演劇部の通しでの練習が終わったのを確認してから、俺は体育館の二階へと上がり倉敷の元へと足を運ぶ。
倉敷も二階から俺のコトを見ていたのか、先ほどまで照明を操作していた場所から階段を使って二階に上がる俺のことを見つけては、項垂れたように自身の足元に視線をずらした。
俺はそんな彼に近づき「んっ」と買ってから時間が経ち、多少温くなった缶コーラを差し出す。
「…………取れよ」
「あ……はい。ありがとうございます」
いつもの元気が無い彼に俺は若干の苛つきを覚える。
本来、天才子役である『朝倉啓一』はこの程度で感情を表に出すことは無いのだが、どうも倉敷を前にすると俺は天才子役『朝倉啓一』では居られなくなるらしい。
いや、それでは天才子役『朝倉啓一』としての威厳を保つことができない。俺はどうにかしてこの感情を抑え込もうと必死になるが、必死になればなるほどそれは顕著に現れてしまうもので、現に俺の足は貧乏ゆすりでもするかのように上下に震えていた。
このままではダメだと思い、思い切って口を開こうとはしない彼に代わって俺が言葉を紡いだ。
「お前に何かを吹き込んだのは、あの長谷川っていう部長か?」
「…………」
「無言は肯定として受け取るぞ?」
「…………はい」
一切倉敷を攻めるつもりは無いのに、どうも俺が一方的に攻めているようにしか見えないのはどういうことだろうか。
俺の感情が表に出ているからか。
それとも天才子役『朝倉啓一』を演じきれていないからか。
今の俺にはそれを知るすべはなかった。
「俺が長谷川に言ってやろうか?」
「だ、ダメです!」
先程まで自分のつま先だけを見ていた倉敷が俺の言葉を聞いてバッと音を立てるようにして顔を上げる。そんな彼の目には今にも溢れんばかりの涙が浮かべられていた。
そんなにもキツい言葉を投げかけてしまったか? と俺は考えにふけりながらもポケットから肌触りの良いタオル生地のハンカチを取り出し、先ほど缶コーラを渡したときと同じように少しぶっきらぼうに彼に手渡す。
「まさか泣かせてしまうなんて……すまない」
「……いえ、違うんです。僕が悪いんです。僕ができないから……」
「できない?」
そう言うと倉敷はまた黙ってしまった。
俺からハンカチを受け取ると「すみません、ありがとうございます」とだけ伝え、それ以降は何も喋らなくなってしまったのだ。
こうなってしまっては、また天才子役『朝倉啓一』から話を振るしかない。そう考えた俺はここに来た目的を思い出し、新たに言葉を紡ぐ。
「お前って器用なのな。裏方やってるんだって? 小道具作ったり、照明やったりしててさ、すごいじゃん」
「…………そんなことない……です」
「そうか? 俺はすごいと思うけどね」
「…………ありがとうございます」
「えーっと、なんだ。お前は舞台には立たないのか? 演技指導してくれって言ってくるもんだからてっきり裏方じゃなくて、役者やってんのかと思ったよ」
その瞬間、ボドッという音と共に床に転がったかと思えば、落ちた衝撃で小さな穴が空いたのだろう。プシューという音を立てながらコーラが床に広がっていくのが見えた。
「先輩も……朝倉先輩も僕を笑いに来たんですか…………ッ!」
桜の花びらが散ってしまう以上に儚い声で倉敷勤という男はそう呟いた。
ハイライトの消えた眼と震える唇。爪が手のひらに食い込んでしまうほど強く握られた拳に顎を伝って床に広がったコーラと混ざり合う大粒の涙。
どんなに空気が読めない人間が仮に居たとしても、こんな彼の姿を見れば誰だって言われたくないことを言われた。つまりは地雷を踏んでしまったのだと理解するだろう。
そんなつもりはなかった
何怒ってんだよ
そんなんじゃないって
笑いに来たってなんだよ
今頭に浮かんだ言葉を何でもいいから口にしないといけない。
そんなことは頭では理解していても、それを俺は口に出すことができなかった。
「今まですみませんでした」
先に口を開いたのは倉敷の方だった。それに対し何かしらの反応を示す前に、一階にいる長谷川が倉敷に集合を掛ける声が聞こえてきた。
倉敷は「今行きます」と到底一階にいる長谷川には聞こえないであろうボリュームでそう告げると、俺という存在を無視して一階へ向かう。
そんな彼は「もう関わりませんので」とすれ違いざまにそう言い放った。
床に広がったコーラ以上に黒い何かが俺の心を蝕んでいく。そんな感覚を俺は初めて体験した。
* * *
あの日から一週間が経過した。
倉敷の宣言通り、彼はこの一週間本当に俺の前に姿を現すことはなかった。それは以前二週間ほど避けられていたときとは異なっており、移動教室やらで倉敷を見かけることは何度かあったのだが、彼は俺が見えていないのかと思うほどに何の反応も示さなくなったのだ。
いつもなら自動販売機の前で缶コーヒーでも買っていれば、自然と「演技指導してください!」なんて生意気な言葉が聞こえてくるのだが、そんな声を聞くことはなかった。
あの日、俺がどんな失態を犯してしまったのかは、他の演劇部の生徒に聞いたため理解している。それを理解した上で本当に申し訳ないことをしてしまったと思う反面、ならもっと俺に声を掛けろよ! という若干の苛立ちを感じていた。
だからと言うわけではないが、俺は今そんな彼に向き合うため、昼休みの時間に倉敷のいる一年三組へと足を運んだ。
ガラガラと音を立てながら教室の扉を引くと、クラスで昼食を摂っていた生徒が一斉に俺に顔を向ける。そして俺があの天才子役『朝倉啓一』であるとわかると先日の体育館のときと同様、黄色い歓声が一年三組だけではなく、一年のクラスが並ぶ桜島高校の一階に響き渡った。
普段の俺であればその歓声に何かしらのアクションを起こしていたかもしれないが、今は俺の姿を見て教室から逃げようとする倉敷勤に接触することのほうが優先事項が高いため、その歓声に応えるようなことはしなかった。
「逃げんな」そういって俺は教室から出ていこうとする倉敷の腕を掴む。
「え、あ、その……」と腕を捕まれ逃げることもできない倉敷は何かを口にしたいのだろうが、思ったように言葉を紡げないような様子で俺から目線をそらした。
そんな彼を見ながら追い打ちを掛けるように彼の耳元で囁く。
「長谷川から許可はもらってる。放課後第二体育館裏に来い」
俺の気迫に押されてしまったのか、倉敷はただただゆっくりと頷くだけだった。
頷いたことを確認してから俺はゆっくりと手を離す。そして左に持っていた缶コーラを「ん」といつものようにぶっきらぼうに彼に渡すと、俺は一年三組の教室を後にした。
倉敷はというと、鳩が豆鉄砲でも食らったかのようなキョトン顔で、俺が去っていくのをただただ眺めているだけであった。
放課後となり、俺は第二体育館の裏で一本の電話をかけた。その相手は俺のマネージャーをしてくれている村田さんだ。
「じゃあ今日から一週間よろしくお願いしますね」
『こっちは調整済みだから大丈夫だよ。それにしても朝倉くんから一週間休みが欲しいなんて言われてすごく驚いたよ』
「この一週間の仕事は全部前倒しで片付けたんですから、いいですよね?」
『あ、違う違う。そういうことじゃなくてね。僕としても朝倉くんはずっと仕事を入れていたからどこかで休ませたいなって思ってたんだよ。だから朝倉くんから声をかけてくれたのが嬉しくてね』
「……ご迷惑おかけいたします」
『大丈夫だよ。あとはこっちでやっておくから一週間の休暇楽しんでね』
「……まぁ休暇じゃないんですけどね」
『え? そうなの?』
「あ、すみません。来たみたいなんでまた……」
そういって電話を切る。
そんな俺の姿を倉敷は今から演劇部に参加するかのようにジャージを着た状態で見ていた。
俺は彼を確認すると、まずは深く頭を下げた。
「すまなかった」
「……えっ」
どうして俺が謝罪をしているのか、倉敷にはわからないようだった。
そんな彼の様子を見てもなお、俺は頭を下げたまま謝罪の言葉を続ける。
「何も考えずに、無神経なコトを言ってごめん」
「え、あ、いや。僕の方こそ今まですみませんでした。変に絡んだりして、部長の言ってた通り迷惑でしたよね」
「俺は迷惑じゃないと倉敷くんに伝えたはずだ」
「……朝倉先輩は優しいですね」
「優しい?」
倉敷は俺から一定の距離を保ったまま会話を続ける。
「僕がどんなに絡んでも嫌な顔一つせずに……いや、たまにしていたかもしれませんが。それでも僕なんかにいつも缶コーラを奢ってくれるじゃないですか。これを優しいと言わずして何て言うんですか」
そう何かを諦めたかのような表情を浮かべた状態で告げる倉敷の目だけは笑っているように見える。
取り繕った笑顔すらもままならない彼に俺は、他の演劇部員に聞いたことは嘘ではないのだと悟った。それを踏まえると時折彼が見せる下手な演技にも合点がいく。
「俺は優しくないよ。俺はそんな風に思ってもらえる人間じゃない」
「そ、そんなこと……ないです。あ、そうだ!」
倉敷は何かを思い出したかのように、肩にかけていたスクールバッグからきれいに包装されたナニかを取り出すと、先ほどまで一定の距離を保っていたにも関わらず俺に近づき、それを俺へと手渡す。
「え、なに?」
「先日朝倉先輩が僕に渡してくれたハンカチです。流石に使ったものをお返しするのは良くないと思ったので、同じようなデザインのものを探して買ってきました。同じものではないかもしれませんが、ど、どうぞ……」
「え、わざわざ? 良かったのに」
「……やっぱり先輩は優しいですよ。フツーあんな場面でハンカチを手渡してくれる男性はそういませんから」
ハンカチを受け取ると、受け取ってもらえたことが嬉しいのか目だけだった笑顔は顔全体に広がっていた。
俺はそんな彼の笑顔を見て「倉敷は笑ってるほうが似合うよ」と口にする。
その言葉に反応した倉敷は徐々に顔を赤くしていった。
「そ、そう言っていただけてう、うれしいです……」
「それでなんだけど……俺の謝罪は受けてもらえたってことでいいのかな?」
「あ、はい! もちろんです。僕の方こそあんな態度を取ってしまってすみませんでした。じゃあ僕はこれから部活があるので、失礼しますね」
「え?」
「え?」
部活に行くからジャージ姿なのかと納得しつつも、倉敷に伝えた気になっていたコトを思い出し、勝手に心の中で反省する。
やはりというべきか。どうも俺は倉敷の前では天才子役『朝倉啓一』を演じきることができないらしい。
俺の返答に困惑している倉敷の腕を掴み、次はちゃんと重要なコトを伝える。
「演劇部の長谷川さんにはもう許可を取ってあると言っただろ?」
「えっと、部活に遅れることの許可……ですよね?」
「いいや、そうじゃない。今日から一週間、倉敷を放課後借りる許可だ」
「……え?」
「今日から一週間。俺が倉敷に演技指導をする。俺は厳しいぞ。手加減はしないからな!」
それを聞いた倉敷は学校中に響き渡るほどの大声で驚きを表現した。
倉敷も二階から俺のコトを見ていたのか、先ほどまで照明を操作していた場所から階段を使って二階に上がる俺のことを見つけては、項垂れたように自身の足元に視線をずらした。
俺はそんな彼に近づき「んっ」と買ってから時間が経ち、多少温くなった缶コーラを差し出す。
「…………取れよ」
「あ……はい。ありがとうございます」
いつもの元気が無い彼に俺は若干の苛つきを覚える。
本来、天才子役である『朝倉啓一』はこの程度で感情を表に出すことは無いのだが、どうも倉敷を前にすると俺は天才子役『朝倉啓一』では居られなくなるらしい。
いや、それでは天才子役『朝倉啓一』としての威厳を保つことができない。俺はどうにかしてこの感情を抑え込もうと必死になるが、必死になればなるほどそれは顕著に現れてしまうもので、現に俺の足は貧乏ゆすりでもするかのように上下に震えていた。
このままではダメだと思い、思い切って口を開こうとはしない彼に代わって俺が言葉を紡いだ。
「お前に何かを吹き込んだのは、あの長谷川っていう部長か?」
「…………」
「無言は肯定として受け取るぞ?」
「…………はい」
一切倉敷を攻めるつもりは無いのに、どうも俺が一方的に攻めているようにしか見えないのはどういうことだろうか。
俺の感情が表に出ているからか。
それとも天才子役『朝倉啓一』を演じきれていないからか。
今の俺にはそれを知るすべはなかった。
「俺が長谷川に言ってやろうか?」
「だ、ダメです!」
先程まで自分のつま先だけを見ていた倉敷が俺の言葉を聞いてバッと音を立てるようにして顔を上げる。そんな彼の目には今にも溢れんばかりの涙が浮かべられていた。
そんなにもキツい言葉を投げかけてしまったか? と俺は考えにふけりながらもポケットから肌触りの良いタオル生地のハンカチを取り出し、先ほど缶コーラを渡したときと同じように少しぶっきらぼうに彼に手渡す。
「まさか泣かせてしまうなんて……すまない」
「……いえ、違うんです。僕が悪いんです。僕ができないから……」
「できない?」
そう言うと倉敷はまた黙ってしまった。
俺からハンカチを受け取ると「すみません、ありがとうございます」とだけ伝え、それ以降は何も喋らなくなってしまったのだ。
こうなってしまっては、また天才子役『朝倉啓一』から話を振るしかない。そう考えた俺はここに来た目的を思い出し、新たに言葉を紡ぐ。
「お前って器用なのな。裏方やってるんだって? 小道具作ったり、照明やったりしててさ、すごいじゃん」
「…………そんなことない……です」
「そうか? 俺はすごいと思うけどね」
「…………ありがとうございます」
「えーっと、なんだ。お前は舞台には立たないのか? 演技指導してくれって言ってくるもんだからてっきり裏方じゃなくて、役者やってんのかと思ったよ」
その瞬間、ボドッという音と共に床に転がったかと思えば、落ちた衝撃で小さな穴が空いたのだろう。プシューという音を立てながらコーラが床に広がっていくのが見えた。
「先輩も……朝倉先輩も僕を笑いに来たんですか…………ッ!」
桜の花びらが散ってしまう以上に儚い声で倉敷勤という男はそう呟いた。
ハイライトの消えた眼と震える唇。爪が手のひらに食い込んでしまうほど強く握られた拳に顎を伝って床に広がったコーラと混ざり合う大粒の涙。
どんなに空気が読めない人間が仮に居たとしても、こんな彼の姿を見れば誰だって言われたくないことを言われた。つまりは地雷を踏んでしまったのだと理解するだろう。
そんなつもりはなかった
何怒ってんだよ
そんなんじゃないって
笑いに来たってなんだよ
今頭に浮かんだ言葉を何でもいいから口にしないといけない。
そんなことは頭では理解していても、それを俺は口に出すことができなかった。
「今まですみませんでした」
先に口を開いたのは倉敷の方だった。それに対し何かしらの反応を示す前に、一階にいる長谷川が倉敷に集合を掛ける声が聞こえてきた。
倉敷は「今行きます」と到底一階にいる長谷川には聞こえないであろうボリュームでそう告げると、俺という存在を無視して一階へ向かう。
そんな彼は「もう関わりませんので」とすれ違いざまにそう言い放った。
床に広がったコーラ以上に黒い何かが俺の心を蝕んでいく。そんな感覚を俺は初めて体験した。
* * *
あの日から一週間が経過した。
倉敷の宣言通り、彼はこの一週間本当に俺の前に姿を現すことはなかった。それは以前二週間ほど避けられていたときとは異なっており、移動教室やらで倉敷を見かけることは何度かあったのだが、彼は俺が見えていないのかと思うほどに何の反応も示さなくなったのだ。
いつもなら自動販売機の前で缶コーヒーでも買っていれば、自然と「演技指導してください!」なんて生意気な言葉が聞こえてくるのだが、そんな声を聞くことはなかった。
あの日、俺がどんな失態を犯してしまったのかは、他の演劇部の生徒に聞いたため理解している。それを理解した上で本当に申し訳ないことをしてしまったと思う反面、ならもっと俺に声を掛けろよ! という若干の苛立ちを感じていた。
だからと言うわけではないが、俺は今そんな彼に向き合うため、昼休みの時間に倉敷のいる一年三組へと足を運んだ。
ガラガラと音を立てながら教室の扉を引くと、クラスで昼食を摂っていた生徒が一斉に俺に顔を向ける。そして俺があの天才子役『朝倉啓一』であるとわかると先日の体育館のときと同様、黄色い歓声が一年三組だけではなく、一年のクラスが並ぶ桜島高校の一階に響き渡った。
普段の俺であればその歓声に何かしらのアクションを起こしていたかもしれないが、今は俺の姿を見て教室から逃げようとする倉敷勤に接触することのほうが優先事項が高いため、その歓声に応えるようなことはしなかった。
「逃げんな」そういって俺は教室から出ていこうとする倉敷の腕を掴む。
「え、あ、その……」と腕を捕まれ逃げることもできない倉敷は何かを口にしたいのだろうが、思ったように言葉を紡げないような様子で俺から目線をそらした。
そんな彼を見ながら追い打ちを掛けるように彼の耳元で囁く。
「長谷川から許可はもらってる。放課後第二体育館裏に来い」
俺の気迫に押されてしまったのか、倉敷はただただゆっくりと頷くだけだった。
頷いたことを確認してから俺はゆっくりと手を離す。そして左に持っていた缶コーラを「ん」といつものようにぶっきらぼうに彼に渡すと、俺は一年三組の教室を後にした。
倉敷はというと、鳩が豆鉄砲でも食らったかのようなキョトン顔で、俺が去っていくのをただただ眺めているだけであった。
放課後となり、俺は第二体育館の裏で一本の電話をかけた。その相手は俺のマネージャーをしてくれている村田さんだ。
「じゃあ今日から一週間よろしくお願いしますね」
『こっちは調整済みだから大丈夫だよ。それにしても朝倉くんから一週間休みが欲しいなんて言われてすごく驚いたよ』
「この一週間の仕事は全部前倒しで片付けたんですから、いいですよね?」
『あ、違う違う。そういうことじゃなくてね。僕としても朝倉くんはずっと仕事を入れていたからどこかで休ませたいなって思ってたんだよ。だから朝倉くんから声をかけてくれたのが嬉しくてね』
「……ご迷惑おかけいたします」
『大丈夫だよ。あとはこっちでやっておくから一週間の休暇楽しんでね』
「……まぁ休暇じゃないんですけどね」
『え? そうなの?』
「あ、すみません。来たみたいなんでまた……」
そういって電話を切る。
そんな俺の姿を倉敷は今から演劇部に参加するかのようにジャージを着た状態で見ていた。
俺は彼を確認すると、まずは深く頭を下げた。
「すまなかった」
「……えっ」
どうして俺が謝罪をしているのか、倉敷にはわからないようだった。
そんな彼の様子を見てもなお、俺は頭を下げたまま謝罪の言葉を続ける。
「何も考えずに、無神経なコトを言ってごめん」
「え、あ、いや。僕の方こそ今まですみませんでした。変に絡んだりして、部長の言ってた通り迷惑でしたよね」
「俺は迷惑じゃないと倉敷くんに伝えたはずだ」
「……朝倉先輩は優しいですね」
「優しい?」
倉敷は俺から一定の距離を保ったまま会話を続ける。
「僕がどんなに絡んでも嫌な顔一つせずに……いや、たまにしていたかもしれませんが。それでも僕なんかにいつも缶コーラを奢ってくれるじゃないですか。これを優しいと言わずして何て言うんですか」
そう何かを諦めたかのような表情を浮かべた状態で告げる倉敷の目だけは笑っているように見える。
取り繕った笑顔すらもままならない彼に俺は、他の演劇部員に聞いたことは嘘ではないのだと悟った。それを踏まえると時折彼が見せる下手な演技にも合点がいく。
「俺は優しくないよ。俺はそんな風に思ってもらえる人間じゃない」
「そ、そんなこと……ないです。あ、そうだ!」
倉敷は何かを思い出したかのように、肩にかけていたスクールバッグからきれいに包装されたナニかを取り出すと、先ほどまで一定の距離を保っていたにも関わらず俺に近づき、それを俺へと手渡す。
「え、なに?」
「先日朝倉先輩が僕に渡してくれたハンカチです。流石に使ったものをお返しするのは良くないと思ったので、同じようなデザインのものを探して買ってきました。同じものではないかもしれませんが、ど、どうぞ……」
「え、わざわざ? 良かったのに」
「……やっぱり先輩は優しいですよ。フツーあんな場面でハンカチを手渡してくれる男性はそういませんから」
ハンカチを受け取ると、受け取ってもらえたことが嬉しいのか目だけだった笑顔は顔全体に広がっていた。
俺はそんな彼の笑顔を見て「倉敷は笑ってるほうが似合うよ」と口にする。
その言葉に反応した倉敷は徐々に顔を赤くしていった。
「そ、そう言っていただけてう、うれしいです……」
「それでなんだけど……俺の謝罪は受けてもらえたってことでいいのかな?」
「あ、はい! もちろんです。僕の方こそあんな態度を取ってしまってすみませんでした。じゃあ僕はこれから部活があるので、失礼しますね」
「え?」
「え?」
部活に行くからジャージ姿なのかと納得しつつも、倉敷に伝えた気になっていたコトを思い出し、勝手に心の中で反省する。
やはりというべきか。どうも俺は倉敷の前では天才子役『朝倉啓一』を演じきることができないらしい。
俺の返答に困惑している倉敷の腕を掴み、次はちゃんと重要なコトを伝える。
「演劇部の長谷川さんにはもう許可を取ってあると言っただろ?」
「えっと、部活に遅れることの許可……ですよね?」
「いいや、そうじゃない。今日から一週間、倉敷を放課後借りる許可だ」
「……え?」
「今日から一週間。俺が倉敷に演技指導をする。俺は厳しいぞ。手加減はしないからな!」
それを聞いた倉敷は学校中に響き渡るほどの大声で驚きを表現した。



