どうして三澄に逃げられたのか考えているうちに、三日が経っていた。
金曜日の放課後、俺はぼうっと構内をあてもなく……いや、はっきりと自分の意思で向かってる場所がある。
「……今日、ちゃんと来てんのかな」
ぽそりと呟いた声は自分でも驚くくらい頼りなくて、なんだか俺が俺じゃない気がして気持ち悪かった。
それもこれも、ここのところ暇さえあれば考えるのは三澄のことだった。
どうして悲しそうな、複雑そうな顔をしたのか。あれ以降部室にも来ないし、でも俺から教室に行くのは癪だし。
だからか、いよいよ高嶺に心配された。
『大丈夫? 執筆しすぎておかしくなった?』
『感情移入するのもよくないよ、多分』
まぁ高嶺は心配するフリをして、俺の反応を楽しんでるところがあるから本音は分からないけど。
三日の間に、高嶺のことを呼び間違えたのは何回だったっけ。
「えーっと……」
高嶺との会話を思い出しながら指折り数えてると三澄の顔も浮かんできて、ブンブンと首を振って打ち消す。
同時に立ち止まると、ぎゅうと血が滲むくらい手の平を握り締めた。
「べ、別に三澄が心配だからとかじゃないし。高嶺を冷やかしに行くだけだし」
周りに聞いてる人なんかいないのに、誰にともなく言う。
今日は少し日差しが強いから、廊下を通るのは日焼けしたくないから、ってもっともらしい言い訳を頭の中に並べ立てる。
そうだ、このままグラウンドを突っ切れば、すぐにバスケ部が活動してる体育館に着くんだから。
「俺が来たらどんな顔すんのかな。嫌そうな顔するかな、高嶺のことだし」
そう口に出してみたけど、グラウンドにすらあんまり人がいないから虚しく響くだけで、でも俺は体育館じゃなくてグラウンドの裏手に向かっていた。
そこは野球部が本格的な自主練をするところで、場合によっては他校の人達と練習試合をしてる場所……らしい。
今週から練習メニューを変えるみたい、って野球部に所属してるクラスの奴が話していた。
そこに行くのは、どんな練習をするのかちょっと気になっただけで。
丁度練習風景の表現を増やしたいと思ってたし、見に行くのはそのネタを探すため。
そう自分に言い聞かせていると、グラウンドの裏手が近付いてきた。
「は、っ……はっ」
すると陸上部のユニフォームに着替えてる生徒達が、一定のリズムで俺の横を通り過ぎていく。
そういえば、外周は陸上部の長距離練習コースになってるんだっけ。
あんまりここには来ないから新鮮だな。まだ時間があったら、陸上部の話も書いてみるか。
なんて考えながらそっとフェンスの向こう側を覗くと、もう練習が始まってるみたいだった。
大体グラウンドの真ん中の、少し盛り上がった土の辺りに部員が居て、バットを構えてる部員に向けてボールを投げていた。
「あ、っ……」
遠目からでも分かる。白球を投げてる奴は三澄だ。
力いっぱい投げるのはもちろんだけど、誰よりも鋭い瞳をしているのはあいつしか……三澄しかいないから。
まぁ帽子を目深にかぶってるから、本当に三澄なのかは帽子を取るまで分からないんだけど。
「……ああいう顔するから、悪いんだ」
ぽそりと無意識に口から声が出る。
いつも何考えてるか分からない無表情なのに、野球をしてる時だけ生き生きしてる……ように見えるから。
だからか今ボールを投げてる部員が、三澄の姿とリンクする。
あいつ、まっすぐで綺麗な球を投げるんだよな。
「ま、見学するのは二回目だけど」
カキィ……ン!
小さく苦笑すると、俺の声は鋭く高い音に掻き消された。
どうやら三澄らしき人が投げたボールがバットに当たったみたいで、でも『もっと集中しろ』とか『イッセイ怯むな』とか、そこかしこから怒号じみた声が聞こえてくる。
……ちゃんと当たってたけど、得点にはならないのか?
サッカーやバスケより野球の方がちんぷんかんぷん過ぎて、どうしたら得点になるのかすら分からない。
「……っし、ギリギリまで見学してやる!」
仮にも『小説の表現』を増やす名目で来てるのに、すぐ帰るのもなんだし。
よぉし、そうと決まればノートノート。
ルールは分かんないけど、ふわっとでも何か書けたら……って。
「え、あれ」
ぽんぽんと学ランのポケットやスラックスのポケット、なんなら裏地をひっくり返して探してみるけど、何も持ってなかった。
「えーっ……と」
あれ、俺スマホも持ってなかったのか。
十秒くらい頭の中で考えて、やっと理解した。
思い返したら帰りのホームルームが終わってすぐ、勢いで来たんだった。
カバンすら教室だし、スマホも多分そのまま机の上か中に置いてある。
「……うん、これ俺が悪いわ」
はは、と誰にともなく苦笑する。
時々周回をしてる陸上部の視線が背中に刺さるけど、まぁ俺しか突っ立ってないし目立つだろうな。
でもこのまま教室に戻るのはやっぱり嫌で、しばらくの間フェンスを挟んで練習を見学することにした。
改めてボールを投げる様子を見ていると、やっぱり三澄にしか見えなくて、じわじわと興奮にも似た高揚感が大きくなっていく。
「あー……書けないのもったいない」
今すぐにでもこの感情を文字に残して、本文を書いてしまいたい。
本当に、なんで書くもの忘れたんだ。そうじゃなくても、スマホだけは肌身離さず持っておくべきだろ。
なんて小さく悪態をついてると、一人の部員が小走りでそれまでボールを投げてた部員の方にやってくる。
何かを耳打ちしたかと思えば、二人は軽くハイタッチした。
今度はその部員と入れ違いになるように、さっきまで投げてた人が他の部員の集まってるところに向かっていく。
あ、もう投げるの終わったのかな?
そう思っていると目深にかぶっていた帽子を取って、思っていた通り三澄の顔が見えた。
「っ」
結構遠目だしフェンス越しだったけどまっすぐ三澄と目が合って、俺が来てるのに気付いたのか、ほんの少し驚いた顔をした……気がする。
「あ、っ……」
じわ、と身体が総毛立った。
来てるってバレた。ってか、こっちに近付いてくる。
「や、っあ……のっ」
気を抜けば崩れ落ちそうになる脚を叱咤して、三澄がこっちに来る前に俺は全速力でその場から逃げた。
金曜日の放課後、俺はぼうっと構内をあてもなく……いや、はっきりと自分の意思で向かってる場所がある。
「……今日、ちゃんと来てんのかな」
ぽそりと呟いた声は自分でも驚くくらい頼りなくて、なんだか俺が俺じゃない気がして気持ち悪かった。
それもこれも、ここのところ暇さえあれば考えるのは三澄のことだった。
どうして悲しそうな、複雑そうな顔をしたのか。あれ以降部室にも来ないし、でも俺から教室に行くのは癪だし。
だからか、いよいよ高嶺に心配された。
『大丈夫? 執筆しすぎておかしくなった?』
『感情移入するのもよくないよ、多分』
まぁ高嶺は心配するフリをして、俺の反応を楽しんでるところがあるから本音は分からないけど。
三日の間に、高嶺のことを呼び間違えたのは何回だったっけ。
「えーっと……」
高嶺との会話を思い出しながら指折り数えてると三澄の顔も浮かんできて、ブンブンと首を振って打ち消す。
同時に立ち止まると、ぎゅうと血が滲むくらい手の平を握り締めた。
「べ、別に三澄が心配だからとかじゃないし。高嶺を冷やかしに行くだけだし」
周りに聞いてる人なんかいないのに、誰にともなく言う。
今日は少し日差しが強いから、廊下を通るのは日焼けしたくないから、ってもっともらしい言い訳を頭の中に並べ立てる。
そうだ、このままグラウンドを突っ切れば、すぐにバスケ部が活動してる体育館に着くんだから。
「俺が来たらどんな顔すんのかな。嫌そうな顔するかな、高嶺のことだし」
そう口に出してみたけど、グラウンドにすらあんまり人がいないから虚しく響くだけで、でも俺は体育館じゃなくてグラウンドの裏手に向かっていた。
そこは野球部が本格的な自主練をするところで、場合によっては他校の人達と練習試合をしてる場所……らしい。
今週から練習メニューを変えるみたい、って野球部に所属してるクラスの奴が話していた。
そこに行くのは、どんな練習をするのかちょっと気になっただけで。
丁度練習風景の表現を増やしたいと思ってたし、見に行くのはそのネタを探すため。
そう自分に言い聞かせていると、グラウンドの裏手が近付いてきた。
「は、っ……はっ」
すると陸上部のユニフォームに着替えてる生徒達が、一定のリズムで俺の横を通り過ぎていく。
そういえば、外周は陸上部の長距離練習コースになってるんだっけ。
あんまりここには来ないから新鮮だな。まだ時間があったら、陸上部の話も書いてみるか。
なんて考えながらそっとフェンスの向こう側を覗くと、もう練習が始まってるみたいだった。
大体グラウンドの真ん中の、少し盛り上がった土の辺りに部員が居て、バットを構えてる部員に向けてボールを投げていた。
「あ、っ……」
遠目からでも分かる。白球を投げてる奴は三澄だ。
力いっぱい投げるのはもちろんだけど、誰よりも鋭い瞳をしているのはあいつしか……三澄しかいないから。
まぁ帽子を目深にかぶってるから、本当に三澄なのかは帽子を取るまで分からないんだけど。
「……ああいう顔するから、悪いんだ」
ぽそりと無意識に口から声が出る。
いつも何考えてるか分からない無表情なのに、野球をしてる時だけ生き生きしてる……ように見えるから。
だからか今ボールを投げてる部員が、三澄の姿とリンクする。
あいつ、まっすぐで綺麗な球を投げるんだよな。
「ま、見学するのは二回目だけど」
カキィ……ン!
小さく苦笑すると、俺の声は鋭く高い音に掻き消された。
どうやら三澄らしき人が投げたボールがバットに当たったみたいで、でも『もっと集中しろ』とか『イッセイ怯むな』とか、そこかしこから怒号じみた声が聞こえてくる。
……ちゃんと当たってたけど、得点にはならないのか?
サッカーやバスケより野球の方がちんぷんかんぷん過ぎて、どうしたら得点になるのかすら分からない。
「……っし、ギリギリまで見学してやる!」
仮にも『小説の表現』を増やす名目で来てるのに、すぐ帰るのもなんだし。
よぉし、そうと決まればノートノート。
ルールは分かんないけど、ふわっとでも何か書けたら……って。
「え、あれ」
ぽんぽんと学ランのポケットやスラックスのポケット、なんなら裏地をひっくり返して探してみるけど、何も持ってなかった。
「えーっ……と」
あれ、俺スマホも持ってなかったのか。
十秒くらい頭の中で考えて、やっと理解した。
思い返したら帰りのホームルームが終わってすぐ、勢いで来たんだった。
カバンすら教室だし、スマホも多分そのまま机の上か中に置いてある。
「……うん、これ俺が悪いわ」
はは、と誰にともなく苦笑する。
時々周回をしてる陸上部の視線が背中に刺さるけど、まぁ俺しか突っ立ってないし目立つだろうな。
でもこのまま教室に戻るのはやっぱり嫌で、しばらくの間フェンスを挟んで練習を見学することにした。
改めてボールを投げる様子を見ていると、やっぱり三澄にしか見えなくて、じわじわと興奮にも似た高揚感が大きくなっていく。
「あー……書けないのもったいない」
今すぐにでもこの感情を文字に残して、本文を書いてしまいたい。
本当に、なんで書くもの忘れたんだ。そうじゃなくても、スマホだけは肌身離さず持っておくべきだろ。
なんて小さく悪態をついてると、一人の部員が小走りでそれまでボールを投げてた部員の方にやってくる。
何かを耳打ちしたかと思えば、二人は軽くハイタッチした。
今度はその部員と入れ違いになるように、さっきまで投げてた人が他の部員の集まってるところに向かっていく。
あ、もう投げるの終わったのかな?
そう思っていると目深にかぶっていた帽子を取って、思っていた通り三澄の顔が見えた。
「っ」
結構遠目だしフェンス越しだったけどまっすぐ三澄と目が合って、俺が来てるのに気付いたのか、ほんの少し驚いた顔をした……気がする。
「あ、っ……」
じわ、と身体が総毛立った。
来てるってバレた。ってか、こっちに近付いてくる。
「や、っあ……のっ」
気を抜けば崩れ落ちそうになる脚を叱咤して、三澄がこっちに来る前に俺は全速力でその場から逃げた。


