天才子役の俺が演劇部の大根役者なんかに絆されるわけがない!

 天才子役『朝倉啓一』は日々多忙を極めている。
 基本的には毎日のように何かしらの仕事が入っている。俳優をしているとどうしても演技をするだけが仕事と思われがちだが、実際にはそんなことはない。
 新たにドラマを撮るたびに、宣伝のためバラエティー番組に出演をしたり、ラジオに出演したり、雑誌の表紙を飾ったり取材を受けたりと派生するお仕事というものがたくさん存在する。
 さらにこれはドラマが撮られるたびにあるわけではない。
 写真集の撮影や各種イベントへと出演に登壇。また何も予定がない日はボイストレーニングやダンストレーニングなどのレッスンが入っているため、フルの休暇というものは基本的に存在しない。
 しかしそんな多忙を極める天才子役『朝倉啓一』にも奇跡的に休暇というものが与えられた。とはいったものの学校はあるわけで、土日祝などの一日中休みであれば本を読んだり、遠出して美味しいご飯を食べに行ったりするのだが、夕方以降が休暇という中途半端な休暇をどのように過ごせばいいのかわからないでいた。

「さて、どうするか」

 そんなコトを呟きながら、『朝倉啓一』であれば、どんな休暇の過ごし方をするかを頭をフル回転させる。とりあえずいつも通り渡り廊下にある自動販売機へ向かい、別に飲みたくもないブラックの缶コーヒーを購入する。

(あ、コーラ……)

 いつもであれば缶コーヒーを買うついでに一緒に缶のコーラも購入していたため、その流れでコーラのボタンも無意識に押してしまっていたようで、自動販売機の受け取り口は半コーヒーと缶コーラが詰まった状態になっていた。
 俺は誰にも聞こえない程度の音量でため息を吐きながら、その詰まっている受け取り口から二本の缶を取り出す。
 『朝倉啓一』はコーラなんて飲まないと自分に言い聞かせるも、捨てるもの『朝倉啓一』であればそんなコトはしない。であればどうするかを考えた際に思いついたことは倉敷にあげることであった。

(そう言えば、演技指導してほしいって言われてたな……。暇つぶしに行ってみるか……)

 ちょうど休暇をどのように過ごすかを検討していたタイミングであったため、ちょうどいいのかもしれない。そう考えて俺は第二体育館へと足を向ける。
 桜島高校には体育館が二つ存在しており、第一体育館はバスケ部とバレー部。第二体育館では卓球部とバドミントン部、そして演劇部が部活動に使用している。
 雨などの悪天候時には野球部やサッカー部、陸上部といった普段はグラウンドなどを使用している部活動も使用するようだが、詳しいことは俺も知らない。

「俺も俳優やってなかったら、部活に入ってたんだよな……」

 そんなことをしみじみ感じながら第二体育館が近づいてくる。
 近づくとわかるが、徐々に部活動をしている声がどんどん大きくなっていくのがわかる。キュッキュッっという室内履き用の靴の特有の音を響かせながら、部長や顧問の声に返事をするときのような揃った掛け声に加え、「シャァーッ!」と得点を決めた際に出る掛け声なんかも響き渡っている。
 俺がひょこっと第二体育館の扉から顔を覗かせると、部活中である数名が俺の存在に気が付き、先程まで真剣に部活に臨んでいたときとはまるで異なる「キャー」という黄色い歓声が聞こえてきた。
 その歓声が引き金となり、第二体育館で部活をしている生徒のほとんどが一斉に俺の方に顔を向けた。
 天才子役『朝倉啓一』はやはり知らない人は居ないのではないかと改めて感じる。普段はクールを演じている俺でもファンサービスは行うため、軽く左手を挙げる。そんな小さなファンサービスにも、先ほどとは比べ物にならないほどの歓声が第二体育館中に響き渡った。
 俺はそんな歓声を躱しながら、体育館の壇上へと向かう。

「ど、どうされたんですか? 朝倉さんがいらっしゃるなんて珍しいと思いまして……」

 そう声を掛けてきたのは、演劇部の生徒であろう人物であった。
 敬語を使用しているため、一瞬一年生かとも思ったが、桜島高校の生徒は学年関係無しに俺に敬語を使ってくる生徒が多い。もちろん最初っからタメ口で話しかけてくる生徒も一定数いるにはいるのだが、そんな生徒も俺が返事をするとオーラに圧倒されるのかいつの間にか敬語になっていることが多い。
 そのため敬語を使っているかどうかでは、相手の学年を計ることができないのだ。

「急にお邪魔してすみません。演劇部があることを思い出しましてね。俺も俳優をしている手前、勉強になる部分があるのではないかと思って尋ねたまでです。お邪魔でしたかね?」
「お邪魔だなんて! そんなことないですよ。来てくださりありがとうございます。自分は演劇部の部長をしています三年の長谷川といいます。」
「長谷川先輩。急な訪問にもかかわらず快く迎え入れてくださりありがとうございます。お邪魔になるようなことはしませんので、端の方で見ていてもいいですか?」
「はい! 全く問題ございません。むしろこちらが朝倉さんに教えを請いたいくらいです」
「またまたご謙遜な。俺もまだまだ学ばせていただく身ですよ」

 嘘である。
 こっちはプロとして表舞台に立っているのだ。芸歴も十年を優に超えている。あの天才子役と言われた『朝倉啓一』である俺が一介の高校の演劇部に教わるものなど何もない。
 しかし世の中には社交辞令というものが存在する。上辺だけでも取り繕っておかないと天才子役『朝倉啓一』としてのクールなイメージが崩れてしまうため、渋々このような会話を繰り広げていく。

 俺が来たことで、部長である長谷川が役者を集めた。

「今日はあの朝倉さんが見に来てくださった。緊張するかもしれないが、これは良い機会だ。皆も今まで以上に気を引き締めて演技をするように!」

 長谷川のその掛け声に合わせ、第二体育館外にも聞こえるほどの声量で役者である生徒が一斉に返事をする。その後、俺の方へ体を向けるとコレまた一斉に俺に対し一礼をした。俺も合わせるように、左手を軽く挙げながら軽い会釈をする。
 役者が持ち場に戻ると、それぞれ準備を始めた。台本を片手に発声練習をする者。軽く柔軟をする者。裏方に俺の存在を知らせるために声を掛ける者など皆様々だ。
 そんな役者に目を向けていると長谷川がいつの間にか俺の真横に来ており「こちらをどうぞ」と台本であろう冊子を手渡してきた。

「ありがとうございます。こちらは既存の台本ですか?」
「いえ。以前は既存の台本。それこそシンデレラやロミオとジュリエットのような有名どころをやっていたんですけど、少し前から自分たちで脚本を書くようになったんですよ。大会とかでも創作脚本賞なんてものがあったりするくらいなので」
「そうなんですね。正直な話、演劇部に大会があることを知りませんでした。無知で申し訳ないです」
「とんでもない! 演劇部に大会があることは多くの生徒が知っているわけではないので。それに脚本といっても我々生徒が大人の真似事で書いた文章です。拙い文章だらけでお恥ずかしい限りです」

 正直な話、長谷川の言う通りだと俺自身も内心そう思っている。話を聞きながらざっと渡された台本に目を通したが、はっきり言ってどこにでもあるような内容だ。高校生の恋模様を描いた作品で、学校一の美女でマドンナと呼ばれるような女子生徒相手に恋をした冴えない主人公が振り向いてもらえるようにと奮闘する物語。
 しかし褒めるところが無いわけじゃない。

「この脚本は皆さんで書いたんですか?」
「意見を出し合って、それを私が形にしてって感じでしょうか」
「そうなんですね。脚本は俺個人がどうこう言えるものじゃないのでなんともですが、台本としての完成度は高いと思います」
「え?」
「俺もこれまで多くの台本に目を通してきましたが、台本の作りとしてはプロが作るものとほとんど変わりがないように思えます。多少色眼鏡をかけている部分はあるでしょうけど、それでも台本としては立派なものです」
「……あ、ありがとうございます! 朝倉さんにそう言ってもらえるとは……! 今から七ページから三十二ページを通しでやるんですけど、見ていかれますか?」

 俺は「はい、勉強させてください」なんて言いながら、再度役者をしている生徒に目を向ける。それぞれの持ち場に着いた後、上手袖(かみてそで)から一人の男子生徒が出てきた。それに続くかのように、下手袖(しもてそで)からは一人の女子生徒が出てきた。どうやら冴えない主人公と学校一の美女でマドンナと呼ばれるような女子生徒が出会う場面らしい。
 俺は台本を見ながら、演劇部の演技を観察した。
 お世辞にも全員演技が上手いとは言えないものの、ある程度は形になっていると思う。これも高校生だからという色眼鏡なのかもしれない。
 そんなことを考えていると、俺はふとあることを思い出す。

(……倉敷はどこだ?)

 そもそも俺が第二体育館に訪れたのは、倉敷に演技指導をしてほしいと頼まれており、休暇の使い方に困っていた俺にとってタイミングが良かったからだ。
 しかし肝心の彼が居なければ、わざわざ第二体育館まで足を運んだ意味がない。

「長谷川さん、倉敷勤は何の役で出るんですか?」
「え? 倉敷くんですか?」

 長谷川はなんでそんなことを聞いてくるんだと言わんばかりの表情を浮かべている。
 何か変なことを言った覚えがないため、ここは素直に長谷川に聞くしか無い。

「えっと、何かおかしなこと聞きましたか?」
「え、あ、いえ! 朝倉さんは倉敷くんとよく話されるんでしたっけ? あ、いや、そうじゃないですね。倉敷くんが一方的にいつも声を掛けてるんですよね。部長として申し訳ないです」
「とんでもない。いつも元気な彼は俺のいい刺激になってくれていますよ」
「……だと良いんですが。何か粗相がありましたら遠慮なく言ってください。私からも注意しますので!」

 もしかしてこの長谷川とかいう演劇部の部長が倉敷に「お前みたいなのが朝倉さんに声を掛けてもいい人間ではないって。朝倉さんに迷惑になっているのがわからないのか」などという言葉を投げかけたのだろうか。
 いや、このセリフだけで決めつけるのはよくないだろう。
 俺はクールな『朝倉啓一』を演じ、自身の気持ちをぐっとこらえる。

「本当に迷惑だとかは一切思っていないので大丈夫です。それで今彼はどこに?」

 完璧にクールな『朝倉啓一』を演じたはずだったが、ワントーン声が低く出てしまった。これではまるで長谷川という演劇部の部長に釘を指してしまっているみたいだ。
 しかし一度口にしてしまった言葉を取り消すことはできない。
 俺は内心やってしまったと思いながらも、誰もが見惚れる完璧な笑顔でこの場を乗り切ることにした。

「えっと、そうですね……。倉敷くんに役はないです。彼は裏方なので」
「…………ん?」

 俺の聞き間違いだろうか。いや長谷川は今、はっきりと『倉敷に役はない』と告げた。
 そして『倉敷は裏方』であるとまで言っている。
 つまり彼は演技をしないと言うことだ。
 俺はそのことに強い違和感を覚えた。

「裏方……ですか?」
「えぇ、彼は小道具を作ったりしています。今は照明を担当してますね」

 そう言うと長谷川は体育館の二階を指さした。
 そこにはいつもの明るい感じではなく、先日俺を二週間避けていたときと同じように哀しい表情をした倉敷が、真剣な目で照明を動かしている姿があった。