「じゃあ、まずはコレね」
そう言って俺は、今桜島高校の演劇部がやっている劇の台本を倉敷に手渡す。冴えない男子高校生が学校一の美女に恋に落ち、振り向いてもらえるように奮闘する物語のあの台本だ。
その台本を受け取った倉敷はなんとも言えない表情を浮かべながら、「どうしてこの台本なんですか?」と小さく呟く。それはまるで触れられたくないモノに触れられたような感じを醸し出していた。
その問いかけに俺は真っ直ぐ彼を見つめながら答える。
「倉敷勤の目に俺はどう映ってる?」
「え?」
「だから倉敷は『朝倉啓一』のことをどう思ってるんだって聞いてるんだ」
「え、えっと……演技がうまくて、顔も整ってて、それでいて何でも完璧にこなす超人だと思ってます。あ! あと優しいです!」
「倉敷が俺に対して思ってくれていることは全部。本当に全部瞞しだよ。まず俺は超人なんかじゃない。倉敷がそう思ってくれていること自体は嬉しいけど、それは本当の俺じゃないよ」
「…………え?」
「倉敷の質問の答える前に少し、俺の話をしようか」
そう言って俺は第二体育館裏口と外を繋いでいる石畳の階段に腰を掛けると、彼にも座るように合図を出す。
彼が横に座るのを確認してから、俺は初めて天才子役『朝倉啓一』としてではなく、倉敷勤の先輩である『朝倉啓一』として話を始めた。
「まず初めに俺もオーディションには落ちるんだよ」
「え、いや……え? そんなわけないじゃないですか……。だって先輩はあの『朝倉啓一』なんですよ? 日本で知らない者はいないとされているくらいの有名人ですよ? 演技も一流、顔も一流の先輩がオーディションで落ちるわけ無いじゃないですか!」
「……そう言ってくれるのは嬉しいけど、俺も毎シーズンドラマに出ているわけじゃないし、もし仮に全てのオーディションで合格していたら、全てのドラマの主演を張ってることになるぞ? でも実際はそんなことはない。俺以外の俳優が主役を張ることだってある」
「そ、それはそうかも知れませんが……。でも先輩の場合は年齢と言うものがあると思います! それこそ今は高校生だからという理由で見送りになるオーディションは存在するのかもしれませんが、先輩がその役の適正年齢であったらなら必ず受かっていたはずです!」
そう熱弁する彼は俺に迫る勢いだ。
押し倒されるようなほどの気迫で口を開く倉敷は、いつしか俺との顔の距離がもう数センチというところまできていた。
少し前からそうなのかもしれないと思っており、数日前に演劇部の部員に話を聞いた感じ、俺の考えに間違いはないのだろう。
――倉敷勤は朝倉啓一に異常なほどの憧れを抱いている。
これは演劇部員から聞いた話のため、彼から直接聞いたわけではないため若干の脚色が含まれているのかもしれないが、倉敷勤という人物は今まで一度もステージの上に上がったことがないのだという。
それは彼の演技力に問題があるからだ。
俺自身も実際に彼の演技を目の当たりにしたことはないのだが、それでも俺に嘘をつくときの仕草を見ていれば、彼がどんな大根演技を見せてくれるかは容易に想像がついた。
倉敷自身もそれを自覚しているようで、いつも演技の勉強をしているらしい。
一番に部活に顔を出しては、すでに役をもらっている生徒にアドバイスを聞いて回ったり、いろんな映画やドラマを見て演技とはどういうものなのかを日々考えているとのことだった。
俺は気になって「どうして彼はそんなにも演技にこだわるのか」と話をしてくれた演劇部員に追加で質問を投げかけた。ちなみにだが部長ではある長谷川には一切話を聞いていない。アイツからは倉敷の悪い部分しか聞くことができないと悟ったからだ。
その時に部員が教えてくれたのが「倉敷勤は朝倉啓一に異常なほどの憧れを抱いている」と言うことだった。
俺は知らなかったのだが、倉敷は今まで何をやってきても何の成果も上げることができなかったらしい。これまで野球やサッカー。運動がダメなら絵や文章。それもダメなら学力を上げようと頑張ってきたらしいが、どれも良い結果を出すということができなかったようで、そんな落ち込んでいる彼がふとテレビで見たのが俺『朝倉啓一』だったようだ。
たった一歳しか年が離れていないのに、こんなにもすごい人がいるのかと、今まで時間潰しとしか思っていなかったテレビを食い入るように見たんだとか。
何者にもなれなかった自分が何者かになれる場所があるかもしれない。
俺の演技を見て、そう感じた倉敷は演技という呪いにかかってしまったらしい。
――いつかステージの上で天才子役『朝倉啓一』のような演技をすることを夢見て。
そんなことを聞かされては、俺もそれに見合ったことをするしか無いだろう。
第二体育館で缶コーラを手からこぼしたときのような表情を二度と彼にさせないために。
「いいや。適正年齢であったとしても俺は受かってないよ。それは俺が演じきれなかったからだ」
「…………」
「信じてないだろ?」
信じられないという表情を至近距離で見せてくる彼に「ちょっと落ち着いて」と諭しながら、元の位置に座らせる。
そんな彼は俺の問いかけに対して「信じられないです……」と蚊が鳴くような声でそう答えた。俺は倉敷の出した答えに少しだけ声を出して笑ったあと「コレは倉敷にしか言わないからな」と前置きをしたうえで、彼に語りかける。
「俺はな、誰もが想像する『朝倉啓一』という人物を演じて日々を過ごしてるんだよ」
「……ど、どういうことですか?」
倉敷の疑問は至極当然のものだろう。
急に『朝倉啓一』本人が誰もが想像する『朝倉啓一』という人物を演じて日々を過ごしてると言っても理解できるわけがない。そんな彼に共感しながらも俺は今から口にする言葉に恥じらいを持ちながら、それを誤魔化すように少し笑ったような感じで続きを話す。
「そもそも俺はコーヒーが嫌いだ。でも俺のパブリックイメージは甘いものは好まず、食にはこだわりがあるって感じだろ? だから俺は別に好きじゃないコーヒーを飲むんだよ。『朝倉啓一』という人物のイメージを保つためにね」
「え、え?」
「それにクールっていうイメージも違うかな。それなりにこの業界にいるから悪口や陰口。それにあること無いことの噂話。言われ慣れてるとはいえ、別に傷つかないわけじゃないよ。めっちゃムカつくし、実際にはしないけどそんなこと言ってるやつに出くわしたらぶん殴ってやろうかと思うよ。前に自動販売機の前で倉敷と話してるとき、何か言ってた女子が居ただろ? 覚えてるか? あれ本当は睨みつけてやろうかと思ったけど、みんながイメージする『朝倉啓一』はそんなことしないだろ? だからしなかった。でも本当はするべきだったよな。でもそのせいで倉敷が傷ついたんだ。自分のイメージなんか気にする前に、することがあるだろってね。あのときは庇ってやれなくてすまなかった……」
戸惑う倉敷に俺は追い打ちをかけるように、彼の顔を覗き込むようにして言葉を投げる。
「『朝倉啓一』は倉敷が思ってるような人じゃなかっただろ? 幻滅したか?」
気丈に振る舞っているが、正直不安でしかたがない。
初めて天才子役『朝倉啓一』としてではなく、倉敷勤の先輩である『朝倉啓一』として自分の気持ちを言葉にしたのだ。
実は『朝倉啓一』は甘い物が好きらしい。
『朝倉啓一』はクールなんかじゃないよ。
缶コーヒーもいつも無理して飲んでるんだってさ。
倉敷がそんなことを言いふらすようなタイプの人間ではないとわかっていても、そんな不安に駆られてしかたがない。
そんな俺に掛けられた言葉は俺の予想を良い意味で裏切るものであった。
「幻滅なんてしません! 僕はずっと天才子役『朝倉啓一』ではなく、人としての。僕の先輩としての『朝倉啓一』としてずっと見てました! あ、いえ……そりゃ桜島に入学する前は天才子役『朝倉啓一』として見ていた部分もあるかもしれませんが、朝倉先輩が桜島の生徒だって知って、どうしてもあなたに会いたくて。あなたに近づきたくて。あなたに憧れて。だからどんなに倍率が高かろうと、桜島にどうしても入りたくて頑張りました。だから入学式で朝倉先輩が本来生徒会長が読み上げるであったであろう入学の祝辞を、生徒会長が急遽お休みになったからと言って代理で祝辞を読んでくださったときは本当に。本当に涙が止まりませんでした。僕はあなたに憧れてるんです。朝倉先輩がどんな人であろうと、僕はあなたに幻滅することはありません!」
彼の目はしっかりと俺の目を見ていた。
やはり俺は倉敷勤の前では天才子役『朝倉啓一』として居ることはできないのか、頬の筋肉が緩んで仕方がない。
「ありがとう。じゃあそろそろ質問に答えようか」
「え、あ、そうでした……!」
「どうしてこの台本なのか、だよね。もう一個倉敷に言ってないことがあるんだけどさ、俺落ちたオーディションの役を何度も練習するんだよね」
先ほどまでの力強い目とは打って変わって、今の倉敷はまさしく「なんでそんなことするんだ?」と言わんばかりの表情を浮かべていた。
「なんでそんな無駄なことするんだって思った?」
「あ、…………はい。もう役は決まってるのにって、思っちゃいました……」
「そうだよね。でもそうだと思うよ。もうその役を演じることはできない。でもね、俺が落ちたってことは俺がその役を演じる上で足りないものがあったってことだよ。だからそれを自分の中だけでもいいから、正解を探すために練習をするんだよ。次に活かすために」
「…………」
「だから一度演劇部の役に落ちただけで諦めるなよ。それにな。”俺が倉敷の演技指導”をするんだぞ? 絶対に良いものにしてやるよ。だから無駄って思わずに一緒に頑張ってくれるか?」
一度俯いたかと思えば、すぐに正面を向き、そのまま倉敷は立ち上がった。
何を思っているのか、どんなことを考えているのか、俺にはわからないが、もうあの時と同じ表情にはならないだろう。
目にはハイライトが宿っているし、唇は震わせていない。
涙が顎を伝って地面に落ちることもないし、拳も強く握られていない。
「やっぱり朝倉先輩はすごいなぁ。僕の想像を遥かに超えるほどすごい人だ…………。こんな僕ですが、よろしくお願いします」
そう振り向きながら告げる倉敷は俺よりも身長は低いはずなのに、どこか大きく見えた。
そう言って俺は、今桜島高校の演劇部がやっている劇の台本を倉敷に手渡す。冴えない男子高校生が学校一の美女に恋に落ち、振り向いてもらえるように奮闘する物語のあの台本だ。
その台本を受け取った倉敷はなんとも言えない表情を浮かべながら、「どうしてこの台本なんですか?」と小さく呟く。それはまるで触れられたくないモノに触れられたような感じを醸し出していた。
その問いかけに俺は真っ直ぐ彼を見つめながら答える。
「倉敷勤の目に俺はどう映ってる?」
「え?」
「だから倉敷は『朝倉啓一』のことをどう思ってるんだって聞いてるんだ」
「え、えっと……演技がうまくて、顔も整ってて、それでいて何でも完璧にこなす超人だと思ってます。あ! あと優しいです!」
「倉敷が俺に対して思ってくれていることは全部。本当に全部瞞しだよ。まず俺は超人なんかじゃない。倉敷がそう思ってくれていること自体は嬉しいけど、それは本当の俺じゃないよ」
「…………え?」
「倉敷の質問の答える前に少し、俺の話をしようか」
そう言って俺は第二体育館裏口と外を繋いでいる石畳の階段に腰を掛けると、彼にも座るように合図を出す。
彼が横に座るのを確認してから、俺は初めて天才子役『朝倉啓一』としてではなく、倉敷勤の先輩である『朝倉啓一』として話を始めた。
「まず初めに俺もオーディションには落ちるんだよ」
「え、いや……え? そんなわけないじゃないですか……。だって先輩はあの『朝倉啓一』なんですよ? 日本で知らない者はいないとされているくらいの有名人ですよ? 演技も一流、顔も一流の先輩がオーディションで落ちるわけ無いじゃないですか!」
「……そう言ってくれるのは嬉しいけど、俺も毎シーズンドラマに出ているわけじゃないし、もし仮に全てのオーディションで合格していたら、全てのドラマの主演を張ってることになるぞ? でも実際はそんなことはない。俺以外の俳優が主役を張ることだってある」
「そ、それはそうかも知れませんが……。でも先輩の場合は年齢と言うものがあると思います! それこそ今は高校生だからという理由で見送りになるオーディションは存在するのかもしれませんが、先輩がその役の適正年齢であったらなら必ず受かっていたはずです!」
そう熱弁する彼は俺に迫る勢いだ。
押し倒されるようなほどの気迫で口を開く倉敷は、いつしか俺との顔の距離がもう数センチというところまできていた。
少し前からそうなのかもしれないと思っており、数日前に演劇部の部員に話を聞いた感じ、俺の考えに間違いはないのだろう。
――倉敷勤は朝倉啓一に異常なほどの憧れを抱いている。
これは演劇部員から聞いた話のため、彼から直接聞いたわけではないため若干の脚色が含まれているのかもしれないが、倉敷勤という人物は今まで一度もステージの上に上がったことがないのだという。
それは彼の演技力に問題があるからだ。
俺自身も実際に彼の演技を目の当たりにしたことはないのだが、それでも俺に嘘をつくときの仕草を見ていれば、彼がどんな大根演技を見せてくれるかは容易に想像がついた。
倉敷自身もそれを自覚しているようで、いつも演技の勉強をしているらしい。
一番に部活に顔を出しては、すでに役をもらっている生徒にアドバイスを聞いて回ったり、いろんな映画やドラマを見て演技とはどういうものなのかを日々考えているとのことだった。
俺は気になって「どうして彼はそんなにも演技にこだわるのか」と話をしてくれた演劇部員に追加で質問を投げかけた。ちなみにだが部長ではある長谷川には一切話を聞いていない。アイツからは倉敷の悪い部分しか聞くことができないと悟ったからだ。
その時に部員が教えてくれたのが「倉敷勤は朝倉啓一に異常なほどの憧れを抱いている」と言うことだった。
俺は知らなかったのだが、倉敷は今まで何をやってきても何の成果も上げることができなかったらしい。これまで野球やサッカー。運動がダメなら絵や文章。それもダメなら学力を上げようと頑張ってきたらしいが、どれも良い結果を出すということができなかったようで、そんな落ち込んでいる彼がふとテレビで見たのが俺『朝倉啓一』だったようだ。
たった一歳しか年が離れていないのに、こんなにもすごい人がいるのかと、今まで時間潰しとしか思っていなかったテレビを食い入るように見たんだとか。
何者にもなれなかった自分が何者かになれる場所があるかもしれない。
俺の演技を見て、そう感じた倉敷は演技という呪いにかかってしまったらしい。
――いつかステージの上で天才子役『朝倉啓一』のような演技をすることを夢見て。
そんなことを聞かされては、俺もそれに見合ったことをするしか無いだろう。
第二体育館で缶コーラを手からこぼしたときのような表情を二度と彼にさせないために。
「いいや。適正年齢であったとしても俺は受かってないよ。それは俺が演じきれなかったからだ」
「…………」
「信じてないだろ?」
信じられないという表情を至近距離で見せてくる彼に「ちょっと落ち着いて」と諭しながら、元の位置に座らせる。
そんな彼は俺の問いかけに対して「信じられないです……」と蚊が鳴くような声でそう答えた。俺は倉敷の出した答えに少しだけ声を出して笑ったあと「コレは倉敷にしか言わないからな」と前置きをしたうえで、彼に語りかける。
「俺はな、誰もが想像する『朝倉啓一』という人物を演じて日々を過ごしてるんだよ」
「……ど、どういうことですか?」
倉敷の疑問は至極当然のものだろう。
急に『朝倉啓一』本人が誰もが想像する『朝倉啓一』という人物を演じて日々を過ごしてると言っても理解できるわけがない。そんな彼に共感しながらも俺は今から口にする言葉に恥じらいを持ちながら、それを誤魔化すように少し笑ったような感じで続きを話す。
「そもそも俺はコーヒーが嫌いだ。でも俺のパブリックイメージは甘いものは好まず、食にはこだわりがあるって感じだろ? だから俺は別に好きじゃないコーヒーを飲むんだよ。『朝倉啓一』という人物のイメージを保つためにね」
「え、え?」
「それにクールっていうイメージも違うかな。それなりにこの業界にいるから悪口や陰口。それにあること無いことの噂話。言われ慣れてるとはいえ、別に傷つかないわけじゃないよ。めっちゃムカつくし、実際にはしないけどそんなこと言ってるやつに出くわしたらぶん殴ってやろうかと思うよ。前に自動販売機の前で倉敷と話してるとき、何か言ってた女子が居ただろ? 覚えてるか? あれ本当は睨みつけてやろうかと思ったけど、みんながイメージする『朝倉啓一』はそんなことしないだろ? だからしなかった。でも本当はするべきだったよな。でもそのせいで倉敷が傷ついたんだ。自分のイメージなんか気にする前に、することがあるだろってね。あのときは庇ってやれなくてすまなかった……」
戸惑う倉敷に俺は追い打ちをかけるように、彼の顔を覗き込むようにして言葉を投げる。
「『朝倉啓一』は倉敷が思ってるような人じゃなかっただろ? 幻滅したか?」
気丈に振る舞っているが、正直不安でしかたがない。
初めて天才子役『朝倉啓一』としてではなく、倉敷勤の先輩である『朝倉啓一』として自分の気持ちを言葉にしたのだ。
実は『朝倉啓一』は甘い物が好きらしい。
『朝倉啓一』はクールなんかじゃないよ。
缶コーヒーもいつも無理して飲んでるんだってさ。
倉敷がそんなことを言いふらすようなタイプの人間ではないとわかっていても、そんな不安に駆られてしかたがない。
そんな俺に掛けられた言葉は俺の予想を良い意味で裏切るものであった。
「幻滅なんてしません! 僕はずっと天才子役『朝倉啓一』ではなく、人としての。僕の先輩としての『朝倉啓一』としてずっと見てました! あ、いえ……そりゃ桜島に入学する前は天才子役『朝倉啓一』として見ていた部分もあるかもしれませんが、朝倉先輩が桜島の生徒だって知って、どうしてもあなたに会いたくて。あなたに近づきたくて。あなたに憧れて。だからどんなに倍率が高かろうと、桜島にどうしても入りたくて頑張りました。だから入学式で朝倉先輩が本来生徒会長が読み上げるであったであろう入学の祝辞を、生徒会長が急遽お休みになったからと言って代理で祝辞を読んでくださったときは本当に。本当に涙が止まりませんでした。僕はあなたに憧れてるんです。朝倉先輩がどんな人であろうと、僕はあなたに幻滅することはありません!」
彼の目はしっかりと俺の目を見ていた。
やはり俺は倉敷勤の前では天才子役『朝倉啓一』として居ることはできないのか、頬の筋肉が緩んで仕方がない。
「ありがとう。じゃあそろそろ質問に答えようか」
「え、あ、そうでした……!」
「どうしてこの台本なのか、だよね。もう一個倉敷に言ってないことがあるんだけどさ、俺落ちたオーディションの役を何度も練習するんだよね」
先ほどまでの力強い目とは打って変わって、今の倉敷はまさしく「なんでそんなことするんだ?」と言わんばかりの表情を浮かべていた。
「なんでそんな無駄なことするんだって思った?」
「あ、…………はい。もう役は決まってるのにって、思っちゃいました……」
「そうだよね。でもそうだと思うよ。もうその役を演じることはできない。でもね、俺が落ちたってことは俺がその役を演じる上で足りないものがあったってことだよ。だからそれを自分の中だけでもいいから、正解を探すために練習をするんだよ。次に活かすために」
「…………」
「だから一度演劇部の役に落ちただけで諦めるなよ。それにな。”俺が倉敷の演技指導”をするんだぞ? 絶対に良いものにしてやるよ。だから無駄って思わずに一緒に頑張ってくれるか?」
一度俯いたかと思えば、すぐに正面を向き、そのまま倉敷は立ち上がった。
何を思っているのか、どんなことを考えているのか、俺にはわからないが、もうあの時と同じ表情にはならないだろう。
目にはハイライトが宿っているし、唇は震わせていない。
涙が顎を伝って地面に落ちることもないし、拳も強く握られていない。
「やっぱり朝倉先輩はすごいなぁ。僕の想像を遥かに超えるほどすごい人だ…………。こんな僕ですが、よろしくお願いします」
そう振り向きながら告げる倉敷は俺よりも身長は低いはずなのに、どこか大きく見えた。



