03
西陵高校の文化祭は三日間。
中途半端をよしとしない教育方針にのっとり、お祭騒ぎも徹底的だ。
九月から十一月にかけては、この文化祭を皮切りに、間に中間考査と数回の構内模試を挟んで体育祭、球技大会と催し物がてんこ盛り。一部の生徒にとってはまさに殺人的スケジュールを強いられることとなる。だが、生徒会執行部や各種実行委員会に所属し、成績を維持するための努力をまったく怠らず、各種行事において重要幹部を務め、あわよくば主役をかっさらおうという物好きで命知らずな生徒は、――結構多いという。
催事決定から三日後、水曜日の放課後。
司と久美、男子実行委員である青木康治・能登隆平、そして学級長両名は、教室に居残り具体的な計画作成に着手していた。文化祭まではあと三週間である。
「家庭科の柴木先生から調理室の指定がきたわ。うちのクラスは再来週のホームルームに注意の指導と、検討会。当日使用は教室最後部、調理台二台よ」
彩の言葉に首を傾げる久美。
「他には何やるところがあるのかなあ」
「匂いモノ、あと、調理室以外で火気を使用するのも厳禁だから、まあ、そう無茶やらかしはしないだろ」
と級長の久我。
「一-四が調理部と連携で定番のケーキもの。あと、汁物系が二クラス。残りふた組は情報極秘」
青木と能登は他クラスの情報収集に精を出していたようである。
「ああなんか嫌っだなそれ。三年?」
「魚類アイスという噂を小耳に挟んだぞ」
「げげ……なんじゃそら」
「男子運動部の女装コンサートよりはマシなんじゃないの」
と級長。実行委員両名は怪訝そうに問い返す。
「コンテストじゃなくて?」
「コンサート。女装して、アイドル系ソングを野太く熱唱するという企画」
「げげ……」
「ともかく。まず、人員を調理組と店番組、宣伝組に分けましょう。当番編成を任せて良い?」
彩が男子陣に問い、青木・能登の両者は頷いた。
「明後日のホームルームで決められるだろ」
魚類アイスは、端的に面白そうな企画だ、と本気で司は思った。そんなことだから兄は、妹に、料理と粘土遊びを勘違いするなと言うのだが、司自身にはそのような自覚は無い。
「そうね。まず三分割するよう、決をとりましょう」
あたしも店番組か宣伝組でいいのに、と司は思うのだけれど、久美がそれを許さないだろう。
柚真人が教えてくれると約束してくれたことを久美に伝えた時の喜びようを思うと、無下にすることもできない。とはいえ、柚真人の特訓を思えば胃が痛いばかりである。
もっとも、怒られて嫌味をたらたらくどくど言われるのは、司一人に決まっている。これが真の貧乏くじ、と司は内心うなだれている。
久美はというと、ひたすら楽しそうだ。
「調理は――」
「作る物とレシピは、あたしとこーちゃんで再来週までに確認する。検討会までに間に合えばいいでしょ?」
「そうね」
彩が頷き、男子陣も頷いた。
「んじゃ調理の企画そっちに任せるよ」
「予算と見合うように調整してよね、久美。あと手間がかかり過ぎるのも駄目よ。簡単なものにすること。いい?」
「わかってるわよう」
久美が唇を尖らせる。彩は、それを見やって――小さく溜め息をついた。
☆
「悪いわね、皇ちゃん。先輩に、よろしく伝えておいて」
困ったような呆れたような表情で彩が言い、司は頷いた。
「うん、大丈夫」
司は、電車を降りながら彩に軽く手を振った。
ドアが閉まって、夕暮れの中、電車がゆっくり動き出す。
外はまだ夏の気配を残して蒸し暑く、クーラーが思いのほか効いている。
ホームを離れる電車が大きく揺れ、吊り革を握る指先に力を込めながら、彩は隣の友人を見遣った。
「久美……あんた、本当に本気なの、もしかして?」
「え? うん、駄目もとだけどね」
彩の言葉に、うつむきながら久美が口許を綻ばせる。
「だって、皇ちゃんの話だと特定の彼女っていないわけでしょ? だったら可能性がゼロってことはないと思うの」
「そりゃ理屈ではそうだけど」
「だから頑張ってみてもいいと思うの」
「……はあ」
「ねえ、でも、なんで彼女いないんだろうね、皇先輩?」
唐突に久美が首を傾げるので、彩は、深く深く溜め息をついた。
――言い寄る女どもが己の何を見ているか、知ってるからでしょ。
あの少年は、そんなこともわからないほど馬鹿じゃない。
彩はそう思う。
とても冷静だ。外面を利用出来るのは、それが利用価値のある物であり、また利用価値しかない物であることを熟知しているからに他ならない。
彼はおそろしく冷たい男なのではないかと彩は思う。
だから――現時点では思うに久美もまた、彼から見るなら十人並みの女にすぎないはず。久美が、彼にとって突出した存在になり得るとは思えない。おそらく、相手の外見や性格以前の問題である。
――むしろ、――あれでけっこう辟易なんじゃないかしら。
けれど、彩だって久美にそんなことを言えるわけがなかった。それに、確かに可能性は皆無かと問われれば、肯定することも出来ない。
彩は訊いた。
「あんたさあ……。皇先輩の何処がいいわけ?」
「ええ? だって、やっぱり格好いいじゃない!」
あまりにあたりまえな返答に、はあ、と唸る。
「でも、あんた先輩のことあまりよく知らないじゃない?」
「そんなことないよう。優しいし、それにこーちゃんがいろいろ教えてくれるじゃない? それだけだって、他より一歩ぐらい有利じゃないかなあ」
「でも敵多いわよ? やめといた方がいいんじゃないの」
「どおしてえ? 駄目もとだもん!」
「それって矛盾」
「でも好きになっちゃいけないってことはないでしょ?」
「あんたね。本当に好きなら駄目もとなんて言えないでしょう。本気じゃないなら、あたしは止した方がいいと思うよ。真面目に好きになったら、あんたつらいんじゃない?」
「真面目とか不真面目とかないよう、彩ちゃん。あたし、先輩のこと好きだもん」
「……好きってねえ……」
どうしたものか、と彩は思った。
恋愛は自由だし、彩が決めつけるのも妙な話だ。久美が、好きだというのだから。
――それであの男が堕ちるって気はしないけど……。
と、彩は思うがそれも結局個人的な意見で、久美には久美の、彩には彩の、恋愛観というものがある。
好きになるな、というのも、まあ普通は無理な話だろう。
確かに、顔よし容姿よし性格よし成績よし。女の子が普通に恋に落ちるには、充分過ぎるほどの要素を、あの少年は有り余るほど抱えている。
だけど。
それはわかっているのに、何故か彩は、彼が好きになれない。
どうしてだろう。それはわからない。肌が合わない――そういうことなのかもしれない。
あの、作ったような笑顔が苦手だった。嫌いといってもいい。
でも。それを久美に押しつけるのも不条理だろう。
彩は結局、――しょうがないな、と嘆息するしかないのだ。
西陵高校の文化祭は三日間。
中途半端をよしとしない教育方針にのっとり、お祭騒ぎも徹底的だ。
九月から十一月にかけては、この文化祭を皮切りに、間に中間考査と数回の構内模試を挟んで体育祭、球技大会と催し物がてんこ盛り。一部の生徒にとってはまさに殺人的スケジュールを強いられることとなる。だが、生徒会執行部や各種実行委員会に所属し、成績を維持するための努力をまったく怠らず、各種行事において重要幹部を務め、あわよくば主役をかっさらおうという物好きで命知らずな生徒は、――結構多いという。
催事決定から三日後、水曜日の放課後。
司と久美、男子実行委員である青木康治・能登隆平、そして学級長両名は、教室に居残り具体的な計画作成に着手していた。文化祭まではあと三週間である。
「家庭科の柴木先生から調理室の指定がきたわ。うちのクラスは再来週のホームルームに注意の指導と、検討会。当日使用は教室最後部、調理台二台よ」
彩の言葉に首を傾げる久美。
「他には何やるところがあるのかなあ」
「匂いモノ、あと、調理室以外で火気を使用するのも厳禁だから、まあ、そう無茶やらかしはしないだろ」
と級長の久我。
「一-四が調理部と連携で定番のケーキもの。あと、汁物系が二クラス。残りふた組は情報極秘」
青木と能登は他クラスの情報収集に精を出していたようである。
「ああなんか嫌っだなそれ。三年?」
「魚類アイスという噂を小耳に挟んだぞ」
「げげ……なんじゃそら」
「男子運動部の女装コンサートよりはマシなんじゃないの」
と級長。実行委員両名は怪訝そうに問い返す。
「コンテストじゃなくて?」
「コンサート。女装して、アイドル系ソングを野太く熱唱するという企画」
「げげ……」
「ともかく。まず、人員を調理組と店番組、宣伝組に分けましょう。当番編成を任せて良い?」
彩が男子陣に問い、青木・能登の両者は頷いた。
「明後日のホームルームで決められるだろ」
魚類アイスは、端的に面白そうな企画だ、と本気で司は思った。そんなことだから兄は、妹に、料理と粘土遊びを勘違いするなと言うのだが、司自身にはそのような自覚は無い。
「そうね。まず三分割するよう、決をとりましょう」
あたしも店番組か宣伝組でいいのに、と司は思うのだけれど、久美がそれを許さないだろう。
柚真人が教えてくれると約束してくれたことを久美に伝えた時の喜びようを思うと、無下にすることもできない。とはいえ、柚真人の特訓を思えば胃が痛いばかりである。
もっとも、怒られて嫌味をたらたらくどくど言われるのは、司一人に決まっている。これが真の貧乏くじ、と司は内心うなだれている。
久美はというと、ひたすら楽しそうだ。
「調理は――」
「作る物とレシピは、あたしとこーちゃんで再来週までに確認する。検討会までに間に合えばいいでしょ?」
「そうね」
彩が頷き、男子陣も頷いた。
「んじゃ調理の企画そっちに任せるよ」
「予算と見合うように調整してよね、久美。あと手間がかかり過ぎるのも駄目よ。簡単なものにすること。いい?」
「わかってるわよう」
久美が唇を尖らせる。彩は、それを見やって――小さく溜め息をついた。
☆
「悪いわね、皇ちゃん。先輩に、よろしく伝えておいて」
困ったような呆れたような表情で彩が言い、司は頷いた。
「うん、大丈夫」
司は、電車を降りながら彩に軽く手を振った。
ドアが閉まって、夕暮れの中、電車がゆっくり動き出す。
外はまだ夏の気配を残して蒸し暑く、クーラーが思いのほか効いている。
ホームを離れる電車が大きく揺れ、吊り革を握る指先に力を込めながら、彩は隣の友人を見遣った。
「久美……あんた、本当に本気なの、もしかして?」
「え? うん、駄目もとだけどね」
彩の言葉に、うつむきながら久美が口許を綻ばせる。
「だって、皇ちゃんの話だと特定の彼女っていないわけでしょ? だったら可能性がゼロってことはないと思うの」
「そりゃ理屈ではそうだけど」
「だから頑張ってみてもいいと思うの」
「……はあ」
「ねえ、でも、なんで彼女いないんだろうね、皇先輩?」
唐突に久美が首を傾げるので、彩は、深く深く溜め息をついた。
――言い寄る女どもが己の何を見ているか、知ってるからでしょ。
あの少年は、そんなこともわからないほど馬鹿じゃない。
彩はそう思う。
とても冷静だ。外面を利用出来るのは、それが利用価値のある物であり、また利用価値しかない物であることを熟知しているからに他ならない。
彼はおそろしく冷たい男なのではないかと彩は思う。
だから――現時点では思うに久美もまた、彼から見るなら十人並みの女にすぎないはず。久美が、彼にとって突出した存在になり得るとは思えない。おそらく、相手の外見や性格以前の問題である。
――むしろ、――あれでけっこう辟易なんじゃないかしら。
けれど、彩だって久美にそんなことを言えるわけがなかった。それに、確かに可能性は皆無かと問われれば、肯定することも出来ない。
彩は訊いた。
「あんたさあ……。皇先輩の何処がいいわけ?」
「ええ? だって、やっぱり格好いいじゃない!」
あまりにあたりまえな返答に、はあ、と唸る。
「でも、あんた先輩のことあまりよく知らないじゃない?」
「そんなことないよう。優しいし、それにこーちゃんがいろいろ教えてくれるじゃない? それだけだって、他より一歩ぐらい有利じゃないかなあ」
「でも敵多いわよ? やめといた方がいいんじゃないの」
「どおしてえ? 駄目もとだもん!」
「それって矛盾」
「でも好きになっちゃいけないってことはないでしょ?」
「あんたね。本当に好きなら駄目もとなんて言えないでしょう。本気じゃないなら、あたしは止した方がいいと思うよ。真面目に好きになったら、あんたつらいんじゃない?」
「真面目とか不真面目とかないよう、彩ちゃん。あたし、先輩のこと好きだもん」
「……好きってねえ……」
どうしたものか、と彩は思った。
恋愛は自由だし、彩が決めつけるのも妙な話だ。久美が、好きだというのだから。
――それであの男が堕ちるって気はしないけど……。
と、彩は思うがそれも結局個人的な意見で、久美には久美の、彩には彩の、恋愛観というものがある。
好きになるな、というのも、まあ普通は無理な話だろう。
確かに、顔よし容姿よし性格よし成績よし。女の子が普通に恋に落ちるには、充分過ぎるほどの要素を、あの少年は有り余るほど抱えている。
だけど。
それはわかっているのに、何故か彩は、彼が好きになれない。
どうしてだろう。それはわからない。肌が合わない――そういうことなのかもしれない。
あの、作ったような笑顔が苦手だった。嫌いといってもいい。
でも。それを久美に押しつけるのも不条理だろう。
彩は結局、――しょうがないな、と嘆息するしかないのだ。

