06
「練りきりとかやってみたいよねえ」
「却下よ」
「何度もいうけど、食べ物は粘土じゃないんだよ、司」
「寒天寄せは。キレイだよ、これ」
「保冷ものは駄目っ。ナマモノも駄目よ」
「とら焼きとか」
「『どら』の方が無難かな」
司と久美があれやこれやと好き勝手に例を挙げ続けたが、柚真人と彩は次々と却下判決を下した。
彩が言う。
「いっそ、饅頭かなんか一本に絞って、中身を変えたら?」
「いやあん彩ちゃん、それじゃあ『お饅頭屋さん』だよ」
「いいじゃない饅頭。和菓子じゃない」
「ふうん、お饅頭の中身かあ……」
「そう。工夫は餡でするわけ。小豆とか芋とかカボチャとか、あるでしょ」
「ああそれ……何か面白そう?」
司のその言葉に、不穏な空気を感じたのはきっと柚真人ひとりだったに違いない。
饅頭の餡のアレンジ、というのはすなわち司にとって、魚類アイスと同じくらい魅力がある料理に違いないのだ。
ああしまった、と柚真人は内心で眉根を寄せたが、もはや後の祭だ。
どうもその線で話がつきそうな勢いである。
「そうすると、和風ならなんでもいいかな?」
と、司。
いやよくないだろう、柚真人は思うが何も言及しないことにする。
「じゃあ次のLHRでそれは検討するとして」
「それだけじゃ淋しいよう。他にも何か作ろうよ」
「じゃあ団子」
「彩ちゃあん……」
「なによ? たぶん誰が作っても失敗無いわよ。――ねえ、先輩?」
彩が久美を黙らせるように問答無用で言い放つ。
そして柚真人を見上げてにっこり微笑むので、柚真人は微苦笑して頷いた。
「そう……だね。あと、薩摩芋を使うなら芋羊羹もできるし」
「スイートポテトっ」
「却下。和菓子じゃありません!」
「和菓子だもおん。和菓子屋さんで売ってるもん! 彩ちゃん意地悪っ」
「魚饅頭は駄目? 和風だと思うけど」
「司は魚から離れなさい」
「やあん。そんなのお」
「ああもう煩い! じゃあ決定よ。饅頭、団子、芋羊羹。不服なら大福もつけてあげる。文句ないわね!?」
沈黙。
彼女が学級長だというのは大変正しいことだと、柚真人は実感した。
「そうだね。じゃあ……作り置きの小豆餡があるから、とりあえず今日は生地の作り方、練習してみる?」
☆
来週の日曜日の同じ時間にクラスで決をとり、意見のあった材料で試作する、ということで、事態は一応の決着を見た。
「お疲れ、彩ちゃん」
「まったくだわ」
彩は苦笑いした。ひととおりの作業を終えて、久美より一足先に帰ると言った笹原彩を、司は神社の境内まで見送りに来ている。
彩は、それから少し考えるようにしたあとで、不意に言った。
「ねえあんた……兄さんのこと、実際正直、どんな人だと思っている?」
思ってもいないことを聞かれて、司は驚いた。
彩はささか冷めた目で、夕暮れの空を見上げていた。
戸惑いを隠しながら訊く。
「ど……どうって、どう?」
「うん。なんていうか……ごめんね? 少し気になるところがあって、さ」
「え?」
司が首を傾げる。
「あたし、どうもあの人、苦手なのよね。……あのさ。あんた、久美がなんでこんな企画を立てて、実行委員に乗り出したかわかってるでしょ?」
もちろんだ。
その点は兄にも指摘されたぐらいだから。
「でもね、理解できないのよね。久美が――久美だけに限らず女の子たちがあんな風に簡単に、皇先輩を好きなるって言うのが」
彩は、司を一瞥した後、ふと頭を振って嘆息した。
「ごめん。妹のあんたに突然変なこと言って、……悪いとは思うの」
司は咄嗟に言葉を探したけれど、なんと言っていいかわからなかった。次の、彩の言葉を待つ。
彩もまた、言葉を探している様子で言う。
「あ……んと。どうしてかっていうとね。そうねえ。……ね。あたしにとってはさ。久美も友達なのよ。……あの子ってさ、少し軽くてやたら素直でしょ。思い込み激しいし、真っ直ぐだし。それは悪いことじゃないけど、でもね」
何か探すように言葉を切る。
「あたしとしては? 警戒もしたくなるの。あんたの兄さん、皇先輩みたいな態度って、結構いい根性してなきゃできないことじゃないかと思うのよね。この年頃なら、恋愛のひとつもしたいのは道理よね? なのに本気の女の子も何も、愛想良く十把ひとからげ扱いっていうのはね。そりゃ一見優しいし、感じもいいけど考えたら誰が傷つこうがお構いなしってふうにも感じるの。それを承知でああも愛想振り撒けるとしたら、尋常じゃない冷血漢なんじゃないかって」
「……」
「どうなの? 皇先輩って……、そういう、人なの?」
「彩ちゃん……」
意外だった。
柚真人の外面は本当に完璧で、そんなふうに彼を評価した人間を、司は他に知らない。
だから――反駁しなかった。
「うん……、そういうふうに、なっちゃうかもね……」
「優しくされると、久美は勘違いだって簡単にしちゃうわ。……それが気になって。それはね、本当は面白半分みたいな久美も久美なんだけどね……まあ一生懸命なのは悪いことじゃないし」
司は嘆息した。
そう――あれは確かに性格の悪い男だ。妹の自分でもそう思う。
だけど。
彩の言うことに理はあっても――的確ではない。
そもそも柚真人に害意は無いのだ。
確かに冷血で悪辣なところがあることは否定できないけれど、――彼には彼なりの在り方があって。
「皇ちゃん?」
「あの……」
「何?」
「……」
結局、司はそれを言葉にすることは出来なかった。
皇柚真人という人間のかたちはうまく言葉にならない。
「……ごめん」
「それどうして? あんたがあやまることじゃないわ」
「……ご……。あ……んーと……」
「それは……先輩の素顔を知ってるからこそ、の言葉なの?」
司は嘆息した。
なんと言ったら、いいだろうかと、しばらく思案する。
そして、言葉を選んで言う。
「……あたしは、客観的にはどうともいえない」
「どうして?」
「あたしね……こーみえて相当重傷のブラコンなの。……本当の意味で、コンプレックスの塊。……だから、兄貴に対して、客観的な評価はできないのよ」
「……そうなの?」
「……正直、あの人凄いんだ。……確かに外面はいいの。彩ちゃんが柚真兄を苦手だって言うなら、裏表があるのを感じるからだと思う。でも、実際の柚真兄は……もっともっと本当に凄い。あたしから見たら、楽しいことなんて何ひとつない、孤独で厳格な生活を、己に強いることのできる人なの。すごいのよ。多分……女の子のことって、兄貴にとってすごくどうでもいいことなんだと思う……って言うと、語弊あるかなあ」
「語弊、なワケ?」
「うん。上手くいえないんだけど。冷たい、んじゃないだよね。多分、本当のところ自分に興味を持ってる女の子達が、傷つかないって知ってるからなのよあれ。誰も本気じゃないって、わかってんの」
「……ふうん……。意外ね……」
「……え?」
「……あんたって……もっと、違った感じで兄べったりなんだとおもってた」
彩が笑った。
「彩ちゃん……」
「いいわ。とにかく、久美が傷つくのもあれだから、と思ったの。ほら、あたしはここでいいから戻って。久美、頼むわね」
彩は、そう言って、――手を振った。
「練りきりとかやってみたいよねえ」
「却下よ」
「何度もいうけど、食べ物は粘土じゃないんだよ、司」
「寒天寄せは。キレイだよ、これ」
「保冷ものは駄目っ。ナマモノも駄目よ」
「とら焼きとか」
「『どら』の方が無難かな」
司と久美があれやこれやと好き勝手に例を挙げ続けたが、柚真人と彩は次々と却下判決を下した。
彩が言う。
「いっそ、饅頭かなんか一本に絞って、中身を変えたら?」
「いやあん彩ちゃん、それじゃあ『お饅頭屋さん』だよ」
「いいじゃない饅頭。和菓子じゃない」
「ふうん、お饅頭の中身かあ……」
「そう。工夫は餡でするわけ。小豆とか芋とかカボチャとか、あるでしょ」
「ああそれ……何か面白そう?」
司のその言葉に、不穏な空気を感じたのはきっと柚真人ひとりだったに違いない。
饅頭の餡のアレンジ、というのはすなわち司にとって、魚類アイスと同じくらい魅力がある料理に違いないのだ。
ああしまった、と柚真人は内心で眉根を寄せたが、もはや後の祭だ。
どうもその線で話がつきそうな勢いである。
「そうすると、和風ならなんでもいいかな?」
と、司。
いやよくないだろう、柚真人は思うが何も言及しないことにする。
「じゃあ次のLHRでそれは検討するとして」
「それだけじゃ淋しいよう。他にも何か作ろうよ」
「じゃあ団子」
「彩ちゃあん……」
「なによ? たぶん誰が作っても失敗無いわよ。――ねえ、先輩?」
彩が久美を黙らせるように問答無用で言い放つ。
そして柚真人を見上げてにっこり微笑むので、柚真人は微苦笑して頷いた。
「そう……だね。あと、薩摩芋を使うなら芋羊羹もできるし」
「スイートポテトっ」
「却下。和菓子じゃありません!」
「和菓子だもおん。和菓子屋さんで売ってるもん! 彩ちゃん意地悪っ」
「魚饅頭は駄目? 和風だと思うけど」
「司は魚から離れなさい」
「やあん。そんなのお」
「ああもう煩い! じゃあ決定よ。饅頭、団子、芋羊羹。不服なら大福もつけてあげる。文句ないわね!?」
沈黙。
彼女が学級長だというのは大変正しいことだと、柚真人は実感した。
「そうだね。じゃあ……作り置きの小豆餡があるから、とりあえず今日は生地の作り方、練習してみる?」
☆
来週の日曜日の同じ時間にクラスで決をとり、意見のあった材料で試作する、ということで、事態は一応の決着を見た。
「お疲れ、彩ちゃん」
「まったくだわ」
彩は苦笑いした。ひととおりの作業を終えて、久美より一足先に帰ると言った笹原彩を、司は神社の境内まで見送りに来ている。
彩は、それから少し考えるようにしたあとで、不意に言った。
「ねえあんた……兄さんのこと、実際正直、どんな人だと思っている?」
思ってもいないことを聞かれて、司は驚いた。
彩はささか冷めた目で、夕暮れの空を見上げていた。
戸惑いを隠しながら訊く。
「ど……どうって、どう?」
「うん。なんていうか……ごめんね? 少し気になるところがあって、さ」
「え?」
司が首を傾げる。
「あたし、どうもあの人、苦手なのよね。……あのさ。あんた、久美がなんでこんな企画を立てて、実行委員に乗り出したかわかってるでしょ?」
もちろんだ。
その点は兄にも指摘されたぐらいだから。
「でもね、理解できないのよね。久美が――久美だけに限らず女の子たちがあんな風に簡単に、皇先輩を好きなるって言うのが」
彩は、司を一瞥した後、ふと頭を振って嘆息した。
「ごめん。妹のあんたに突然変なこと言って、……悪いとは思うの」
司は咄嗟に言葉を探したけれど、なんと言っていいかわからなかった。次の、彩の言葉を待つ。
彩もまた、言葉を探している様子で言う。
「あ……んと。どうしてかっていうとね。そうねえ。……ね。あたしにとってはさ。久美も友達なのよ。……あの子ってさ、少し軽くてやたら素直でしょ。思い込み激しいし、真っ直ぐだし。それは悪いことじゃないけど、でもね」
何か探すように言葉を切る。
「あたしとしては? 警戒もしたくなるの。あんたの兄さん、皇先輩みたいな態度って、結構いい根性してなきゃできないことじゃないかと思うのよね。この年頃なら、恋愛のひとつもしたいのは道理よね? なのに本気の女の子も何も、愛想良く十把ひとからげ扱いっていうのはね。そりゃ一見優しいし、感じもいいけど考えたら誰が傷つこうがお構いなしってふうにも感じるの。それを承知でああも愛想振り撒けるとしたら、尋常じゃない冷血漢なんじゃないかって」
「……」
「どうなの? 皇先輩って……、そういう、人なの?」
「彩ちゃん……」
意外だった。
柚真人の外面は本当に完璧で、そんなふうに彼を評価した人間を、司は他に知らない。
だから――反駁しなかった。
「うん……、そういうふうに、なっちゃうかもね……」
「優しくされると、久美は勘違いだって簡単にしちゃうわ。……それが気になって。それはね、本当は面白半分みたいな久美も久美なんだけどね……まあ一生懸命なのは悪いことじゃないし」
司は嘆息した。
そう――あれは確かに性格の悪い男だ。妹の自分でもそう思う。
だけど。
彩の言うことに理はあっても――的確ではない。
そもそも柚真人に害意は無いのだ。
確かに冷血で悪辣なところがあることは否定できないけれど、――彼には彼なりの在り方があって。
「皇ちゃん?」
「あの……」
「何?」
「……」
結局、司はそれを言葉にすることは出来なかった。
皇柚真人という人間のかたちはうまく言葉にならない。
「……ごめん」
「それどうして? あんたがあやまることじゃないわ」
「……ご……。あ……んーと……」
「それは……先輩の素顔を知ってるからこそ、の言葉なの?」
司は嘆息した。
なんと言ったら、いいだろうかと、しばらく思案する。
そして、言葉を選んで言う。
「……あたしは、客観的にはどうともいえない」
「どうして?」
「あたしね……こーみえて相当重傷のブラコンなの。……本当の意味で、コンプレックスの塊。……だから、兄貴に対して、客観的な評価はできないのよ」
「……そうなの?」
「……正直、あの人凄いんだ。……確かに外面はいいの。彩ちゃんが柚真兄を苦手だって言うなら、裏表があるのを感じるからだと思う。でも、実際の柚真兄は……もっともっと本当に凄い。あたしから見たら、楽しいことなんて何ひとつない、孤独で厳格な生活を、己に強いることのできる人なの。すごいのよ。多分……女の子のことって、兄貴にとってすごくどうでもいいことなんだと思う……って言うと、語弊あるかなあ」
「語弊、なワケ?」
「うん。上手くいえないんだけど。冷たい、んじゃないだよね。多分、本当のところ自分に興味を持ってる女の子達が、傷つかないって知ってるからなのよあれ。誰も本気じゃないって、わかってんの」
「……ふうん……。意外ね……」
「……え?」
「……あんたって……もっと、違った感じで兄べったりなんだとおもってた」
彩が笑った。
「彩ちゃん……」
「いいわ。とにかく、久美が傷つくのもあれだから、と思ったの。ほら、あたしはここでいいから戻って。久美、頼むわね」
彩は、そう言って、――手を振った。

