俺と大ちゃんの終わらない夏


 俺が沖縄から帰る飛行機の中で考えていたことはまぁ当たって、それから俺たちはいくつもの思い出を作ることになった。
 大ちゃんは忙しい日々を過ごしていたけど、シーズンオフの長期休みには、必ず俺を『旅行に行こう』と誘ってくれた。
 俺たちは、いろんなところに出かけるようになった。飛行機や新幹線を使うような旅行だけじゃなく。海に山に川に、映画にも。一人暮らしを始めた俺の部屋にも。
 プロになってもちゃんと活躍できるのかな、なんて俺の心配をよそに、大ちゃんはあっさりと新人王をもぎ取った。さらにそのルックスのよさから企業と契約を結んで広告にもたくさん出て、ファッション誌の表紙まで飾っているのだから大したものだと思う。
 でも大ちゃんは堅実というかなんというか、そうやって稼いだお金で豪遊するでもなく、ブランド品を買い漁るでもなく、こつこつ貯めていた。ただ俺と遊ぶときに使う、ただそれだけ。
 大ちゃんはどこにいても目立つから、いつしか俺も、大ちゃんの仲の良い友達として認識されるようになった。記者らしき人から『皆本選手のエピソードなにか話してくれない? もちろん謝礼は出すからさ』と頼まれたことも一度や二度ではない。もちろん、それに対していい返事なんてしたことないけど。


 そんな感じで、俺が大学一年生から、二年、三年の間は比較的順調に過ごせた気がする。大ちゃんも九州の球団に所属していたし、定期的に会うことができたし。
 ……でも、大学四年生になって試験や就活で忙しくなって、それと同時に大ちゃんは関東の球団に移籍してしまった。たぶんそれは大ちゃんなりに将来のことを考えた行動だったんだと思う。大ちゃんは俺のことが大好きだけど、それとは別ベクトルで野球のことを大好きなのだ。
 俺たちはだんだんと連絡を取り合う頻度が減っていった。大ちゃんのことが嫌いになったわけでも、忘れたわけでもなんでもない。心のどこかで、大ちゃんと話したいってずっと思ってるのに、それをするまでのいろいろ……今は連絡していい時間かなとか、大ちゃんも忙しいよなとか、今から連絡して返事が返って来る頃に俺はちゃんと起きてられてるのかとか、その頃には疲れ果ててろくに話せないんじゃないかとか、そういうの……を考えると辛くなって。
 『週刊立野』は『隔週誌立野』になって、そのうち『月刊立野』になった。
 それは、俺が就職してますますひどくなった。俺は目指していたとおり学校の先生になれたのだが、それがまた忙しくて。充実はしていたんだけど、あまりにも慌ただしくて、忙しなくて、だんだん苦しくなっていって。『隔月誌俺』が『季刊誌俺』になる日も遠くないだろう、なんてことになっていった。
 忙しい俺と忙しい大ちゃん、だんだんと疎遠になっていくのは必然だった。
 俺は毎日大ちゃんをスポーツアプリで見ていたが、それも叶わなくなって、見逃した配信をまとめて見るようになった。悲しかったし苦しかったしもどかしかったけど、現実は俺の恋心なんて考慮してくれないし、怒涛のように押し寄せてきて、流されて。
 もしかすると、大ちゃんとはこのままダメになるのかな、ってちらりと思ったりもした。嫌で嫌で、悲しくて辛くて、大ちゃん、会いたいよ〜なんて涙を流しながら残業した日もあった。どうして『好き』だけじゃ上手くいかないんだろう、って思いながら。
 どんなに好きだって、好きの気持ちだけじゃどうしようもないこともあるんだなんて、大人になってから初めて知った。


 そんな日々が数年続いて、いよいよダメかもってなった頃、俺は大ちゃんにとんでもない提案をされた。

「立野。俺と一緒に、海外に来てほしい」

 思わず「はい?」って言ってしまった。なんの冗談だよ、って。けど、大ちゃんはしっかりと真面目な顔をしていた。
 プロになって何年か経ってさらにがっしりとなって、背もちょっと伸びて、体の厚みも威圧感もぐんぐん増して、でも相変わらずの短髪坊主を光らせた(ってほど短くはないけど)大ちゃんが。高校生のあのときと変わらない、まっすぐな瞳で俺を見ながら、頭を下げてくれた。
 それは、付き合い始めたときと一緒だった。そのときも大ちゃんは『俺と付き合ってくれ』と深々頭を下げていた。あぁ、大ちゃんはずっと大ちゃんだ。
 なんて、昔を思い出してぼんやりする俺に、首の後ろに手をやった大ちゃんがぽつぽつと語り出した。
 いわく『最近、小さい立野が悲しい顔ばかりしている』だのなんだの。よくわからないことをさんざん言ったあと、大ちゃんは観念したように『俺が耐えられない』と言った。
 たぶん、俺たちは離れていてもやっていけないことはない。大ちゃんは移籍したあとチームを二回優勝に導いているし、ゴールデングラブ賞も年間MVPも獲ったし、俺がいなくても、たぶん大丈夫。俺も夢見ていた教師になれて、きついけれども、上手くいかない恋以外はそれなりに楽しくやっていた。
 でもたぶん、いつかダメになる。俺たちの関係はダメになる。大ちゃんはそれが耐えられなかったのだろう。そしてたぶん、俺もそれに耐えられない。
 だから俺は「うん」と言った。自分だけの人生を歩くより、大ちゃんと一緒の人生を歩く方が楽しいと思ったからだ。


 ――その後。なんだかんだありつつ、『皆本大輝』は海外で活躍する日本人野球選手となって、『立野恭介』は海外の小さな書道教室で筆を振るう先生となるのだが。……まぁそういったいろいろは、本当にまだまだ先の話である。
 とにもかくにも、俺たちは学生の頃ぶりに一緒に過ごすことになるし、『週刊誌俺』は『毎日俺新聞』に変わるし、俺は大ちゃんの後頭部のショリショリを毎日思う存分触れるようになる。
 海外の美容室でスキンヘッドもどきにされた大ちゃんが憤慨したり、これまた海外に進出した輝樹くんが一時的に同居することになったり、お互いの両親も招いてハワイでリゾート婚をしたり、いろいろ、本当にいろいろあるのだが……。
 なんにしても、俺と大ちゃんは、それからもずっと『大ちゃん』『立野』と呼び合いながら、仲良く過ごすことになったのであった。


 もう終わるかなと思った俺と大ちゃんの物語は終わることなく、ゆるゆると続いていくことになった。春夏秋冬、季節がゆっくりと巡っていくように。
 ゆるゆる、ゆっくり、俺と大ちゃんは続いていく。
 そうやってずっと、続いていくのだ。