寡黙な野球部エースは俺の小説がお気に入りらしい

「はぁ……」

 放課後、俺は気乗りしない足取りで図書室に向かっていた。

 文芸部の活動は週に二回から三回ある。

 ただ、部室が図書室だからか、活動日以外も来ていいという緩さだった。

 文芸部に決めたのは昔から小説を書いてるっていうのもあるけど、ゆっくりした時間が流れるのが好きだったからで。

 ……でもここ二週間くらいはその時間が苦痛で、むしろ行きたくない気持ちに駆られている。

 ただの部員なら毎回来なくてもいいと思うけど副部長だし、必然的に『行かないと』って思ってしまうわけで。

「ごめん、高嶺」

 俺は隣りを歩く高嶺に向けて、小さく謝罪した。

「なんで謝んの、別に千晴は悪いことしてないじゃん」

 呆れたように言いながら、高嶺は眼鏡のブリッジを指先で上げる。

 これから部活なのはお互い変わらないけど、高嶺はバスケ部に入ってるから更衣室とは逆方向だ。

「そりゃあ、そう……だ、けど」

 三澄が図書室に来るようになってから、こうして図書室の近くまで高嶺に着いてきてもらってる。

 最初こそ一人で行っていて、でも途中で三澄と鉢合わせた時があった。

『小説の続き出来た?』

『読めるまで待ってるから』

 とかなんとか、全部真顔で言ってくるから段々三澄が怖くなって、ほとぼりが冷めるまで高嶺に『一緒に来て欲しい』と言った。

 最初は嫌そうな顔してたけど了承してくれて、今もボディガードみたいに肩を寄せ合って歩いてくれて……あ、距離感バグってる奴ここにも居た。

「……そうやって落ち込むの、千晴らしくないよね」

「え、っ」

 ふと聞こえた高嶺の声に、俺は俯きがちだった顔を上げる。

 高嶺はまっすぐに前を見ていて、俺とは目が合わない。

 眼鏡を掛けた横顔は綺麗で、同じ男として負けたような、でも本当の俺のことを分かってくれる心優しい友達。

 たまに言葉足らずなところもあるけど、それが高嶺の個性だって分かってるからかな。

 ……心配されるなんて、俺もまだまだだな。

「いつもうるさいくらい明るいのに、黙ってうじうじしてたら結構……いや、だいぶ気持ち悪いというか」

「ちょ、俺もしかして悪口言われてる!?」

 ぜ、前言撤回だ! さっきまでしんみりしてた気持ち返せ!

「千晴は黙ってたら死んじゃいそうだし、けどそれはそれで面白そう」

「聞こえないフリすんな! あと勝手に殺すな!」

 何格好付けて腕組んでるんだ、自分がイケメンだからって何言っても許されると思うなよ!

「いや待てよ、逆に喋るの止めなかったらどうなるんだろう。千晴で研究出来そう、夏休み終わってるけど──」

 終始俺の声なんて聞こえてないみたいに、高嶺はブツブツと訳分かんない独り言を言って、でも俺に歩幅を合わせてくれるところが憎い。

「──あ、着いたよ」

 高嶺の声がそれまでよりが一段高くなって、その声に(なら)うように目を向けると、図書室の文字が見えた。

「じゃあ俺、こっちだから」

 そう言うと、高嶺はすぐ近くの階段を二段飛ばしでさっさと下りていく。

「え、おい……っ」

 一拍遅れて高嶺の声に気付いて、でも俺が目を向けた時にはもう後頭部すら見えなくなっていた。

 高嶺は自分の綺麗な顔と明るい名前が嫌だから、みんなに苗字で呼ばせてるっていう、俺が言うのもなんだけどちょっと変わった奴。

 それに時々思い出したように毒を吐いて、かと思えば反論する暇も与えずにどこかへ行ってしまう。

 今も俺がボーッとしてたから隙を突いて……ってか、脚長いから出来るワザだよな、あれは。

「来ました……っ、て……」

 小声で図書室の引き戸を開けると、一番に目に入ったのはこの二週間で見慣れた後頭部。

「ん……?」

 聞こえるか聞こえないかの声で言ったのに、その人は──三澄はゆっくりと振り向いて、俺とバチリと目が合った。

「あ、すみません間違えました」

 まっすぐに交わった視線を反射的に逸らして、俺は素早く引き戸を閉めた。

「な、っ……!」

 背を向けてその場にうずくまると、心の中で絶叫する。

 なんで三澄が居るんだ!? 今日は午後練あるだろ、もうほとんど全員グラウンドに集まってるぞ!

 図書室からでもグラウンドが見えるから、今頃エースがいなくて困ってると思うんですけど!

 なんて思っても、本人が図書室に居る理由を聞かないと俺も入れないわけで。

「聞く、かぁ……」

 少なからず部員も来てたし、ほんの一瞬だけど顔も見せてるから『三澄が居るから』今日は止めときます、なんて言う訳にもいかない。

 正直めちゃくちゃ嫌だけど、俺から聞かないとあいつから声掛けてくるだろうし。

 三澄は存在感があるのに加えて感情が分かりにくいから、グイグイ来られたらこっちも自然と萎縮してしまう。

「もうちょいなんとかなったら……いいんだけど、なぁ」

 もし三澄が高嶺とかの、思ったことをはっきり言う奴だったら俺も同じくらい言い返せるんだけど。

 声の抑揚もあんまり無いし表情も分かりにくいから、真正面から『もう止めて』って言う訳にもいかないし。

 はぁ、と小さく息を吐くと同時に、ふっと引き戸が静かに開いた気配がした。

「──立花」

「ひぃえ!?」

 ポン、と軽く肩を叩かれただけなのに、俺は文字通り飛び跳ねるようにして窓際まで逃げる。

 そのまま恐る恐る振り向くと案の定三澄が立っていて、俺をじっと見つめていた。