家を追放された生贄ですが、最強の大悪魔が花嫁になりました

「いやいやいや、違うだろう!? そこはもっと他にあるだろう!? あるよなぁ!?」

 女の子……いや。
 たぶん、悪魔だと思うんだけど……なぜか憤慨していた。

「我は悪魔だぞ!? 見ればわかるだろう、ほら、角と翼! そんな我は、かつて人の世を滅ぼしかけたこともある、偉大にして最強の大悪魔だぞ!? 普通は恐れる! 震える! ひれ伏す!」
「はあ……」
「なんだその薄い反応はっ!」

 怒っている。
 怒っているのだけど……なんというか怖くない。

 むしろ可愛い。

「えっと……」
「なんだ!? やはり怖いか!? そうだよな、怖いよな!?」
「やっぱり、可愛いですね」
「ふぁっ!?」

 ぼんっ、と音がしそうなくらい、悪魔の顔が赤くなった。

「ききき、貴様ぁっ! 悪魔に向かって、可愛いとはどういうことだ!?」
「でも、本当にそう思ったので」
「そういう問題ではないっ!」

 地団駄を踏むようにして怒る姿は、やっぱり怖くなかった。
 拍子抜けした、というのが正しいかもしれない。

 兄達が語った悪魔像とは、あまりにも違いすぎる。

「む……」

 僕の表情を読んだのか、悪魔がじろりと睨んできた。

「今、貴様、こう思っているだろう。『なんか想像していた悪魔と違う』、と」
「えっ。どうして、僕の考えていることを……?」
「我くらいの存在になれば、それくらいはわかるのだ!」

 胸を張る姿は得意げだった。

 でも、その様子があまりにも子供っぽくて。
 ……少しだけ笑ってしまった。

「あ」

 笑った瞬間、自分で驚いた。

 僕、今、笑ったんだ。

「む?」

 悪魔が怪訝そうに眉をひそめる。

「お前……今、笑ったな?」
「……はい」
「ふむ。さっきまで死んだ魚のような顔をしていたくせに、変なヤツだな」

 そう言ってから、悪魔は急に真面目な顔になった。

「で? お前は何者だ。なぜここに来た」

 問いかけられて、僕は短く答えた。

「生贄です」
「……ほう」

 悪魔の空気が変わる。

「それはつまり、我への供物として差し出された、ということか?」
「はい」
「そうか。ならば、さっそく魂を……」

 そこまで言って、悪魔はじっと僕の顔を見た。

「……お前、怖くないのか?」
「怖いのかもしれません。でも、もうどうでもいいので」
「どうでもいい?」
「僕、別に生きていたいわけじゃないんです」

 それは、すらすらと口から出た。

 どうせ死ぬのだから、今さら取り繕う必要なんてない。
 そう思うと、不思議なくらい素直になれた。

「家でも居場所がなくて、ずっといらない子でしたから。ここで死ぬなら、それはそれで仕方ないかなって」
「……」

 悪魔は黙っていた。
 なぜか、先ほどまでの軽い調子が消えている。

「……お前、なにがあった?」

 今度の声は、ひどく低く、静かだった。

「大したことじゃないですよ」
「大したことがあるかないかは、我が決める。話せ」

 有無を言わせぬ口調だった。
 でも、なぜだろう。
 命令されているのに不快じゃない。

 僕はぽつりぽつりと、自分のことを話した。

 妾の子であること。
 母さんが死んだこと。
 小屋に押し込められていたこと。
 まともな食事も与えられず、家族にはずっと蔑まれていたこと。
 そして、最後は厄介払いとしてここへ送られたこと。

 語り終えたあと、最初に響いたのは怒声だった。

「最低なのだっ!!!」

 びくり、と肩が跳ねる。

 悪魔は、心底許せないという顔をしていた。

「なんなのだ、その家族は! 息子を、子を、そこまで雑に扱うなど……!」
「……」
「お前は傷ついているではないか。辛かったのではないか。悲しかったのではないか。なのに誰も助けなかったのか!?」

 僕のために本気で怒っていた。
 そんなこと、今まで誰もしていなかったのに……

「どうして……どうして、あなたが怒るんですか?」
「当たり前だろう!」

 悪魔は、泣きそうな顔で叫んだ。

「そんな目に遭わされて、平気なはずがないではないか! それを『どうでもいい』で済ませるな、馬鹿者!」

 胸の奥が、じわりと熱くなる。

 痛いのに、温かい。
 苦しいのに、少しだけ嬉しい。

 ああ。
 僕は、こういう言葉をかけてもらいたかったのかもしれない。

 その時……

「……あ」

 ぐううう、と盛大にお腹が鳴った。