寡黙な野球部エースは俺の小説がお気に入りらしい

 人が多い所で話すのもなんだから、ということで一旦構内に戻ることになった。

 といっても昇降口からほど近いひと気のない廊下で、三澄はといえば俺と向かい合ったまま、さっきから微動だにしない。

 高嶺が待ってるから、早く要件言って欲しいんだけどな。

 すぐに終わるから、って三澄が言ったから着いてきたのに。これじゃあ本当に遅くなるんじゃないか。

 学校から本屋のある駅前まで近いけど、本屋っていっても大型書店だから、早めに行って物色したい。

 まぁいつでも行けるから、急いでないっちゃ急いでない。ただ、俺はもう『本屋行きたい』の頭になってるんだよ!

 もうメッセージアプリとか何か交換して、そこで言ってもらおうか。

 そしたら三澄もすぐに部活に行けるし、終わったら連絡出来るから楽なはず。

「……のか」

 すると三澄がこれまた小声で何かを呟いて、俺は苛立ち混じりに軽く睨み付けた。

「あの、ちゃんと言ってくれますか。いちいち聞き返すの、面倒くさいんで」

 我ながら辛辣なことを言ってると思う。

 こうでも言わないと響かないっていうのも事実で、でも先週みたいな複雑な顔された方が面倒だな。

「……すみません、言い方が悪かったです。出来るだけ手短に──」

「部長と仲良いのか」

「へ」

 俺の言葉に被せるように三澄の声が響いて、小さく息を漏らす。

 なんでここで部長が出てくるんだ? というか、話したいことってそれ?

「そりゃあ文芸部の部長と副部長ですし、接点はいくらでもありますよ」

 三澄の意図がまったく摑めず、でもはっきり言うと三澄は軽く目を見開いた。

「そう、なのか」

 それきり俯いて黙り込んで……あれ、ここで会話終わりだったりする?

「……お前のノートに、その部長っぽい特徴が書いてあった」

 でも三澄はすぐに顔を上げてそう言うと、俺をじっと見つめたままゆっくりと続ける。

「あと、俺っぽい奴も」

「え、っ……」

 三澄らしいあまりにも静かな声音に、ドクンと心臓が大きく高鳴る。

 でもそれ以上に驚いたのは、この男が何を言わんとしてるのかに気付いたからで。

「な、なん……で」

 自分でも笑ってしまうくらい声が震えてて、同時に昔のことまで思い出す。

 ──なんだこれ、キメェ!

 小学生の時だったけど、あれはなんで言われたんだっけ。

「っ……」

 でも考えようとしたら頭が痛くなって、俺はたまらず顔を俯けた。

 なのに小説のモデルにしていたのが、三澄だって気付かれた──紛れもないその事実が、蓋をしていた嫌な記憶を思い起こさせるには十分で。

『男が男同士の本書いてるー! しかも主人公、オレじゃん!』

 ギャハハ、と子ども特有の高い声で言ったかと思えば俺を指さして、周りの友達も同調して……そうだ、俺はこの出来事で自分が『おかしい』『普通じゃない』って気付いたんだ。

「は、っ……はぁ……」

 じわじわと呼吸が苦しくなってきて、俺はたまらずその場に膝をついた。

 三澄の姿が見えなくなってて少し楽になった反面、焦燥感にも似たものが湧き上がる。

 泣いちゃ駄目だ、泣いたらまた嫌なこと言われる。

 そう思うのに、ぼんやりと視界が滲んで鼻の奥がツンと痛んだ。

「──好きだ」

 やがて堪えきれなかった涙が頬を伝ったと同時に、ふと低い声が聞こえた。

「え……っ」

 俺はわけも分からず顔を上げて、三澄を見上げる。

 三澄はなぜか泣いてる俺を見て片眉を跳ねさせたけど、言葉を選ぶようにきつく目を閉じた。

「……悪い、そういう意味じゃなくて。いや、合ってるんだけど」

 モゴモゴと口の中で言うと、今度は俺に目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

「っ」

 いきなり三澄と距離が近くなって、軽く仰け反りそうになったけど、なんとか耐える。

「……あの時は、ごめん」

 じっと見つめながら言われたのは、謝罪だった。

 いつものごとくまっすぐに言ってくるから、最初何を言われたのか分からなかった。

 それが三澄にも伝わったのか、がしがしと頭を掻きながら続ける。

「……ノート、勝手に見ただろ。立花、迷惑そうにしてたのに」

 ごめん、とまた謝られる。

「えっ、と」

 もしかしてそれを言うためだけに、わざわざ俺を呼び止めたのか? 一緒にいた、高嶺を待たせて?

 そりゃあ嫌だったし、恥ずかしかったし。……怖かったよ。

 でも面と向かって謝罪されたらなんて返すのがいいんだ、気にしてないって言うのか?

 頭をフル回転させて色々考えてみるけど、どうしたらいいのか分からなかった。

 文字通り困惑してると、俺から軽く目を伏せて三澄は『それに』と短く言った。

「こんなの嫌だって分かってるけど、ホントに面白くて。普段小説なんか読まないのに、早く続き読みたいって思った。……追い掛け回して嫌だったよな」

 やがて三澄はもう一度俺を見つめて、ゆっくりと続ける。

「でも段々、立花の顔見るのが楽しみになってた。俺が何言っても怒らないし、はっきり言えって()かさない。無愛想でもちゃんと顔見て話してくれるのは、部員以外だとお前だけだったから」

「っ……そん、な」

 違う、って言い掛けてすぐに止める。

 その目はきらきらして眩しくて、でも嘘は言ってないんだってすぐに分かったから。

「もっと仲良くなりたい、もっと立花のこと知りたい。けど俺口下手だし、どうしたらいいのか分からなくて……嫌な気持ちにさせたと思う」

 ごめんな、と三澄は何度目とも分からない謝罪を繰り返した。

 今度は何かに耐えるような、今にも泣きそうな顔で……そこで俺はやっと、三澄が何を言おうとしてるのか理解する。

「……か」

「えっ」

 ぽつりと呟いた言葉はどうやら聞こえていなかったみたいで、今度は三澄から聞き返される。

 その声がなんだかバカらしくて、ほんのちょっとだけ(なご)んだ。

「俺のこと……そういう意味で好き、なんですか」

 もし違ったらって思うと段々自信が無くなってきて、でも小さな声で言い切ると、三澄の黒目がちな瞳が大きく見開かれた。

「な、なん……え、あっ」

 なんだよ、めちゃくちゃ動揺してんじゃん。

 三澄の日焼けした肌が赤くなっていくのを見て、確信する。

 こいつは俺のことが、そういう……恋愛的な意味で好きなんだな。

 そう思ったらなんだか今までの行動とか謝罪とか、全部が可愛くみえてきて、正直言って自分でもチョロいなと思う。

 けど、俺が三澄に感じてた変な気持ちの正体も分かって、面白いくらい清々しかった。

「ね、どうなんですか」

 くすりと口元を緩ませて、もう一度尋ねた。

 この際振られても……いや、それは無いか。だってこんな分かりやすいんだし。

 今も距離は近いけど、俺の方から三澄に顔を寄せるとそのまま三澄は後ろに尻もちをついた。痛そう、大丈夫か。

「ど、どう……って」

「俺のこと好きか嫌いか、聞いてるんですけど」

 口下手でも言えますよね、とゆっくりと目を細めて続ける。

 すると三澄は一度きつく目を閉じて、でも両手で顔を(おお)った。

「勘弁、してくれ……」

 何かに耐えるような、絞り出すような……もうちょっと言えば三澄らしくない声。

 あれ、俺変なこと言ったか?

 頭にハテナを浮かべていると、やがて三澄は真っ赤になった顔で俺を見つめてきた。

「……そうだよ。お前の、立花のことが好きだ」

「っ」

 まっすぐな瞳で見つめられて伝えられるって、分かってはいたけど破壊力あるな、これ。

「あ、そ……ですか」

 なんだか俺まで三澄の照れが移ってきて、今までの仕返しも兼ねて優位に立とうとしたけど、これじゃあ二人とも変わらないじゃないか。

「昨日」

 すると三澄は俺の手──厳密に言うと小指の先──に遠慮がちに触れてきて、ぽつりと言った。

「部活行く前に、立花いるかなと思って図書室行ったんだ。そしたら部長と仲良さそうに話してるから、勝手に落ち込んだ」

「あー……なるほど」

 俺が部活行く前に『三澄が顔出した』って部長が言ってたな、そういえば。

 言葉足らずだけど、練習中にトイレ行くとか何かの理由をつけて抜け出して、もう一回見に来たと。

 段々パズルのピースがハマっていく感じがする。

 あれ、三澄だったのか。だから部長も意地悪そうな顔してたのか。

「まぁ練習行ったけど。……そしたら今度は高嶺と楽しそうに話しながら帰ってるから、取られると思って連れてきた。けどどこから言ったいいか分かんなくて──」

 いや、いきなり飛躍しすぎだろ。言いたいことはなんとなく分かるけども。

 というかよく喋るな、口下手じゃなかったのか。

 三澄がいかに『俺を取られたくなかったか』力説してきて、それと同時に頭痛がする。

「はぁ……」

 短く溜め息を吐くと、俺は頭を抱えるようにして顔を俯けた。

 小さいことをいちいち指摘してたら、話が進まない。それに、いくら高嶺と仲良くしてても親友だしよくないか。

 心の中で小さく悪態をつきながら、キッと三澄を睨み付ける。

「……俺にも聞くことあると思うんですけど。聞いてくれないんですか」

 まだお前に好きって言ってないんだぞ、俺は。

 多分いや高確率で自主練行くところだったろうに、いきなり昨日や今日のことを一から全部話されたら、いつまで経っても終わらない。

 すると三澄は軽く目を(みは)って、小指に触れていた指先を離した。

 ……間近で見ると本当にまつ毛長いな。もう少し髪伸ばして肌も白くなったら、もっとイケメンになるだろうな──なんて、場違いなことを考える。

「立花、は」

 三澄の低く短い声が聞こえる度に、段々緊張してきた。

 そりゃあ俺はお前のことが好きだけど。いざ好意を伝えるってなったら、変な声が出そうで怖い。

「──千晴」

「っ」

『俺のことどう思ってる?』って聞いてくると思ってたのに、いきなり名前を呼ばれて一瞬たじろぐ。

 でも三澄は気付いてないのか、一拍くらい間を置いて唇を動かす。

「俺のこと、好き?」

 いつもと変わらない、でもほんの少し弱々しい声で三澄が緩く首を傾げた。