自動販売機の前で倉敷と会話をしてから二週間が経過していた。
いつもなら倉敷に十回は遭遇していてもおかしくないのだが、おかしなことにこの二週間は一度も彼と遭遇していない。それは向こうから声を掛けてこなくなっただけではない。学校にいても、一切その姿を見かけることがなくなってしまったのだ。
最初は風邪でも引いたのかと思っていたが、二週間ともなれば流石に風邪ではないだろうと考えた。風邪でないのであれば病気や怪我をしてしまい入院しているのだろうと結論付けた。流石に冠婚葬祭等で二週間も姿を見せないということはないだろうと思ったからだ。
だからといって俺から何かしらのアクションを起こすということはない。
倉敷とはよく話しかけてくる後輩という認識であり、それ以上でもそれ以下でもない。
桜島高校は生徒全員が何かしらの部活に所属しなければならないという現代においては少し考えの古い校則が存在しているが、天才子役である朝倉啓一はその知名度と自他ともに認める多忙さが故に、特例としてその校則から除外してもらっている。
そのため倉敷とは本当に後輩という関係値であり、部活の先輩後輩のような多少絆が生まれるであろう関係性ではないのだ。
だからこそと言うのはおかしいが、この俺・朝倉啓一がワザワザ彼のクラスに出向いて様子を確認するといったようなことはしない。それが皆がイメージする『朝倉啓一』だと俺自身認識しているからだ。
周りに関心がない。
何事にも動じずクール。
甘いものは好まず、食にはこだわりがある
挙げていくとキリがないが、だいたいのパブリックイメージとしてはこんなものだろう。 だからこそ、俺はそのイメージを崩すわけにはいかない。崩したところで仕事に何か影響があるかと問われれば”無い”と断言することはできないが、それほど困るような事象は発生しないだろう。
しかしそれであっても、今までそのイメージを持ってくれていた人を裏切ることになってしまうため、俺は『朝倉啓一』という人物を演じ続ける。きっと『朝倉啓一』であればそれを選択するからだ。
「あっ……、先輩……」
そんなことを考えながらいつものように自動販売機の前で別に好きでもない缶コーヒーを買おうとしていると、後ろから二週間ぶりに俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
振り向くと、やってしまったといったような表情を浮かべた倉敷がそこに居た。彼は俺が振り返るのとほぼ同時に俺から逃げようとしたため、それがなんとなく気に食わなくて、思わず彼の肩を掴み逃げられないようにする。
『朝倉啓一』という人物であればきっと、来る者拒まず、去る者追わずの精神だとは思うのだが、イメージに反する行動を咄嗟にとってしまった俺自身に動揺する。
しかし動揺していることは誰にも感じさせることはしない。コレは天才子役である『朝倉啓一』だからこそできた芸当だろう。
そんな自分自身に感心しつつ、倉敷に俺は声を掛ける。
「もう体は大丈夫なのかい?」
それは俺がこの一瞬で考えた結果、今この場において最善のセリフはこれであると結論付けた。
「か、体ですか?」
「お前、ここ二週間学校来てなかっただろ?」
それを聞いた倉敷は一瞬顔が引きつったかと思えば、演技をしたことがない人でももっとマシな演技ができると思えるほどの大根役者ぶりを俺に披露してきた。
「えっ、あっ、え、あの、そそそそそ、そうですね。も、もう大丈夫です! あ、もしかして僕の心配をしてくれてたんですかってそ、そんなわけないですよね。すみません」
表情をコロコロ変え、目線が安定しない。
誰がどう見ても、彼が嘘をついているのは火を見るよりも明らかであった。
「まぁいいけど」
そう言いながらいつものように缶コーヒーだけではなく缶コーラも購入し、それを倉敷に差し出す。普段であれば笑顔で「ありがとうございます!」と言って受け取っていたに違いない。しかし今日はなかなか俺の手から缶コーラを受け取ることをしない。そのため徐々に指先が冷たさに耐えきれなくなる。早く受け取れ、という無言の圧力を込めて、再度「んっ」と差し出すと、申し訳なさそうにそれを受け取る。
「あ、ありがとうございます……」
「……もしかしてコーラは嫌だった?」
「あ、いえ、そんなことはない……です」
「……周りの人間に何か言われた?」
「ッ!!」
図星なのだろう。明らかな動揺が見えた。
しかし気になることがある。今までも俺に何度も接触してきている倉敷のことだ。これまでも直接的ではないものの彼にわざと聞こえるほどの声量で陰口を言われているのを俺自身も観測している。そのため今更何を言われても気にしないタイプの人間だと思っていた。
「何か言われたから、俺を二週間も避けてたの?」
「え、えっと、その……」
「なんて言われたのかな?」
「……め、迷惑だからと」
「迷惑?」
「……お前みたいなのが朝倉さんに声を掛けてもいい人間ではないって。朝倉さんに迷惑になっているのがわからないのかって……。僕もそこまで頭が回っていませんでした……。すみませんでした」
彼の発言に納得した。
今までは自分自身に関する陰口だったから何も気にしていなかったのだろうが、俺に迷惑がかかると言われたことが倉敷にとって引っかかる部分であったのだろう。その結果、俺を避けるという行動を取ったのだと。
「腹立たしいな……」
「も、申し訳ございません……」
「え、」
思っていたことを口にしてしまっていたらしい。 『朝倉啓一』としてあるまじき行動だ。
しかしそれに気づいたときにはすでに時は遅く、倉敷に謝らせてしまった。『朝倉啓一』を演じる身としてこれ以上にない失態だろう。
彼といると、『朝倉啓一』を演じきることができないときがある。心を揺さぶられるというか、素が出てしまうというか。とにかく今は謝らせてしまったコトに対し、とりあえず対処をする必要がある。
「今のは倉敷くんに言ったわけではないよ。そもそも倉敷くんは何も悪いことをしていないだろ? 倉敷くんは俺と会話をするのに何か資格が必要だと思っているの?」
「え、あ、え?」
彼の反応は思っていた反応ではなかった。
クールな感じで彼をフォローしたつもりであったが、彼は下を向き何やらモジモジとしている。心做しか耳が赤みを帯びているようにも見える。
「もしかして体調が悪い? 大丈夫か? 保健室に一緒に行こうか」
「い、いえ。違うんです」
「ん?」
「な、名前。僕の名前を呼んでくれたのが嬉しくて……」
「名前?」
思い返してみると俺は彼のことを「お前」と呼んだことはあるものの「倉敷」と呼んだことがないことを思い出した。まさか名前を呼ばれたことが顔を赤くするほど嬉しいのだろうか。しかも名前といっても呼んだのはファミリーネームだ。
もし仮にファーストネームを呼んだら彼はどんな反応をするのだろうか。
(あぁ、これが人に興味を持つということか……!)
どんな反応をするのか気になると感じたのは『朝倉啓一』の人生で初めての経験だった。まさか自分自身で人に興味を持つという感情に気づくとはさすがは『朝倉啓一』だと思いながらも、この感情が演じている『朝倉啓一』の感情なのか、『朝倉啓一』一個人としての感情なのかは瞬時に判断することはできなかった。
「すみません、名前呼んでもらっただけで気持ち悪いですよね」
感情の把握に時間を使っていると、倉敷は俺が不快感を感じていると思ったのか、二度目の謝罪をしてきた。先ほど『朝倉啓一』を演じる身として相手に謝罪をさせることはあってはならない失態であると自身に喝を入れたばかりだと言うのに、そんなことも忘れてまた彼に頭を下げさせてしまった。
「気持ち悪いだなんて思ってないよ。二度も謝らせてしまったね。俺も配慮が足りなかったこと、ここで詫びるよ」
「そんな! 僕が勝手にしてることなんで……」
その時学校中に休憩時間を知らせるチャイムが鳴り響く。
倉敷はまだ何か言いたげであったが、チャイムがなってしまってはどうしようもない。『朝倉啓一』としても次の授業に遅れるわけにはいかないため「じゃあまた」とだけ伝え、俺は自動販売機の前から去る。
その言葉を伝えたときの彼の目は、一瞬瞳孔を開いたかと思えば、すぐに細くなり、目尻は垂れ下がっていた。
「はい。また」
力が無いようにも聞こえる彼の声はどこか弾んでいるようにも聞こえなくはなかった。
いつもなら倉敷に十回は遭遇していてもおかしくないのだが、おかしなことにこの二週間は一度も彼と遭遇していない。それは向こうから声を掛けてこなくなっただけではない。学校にいても、一切その姿を見かけることがなくなってしまったのだ。
最初は風邪でも引いたのかと思っていたが、二週間ともなれば流石に風邪ではないだろうと考えた。風邪でないのであれば病気や怪我をしてしまい入院しているのだろうと結論付けた。流石に冠婚葬祭等で二週間も姿を見せないということはないだろうと思ったからだ。
だからといって俺から何かしらのアクションを起こすということはない。
倉敷とはよく話しかけてくる後輩という認識であり、それ以上でもそれ以下でもない。
桜島高校は生徒全員が何かしらの部活に所属しなければならないという現代においては少し考えの古い校則が存在しているが、天才子役である朝倉啓一はその知名度と自他ともに認める多忙さが故に、特例としてその校則から除外してもらっている。
そのため倉敷とは本当に後輩という関係値であり、部活の先輩後輩のような多少絆が生まれるであろう関係性ではないのだ。
だからこそと言うのはおかしいが、この俺・朝倉啓一がワザワザ彼のクラスに出向いて様子を確認するといったようなことはしない。それが皆がイメージする『朝倉啓一』だと俺自身認識しているからだ。
周りに関心がない。
何事にも動じずクール。
甘いものは好まず、食にはこだわりがある
挙げていくとキリがないが、だいたいのパブリックイメージとしてはこんなものだろう。 だからこそ、俺はそのイメージを崩すわけにはいかない。崩したところで仕事に何か影響があるかと問われれば”無い”と断言することはできないが、それほど困るような事象は発生しないだろう。
しかしそれであっても、今までそのイメージを持ってくれていた人を裏切ることになってしまうため、俺は『朝倉啓一』という人物を演じ続ける。きっと『朝倉啓一』であればそれを選択するからだ。
「あっ……、先輩……」
そんなことを考えながらいつものように自動販売機の前で別に好きでもない缶コーヒーを買おうとしていると、後ろから二週間ぶりに俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
振り向くと、やってしまったといったような表情を浮かべた倉敷がそこに居た。彼は俺が振り返るのとほぼ同時に俺から逃げようとしたため、それがなんとなく気に食わなくて、思わず彼の肩を掴み逃げられないようにする。
『朝倉啓一』という人物であればきっと、来る者拒まず、去る者追わずの精神だとは思うのだが、イメージに反する行動を咄嗟にとってしまった俺自身に動揺する。
しかし動揺していることは誰にも感じさせることはしない。コレは天才子役である『朝倉啓一』だからこそできた芸当だろう。
そんな自分自身に感心しつつ、倉敷に俺は声を掛ける。
「もう体は大丈夫なのかい?」
それは俺がこの一瞬で考えた結果、今この場において最善のセリフはこれであると結論付けた。
「か、体ですか?」
「お前、ここ二週間学校来てなかっただろ?」
それを聞いた倉敷は一瞬顔が引きつったかと思えば、演技をしたことがない人でももっとマシな演技ができると思えるほどの大根役者ぶりを俺に披露してきた。
「えっ、あっ、え、あの、そそそそそ、そうですね。も、もう大丈夫です! あ、もしかして僕の心配をしてくれてたんですかってそ、そんなわけないですよね。すみません」
表情をコロコロ変え、目線が安定しない。
誰がどう見ても、彼が嘘をついているのは火を見るよりも明らかであった。
「まぁいいけど」
そう言いながらいつものように缶コーヒーだけではなく缶コーラも購入し、それを倉敷に差し出す。普段であれば笑顔で「ありがとうございます!」と言って受け取っていたに違いない。しかし今日はなかなか俺の手から缶コーラを受け取ることをしない。そのため徐々に指先が冷たさに耐えきれなくなる。早く受け取れ、という無言の圧力を込めて、再度「んっ」と差し出すと、申し訳なさそうにそれを受け取る。
「あ、ありがとうございます……」
「……もしかしてコーラは嫌だった?」
「あ、いえ、そんなことはない……です」
「……周りの人間に何か言われた?」
「ッ!!」
図星なのだろう。明らかな動揺が見えた。
しかし気になることがある。今までも俺に何度も接触してきている倉敷のことだ。これまでも直接的ではないものの彼にわざと聞こえるほどの声量で陰口を言われているのを俺自身も観測している。そのため今更何を言われても気にしないタイプの人間だと思っていた。
「何か言われたから、俺を二週間も避けてたの?」
「え、えっと、その……」
「なんて言われたのかな?」
「……め、迷惑だからと」
「迷惑?」
「……お前みたいなのが朝倉さんに声を掛けてもいい人間ではないって。朝倉さんに迷惑になっているのがわからないのかって……。僕もそこまで頭が回っていませんでした……。すみませんでした」
彼の発言に納得した。
今までは自分自身に関する陰口だったから何も気にしていなかったのだろうが、俺に迷惑がかかると言われたことが倉敷にとって引っかかる部分であったのだろう。その結果、俺を避けるという行動を取ったのだと。
「腹立たしいな……」
「も、申し訳ございません……」
「え、」
思っていたことを口にしてしまっていたらしい。 『朝倉啓一』としてあるまじき行動だ。
しかしそれに気づいたときにはすでに時は遅く、倉敷に謝らせてしまった。『朝倉啓一』を演じる身としてこれ以上にない失態だろう。
彼といると、『朝倉啓一』を演じきることができないときがある。心を揺さぶられるというか、素が出てしまうというか。とにかく今は謝らせてしまったコトに対し、とりあえず対処をする必要がある。
「今のは倉敷くんに言ったわけではないよ。そもそも倉敷くんは何も悪いことをしていないだろ? 倉敷くんは俺と会話をするのに何か資格が必要だと思っているの?」
「え、あ、え?」
彼の反応は思っていた反応ではなかった。
クールな感じで彼をフォローしたつもりであったが、彼は下を向き何やらモジモジとしている。心做しか耳が赤みを帯びているようにも見える。
「もしかして体調が悪い? 大丈夫か? 保健室に一緒に行こうか」
「い、いえ。違うんです」
「ん?」
「な、名前。僕の名前を呼んでくれたのが嬉しくて……」
「名前?」
思い返してみると俺は彼のことを「お前」と呼んだことはあるものの「倉敷」と呼んだことがないことを思い出した。まさか名前を呼ばれたことが顔を赤くするほど嬉しいのだろうか。しかも名前といっても呼んだのはファミリーネームだ。
もし仮にファーストネームを呼んだら彼はどんな反応をするのだろうか。
(あぁ、これが人に興味を持つということか……!)
どんな反応をするのか気になると感じたのは『朝倉啓一』の人生で初めての経験だった。まさか自分自身で人に興味を持つという感情に気づくとはさすがは『朝倉啓一』だと思いながらも、この感情が演じている『朝倉啓一』の感情なのか、『朝倉啓一』一個人としての感情なのかは瞬時に判断することはできなかった。
「すみません、名前呼んでもらっただけで気持ち悪いですよね」
感情の把握に時間を使っていると、倉敷は俺が不快感を感じていると思ったのか、二度目の謝罪をしてきた。先ほど『朝倉啓一』を演じる身として相手に謝罪をさせることはあってはならない失態であると自身に喝を入れたばかりだと言うのに、そんなことも忘れてまた彼に頭を下げさせてしまった。
「気持ち悪いだなんて思ってないよ。二度も謝らせてしまったね。俺も配慮が足りなかったこと、ここで詫びるよ」
「そんな! 僕が勝手にしてることなんで……」
その時学校中に休憩時間を知らせるチャイムが鳴り響く。
倉敷はまだ何か言いたげであったが、チャイムがなってしまってはどうしようもない。『朝倉啓一』としても次の授業に遅れるわけにはいかないため「じゃあまた」とだけ伝え、俺は自動販売機の前から去る。
その言葉を伝えたときの彼の目は、一瞬瞳孔を開いたかと思えば、すぐに細くなり、目尻は垂れ下がっていた。
「はい。また」
力が無いようにも聞こえる彼の声はどこか弾んでいるようにも聞こえなくはなかった。



