鳴海が何も言わずに立ち止まったため、的花も止まった。不思議そうに、首を傾げている。鳴海は的花の顔を見つめ、頬を染めている。
深呼吸をして、笑顔でチャラく言っている。しかし声は震えているし、手もギュッと握っている。
心なしか、汗も流している。鳴海は一世一代の告白に、神経の全てを集中させていた。
鳴海がチャラチャラしたいつもの笑顔を貼り付けている。しかし実は一歩も動けず、視線をごまかすように明後日の方向を向いて手をぎゅっと握りしめている。
的花は深く傷つき、顔を曇らせている。鳴海はそのことに、全くもって気が付いていない。
――先輩は僕の気持ちも知らないで、また女の子を誘うみたいなノリでからかって……。
「結構です」
的花が冷めた大きな目で鳴海をまっすぐ見据え、拒絶した。鳴海が顔を上げると、的花は無の表情を浮かべていた。
さっきまで、冗談で笑いあっていた。毒舌を言いながらも、二人の間には暖かい雰囲気が流れていた。
唯一無二の二人だけの、甘い空気が。しかし今は、外の気温よりも冷たい冷気が流れている。
「あっ……宮内、俺は」
「先輩、そういう薄っぺらいセリフ……他の女の子たちにだけ言っててください。吐き気がするので」
鳴海が口を開こうとすると、吐き捨てるように告げられた。その眼差しは、いつもの軽口を叩いている時とは違う。
本気の拒絶の顔で、完全に一線を引かれてしまった。見えない何かが、二人の間にそびえたった。
鳴海は必死に弁明しようと、頭の中で言葉を紡いだ。しかし何を言っても、言い訳にもならない。
普段は健気に頑張っている的花だからこそ、この毒舌が鳴海の心にグサリと刺さった。
的花は嬉しくて、自分の気持ちを伝えたくなった。しかし揶揄われたという悲しさから、涙を堪えるように走り去る。
「嫌われた……」
鳴海は、静かにその場を立ち去った的花の後ろ姿を呆然と見つめる。絶望の表情を浮かべ、トボトボと足取り重く歩いている。
駅までに行く前に、力尽きてしまった。道端に座り、民家の壁にもたれかかっている。
通行人がチラチラ見ていくが、鳴海はそれどころではない。魂が抜けたように、呆然としている。
「うっ……ぐっ……せんぱ、いのバカ……うっ」
一方そのころ、的花は自分の部屋のベッドに寝そべっていた。涙で顔はぐしゃぐしゃになり、嗚咽を漏らしている。
枕が濡れていき、呼吸が苦しくなった。あんなにも毎日が楽しかったのは、生まれて初めてだった。
苦手な勉強も、筋トレも全て。鳴海に褒めてほしい、それ以外の感情はなかった。
自分の中で、鳴海の存在がどれほど大きいのか。もはや、憧れではないことぐらい分かっていた。
だからこそ、誠実ではない告白の仕方。それが耐え切れなくて、つい酷いことを言ってしまった。
後悔しても、もう遅いのだと。嗚咽と涙と一緒に、全てをなかったことにしたかった。
次の日から、的花は弓道部に顔を出すことはなかった。目に見えてやつれているため、周りは心配していたが一言も発さなかった。
主将の鳴海が放つ矢は、引くたびに大きく震えた。あの日的花に教えた言葉の通り、雑念に塗れて的の手前へと力なく落ちていった。
「はあ……」
「……榊……あっ……先に行ってるぞ」
クリスマスイブ、大会当日。今日は個人戦で、控室は重々しい雰囲気に包まれている。
鳴海はプレッシャーに、負けそうになっていた。今日の試合、優勝すれば三連覇になる。
それもあってか、朝からため息が止まらない。キョロキョロと周りを見渡すが、的花の姿がない。
いつもは辛口を叩く斎藤も、何も言えない様子だった。他の選手たちは、控え室を後にした。
一人取り残されて、鳴海は何回目になるか分からない反省会をしていた。ベンチに座り、頭を抱えていた。
大会のため、黒髪に染めていた。しかしムラがあるようで、茶髪が目立っていた。
「先輩」
「み……やうち」
「渡したいものがあるんです」
上から声が聞こえてきて、鳴海は顔を上げる。そこには、目の下に隈ができている的花がいた。
鳴海は的花の顔が見られずに、俯いてしまう。少しだけ、体が小刻みに震えていた。
的花は優しく微笑み、いつも以上に柔らかい声色だった。鳴海は少しだけ安心したが、緊張感が漂っている。
「僕は一本も当てられない。でも、先輩の矢が真っ直ぐ飛ぶように、全部の想いをこのお守りに込めました」
鳴海が顔を上げると、的花は聖母のような笑みを浮かべていた。鳴海は、急激に全身が熱くなった。
耳が真っ赤に染まり、先ほどとは違う緊張感を抱く。呼吸が荒くなり、顔を見ることが恥ずかしい。
それでも、真っすぐに目線を合わせた。今離すと、一生後悔しそうだからだ。
的花は微笑みながら、不器用な手作りのお守りを渡してきた。所々縫えていない個所や、綿がはみ出している部分があった。
的花の手には、無数の絆創膏が貼られていた。鳴海はフッと微笑み、お守りを受け取った。
的花は、鳴海の手に目がいった。手の皮が剥け、傷が増えている。
――大会前なので、ちゃんとケアしてください。
「……あのさ、頼みがあるんだけど」
「僕ができることなら」
「自分でやると、どうしても一箇所に集中しちゃって……ムラになる。……やって、くれないか?」
鳴海は少しだけ気まずそうに、的花に声をかけた。少しぎこちないが、二人の間には柔らかい雰囲気が漂っている。
的花は微笑みながら、頷いた。鳴海はホッと胸を撫で下ろし、バックに手を伸ばした。
黒髪スプレーを取り出し、的花に手渡した。鳴海の頭頂部の一箇所だけが、ガチガチに黒く固まっていた。
後ろは茶髪のままで、不揃いだった。的花は髪の一部を触り、顔が綻んだ。
耳が真っ赤に染まっており、緊張しているようだ。その様子を見つめ、的花はクスッと微笑んだ。
――不器用なんだ。なんか、意外で可愛いっ。
「試合前って、何を言えばいいですか?」
「う〜ん……いつも通りでいいよ」
「いつも通りですか? 今日は晴れてよかったですね」
「そんな会話したことないだろっ」
深呼吸をして、笑顔でチャラく言っている。しかし声は震えているし、手もギュッと握っている。
心なしか、汗も流している。鳴海は一世一代の告白に、神経の全てを集中させていた。
鳴海がチャラチャラしたいつもの笑顔を貼り付けている。しかし実は一歩も動けず、視線をごまかすように明後日の方向を向いて手をぎゅっと握りしめている。
的花は深く傷つき、顔を曇らせている。鳴海はそのことに、全くもって気が付いていない。
――先輩は僕の気持ちも知らないで、また女の子を誘うみたいなノリでからかって……。
「結構です」
的花が冷めた大きな目で鳴海をまっすぐ見据え、拒絶した。鳴海が顔を上げると、的花は無の表情を浮かべていた。
さっきまで、冗談で笑いあっていた。毒舌を言いながらも、二人の間には暖かい雰囲気が流れていた。
唯一無二の二人だけの、甘い空気が。しかし今は、外の気温よりも冷たい冷気が流れている。
「あっ……宮内、俺は」
「先輩、そういう薄っぺらいセリフ……他の女の子たちにだけ言っててください。吐き気がするので」
鳴海が口を開こうとすると、吐き捨てるように告げられた。その眼差しは、いつもの軽口を叩いている時とは違う。
本気の拒絶の顔で、完全に一線を引かれてしまった。見えない何かが、二人の間にそびえたった。
鳴海は必死に弁明しようと、頭の中で言葉を紡いだ。しかし何を言っても、言い訳にもならない。
普段は健気に頑張っている的花だからこそ、この毒舌が鳴海の心にグサリと刺さった。
的花は嬉しくて、自分の気持ちを伝えたくなった。しかし揶揄われたという悲しさから、涙を堪えるように走り去る。
「嫌われた……」
鳴海は、静かにその場を立ち去った的花の後ろ姿を呆然と見つめる。絶望の表情を浮かべ、トボトボと足取り重く歩いている。
駅までに行く前に、力尽きてしまった。道端に座り、民家の壁にもたれかかっている。
通行人がチラチラ見ていくが、鳴海はそれどころではない。魂が抜けたように、呆然としている。
「うっ……ぐっ……せんぱ、いのバカ……うっ」
一方そのころ、的花は自分の部屋のベッドに寝そべっていた。涙で顔はぐしゃぐしゃになり、嗚咽を漏らしている。
枕が濡れていき、呼吸が苦しくなった。あんなにも毎日が楽しかったのは、生まれて初めてだった。
苦手な勉強も、筋トレも全て。鳴海に褒めてほしい、それ以外の感情はなかった。
自分の中で、鳴海の存在がどれほど大きいのか。もはや、憧れではないことぐらい分かっていた。
だからこそ、誠実ではない告白の仕方。それが耐え切れなくて、つい酷いことを言ってしまった。
後悔しても、もう遅いのだと。嗚咽と涙と一緒に、全てをなかったことにしたかった。
次の日から、的花は弓道部に顔を出すことはなかった。目に見えてやつれているため、周りは心配していたが一言も発さなかった。
主将の鳴海が放つ矢は、引くたびに大きく震えた。あの日的花に教えた言葉の通り、雑念に塗れて的の手前へと力なく落ちていった。
「はあ……」
「……榊……あっ……先に行ってるぞ」
クリスマスイブ、大会当日。今日は個人戦で、控室は重々しい雰囲気に包まれている。
鳴海はプレッシャーに、負けそうになっていた。今日の試合、優勝すれば三連覇になる。
それもあってか、朝からため息が止まらない。キョロキョロと周りを見渡すが、的花の姿がない。
いつもは辛口を叩く斎藤も、何も言えない様子だった。他の選手たちは、控え室を後にした。
一人取り残されて、鳴海は何回目になるか分からない反省会をしていた。ベンチに座り、頭を抱えていた。
大会のため、黒髪に染めていた。しかしムラがあるようで、茶髪が目立っていた。
「先輩」
「み……やうち」
「渡したいものがあるんです」
上から声が聞こえてきて、鳴海は顔を上げる。そこには、目の下に隈ができている的花がいた。
鳴海は的花の顔が見られずに、俯いてしまう。少しだけ、体が小刻みに震えていた。
的花は優しく微笑み、いつも以上に柔らかい声色だった。鳴海は少しだけ安心したが、緊張感が漂っている。
「僕は一本も当てられない。でも、先輩の矢が真っ直ぐ飛ぶように、全部の想いをこのお守りに込めました」
鳴海が顔を上げると、的花は聖母のような笑みを浮かべていた。鳴海は、急激に全身が熱くなった。
耳が真っ赤に染まり、先ほどとは違う緊張感を抱く。呼吸が荒くなり、顔を見ることが恥ずかしい。
それでも、真っすぐに目線を合わせた。今離すと、一生後悔しそうだからだ。
的花は微笑みながら、不器用な手作りのお守りを渡してきた。所々縫えていない個所や、綿がはみ出している部分があった。
的花の手には、無数の絆創膏が貼られていた。鳴海はフッと微笑み、お守りを受け取った。
的花は、鳴海の手に目がいった。手の皮が剥け、傷が増えている。
――大会前なので、ちゃんとケアしてください。
「……あのさ、頼みがあるんだけど」
「僕ができることなら」
「自分でやると、どうしても一箇所に集中しちゃって……ムラになる。……やって、くれないか?」
鳴海は少しだけ気まずそうに、的花に声をかけた。少しぎこちないが、二人の間には柔らかい雰囲気が漂っている。
的花は微笑みながら、頷いた。鳴海はホッと胸を撫で下ろし、バックに手を伸ばした。
黒髪スプレーを取り出し、的花に手渡した。鳴海の頭頂部の一箇所だけが、ガチガチに黒く固まっていた。
後ろは茶髪のままで、不揃いだった。的花は髪の一部を触り、顔が綻んだ。
耳が真っ赤に染まっており、緊張しているようだ。その様子を見つめ、的花はクスッと微笑んだ。
――不器用なんだ。なんか、意外で可愛いっ。
「試合前って、何を言えばいいですか?」
「う〜ん……いつも通りでいいよ」
「いつも通りですか? 今日は晴れてよかったですね」
「そんな会話したことないだろっ」


