勾玉遊戯:過去編1990-2000

15


 
 目眩を感じたのは、次の瞬間。

      ☆

 ――!?
 ふらり、と身体が傾ぐ。
 頭蓋の奥の方で声がした。
 ――約束しよう。
 これは、あの男の声。
 ――約束だよ。
 柚真人は愕然とした。
 まさか――!!
「……ゆ……まと……?」
 司の声。
 こんな――こんなところに――。
 
      ☆

 瞬く閃光。
 脳裏に。


 記憶の断片。
 壊れゆく封印。
 甦る憶い出。
 過ぎる映像。
 見える景色。


 桜。真紅の桜。
 血。深紅の血。


 ――司! 見ちゃ駄目だ!
 ――お母さん!
 ――駄目だ司! 止めるんだ!


 ――おのれ草薙の巫が!


 ――『あの子たち、……仲が良いの。本当、良すぎるぐらい。大丈夫かしら……』
 ――『大丈夫だよ。時期がきたら、ふたりにきちんと話そう』
 ――『手遅れにならないかしら』
 ――『君は心配し過ぎだよ。なんていっても、あの子たちは本当の兄妹なんだから』
 ――『ごめんなさい。……でも、だから心配なの。ごめんなさいね……』


 ――それ、どういうこと?
 ――妹って、何?
 ――僕は、本当の子供じゃないの?
 ――あの子は、僕の妹なの?
 ――僕は……。


 白刃の閃き。
 悲鳴と怒号。


 ――逃げなさい!
 ――つかさ、ゆまと!


 ――司!
 ――駄目だ!
 ――そんなことをしてはいけない!
 ――君の手は、剣に触れては駄目なんだ。それを手にしては駄目だ!


 ――草薙の剣の巫女よ。その黄泉の女神の太刀で、このおれを殺せるか?
 ――その太刀が刻んだ記憶が、殺戮と死の記憶、数多の罪が、お前の心を食い潰すだろうよ。
 ――お前は剣の巫女なのだからな!


 ――止めろオオォ!


 ――「ここで見たことは、誰にも言うな」
 ――「約束してくれ。彼女は草薙の巫女であると同時に皇の巫女だ。この力は封印する。だから」
 ――「誰にもだ!」


 ――ぼくがいる。
 ――ぼくがずっと、君のそばにいる。
 ――ひとりにはしないよ。


 ――「約束したんだね」


 眩しい光。
 禍々しい闇。
 痛み。


 ――「その子が好きなんだね」
 ――「じゃあ、こういうのはどうかな」


 ――約束するよ。
 ――大きくなっても、ずっと一緒に。

 ――「君が大好きなその娘は、いまはここにはいないんだ。だからすこしおやすみしよう」
 ――「君が一番大切で、一番好きな娘は、きっと君を迎えに来る」
 ――「だから、おやすみ。……きっとその娘は、迎えにきてくれるよ。そうしたら君は目が覚める」
 ――「それまで、眠ろうね……」


 ――ああ憶い出した!!


 ――そうだ。
 ――おれは。


 ――ぼくは。
 ――ぼくは……。

      ☆

「柚真人!?」
 額の奥が裂ける様な激痛。
 妹の声が遠くで聞こえる。
「……っ……ああっ」
 意識が急速に遠ざかり始めていた。
 視界が灼かれるように白濁していく。
 頭蓋の中で響くさまざまな声。
 脳の奥に氾濫するとりどりの色。
 痛い――頭が痛い。
「く……そ……っ」
「どう……どうしたの!?」
 戸惑う妹の声。
 もう二度と訊くことができない――のか――。
 こんな突然。
 こんなに突然に――!?
「こんな……っ」
 彼女を突き放したままで。
 嫌だ。
 駄目だ。
「……っ……つか……さ……っ」
「柚真人……!?」
 ――さよならだ。
 ――もう二度と、逢えない、大切な。
 ――おれの――。
「……っ……」
 世界で、この世で、一番――。
「ねえ柚真人っ!! 柚真人!? どうしたの!?」
 視界が霞む。
「柚真人――!!」
 閃光がすべてを消してしまう。
 すべてを――。

      ☆

   ぼくがいるよ。
   ぼくがずっと。

   おれは、まだ。
   まだ――!!

      ☆

 彼は――意識を失った。


 それは彼の物語の終り。
 そして彼の物語の始まり。
 これは――勾玉の血に連なる者の、物語。