僕の手作り食べてもらえますか?

 結果、僕から夕晴に渡してもらうのは無理だという結論が出たので、僕の手元にあるのは自分の分だけである。
 教室に荷物を取りに行くと、僕の席に夕晴が座っていた。
「夕晴」
 声をかけると、夕晴は微笑んだ。
「お疲れさま」
「どうしたの?」
「陽貴と帰ろうと思って」
「あぁ」
 夕晴の部活が終わるのを待って一緒に帰れたらいいなと思ってたのに、夕晴から来てくれるとは思ってなかった。
「迷惑だった?」
「僕から声かけるつもりだった」
「連絡してくれてた?」
 夕晴はスマホを手に取り通知を見るが、僕はまだ送ってないので届いてないはず。
「まだ送ってない」
「早くしないと帰っちゃうよ?」
 僕は画面を開いて、下書きを送信した。
 夕晴は了解というスタンプを返してくれて、立ち上がる。
「帰ろうか」
 僕は頷いて、夕晴の後について行った。


⭐︎⭐︎⭐︎


「なに作ったの?」
 校門を出てすぐの信号待ちで夕晴が聞いてきた。
 さっきポニーテールの子が夕晴に声をかけていたけど、貰わなかったんだなと安堵する。
「カップケーキだよ」
「陽貴が作ったの?」
「そう」
「作れるんだ」
「作れるよ」
 信号が赤から青に変わる。
「料理とか普段するの?」
「しない」
「しなさそう」
「夕晴は?」
「しない」
「だよね」
 細い道なので、横並びではなく縦並びでしか進めないから、夕晴が先に行って僕が後ろを歩く。
 話しずらいせいか、会話は途切れてしまった。
 カップケーキに興味はある様子であった。
 渡してみてもいいのだろうか。でも断られたら立ち直れないかもしれない。そもそも、夕晴に渡す必要もない。妹たちに話したら嬉しそうにしてたから、妹にあげるために持って帰っただけで、夕晴にあげようと思っていたわけではない。
 でも誰からも受け取らないって、僕のも受け取ってくれないのだろうか。
 実験。
 ちょっと実験をしてみたいだけ。
 道は広くなり横並びに歩ける程度になったので、僕は夕晴の横につく。
「カップケーキ食べる?」
 僕がタッパーに入れたカップケーキを見せると、
「食べる」
 夕晴は手を伸ばして、僕の作ったカップケーキを躊躇いなく口に運んだ。 
「美味しい」
 僕の作ったカップケーキを食べる夕晴の横顔。
 胸がバクバクしている。
 深い意味なんてない。僕が男だからで女だったら受け取ってもらえなかったかもしれない。
 特別なんかじゃないのかもしれないけど、みんなが断られたものを僕は受け入れてもらえたという優越感。
「何かあった?」
 夕晴が僕の顔を覗き込む。
「いや、別に」
 なんで僕が作ったカップケーキを食べてくれたの?
 なんて聞いたらおかしいだろうか。別にと返されるだけかもしれない。女子から手作りカップケーキは特別な意味が込められているような気がするけど、僕からの手作りカップケーキには何も感じなかっただけかもしれない。
 じゃ、好きな人って誰?
 とか聞いてみてもいいかな。
 カップケーキと関係ないけど、恋バナとかしたことなかったな。夕晴が好きじゃなさそうだったから。
 呼び出しには応じるけど、不機嫌に帰ってくる。どうしたのなんで聞いたら逆鱗に触れてしまいそうで怖かった。
 って、あ!!
 手元にあったタッパーは空っぽになってる。
「全部食べちゃったの?」
「えっ、ダメだった?」
 そんな表情で見つめられたら、困る。
「えっと、妹にあげようと思ってたから」
「あっ、ごめん」
 夕晴は帰りにコンビニに寄って、お菓子をたくさんくれた。妹たちはお兄ちゃんが作ったカップケーキより夕晴が買ってくれたお菓子の方が嬉しいと喜んでいた。


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「カップケーキ貰ってもらえなかった」
 ポニーテールの子が言うと、
「チャレンジしたの?」
「無理なんじゃないの?」
 と周りに人が集まり、井戸端会議が始まった。
 本日2回目の部活活動である。
 あれから1週間が経った。夕晴とは話す機会はなく、今日一緒に帰る約束をしてるわけじゃないけど、きっと一緒に帰ると思う。
 本日作るのはドーナツ。
 完成すると、女子たちはドーナツを綺麗にラッピングして、橋倉くんに渡してくると一目散に出て行った。
 僕はゆっくり後片付けをして廊下を出ると、
「受け取ってもらえたんだけど!」
「嬉しい!」
「やった!」
 などの声が聞こえて、歓喜に満ち溢れていた。
 どういうことだろう。
 比較的落ち着いてる子に話しかけると、
「橋倉くんがドーナツを受け取ってくれたんです」
 弾むような声で教えてくれた。
 今まで誰からのもの受け取らなかったらしいのに、どういう風の吹き回しだろうか。
 僕がカップケーキをあげたから?
 あげなかったら、今まで通りに誰からも貰わないままだった? 
 様子を見ていると、全員の分を受け取っているようなので、好きな子がいて、その子からのしか受け取らないってわけではなかったのだろう。
 だけど、なんか。僕だけが特別だと思っていたのに、違ったのかと思うとどうしたらいいのか。
 これはもう夕晴への恋心を認めざるおえない。
 教室にリュックを取りに行こうと思ったけど、前回のように夕晴がいるかもしれない。
 今、夕晴とは顔を合わせたくない。
 自分だけだと自惚れていた。
 手元にあるスマホだけあれば家に帰れるから、教室には寄らずに帰ろう。
 早歩きで逃げるように校舎を出て、校門を過ぎたところで、
「陽貴」
 と夕晴の声が聞こえた。
 振り返らずに進んだけど、赤信号で引っかかってしまう。渡ることは出来ないし、右や左に進むことは出来ても駅に向かうには目の前の信号を渡るしか方法はない。
「陽貴、どうしたの」
 夕晴に腕を掴まれる。夕晴は僕のリュックを持っていた。
 お礼を言ってリュックを受け取る。
「陽貴?」
 夕晴が僕の顔を覗き込むので、必死に隠した。今自分がどんな表情をしているのか分からないけど、夕晴には見られたくない。そうこうしていると信号が変わって、僕は急いで渡った。
 全力で走っているが、運動部の夕晴に敵うはずもなく捕まってしまう。
「陽貴、どうしたのか教えて」
 強く掴まれた腕は振り解けない。
「陽貴」
 夕晴は左手で僕の腕を掴んだまま、右手で僕の顔を捕らえた。
「泣いてるの?」
 そう言われて、自分が泣いていることに気がついた。
「なんで泣いてるの?」
 理由は分かっている。
 夕晴のことが好きなんだ。
 好きだから、他の子からのドーナツを受け取って欲しくなかった。僕のだけを食べてくれると思っていたのに。
 涙が溢れて止まらない。
「どうしたの。教えて」
 きっと夕晴に隠し事は出来ない。
 僕が気持ちをみとめてしまったから、夕晴にも伝わってしまうのだろう。
「ドーナツ」
「ドーナツ? 今日は料理部でドーナツ作ったんだってね。この前は陽貴の妹ちゃんたちの食べちゃったから貰ってきたよ」
 いつも通りの優しい声。
「え?」
「なに?」
「もう一回言って」
「えっと、今日は料理部でドーナツ作ったんだってね?」
「その後のやつ」
「あっと、この前は陽貴の妹ちゃんたちの食べちゃったから貰ってきたよ?」 
 夕晴は僕の腕を離して、大量のドーナツを見せてくれた。
「妹の分?」
「そうだよ」
「好きな人からしか貰わないってのは?」
「何それ?」
「誰かが、好きな人のじゃないと無理って断られたって」
「あぁ、めんどくさくて言ったことあるかも。でも嘘じゃないよ」
「どういうこと?」
「好きな人が作ってくれたものしか食べないから」
「じゃ、どのドーナツを食べるの?」
 夕晴は僕の手元から、僕が作ったドーナツを手に取った。
「これ」
 夕晴の優しい瞳が僕を見つめる夕暮れ時。