俺と大ちゃんの終わらない夏


 夕飯まで済ませてからホテルに帰ってのんびりしていると、大ちゃんが「風呂入るなら溜めるけど?」と聞いてきた。なんて気がきくんだろう。俺は「お願いします」と手を合わせた。
 風呂場はユニットじゃなく、脱衣所と風呂場もそれぞれ独立している。ので、浴槽に湯を張ればのんびりと浸かれる。

「一緒に入る?」

 大ちゃんにそう聞かれて、俺は「うん」となんの気なしに答えて、そして『うん?』と心の中で首を傾げた。
 大ちゃんと一緒に風呂に入るなんて初めてだ。だってお互いの家だと、いつ誰がやって来るかわからないし、一緒にっていうのは難しい。

(まぁいいじゃん。うん、いいよね)

 ホテルなら誰も入って来ることはないし、なにも言われないし。だから別に一緒に入ったってなんの問題もない。
 なんとなくそわそわしていると、ジャバッとお湯が浴槽に溜まりだした音と、鼻歌が聞こえてきた。そう、鼻歌だ。なんとびっくりあの大ちゃんが歌なんて歌ってるんだ。
 俺は『えー』と思ってソファから飛び降りるようにして浴室に向かった。

「今、歌ってた?」

 大ちゃんに聞いたら、大ちゃんはなんてことない顔して、「おう」と頷いた。

「えー、なんで、どうしたの?」
「楽しいから」

 そう言われて、さらに『えー』だ。大ちゃんって男はたいそうスカした男……というと言い方が悪いが、とにかく自分の感情を表に出さない。
笑ったり怒ったりはあるけど、鼻歌を歌ってるとこなんて見たことなかった。

「大ちゃんも楽しいんだ」

 俺は家族以外と泊まりで出かけるなんて修学旅行以外でいうと初めてだし、夕方海で伝えたとおり楽しくってたまらない。けど、大ちゃんの気持ちはよくわからなかった。
 なにしろ大ちゃんは野球の遠征でしょっちゅう泊まりに行ってたし(ユースのやつで海外にも行ってた)、この間はプロ野球のキャンプにも行ってた。
 大ちゃんがそれと俺の旅行とを比べるような人だとは思わないけど、俺との旅行は楽しいというより、なんかこう、恋人としての特別感とかそういうのを満喫してるのかなとか……そんな風に思っていた。

「楽しいけど、普通に」
「へ?」
「普通にっていうか、楽しすぎて若干テンションおかしい」

 歌なんて普段歌わねぇし、と言う大ちゃんの顔は本当に若干戸惑っているような、なんだか困っているような表情で。俺はその顔を見て、思わず吹き出してしまった。
 楽しみに楽しみにしていたクリスマスの、いざその当日を迎えた子どものような、つまりそんな気分だということだろう。楽しみメーターが振り切れて、楽しいのかなんなのかよくわからなくなっている状況。
 なんだか嬉しくてにへにへと笑っていると、そんな俺を大ちゃんがぎゅっと抱きしめてそのまま持ち上げた。

「おわわ」
「こういうのも普通にできるし、誰か帰ってくるかとか考えなくていいし」

 抱っこされたままソファまで運ばれて、そしてソファの背に軽く腰掛けた大ちゃんに、向かい合うように膝に乗せられる。大ちゃんは全然まったくゆらゆらすることもなく、がっしりと力強く俺を抱えている。すごいパワーだ。

「こうやってさ、ずっとくっついててもいいんだろ?」
「うん、たぶん」

 大ちゃんはまるでムッとしているかのように眉根を寄せたまま口を噤(つぐ)むと、俺の腰に腕を回して、ぎゅ〜っと力いっぱい抱きしめてきた。

「すげぇな」
「……うん」

 大ちゃんの腕は太いし力は強いし、ちょっと苦しい。でもなんだろう、その力強さが嬉しい。『立野のこと好きだ〜』って気持ちがそこにこもっている気がするから。
 毎日顔を見て、毎日会って毎日話して。それもしたい、そうしたい。けど、俺たちはお互いの肌の温度を知っているから。時にはそれを感じたくなるんだ。肌と肌で触れ合って、なんの憚(はばか)りもなく抱きしめて、キスしたりしてさ。
 俺は大ちゃんの首に腕を回して、その唇にキスをした。何度も何度も。そうやって、ちゅっ、ちゅっとキスするうちに、大ちゃんにがしっと顔を掴まれて、じゅうっ、と吸い上げるように深いキスをされる。
 俺たちはお風呂が溜まるまでずっと、一分の隙もないくらいぴったりくっついてキスを繰り返した。



 それから、俺たちは初めて一緒にお風呂に入った。
 明るい浴室の中、裸で向かい合うのは、ベッドの中で裸を見られるのとか、プールのときに水着姿を見られるのとか、そういうのとはまた全然違う恥ずかしさがあった。
 まぁでも俺と大ちゃんなので、お互い手を使って水鉄砲し合ったりしているうちにその恥ずかしさなんてのはどっかに飛んでいったわけだけど。
 引退してさらに髪が伸びた大ちゃんの頭をわしわし洗ったり、逆に俺も洗ってもらったりした。大ちゃんが洗いながら「立野、頭小さいな。なんか片手で割れそう」なんて言うもんだから、俺は自分の頭がパカッとなるところを想像する羽目になった。なんておっそろしいことを言う恋人であろうか。
 ちなみに大ちゃんだって頭が大きいわけじゃない。むしろ小さい。SNSで『リアル八頭身、やば』『皆本大輝スタイル良すぎ』と騒がれているのも知っている。野球選手としてだけじゃなくモデルとしてだってやっていけそうだ……というのは、恋人のひいき目だろうか。
 まぁなにはともあれ俺たちはさんざんお風呂を楽しんで、のぼせて赤くなった顔を見合わせながら「上がるか」「うん」となった。俺たち以外誰もここに来ないということは、俺たち以外誰もお風呂でわいわいやるのを止めてくれないということだ。つまり、見事にのぼせた。
 楽しかったな、次はいつ一緒にお風呂入れるかな〜、なんて考えながら、のたのたと服を着ようとしたら、大ちゃんに「立野、そのまま」と言われた。
 へ、と思ったときにはまた大ちゃんに抱えられて。俺は同じく裸の大ちゃんと一緒にベッドにもつれ込んだ。
 そこからはまぁ、うん、なんというか……お風呂に入る前の続きみたいにいっぱいいっぱいキスして、抱きしめて、お互いの肌の匂いを確かめるように鼻先を触れ合わせて。そして体に触り合った。
 そして大ちゃんは、珍しく余裕ない様子で俺と体を重ねた。

「ふっ……」

 声が漏れそうになっていつもの癖で枕を掴む……、と、俺より早くそれを掴んだ大ちゃんが、その強肩で持ってもうひとつのベッドに優しく投げやった。一瞬で消えた枕を信じられない気持ちで眺めていると、今度は腰を掴まれて、ぐっ……と下から突き上げられた。

「ひぁっ」

 思わず声が漏れてしまって、恥ずかしさで顔が熱くなる。せめてもと手で口を塞ごうとしたが、その手すら絡めとられて、ベッドに縫い付けられてしまった。

「我慢しなくて、いいんだろ?」

 まぁそう、そりゃあどデカい声は出せないけど。でも、いつも家でしてるときみたいに全部の声を噛み殺して、吐息だけしかこぼせないなんてことはない。
 小さく喘ぐくらいは、許されるはずだ。

「あっ」

 手を押さえられたまま、ぐりぐりと腰を押し付けられて。その衝撃に、情けない声が迸る。
 大ちゃんは俺の抵抗がないことを確認してから、手首から手を離して、それを俺の腰に持っていった。膝立ちになった大ちゃんに合わせるように腰を持ち上げられ、背中が仰け反る。頭をベッドに残したまま、腰だけ上げるような格好だ。

「うぅ、だいちゃん」
「この体勢、きついか?」
「きつ、くないけど」

 きつくはないけど、体の全部が大ちゃんに丸見えになってしまって恥ずかしい。今さらって感じかもしれないけど、こんな大っぴらにするのは初めてなのだ。
 家でするときは声を抑えるためにうつ伏せて枕に顔を押し付けていることがほとんどなので、こんな格好初めてだ。

「恥ずかしい……」

 正直にそう言って唇を噛み締めて。どうしても自然と持ち上がってしまった手で口を覆いかけて……、少しずらして目元を隠した。
 すると、大ちゃんはそんな俺の頬やこめかみにたくさんキスを落としてきた。頭、額、目を覆った手、指、鼻先、そして唇。もう、顔中大ちゃんの口が触れてないところはないんじゃないかってくらいの、キスの雨だ。

「大ちゃ……、あっ!」
「っ、立野っ」

 大ちゃんが、いつもよりはっきりとした声で俺の名前を呼んで、優しく体を抱き込んで、そして……いつもより遠慮なく腰を使ってきた。
 大ちゃんは全然遠慮せず、その逞しすぎる体で俺が隠そうとするもの全部暴いてきた。俺が「やだやだ、それやだ」と言って背中を叩いても、脚をバタバタさせても、それでも大ちゃんは聞いてくれなくて。
 「いつも、こんな声我慢してたんだな」って、生唾飲み下すように喉を鳴らして言うし。
 俺はもう恥ずかしさと気持ち良さとその他諸々複雑な感情で死んでしまいそうだった。
 大ちゃんの方は、いつもの大丈夫か、痛くないか、きつくないかに加えて、気持ちいいか、もっとしていいか、ってエッチに積極的な言葉が増えちゃって。すればするほど、やればやるほど、後半の台詞の方が増えてきて。
 最終的には「あーっ、ん……っ、あっあっ」って半泣きで喚くしかなくなった俺と無言の大ちゃんって感じになってしまった。
 もういろいろ……いろいろめちゃくちゃだった。嵐のような、っていうのはああいう行為を言うに違いない。
 大ちゃんは元甲子園球児、もうすぐプロ野球選手の体力をいかんなく見せつけてくれた。我慢しない大ちゃんはこんな感じなのか、と思いながらも、俺はもうへろへろだった。シーツはぐしゃぐしゃのべちゃべちゃだし、顔も涙と涎でぐちゃぐちゃだし、最後はもう好きにしてって感じだった。で、大ちゃんは思いきり好きにしてくれた。

 気がついたら大ちゃんに抱っこされるような形でもう一回風呂に浸かっていて、俺は『はれ?』って首を傾げていた。
 若干萎えきっていない大ちゃんのソレは見て見ぬふりをして、とにかくすごかったねとだけ感想を述べておいた。大ちゃんは珍しく口数多く、めっちゃよかった、よかった、すげぇよかった、と言っていたが、その感想がほぼ『よかった』になっていることには気がついてなさそうだった。
 とにかくまぁすごくよかったことに間違いはないらしい。よかったよかった。
 ちょっと恥ずかしいけど、これもまた旅行の思い出のひとつだ。俺はたぶんこのときのことをときどき思い出して、そしてにんまりするのだろう。やっぱり楽しかったな、って。



 沖縄旅行三日目。朝はゆっくり起きて、のんびり朝ご飯を食べて過ごした。そうすると、あとはもう移動だけだ。
 大ちゃんは飛行機の中で『また来たい』としみじみ呟いていた。俺も『また来たい』とまったく同じ台詞を返して、そして二人して顔を見合わせて笑った。

 高校生活も、沖縄で過ごした三日間も、全部楽しく忘れられない思い出だ。たぶんきっとこれからもこんな風にたくさん思い出を作っていくのだろう。
 毎日会えなくたって、ちょっと離れていたって、お互い違う環境にいたって、ずっと。