「今日はここまでにしようか」
疲弊しきった倉敷に俺はそう声を掛けた。
演じるのにも体力が必要なのだが、一番は精神力が必要だと俺は考えている。
自分ではない誰かを表現するというのは、思っている以上に精神をすり減らすのだ。喜びの感情、怒りの感情、哀しみの感情、楽しみの感情を自身のタイミングではなく演じるキャラクターのタイミングでその感情を表に出さなければならない。
それもただ感情を表に出すだけではいけない。自分が演じるキャラクターならどんな感情の表現をするのかを自分なりの解釈で。そしてその解釈で演技を見ている人を納得させる必要があるのだ。
ただ演じればいいって理由じゃない。
それは倉敷もわかっているようで、自身の演技で俺を納得させようと奮闘するが、演じれば演じるほどキャラクターへの理解度が下がっていってしまうのか、その表現は徐々に雑になっていく
最終的には自分がどんなキャラクターを演じているのかすらわからなくなってしまったようで、台本を見ながら演じているにも関わらず、言葉をつまらせてしまい、ついには呼吸すらままならなくなってしまった。
「まだ……いけます……!」
「ダメだ。それにまだ一週間ある。焦るな」
「……焦りますよ。一週間しかないんです。先輩に、朝倉先輩に近づくためには一週間じゃとても足りない……」
「……いや当たり前だろ!」
「え?」
倉敷の口から間抜けな声が出る。
「一週間で俺に追いつけたらこの世の全員が俳優目指してるよ」
「え、あ、いや、そうかも知れませんが……。僕は僕に才能がないことはわかってます。だからこそ朝倉先輩に演技指導してもらえるこんな絶好のチャンスを逃すわけにはいかないんです! だからまだ……まだいけます! お願いします!」
「焦るなって言っただろ? そもそも今日は倉敷の実力を計るための日だ。今日でどうこうしようってわけじゃない」
「…………はい」
理解してくれたのだとは思うが、倉敷の表情は曇ったままだった。
俺はため息を小さく吐くと、自分でも思いもしないコトを口にする。
「倉敷はこの後時間あるか?」
「え? あ、はい……ありますけど…………」
「ご飯でも行くか?」
「い、いいんですか?」
「俺が誘ってるんだから、ダメなことはないだろ」
倉敷の表情はようやく晴れたようで「行きたいです!」と先ほどまでの暗い表情が嘘かのように満面の笑みに変わっていた。
「どこか行きたいところはあるか」と問いかけると「朝倉先輩の食べたいものが食べたい」とのことだったため、一度は行ってみたかったが、俺一人では確実に入店することが難しいであろう場所を選択した。
桜島高校は都心部郊外にある学校であり、山を切り開いたような土地にぽつんとそびえ立っている。駅こそ近くにないものの、バスが多く通っており移動手段で困るようなことはない。
さらに言えば都心部ほど栄えているわけではないが、商店街やスーパーが充実しており、飲食店など探せばいくらでも存在している。
桜島高校が近くにあるからと言うわけではないと思うが、学生が学校帰りに寄り道して買食いできるような店も数多く存在しており、ドラマや漫画でよくあるようなコロッケが買える精肉店や目の前で一から作ってくれるタイプのクレープ屋など学生だけではなく、大人も楽しむことができる飲食店が数多くある。
そんな立地の良さから、この地域に引っ越しを考えている世帯も多いのだとか。
倉敷に「行こうか」と告げ、目的地へと歩みを進める。
思い返してみれば誰かと一緒に帰るなんてことは初めてかもしれない。コレは俺の今後の演技に繋がってくるものもあるだろう。なんて考えていると倉敷は少し不安そうな声で俺に問いかける。
「せ、先輩の食べたいものが食べたいって言っておきながらあれなんですが、僕今日そんなにお金持ってきてなくてですね…………。よ、予算感とか聞いてもいいですか?」
「いや、俺が出すけど……。」
それを聞いた倉敷は慌てた様子で「ダメです!」と何度も連呼する。「いくら朝倉先輩が俳優業で稼がれていようともそれはダメです!」や「一応学生同士なんですから……お金は大事にしないと!」なんて次から次へと口にする。
内心では「俺にいつもコーラ奢られてるだろ……今更何いってんだコイツ」なんてことを思ってはいたが、それを口にすることはせず倉敷を納得させるために一言を言い放つ。
「こういうのは誘ったやつが払うんだよ! あと俺は誰にでも奢るわけじゃないからな」
「そ、そういうもんですか?」
「そうだよ。だから素直に奢られてろ!」
そう言うと倉敷はやっと諦めがついたのか「それなら……」とまだ若干の抵抗を見せつつも、奢られてくれるようだ。
実際、奢られてくれなければ俺が困る。
後輩を連れて食事をするのは良いものの、勘定が割り勘だった暁には即日ネットの餌食になりかねない。天才子役『朝倉啓一』のイメージを保つためにも、彼には俺に奢られててほしいものだ。
* * *
倉敷を連れてついた場所は所謂隠れ家的な場所にあるカフェで、外観の雑居ビルからは想像できないが店内は中世のヨーロッパを彷彿とさせるような装飾が施されており、どこか懐かしさを感じる温かい空間がそこにはあった。
倉敷はというと、こういったおしゃれな場所に慣れていないのか、あたりをキョロキョロと見渡し、どこか落ち着きがない様子だ。
「ぼ、僕、場違いじゃないですかね?」
「そんなことないだろ? ドレスコードがあるわけじゃないし」
「そう……ですかね?」
「……場所変えるか?」
「い、いえ! ここが良いです!」
「何だそれ」
倉敷と話していると何も苦に感じない。
むしろこの時間が愛おしいとすら思える。
基本的に俺に声を掛けてくるヤツは大人であっても子どもであっても、そのほとんどが下心を持って話しかけてくる。
しかも下心あるやつは大人も子どももほとんど大差がない。
大人はある程度のマナーや礼儀があるものだと思っている人が一定数居るだろうが、実際にはそんなことはない。むしろ大人の方が「これくらいなら言っても大丈夫だろう」や「どこまでなら言っても大丈夫かな」と言ったような俺のラインを探りながら話してくる。
俺を『朝倉啓一』一個人としてではなく、天才子役『朝倉啓一』として接してくるのが不快でしかない。
だが、倉敷勤は俺を天才子役『朝倉啓一』としてではなく『朝倉啓一』として声を掛けてくる。きっとその下心のない、素直な気持ちで俺に接してくれるからこそ苦に感じないのだろう。
「ここのパンケーキがうまいらしくてな。一人じゃ入れないから、倉敷を連れてきたってのが本音」
倉敷の緊張をほぐすために、嘘ではないが百パーセント本当ではない本音を彼にぶつける。それに対し「一人じゃ来づらい場所があれば、いつでも誘ってください」と彼は真っ直ぐに伝えてくる。
こんななんでもない言葉も倉敷相手ではなかったら、社交辞令だと思うし、何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまうことだろう。
そんなコトを一切感じさせないのは、やはり俺が彼に興味を持っているからに違いない。
「俺はこのチョコソースのパンケーキにカフェオレにするけど、倉敷は?」
「僕は……このガレットのセットで、えっと、飲み物はアイスコーヒーでお願いします」
「え、パンケーキ屋でパンケーキ以外頼むのか?」
「え、あ、そうですよね……えっと、それじゃあ……」
「もしかして甘いもの……苦手か?」
「あぁ……苦手ってわけじゃないんですけど、甘すぎるとちょっとって感じですかね……。どちらかと言えば辛いもののほうが好きかもしれないです……」
俺はそこである疑問が頭をよぎる。
「もしかしてだけど、缶コーラ……じゃないほうが良かった?」
「え! いえ! いつもいただいている身でそんな……ッ!」
必死に否定すればするほど、きっと彼にはコーラではなくコーヒーの方が良かったのだと確信することとなる。
普段は正直なクセに、変なところで謙虚になる倉敷に対し、「もっと早く言えよ」という感想をツッコミのように言いたくなるが、そんなコトは言わない。
いや、言ってもいいのかもしれない。
倉敷は俺のコトを天才子役の『朝倉啓一』ではなく、男子高校生の『朝倉啓一』として見てくれるのだから、何も問題はないだろう。
「もっと早く言えよ」
「え、なんでですか」
「そしたら倉敷に缶コーヒー渡して、俺がコーラ飲めるじゃん」
「あぁ! なるほど!」
倉敷は「そんなコトに気づくなんて天才ですね!」と言わんばかりの目を俺に向けてくる。
そんな彼が可愛いと思いながら、店員さんを呼び注文をする。
俺はきっとこの日食べたパンケーキの味を忘れることはないだろう。
* * *
演技指導の二日目。
俺は演技指導を開始する前に倉敷に演技についてのアドバイスをする。
「倉敷は演じること自体が向いてない!」
そう告げたとき、倉敷は絶望にも近い表情を浮かべていた。
瞳孔が開き、涙は溜めることなくスッーっと音もなく頬を伝う。
今までの努力が全て無意味であると言われている気がしてならないと言わんばかりに、じゃあどうすればいいんだよといいたげであった。
そんな急に冷水を掛けられたような倉敷をみて、言葉を間違えたと感じた俺は咄嗟に謝罪をする。やはり倉敷と一緒にいると普段間違えるはずのない言葉の選択すら間違えてしまう。
「え、あ! ごめん! 泣かないでくれ! 誤解だ誤解!」
「ご、誤解ですか?」
ジャージの袖で涙を拭きながら、不安そうな声で倉敷は俺に問いかける。
「演技には二種類あると俺は思ってる。キャラを自分に憑依させるタイプと自分自身で表現する自然タイプだ。俺は憑依タイプ。で、倉敷は自然タイプだ!」
「自分自身で表現する……自然タイプ……ですか?」
「そ。だから倉敷は演じたらダメ。そのキャラに合わせるんじゃなくて、自分ならこのときどうするかなとか。そんなイメージで演じるのがいいよ」
「キャラに合わせない……。自分ならどうするか……」
「そ、ただ注意しろよ。自然タイプは憑依タイプよりも精神力の消耗が激しい。それに演じるというのは一人でするものじゃない。相手の演技に合わせる必要も出てくる。自然タイプは相手の演技に飲まれるとどんどんドツボにハマっていく。自分が一体何者なのかわからなくなってくるから病むぞ」
徐々に声を低くし脅すような声を出す俺に彼は身震いをしつつも真剣に聞き入れる。
無言で頷き、自分の中で理解を深めようとする倉敷を尻目に、俺は台本を持って今日の演技指導を始める。
「やるぞ。今日は俺が相手役やるから」
「……え?」
「俺がマドンナ役。倉敷はそんな俺を振り向かせる冴えない男子生徒の役だ」
「え、朝倉先輩の演技を直で見れるんですか?」
「特別な。それに生半可なアプローチで俺を振り向かせられると思うなよ」
「はい…………ッ!」
女性の役を演じたことはないが、天才子役『朝倉啓一』には造作もないことだ。
倉敷の演技を誘導しつつ、まずは自然に振る舞えるように彼の緊張をほぐしながら、マドンナを演じる。
彼の大根役者ぶりは徐々にではあるが、緩和されつつある。俺はそう認識していた。
疲弊しきった倉敷に俺はそう声を掛けた。
演じるのにも体力が必要なのだが、一番は精神力が必要だと俺は考えている。
自分ではない誰かを表現するというのは、思っている以上に精神をすり減らすのだ。喜びの感情、怒りの感情、哀しみの感情、楽しみの感情を自身のタイミングではなく演じるキャラクターのタイミングでその感情を表に出さなければならない。
それもただ感情を表に出すだけではいけない。自分が演じるキャラクターならどんな感情の表現をするのかを自分なりの解釈で。そしてその解釈で演技を見ている人を納得させる必要があるのだ。
ただ演じればいいって理由じゃない。
それは倉敷もわかっているようで、自身の演技で俺を納得させようと奮闘するが、演じれば演じるほどキャラクターへの理解度が下がっていってしまうのか、その表現は徐々に雑になっていく
最終的には自分がどんなキャラクターを演じているのかすらわからなくなってしまったようで、台本を見ながら演じているにも関わらず、言葉をつまらせてしまい、ついには呼吸すらままならなくなってしまった。
「まだ……いけます……!」
「ダメだ。それにまだ一週間ある。焦るな」
「……焦りますよ。一週間しかないんです。先輩に、朝倉先輩に近づくためには一週間じゃとても足りない……」
「……いや当たり前だろ!」
「え?」
倉敷の口から間抜けな声が出る。
「一週間で俺に追いつけたらこの世の全員が俳優目指してるよ」
「え、あ、いや、そうかも知れませんが……。僕は僕に才能がないことはわかってます。だからこそ朝倉先輩に演技指導してもらえるこんな絶好のチャンスを逃すわけにはいかないんです! だからまだ……まだいけます! お願いします!」
「焦るなって言っただろ? そもそも今日は倉敷の実力を計るための日だ。今日でどうこうしようってわけじゃない」
「…………はい」
理解してくれたのだとは思うが、倉敷の表情は曇ったままだった。
俺はため息を小さく吐くと、自分でも思いもしないコトを口にする。
「倉敷はこの後時間あるか?」
「え? あ、はい……ありますけど…………」
「ご飯でも行くか?」
「い、いいんですか?」
「俺が誘ってるんだから、ダメなことはないだろ」
倉敷の表情はようやく晴れたようで「行きたいです!」と先ほどまでの暗い表情が嘘かのように満面の笑みに変わっていた。
「どこか行きたいところはあるか」と問いかけると「朝倉先輩の食べたいものが食べたい」とのことだったため、一度は行ってみたかったが、俺一人では確実に入店することが難しいであろう場所を選択した。
桜島高校は都心部郊外にある学校であり、山を切り開いたような土地にぽつんとそびえ立っている。駅こそ近くにないものの、バスが多く通っており移動手段で困るようなことはない。
さらに言えば都心部ほど栄えているわけではないが、商店街やスーパーが充実しており、飲食店など探せばいくらでも存在している。
桜島高校が近くにあるからと言うわけではないと思うが、学生が学校帰りに寄り道して買食いできるような店も数多く存在しており、ドラマや漫画でよくあるようなコロッケが買える精肉店や目の前で一から作ってくれるタイプのクレープ屋など学生だけではなく、大人も楽しむことができる飲食店が数多くある。
そんな立地の良さから、この地域に引っ越しを考えている世帯も多いのだとか。
倉敷に「行こうか」と告げ、目的地へと歩みを進める。
思い返してみれば誰かと一緒に帰るなんてことは初めてかもしれない。コレは俺の今後の演技に繋がってくるものもあるだろう。なんて考えていると倉敷は少し不安そうな声で俺に問いかける。
「せ、先輩の食べたいものが食べたいって言っておきながらあれなんですが、僕今日そんなにお金持ってきてなくてですね…………。よ、予算感とか聞いてもいいですか?」
「いや、俺が出すけど……。」
それを聞いた倉敷は慌てた様子で「ダメです!」と何度も連呼する。「いくら朝倉先輩が俳優業で稼がれていようともそれはダメです!」や「一応学生同士なんですから……お金は大事にしないと!」なんて次から次へと口にする。
内心では「俺にいつもコーラ奢られてるだろ……今更何いってんだコイツ」なんてことを思ってはいたが、それを口にすることはせず倉敷を納得させるために一言を言い放つ。
「こういうのは誘ったやつが払うんだよ! あと俺は誰にでも奢るわけじゃないからな」
「そ、そういうもんですか?」
「そうだよ。だから素直に奢られてろ!」
そう言うと倉敷はやっと諦めがついたのか「それなら……」とまだ若干の抵抗を見せつつも、奢られてくれるようだ。
実際、奢られてくれなければ俺が困る。
後輩を連れて食事をするのは良いものの、勘定が割り勘だった暁には即日ネットの餌食になりかねない。天才子役『朝倉啓一』のイメージを保つためにも、彼には俺に奢られててほしいものだ。
* * *
倉敷を連れてついた場所は所謂隠れ家的な場所にあるカフェで、外観の雑居ビルからは想像できないが店内は中世のヨーロッパを彷彿とさせるような装飾が施されており、どこか懐かしさを感じる温かい空間がそこにはあった。
倉敷はというと、こういったおしゃれな場所に慣れていないのか、あたりをキョロキョロと見渡し、どこか落ち着きがない様子だ。
「ぼ、僕、場違いじゃないですかね?」
「そんなことないだろ? ドレスコードがあるわけじゃないし」
「そう……ですかね?」
「……場所変えるか?」
「い、いえ! ここが良いです!」
「何だそれ」
倉敷と話していると何も苦に感じない。
むしろこの時間が愛おしいとすら思える。
基本的に俺に声を掛けてくるヤツは大人であっても子どもであっても、そのほとんどが下心を持って話しかけてくる。
しかも下心あるやつは大人も子どももほとんど大差がない。
大人はある程度のマナーや礼儀があるものだと思っている人が一定数居るだろうが、実際にはそんなことはない。むしろ大人の方が「これくらいなら言っても大丈夫だろう」や「どこまでなら言っても大丈夫かな」と言ったような俺のラインを探りながら話してくる。
俺を『朝倉啓一』一個人としてではなく、天才子役『朝倉啓一』として接してくるのが不快でしかない。
だが、倉敷勤は俺を天才子役『朝倉啓一』としてではなく『朝倉啓一』として声を掛けてくる。きっとその下心のない、素直な気持ちで俺に接してくれるからこそ苦に感じないのだろう。
「ここのパンケーキがうまいらしくてな。一人じゃ入れないから、倉敷を連れてきたってのが本音」
倉敷の緊張をほぐすために、嘘ではないが百パーセント本当ではない本音を彼にぶつける。それに対し「一人じゃ来づらい場所があれば、いつでも誘ってください」と彼は真っ直ぐに伝えてくる。
こんななんでもない言葉も倉敷相手ではなかったら、社交辞令だと思うし、何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまうことだろう。
そんなコトを一切感じさせないのは、やはり俺が彼に興味を持っているからに違いない。
「俺はこのチョコソースのパンケーキにカフェオレにするけど、倉敷は?」
「僕は……このガレットのセットで、えっと、飲み物はアイスコーヒーでお願いします」
「え、パンケーキ屋でパンケーキ以外頼むのか?」
「え、あ、そうですよね……えっと、それじゃあ……」
「もしかして甘いもの……苦手か?」
「あぁ……苦手ってわけじゃないんですけど、甘すぎるとちょっとって感じですかね……。どちらかと言えば辛いもののほうが好きかもしれないです……」
俺はそこである疑問が頭をよぎる。
「もしかしてだけど、缶コーラ……じゃないほうが良かった?」
「え! いえ! いつもいただいている身でそんな……ッ!」
必死に否定すればするほど、きっと彼にはコーラではなくコーヒーの方が良かったのだと確信することとなる。
普段は正直なクセに、変なところで謙虚になる倉敷に対し、「もっと早く言えよ」という感想をツッコミのように言いたくなるが、そんなコトは言わない。
いや、言ってもいいのかもしれない。
倉敷は俺のコトを天才子役の『朝倉啓一』ではなく、男子高校生の『朝倉啓一』として見てくれるのだから、何も問題はないだろう。
「もっと早く言えよ」
「え、なんでですか」
「そしたら倉敷に缶コーヒー渡して、俺がコーラ飲めるじゃん」
「あぁ! なるほど!」
倉敷は「そんなコトに気づくなんて天才ですね!」と言わんばかりの目を俺に向けてくる。
そんな彼が可愛いと思いながら、店員さんを呼び注文をする。
俺はきっとこの日食べたパンケーキの味を忘れることはないだろう。
* * *
演技指導の二日目。
俺は演技指導を開始する前に倉敷に演技についてのアドバイスをする。
「倉敷は演じること自体が向いてない!」
そう告げたとき、倉敷は絶望にも近い表情を浮かべていた。
瞳孔が開き、涙は溜めることなくスッーっと音もなく頬を伝う。
今までの努力が全て無意味であると言われている気がしてならないと言わんばかりに、じゃあどうすればいいんだよといいたげであった。
そんな急に冷水を掛けられたような倉敷をみて、言葉を間違えたと感じた俺は咄嗟に謝罪をする。やはり倉敷と一緒にいると普段間違えるはずのない言葉の選択すら間違えてしまう。
「え、あ! ごめん! 泣かないでくれ! 誤解だ誤解!」
「ご、誤解ですか?」
ジャージの袖で涙を拭きながら、不安そうな声で倉敷は俺に問いかける。
「演技には二種類あると俺は思ってる。キャラを自分に憑依させるタイプと自分自身で表現する自然タイプだ。俺は憑依タイプ。で、倉敷は自然タイプだ!」
「自分自身で表現する……自然タイプ……ですか?」
「そ。だから倉敷は演じたらダメ。そのキャラに合わせるんじゃなくて、自分ならこのときどうするかなとか。そんなイメージで演じるのがいいよ」
「キャラに合わせない……。自分ならどうするか……」
「そ、ただ注意しろよ。自然タイプは憑依タイプよりも精神力の消耗が激しい。それに演じるというのは一人でするものじゃない。相手の演技に合わせる必要も出てくる。自然タイプは相手の演技に飲まれるとどんどんドツボにハマっていく。自分が一体何者なのかわからなくなってくるから病むぞ」
徐々に声を低くし脅すような声を出す俺に彼は身震いをしつつも真剣に聞き入れる。
無言で頷き、自分の中で理解を深めようとする倉敷を尻目に、俺は台本を持って今日の演技指導を始める。
「やるぞ。今日は俺が相手役やるから」
「……え?」
「俺がマドンナ役。倉敷はそんな俺を振り向かせる冴えない男子生徒の役だ」
「え、朝倉先輩の演技を直で見れるんですか?」
「特別な。それに生半可なアプローチで俺を振り向かせられると思うなよ」
「はい…………ッ!」
女性の役を演じたことはないが、天才子役『朝倉啓一』には造作もないことだ。
倉敷の演技を誘導しつつ、まずは自然に振る舞えるように彼の緊張をほぐしながら、マドンナを演じる。
彼の大根役者ぶりは徐々にではあるが、緩和されつつある。俺はそう認識していた。



