寡黙な野球部エースは俺の小説がお気に入りらしい

 昼休みを告げるチャイムが鳴った。

「──はい、じゃあ今日はここまで。号令ー」

 きりーつれいー、って日直の間延びした声に一拍くらい遅れるようにして、椅子から立ち上がる。

 のろのろと礼をして、改めて椅子に座る。

「はぁ……」

 開いた教科書を片付けるのも億劫で、俺はそのまま机に突っ伏して腹の底から息を吐いた。

 やっと一日の折り返しだ。

 週の最初っていうのもあるかもしれないけど、頭に浮かぶのは先週の金曜の放課後。

 今度は俺が三澄から逃げてしまった感じだから、めちゃくちゃ気まずい。

 ってか三澄より俺の方が感じ悪い奴じゃん、なんで逃げたんだよ本当。

 でもいくら考えても分からなくて、文字通り頭を抱える。

 せめて今日は、今日だけは会いませんように……!

「千晴、お昼……って食欲ない? 弁当、いらなかったら俺が食べるけど」

 すると高嶺ののんびりした声がすぐ傍から聞こえて、俺の隣りの席に座った気配がする。

「……ある」

 ぽそりと囁くように言うと『そっかぁ』と間延びした声が後を追ってきて、なんだか無性に苛立った。

 そりゃあ昼だから腹は減ってるけど、高嶺の心配することが予想の斜め上で、怒りよりも呆れてしまう。

「そ? けど体調悪かったら保健室行った方がいいよ。今日の千晴、ちょっと疲れた顔してるから」

「え、っ」

 疲れてる? 俺が?

「──立花ぁ、お客さん」

 ふと放たれた高嶺の言葉が気になったのもあるけど、俺を声高に呼ぶ声が廊下からの近くから聞こえてきて、顔を上げる。

 すると隣りに座ってた高嶺と真正面で目が合って、『ははぁん』とどこか腹立つ顔で息を漏らす。

 なんだよ、呼ばれたのはお前じゃないだろ。

 少しの苛立ちを感じながら声がした方を見ると、クラスメイトの男子生徒が出入りのドアの方を指をさしていた。

「は、っ……?」

 見れば、俺が座る席から見えるか見えないかのギリギリのところに三澄が立っていた。

 なんならとうに見慣れた無表情で、じっとこっちを見ている。

 ……え、三澄?

「え、なんでこっち来てるんだよ。昨日の今日だろ」

 考えるよりも先に、思ったことが口から出る。

 もしかして、先週の金曜に俺が逃げたのを聞きに来たのか? ……いや、あの三澄のことだしもっと別のことかも。それがなんなのかは知らないけど。

 頭をフル回転させて三澄が来た理由を考えてると、高嶺がからかい混じりに口を開いた。

「そりゃあ千晴に用があるから、って分かってるくせにー」

「うっ」

 言いながら脇腹辺りを、ちょいちょいと肘で小突かれる。

 地味に痛いしなんか古いぞ、その反応!

「あー……どうする?」

 俺が行き渋ってるのを感じ取ったのか、呼びにきたクラスメイトが苦笑いして聞いてくる。

 まぁ……せっかく来てくれたのに『来るな』って言うのも、間に入って伝えてもらうのも違うよな。

 正直なところあんまり気乗りしないけど、気だるい身体を叱咤して椅子から立った。

 高嶺とすれ違う時、ちょっと驚いた顔で俺の行動を見ていたから軽く凄む。

 でも高嶺はなんら気にしてないふうに笑みを深めて、『行ってらっしゃい〜』なんて手を振ってきた。

 味方か敵かどっちなんだ、お前は。

「……どうしたんですか、わざわざ」

 ややあって三澄の近く──廊下と教室の境目のところで脚を止めると、俺は毎度のごとく当たり障りない程度に微笑んだ。

 用があるんなら早く言え、そして自分の教室に戻れ。
 そのまま無言の圧を掛けていると、三澄は小さく唇を開く。

「昼休みだから」

 すると三澄は感情の見えない瞳でそう言ったきり、黙り込んだ。

「……たし、かにそう、ですけど」

 うん、だからどうした。理由になってないぞ。

「だから来た」

「あー、そうなんですね」

 それだけか!? いや、もっと他に言うことあるだろ!

 俺から何か聞かないと三澄はちゃんと答えないし、でもその答えのほとんどが意味を()してないから、段々イライラしてくる。

「……一応聞くんですけど、質問してる意味分かってます?」

 ひく、と頬が引き攣るのを感じながら、ゆっくりと尋ねる。

「分かってる」

 三澄はかすかに頷いて、でもやっぱり理由は教えてくれない。

「じゃあもう一回聞きますね。どうして一組に来たんですか?」

「昼休みだから」

「……はい」

 にこ、となんとか表面上は笑みを浮かべるけど、正直恥とか関係なく暴れ回りたい。

 それさっき聞いたし! なんなんだよ、もしかして人間じゃなくて出来の悪いAIと話してるのか!?

 もう嫌いだ、お前みたいな訳分かんない奴。

 そう言ってやりたいのを、痛みを感じるくらい頬の内側を噛んで耐える。

 いつにも増して噛み合ってるようで噛み合ってなくて、なんだか頭痛がしてきた。本当に保健室行こうかな。

「っふ……うっ、ふふ……!」

 なんか高嶺が笑ってる声まで聞こえてくるし、なんなら教室に残ってる全員が聞き耳を立ててるのを嫌でも感じる。

 見せ物じゃないんだけど。けど、俺も同じ立場だったら盗み聞きするんだろうな、なんたってあの三澄だし。

 けれど心の声が全部聞こえたらいいのに、って今日ほど願わない日はない。

「俺、まだ昼食べてないんで。用がなかったらもう戻っていいですか」

 どれだけ待っても教室に来た理由を言う気がなさそうだから、苛立ちもそのままに低く言った。

 すると三澄はそれまでとはほんの少し変わって、きつく唇を引き結んだ。

 眉間に深く皺を寄せて、でも俺を見つめたまま黙り込む。

 ……口数が少ないのも、一方的な行動を取るのも今に始まった事じゃないけど、本当になんで俺を呼んだんだ。

 四組から一組に来るのだって廊下の端から端だし、まぁまぁ距離あると思うぞ。

 けど、やっぱ金曜の事が関係してるんだろうな。目が合ってすぐ逃げたし。

「立花、……と」

「えっ」

 三澄が何かを呟いたっぽいけどちゃんと聞き取れなくて、俺は瞬きを繰り返した。

 じっと三澄を見上げていると、眩しいくらい輝いた瞳に気付く。

 ……あれ、三澄ってこんなに綺麗な目してるっけ。

「仲良くなりたいから来た。昼メシ、一緒に食べようと思って」

 そう思ったのも束の間、三澄は後ろ手に持っていたらしいランチボックスを自分の顔の前に持ってきて、緩く首を傾げた。