勾玉遊戯:過去編1990-2000

 
 
 ――そろそろ進路のことを考えなくちゃいけないんだなあ。
 ということを、司は悩んでいた。
 中学二年生の、二学期である。まあ、そうはいってもまだ二年生だし、悩むことは他にもあった。今現在の成績とか、この間の中間テストの結果とか、次の模試のこととか、文化祭とか体育祭のこととか、である。
「ねーえ、皇さん」
 放課後、帰宅しようとしていたら、教室の隅から呼ばれた。なんだろうと思って振り向くと、同じクラスのクラスメイトの女子と、見覚えのない女生徒――おそらく上級生か違うクラスの女子だろう――が、教室の入り口のところで司に向かって手招きしていた。
 一瞬、なんだろう、と思ったけれど。
 生まれてこのかた思い当たることのありすぎるシチュエーションに、ピンとくるものもあり、半ばなんで呼ばれているかの予想も立たないわけではない司だ。
 クラスメイトたちのところまでいくと、やはり見覚えのない女生徒の方を、クラスメイトが、同じ部活の上級生なのだと司に紹介し、
「――お兄さんの、誕生日のことで、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……いいかなあ?」


 慣れたことだったので、司は素直に、質問に答えた。
 司の兄、皇柚真人の誕生日について。日付は11月15日。間違いない。兄が誕生日に欲しがりそうなものや興味のありそうなものについてはよくわからない。
 思えば、こういうのは小学生の中学年くらいからはじまっただろうか。
 司は柚真人の妹で、かつ柚真人本人よりはこういう問いを向けやすい。だからだろう。司の兄は、まあ、なんというか、正直なところ、女子にたいへん人気がある。ありていにいえばモテる。顔立ちが整っていて、成績が良くて、運動も出来て、人当たりも外面もいいからだろう。妹としては、兄のそれ以外の部分もよくよくよく知っているので、単純にああいう感じで兄にキャッキャする感情にはならないんだけどなあ、と思うところだ。だが、モテる理由がわからないわけではない。兄も兄で、司が必要最低限程度の受け答えをする分には何も言わない。だから、面倒なことにならない程度に、司はこういった場面では答えるようにしているのだけれど、――そうか。
 11月15日って、もうそろそろだ。
 でも、うちでは誕生日なんて、あんまり話題にならないしなあ、と思う司である。司の家は神社の社家だ。だから、神社の暦に従うことが重要で、司たちは家の仕事、神社の神事を最優先に動いている。なので、家族の誕生日だからバースデーパーティー、なんていう一般的なお祝いをあんまりぎょうぎょうしくはしないでここまでやってきてしまった。そういえば誕生日だったね、といったような声かけをお互いにするくらいなものだ。下手をしたら旧暦の方が重要だから、なんとなく年越しの日が一年のはじまりとおわり、そしてこの世の人間のすべてがひとつ歳を重ねる日である、というような感覚で生きている。
 ああ、でも、そういえば、一回だけ、柚真人の誕生日に、ケーキを作ってみようとしたことがあったな、と司は思い出した。
 なんというか、とくに思い出したくもない記憶ではあったのだけれど。
 あの頃は、兄のために、なにかしたいような気持があったように記憶している。確か、司が神社の仕事に関わるのを嫌がっていて、それを柚真人がもういいよとは言ってくれたものの、なにかどこか責められているような、後ろめたいような気持ちがあって。兄が自分に必要以上によそよそしくなったような気もして、なにか自分にもできることはないかなとか、そんなことを一応けんめいに考えたのだ。結果として、はじめて作ろうとしてみた誕生日ケーキは悲惨な出来だった。柚真人はあきれたような感じで、でも、たぶんかなり兄らしく兄なりに司に気を遣って――わずか一歳ばかり年上なだけなのだが、である――黙々とべっちゃりしたケーキを食べてくれた。
 そういえば、その後で、だったか。それこそうちではやったこともないようなクリスマスの日に、お返しに作ってやったよ、とかなんとかいって雪のように完璧で綺麗な真っ白いケーキを兄がお出ししてきてくれたのは。
 思えば兄はそういう兄で、とにかくなんでも卒なく良くできた。たぶん小さいころからそうだった。比較して、どうにも臆病で何事にも手際が悪くて不器用っぽい司は、ただでさえ兄の足手まといのお荷物のような気しかしない。もちろん兄はそんなことは言わないし、他の家族にもなんだかんだで大事にされているのはわかる。が、自分自身が、それではダメなような気分でいる。負い目のように感じる、とでも言えばいいだろうか。重荷から、自分だけが逃げたような気がする、と。兄のことは、家族として普通に好きだ。なんでもできて、勉強ももちろんできて、学校でも人気があるから、すごいなって思うし、尊敬もしているし、自慢だって素直に出来る。ただ、自分と比べるとあまりにも出来が良すぎて、――眩しい。
 誕生日、かあ。
 ――だからって、今の自分がケーキ、とかもはや兄のめがねにかなうようなものは作りようもないし、買っても喜びそうな気がしない。
 かといって他になにかプレゼント……として考えても、喜びそうなことなど中学生の司の頭の中からは出てこない。兄の趣味とかについては真面目な話よくわからない。
 何しろ、あれで皇神社の宮司様。
 この歳ですっかり大人びている兄にしてみたら、個人の誕生日、なんてとくに意識の中に無いように思う。
 学校にいるときは、ちょっとは同じ年ごろのこどもっぽいところもある気がするんだけど……。
 そう思いながら、司の足は校舎の階段を降りて、昇降口にたどり着く。
 司の眼裏には、その多少なりこどもっぽさのある兄の顔と、家で見る凛とした兄の顔の両方が浮かんでいた。
 
 
 司は。
 この時は、まだ。
 眩しい――と見える、その光に。
 自分自身が焼かれつつあることに気がついていなかった。