちは思う存分言い合いながらかき氷作りを楽しむことができた。母さんがいたら『あんたたちうるさいわよ』くらいは言われていたかもしれない。

 まぁとにかく、そうやって出来上がったかき氷を大ちゃんは一瞬で食べてしまった。手品でも使ったのかというほどの素早さで、ペロッと。
 ちなみに大ちゃんが食べたのはレモン味。本当はいちごシロップをかけたかったようだが、じゃんけんで勝った俺が、残り少ないそれを全部使っちゃったので、渋々だ。渋々レモン。

「頭、キーンってならないの?」
「ならん」

 大ちゃんはそう言って、食べ終えた器とスプーンをシンクへ運んでいった。そういうところ、お行儀がいい。皆本家では食器を運ばないと、きっと大ちゃんのお母さんの雷が落ちるのだろう。
 おばちゃんの『こら、ダイ!』を思い出しながら、ふひひ、と笑っていると、大ちゃんが「ていうか」と低い声を出した。

「ん?」

 キッチンから戻ってきた大ちゃんが、ソファの背中側から俺を覗き込んだ。

「付き合ったらしたいことってやつ。急にんなこと言い出した理由をいい加減に言え」
「ん、あぁ……」

 どうやらまだ忘れてくれていなかったらしい。大ちゃんにしては珍しく、妙にしつこい。いつもみたいに「ふーん」で流してくれればいいのに。

(もしかして大ちゃんも俺と付き合うことで悩んでたり? ……なわけないか)

「いや、えっと……」

 少しだけ言い淀んで、そして俺は観念した。というか、諦めた。
 こうなった大ちゃんは、絶対に俺が話すまで諦めないからだ。もういいよ、恥ずかしいけど言うしかない。本当に恥ずかしいけど。

「さっき言ってた漫画でさ、なんか、そのー……」
「なんだよ」
「き……、してたから」

 ごにょにょっと小声で言うと、大ちゃんが「は?」って低い声を出した。

「き、なに?」

 わからんって顔する大ちゃんに、俺はもう『あぁもうどうにでもなれ!』という気分で「キ、ス!」と言ってやった。

「キス。付き合ってる二人がねキスしてたの。だから付き合ったら大ちゃんもなんかそういうのしたいのってあるのかなぁって思っただけ。それだけだよ」

 悩んだ末に、俺はめちゃくちゃ早口でそうまくし立てた。

「キス?」

 大ちゃんは俺の言葉を聞いて一瞬だけ目を見開いてから、そして「へー」と間延びした声を上げた。

「立野、キスしたかったんか」
「はっ……っ?」

 俺はソファの背に寄りかかるようにしてこちらを見下ろしている大ちゃんを、ギュンッと音がしそうな勢いで振り返った。

「そんなことひと言も言ってないっ。言ってないじゃんっ。言ってないよね?」

 顔が熱い。めちゃくちゃ熱い。こんなに熱く恥ずかしい気持ちになるのは、小学六年生のときの学習発表会以来だ。じゃんけんで負けてなぜか主役の王子様をやることになったとき。
 俺は絶対王子様ってキャラじゃないのに。村人そのいちとか、木とか、その他大勢の役が似合うのに! と、泣きそうになりながら王子様役を務めたのを、今でも恥ずかしさと共に思い出すことがある。
 今はそのときと同じくらい頬が熱い。熱いし、恥ずかしいし、なんかもう『こっち見ないで』って感じ。
他にも、みんなが体育服で集合した校外学習に制服で参加しちゃったこととか、プールの授業で溺れかけて先生に助けられたとか、保健室の先生のことを『お母さん』って呼んじゃったこととか。なんかそんな恥ずかしい記憶をどんどん思い出してしまう。
 恥ずかしい記憶って、どうしてこう芋づる式にぽこぽこ出てくるんだろう。

「なんかやだ、なんかやだっ。いろいろ恥ずかしいこと思い出してきた!」

 なんだかもうどうしようもなくなって、俺は頭を抱えるようにして低く唸る。

「別に、唸ることねぇだろ」

 歯を『いーっ』って感じにして唸っていると、大ちゃんが呆れたように俺の頭を小突いた。軽く、だけど大ちゃんの軽くは「強」だから、普通に痛い。
 俺は小突かれた箇所を撫でながら大ちゃんを睨みつけた。

「大ちゃんがからかうからじゃん。しつこく聞いてくるから答えたのに。恥ずかしいけどちゃんと言ったのに」
「あぁ……たしかに。悪かった、ごめん」

 こうやって潔く素直に謝るところは、大ちゃんって感じだ。悪いと思ったらちゃんと謝る、それが大ちゃん。

「うん」

 唇と尖らせながらも頷いて返すと、大ちゃんがゆるく微笑んだ。昔はしなかった、どことなく大人っぽい笑い方だ。その顔を見ると、なんだか胸の中がもやもやしてしまう。嫌なもやもやじゃなくて、こう……ドキドキに近いもやもや。

「立野にも、恥ずかしいって気持ちあるんか」

 驚いた、って感じの大ちゃんの言葉に、俺の方が驚いた。思わず思いきり背を反らして、大ちゃんの顔を凝視してしまう。

「あるに決まってるでしょ。俺のことなんだと思ってるんだよ」

 下から見る逆さまの大ちゃんは、大人っぽい表情も相まって、なんだか知らない人みたいだ。一人で、そんなに早く大人にならないでほしい。

「あー……? なんか、よくわからんやつ」
「えぇ~? なにそれどういう意味……」

 なの、と言い終える前に。大ちゃんの逆さまの顔がぐんと俺に近づいてきた。そして、ちゅ、と。さらに、ちゅ、ちゅ、と。触れるか触れないかくらいの軽さで、二、三回、俺の唇にキスをした。

「……へぁ?」

 大ちゃんの唇はひんやりしていて、ちょっと柔らかくて、それでもって、爽やかなレモンの香りがした。

「だ、大ちゃん?」

 大ちゃんはやっぱり逆さまのままだ。俺は思いきり顔を上向けたまま、あんぐりと口を開くしかない。

「今、キスした?」
「したな」

 直球で聞いたら、大ちゃんも直球で返してきた。お互い逆さまのまま見つめ合っていると、大ちゃんの口がだんだん歪んで、頬もじわじわと赤くなっていく。

「なんか言わんの」

 そう言われて、俺は心の中で『えっと』と悩む。キスしたいのか、って言われて唸るほど恥ずかしかったのに、いざキスをしたら意外と平気だ。平気というか、気持ちがふわふわしている。
 なんでかなぁってしばらく考えてから、俺は手に持ったままだったスプーンを「あ」と掲げた。

「思ってたよりもずっとキスが気持ちよかったから、なんか、いろいろどうでもよくなっちゃったかも」

 言った途端、大ちゃんが「はぁ?」とあんぐり口を大きく開いた。そして変な形に口を歪めて、はぁ、って溜め息を吐いた。

「立野ってさ」
「ん?」
「やっぱ変なやつだよな」
「えー、なに急に」

 なぜか急にディスられてしまった。『恥ずかしいっていう気持ちがなさそう』『よくわからん』の次は『変なやつ』ときた。俺は抗議のつもりで、拳を持ち上げる。

「初ちゅーのあとに言うことがそれ?」

 少女漫画の中のヒーローもヒロインも、そんなことは言っていなかった。お互いキラキラと星が浮かんだ綺麗な瞳で見つめ合って、微笑み合っていた。
 ちょっとあんまりじゃないかと唇を尖らせると、大ちゃんが「悪い」と謝った。そして俺の頬を両側から包み込む。

「はにふんの?」
「もっかいキス」

 大ちゃんはふにゃふにゃな俺の言葉をちゃんと聞き取ってくれたらしい。嬉しそうな笑みなんて浮かべて、なんだよもう。

「嫌か?」
「んー……」

 文句のひとつでも言ってやろうかと思ったけど、俺は黙っておくことにした。だって俺も、もう一回したかったから。
 なにも言わずに口を閉じた俺に、大ちゃんは、ちゅ、とレモン味のキスを落としてきた。





 そんでもって現在。俺は大ちゃんと初めてキスしたときのことを思い出して、ふひひ、と笑っていた。

「なん?」

 そしてその楽しい気分のまま、うちゅー、と大ちゃんの頬にキスをした……ら、大ちゃんが驚いたように俺を押しのけてきた。

「いや、なんかキスしたくなっただけ。やだった?」

 そう言ったら、大ちゃんが「嫌じゃねぇよ。冷たくてびびっただけ」と言ってきた。まぁ、それはたしかに。俺の唇は今、冷え冷えの冷えだ。
 今日は夏休み前の期末テスト勉強……のかき氷休憩中である。今日も今日とて二人でキッチンをびしゃびしゃにしながらかき氷を作った。でも、前よりは格段に作る速度も上がったし、片付けも上手になった……と思う。

「立野んちってなんでいつもいちごシロップがギリギリなん?」

 んでレモンばっかり余ってる。と、やっぱりレモン味のかき氷を食べながら、大ちゃんが言う。ちょっとふてくされて見えるのは、さっき俺にじゃんけんで負けたからだ。俺はそのじゃんけんの賞品であるいちごシロップがたっぷりかかったかき氷を食べながら「さぁ?」と首を傾げた。

「家族みんないちごシロップが好きだからかなぁ」
「じゃあなんでいちごだけ買わんの?」
「ときどきはレモンも食べたくなるんだよ」
「あっそー……」

 大ちゃんは納得しているのかいないのか微妙な返事を寄越して、そして、カッカッカッと勢いよくかき氷をかき込んでしまった。うぅ、見ている方が頭がキーンとしてくる。というか実際してきた。いた、いたた……。

「ごっそさん」

 大ちゃんはのしのしとキッチンに歩いていって、そしてなにも言わずとも器とスプーンを洗い、ついでにかき氷器もちゃっちゃと洗って拭き上げて、箱の中にしまった。なんという手際の良さだ。大ちゃんのお母さんの『わたしが育てました』という笑顔とピースサインが見えるようだ。

「大ちゃん、大人になったねぇ」
「はぁ?」

 大ちゃんは器を拭いた布巾をきちんと畳んでから(律儀だ)、俺の側に戻ってきた。

「立野は相変わらず変なやつ」
「そうかな?」
「あと、年々ふてぶてしくなる」
「そうかなぁ~?」

 ふてぶてしいのは絶対に大ちゃんの方だと思うけど。

「じゃあ俺たち二人してどんどんふてぶてしくなってるってこと?」

 なんかそれはやだなぁ〜と言うと、眉を持ち上げるように目を丸くした大ちゃんが「はっ」と笑った。

「立野って変わんねぇな」
「なに。変わってるって言ったり変わらないって言ったり……」

 どっちなの、と言いながら俺はスプーンですくったかき氷を口に含む。

「立野、ひと口」
「んぅ? あっ」

 ひと口欲しいのかとスプーンにすくって差し出したら、なぜか口の方を吸われてしまった。大ちゃんの舌がちょっとだけ俺の口の中を撫でていく。

「……冷た。いちご味」

 俺の口でいちごシロップを楽しんだ大ちゃんが、ぺろ、と自身の唇を舐める。

「大ちゃんはレモン味だよ」

 俺が言い返すと、大ちゃんは「ん」と頷いて、そしてもう一度キスしてきた。頬に手を添えてする、優しいキスだ。俺は一旦スプーンを下ろして、それを受け入れる。冷たくて甘いキスは、いつも夏を感じさせてくれる。

 夏。もうすぐ、大ちゃんの高校最後の野球の大会が始まる。県大会は無事に勝ち残り、甲子園に出場すること自体は決まっていて。負けたら即引退。活躍の如何(いかん)によってはきっとプロの選手になるという夢も叶うかどうか変わってくるわけで……。
 本当はテスト勉強なんてしている暇はないかもしれないのに。それでも大ちゃんは、俺が『テスト勉強する?』と誘うと『おう』と応えてくれる。『かき氷もあるよ』と言うと『それを待ってた』って笑うんだ。
 学校中から『頑張れよ』『期待してる』『応援してます』と言われても平気な顔をしてる大ちゃんが、かき氷なんかで笑うんだ。

(でもそれって)

 もしかして俺とキスできるからっていう期待も混じってるからなんじゃない? なんて考えて、俺はちらりと大ちゃんを見る。
 あの、初めてのキス以降、なんだかかき氷を食べると自然とキスをするようになってしまった。俺と大ちゃんの間で、『かき氷イコールキス』という謎の方程式が出来上がっている。
 中学生の頃ならいざ知らず、高校三年生になった今はキスもそれ以上のことも、たくさんしているというのに。未だにキスひとつで浮かれてしまうなんて、俺たちもまだまだ可愛いものだと思う。

「大ちゃん、かき氷もうひと口どう?」

 俺はかき氷でなく、ちょいちょいと自分の唇を指で叩いてみせる。と、大ちゃんが口端を持ち上げるように思わせぶりに笑った。
 俺は大ちゃんに向けて唇を突き出し、ゆったりと目を閉じる。次のキスもやっぱり、レモンの爽やかな香りがした。