「お、やったー」
柚真人は優麻がもってきた二本の一升瓶を手に取って、その銘柄を確認しながら素直に喜んだ。
客先からいただいたものなんですが、柚真人くんがお好きかと思って。などと言って、夕方、優麻が持ってきたのは日本酒だった。ちなみに、柚真人はまだ高校一年生である。
それなのに、至極当然のようにラベルを見て、
「へえ。有名なとこの、これ、なかなか手に入らない大吟醸じゃん」
柚真人が言うと、
「このお酒の蔵元で、ちょっと権利の関係でトラブルがありましてね。私は直接かかわったわけではないんですが、御礼にと何本かいただいたんですよ」
優麻は応えた。
柚真人が日本酒に――あろうことかこの年齢で――目がないことは、優麻はよく知っていた。もちろん優麻とて、年齢が年齢なのは多少問題だとは思っている。しかしそこはこの少年の来歴から目を瞑ることにしていた。さらにいえば、この年齢で彼はちゃんとお酒の扱いや飲み方を知っていたし、なにより酒に強かった。
通常、ここにもちこまれた日本酒は、まず、本殿の祭壇に行くことになっている。しかし今回はすぐに大吟醸だとみてとった柚真人が、
「こいつは冷蔵庫行きだなあ。あとで、道場の神棚に上げてから」
冷蔵庫、というのは家庭用の酒用セラーのことで、なんと、この家の台所には小さなものだがしっかり備わっていた。購入の許可をしたのは優麻だが、――いちおう彼の後見人なので――去年、柚真人が購入したいといってきたのだ。柚真人いわく、料理酒の保管も兼ねているらしい。
「あなたはともかく、司さんにはあまり飲ませすぎてはダメですよ」
と、優麻が付け足したのは、柚真人の妹である司の方もこれまた日本酒を好んでいるのを知っているからだ。柚真人はともかく、司は女の子だし、まだ中学生だし、柚真人とは事情が違う。むろん、柚真人が彼女の益にならないことなんてこれっぽっちもするわけはないけれど、同時に彼女に対してとなると、優麻がびっくりするくらい甘いところがあるのも事実だった。
特に、食事などの場面になると、柚真人の甘さには拍車がかかるきらいがある。あと、――まあ、その、わざわざ言葉にすることではないが心配になる点も、いくつか。なんといっても、司は、わりと酔ったそぶりを見せるのだ。柚真人と違って。
「――当たり前だ」
何をいまさら、というような柚真人にも、思い当たる節はあるようだった。だが、柚真人はその後でつけたす。
「とはいえ、あれには、必要なことでもあるんだ」
「?」
「酒には、浄化の力があるだろう。あれは、たぶん本能的にそれを知ってる」
「ああ……」
「すごく、気持ちいいんだそうだ。酒精を体に入れると。たぶん、日本酒が持つ、祓いの力を、無自覚に取り込んでいるんだろう」
そう言われては、優麻も納得するより他はなかった。
なるほど、そういうことであったかと、それこそ今さら改めて思う。確かに、日本酒にはそういう力が宿っている。司は、現在、その巫としての力を封じられて生活してはいるものの――それでもなお普段から生活しているだけで自分の身体に降りつもってきてしまう穢れや邪気を、無自覚に祓おうとするんだろう。
「今は、なんかちょっと酔った感じになることもあるけど……あれは、普通に酔っぱらっているというより、酒の浄化が気持ちいいんだよ」
「――」
「だから、おとなになったら、あいつたぶんうわばみだぞ。ひょっとするとおれより強いかもしれないな。なにしろ、飲んだ酒をそのまま祓いの力に変えてるんだ」
柚真人は、そう言って苦笑のような表情になる。
おとなに、なったら。
そこには、妹に対する愛おしさと、彼女がその身に眠らせている力を大切に守ろうとするかのような慈しみがあふれているようだった。

