寡黙な野球部エースは俺の小説がお気に入りらしい

 帰りのホームルームが終わって、教室から出ようとしていると、ポンと肩を叩かれた。

「──千晴ぅ」

 振り返ると高嶺がニコニコと上機嫌に笑っていて、なんなら大型犬が嬉しそうに尻尾を振り回してる幻覚が見える。

「……なんだよ、気持ち悪い声出して」

「酷くない? あれ、もしかして俺の口調移った?」

 俺の小さな悪態に高嶺は軽く眉を上げて、でも驚いた表情とは裏腹に楽しげに言った。

 ……一応、毒舌って自覚はあるんだな。

 飄々(ひょうひょう)とした性格は初対面の時から変わらないけど、やっぱり高嶺は高嶺で。

「や、今日時間あるかなって。ほら、そろそろクリスマスじゃん? 今年もぼっちの千晴くんに、ひと足早いクリスマスプレゼントを贈呈(ぞうてい)しようかと」

 どう? と高嶺には珍しく、やや頬を上気させて聞いてくる。

「へ」

 俺は軽く目を見開いて、高嶺の言葉を頭の中で反芻(はんすう)した。

 意外だ、高嶺ってそういうイベント事とか一番嫌いそうなのに。

 確かにもう十二月だし、なんならクリスマスまであと十日しかない。

 けど高嶺からクリスマスプレゼントなんて、今まで貰った事ないと思うんだけど。俺もあげた事はないし。

「ぼっちかどうかなんて、まだ分かんないだろ。まだ十日もあるんだから」

 色々聞きたい事はあるけど、ひとまず遠慮がない高嶺の言葉に突っ込む。

 すると高嶺は何度も目を瞬かせて、不思議そうに首を傾げた。

「えっ、まさか好きな人出来たとか? あの、黙っててもうるさい千晴に?」

「わ、悪かったな。どうせ俺はうるさい奴ですよ! ……いや、でも好きな人とは違うから。そんなんじゃないから」

 あんまりにも突拍子もない言葉が飛び込んできて、顔が熱くなるのを感じながらボソボソと呟く。

 そうだ、俺はあいつの──三澄のことなんて、ただの野球バカで変な奴としか思ってない。

 だからそれ以上の感情はない、はず……なんだ。

「へぇ。……ま、なんでもいいけど。千晴、ブックカバー欲しいって言ってたよね。しっかりした革製のやつ」

 頭の中でぐるぐる考えてると、高嶺の投げやりな声が聞こえた。というか、話題の転換強引過ぎないか!?

 じゃあなんで『好きな人出来た?』とか聞いてきた! なんでもいいってなんだ、じゃあ最初から言わなかったらいいだろ!

 って言いたいのを我慢して『まぁ……言ったけど、さぁ』と、呆れたふうに溜め息をこぼす。

 それもこれも、高嶺と言葉で喧嘩しようもんなら負けるからだ。

 昔からジャンル問わず色々小説を読んでるから、語彙力は他の人よりあるはずなのに。

 でもどうしてか、高嶺には一度も言葉で勝てたためしがないんだよな、悔しい。

「よぉし、一旦駅前の本屋行こうか。で、欲しい本あったら俺が出すから」

 それでいい? って俺の顔を覗き込んで、高嶺が軽く目を細めるのが視界に入った。

「え、ブックカバーって言ってたよな?」

「そうそう、それプラス好きな本一冊だけね。いつも頑張ってる千晴に、個人的なプレゼント」

「今クリスマスプレゼントって言ってたじゃん、自分で」

「まぁここはなんでも素直に受け取りましょうよ、千晴くん」

「なんで俺が(なだ)められてんの!?」

 なんてわぁわぁと騒ぎながら教室を出て、昇降口で靴を履き替えたところで、高嶺がふと真剣な瞳で俺を見た。

「……先に言っとくけど、本当に俺があげたいだけだから。だから気にしないで」

「っ」

 その顔がいつになく真顔でちょっと怖いけど、高嶺は嘘をつかない。

 まぁ強引なところはあるし、ずけずけ毒を吐くし、でも一番に友達のことを考えてくれる気遣いがあって。

「うん、分かった。ただ、一個確認」

 俺は顔の横で人差し指を立てて、高嶺の顔色を伺いながら口を開こうとした。

 買ったあとで『二倍にして返してね』とか言わないよな、さすがに。

「買ったあとで二倍に返して、って言われそうだな……って思ってる?」

「……はっ!?」

 何か言うよりも早く高嶺が言って、俺はぽかんと口を開けたまま素っ頓狂な声を上げた。

 どうして考えてること分かるんだ、怖いんだけど!?

「千晴、緊張してる時とかめちゃくちゃ顔に出てるからさ。自分じゃ気付いてないかもだけど」

 俺が困惑してるのを感じ取ったのか、すかさず高嶺がにっこりと微笑んで補足してくる。

「けど本当に気にしないで。俺、たくさんお金持ってるから」


 腹立つ顔だな、眼鏡掛けてもオーラ隠せてないイケメンのくせに!! あと金持ち自慢やめろ、こっちは土日のバイト頑張って、給料全部貯金してるんだぞ!!

 なんだかモヤモヤして、もうこのまま先に帰ろうかと脚を踏み出したけど、一歩進んだところで止める。

「千晴?」

 不自然な俺の行動に、高嶺が後ろから小さく声を掛けてきた。

 せっかく高嶺が『ブックカバーと、一冊だけ本買ってあげる』って言ってくれてるのに、ここで帰ったら立ち消えになるんじゃないか。

 まぁ合計金額と同じくらい、俺も高嶺の欲しいもの買うけど。

 この際、嘘でもなんでもいい……いや、嘘じゃ困るんだけどさ。

 クリスマス。クリスマス、かぁ……三澄は、あいつは誰と過ごすんだろう。やっぱり自主練するのかな。

「千晴〜? ちーちゃん、いきなりどうしたの、固まって」

 ゆさゆさと肩を揺さぶられて、なんかめちゃくちゃ恥ずかしい呼び方されてる気がするけど、高嶺の声は耳に入ってなくて。

「ほら、遅くなる前に行くよー」

 俺が何も言わないからか、半ば強引に高嶺が俺の手を握った気がした。

 あれ、なんで高嶺に手握られてるんだ。

 ……あ、介護か。手繋いでたら駅前まではぐれないもんな。にしても、男同士で手を繋ぐのはちょっと恥ずかしいな。

 そう思ったけど指摘するのも面倒で、ぼんやりしたまま昇降口を出て、校門を通り過ぎようとした時のことだった。

「立花……っ!」

 ふとこちらに向かって、よく通る声が聞こえた。
「ん……?」

 なんだろう、なんか聞いたことあるような。

「はぁ……なん、なんで……二人で、手ぇつない、で……」

 振り返ると三澄が膝に両手をついて、呼吸を整えているのが視界に入った。

「え、どうしたんですか」

 そこで意識が現実に引き戻されたかのように、いきなり現れた三澄に戸惑う。

 三澄の服装が野球部のユニフォームで、多分これから部活なんだろうなってことがよく分かった。

「……あ、これは」

 三澄の言葉に高嶺に手を握られてるのを遅れて自覚して、パッと離す。

「あーあ、離されちゃった。千晴、手あったかいねぇ」

 うるせぇ、冷たかろうがあったかかろうが、さっきは介護と思ったけどわざとだろ、これ。

 のほほんと笑う高嶺をキッと睨むと、そのまま三澄に向き直った。

「部活、行く途中だったんでしょ。早く行かないと怒られますよ」

 仮に自主練だったとしてもエースがいないとなると、部全体の士気に関わる……気がする、多分。

「……か」

 ややあって呼吸が落ち着いたのか、三澄はぽつりと呟いた。

 でもなんて言ったのか分からなくて軽く首を傾げると、三澄のやや茶色っぽい綺麗な瞳と視線が合う。

「二人で、話せないか」