勾玉遊戯:過去編1990-2000

01

 
 
  八月の始めは、暑い日が続いていた。

      ☆

「こんの万年お祭り野郎……。お前には文明の利器を利用するという考えはないのか……」
 額からこぼれおちる汗を手の甲で拭いながら、(すめらぎ)柚真人(ゆまと)は呟いた。
「いやですよう。君には夏休みを満喫するということの重要性がわからないのかね」
 いくらか日焼けした顔に満面の笑みを浮かべ、(たちばな)飛鳥(あすか)が胸を張る。
「わからんな……。少なくともこんなかたちで満喫したいとは思わん……」
 目の前にはなだらかな坂道が続いていた。といっても、柚真人と飛鳥がいる道は、バスもタクシーも走る、普通の公道である。歩くにさして不便はない。
 現在が八月すなわち真夏で、天候は晴天、気温三十五度、時間は午後一時すぎ、目的地まで距離約六キロ、肩には旅行用の荷物、ということを除けば。
 ここは、静岡県とある山中の観光地だ。そしてふたりは、このペンション・別荘密集地のはずれにある貸別荘を目指していた。
 徒歩、という手段を強硬に主張したのはもちろん、飛鳥。
 こいつの挑発に乗るのもいい加減にしないとな、と、著しい反省とともに柚真人は思った。
 体力がないわけではなかったが、無駄に消耗するのも馬鹿馬鹿しい話だ。
 貸別荘に集まるのは、二人の他には従妹の司と緋月、それにそれぞれの学友が数人だった。総勢七名ほどになるだろうか。
 ことの起こりは、皇兄妹の後見人である弁護士で、柚真人の友人でもある笄優麻が、貸別荘に遊びに行く気はないかと柚真人にもちかけ、それを飛鳥が耳聡く聞きつけたことにある。
 なんでもその別荘は、本来優麻の所属する弁護士事務所に勤務する、職員たちが借りたものだったらしいのだが、仕事の関係で彼らが遊びに行けなくなった。そこで、キャンセルするのも何だから、柚真人たちで使わないかという話になったのだ。
 柚真人ひとりなら否と首を振ったろうが、飛鳥が首を突っ込んではそんな話が無駄になるはずもない。かくして柚真人としてはあまり気乗りしないイベントが敢行されることになった。イトコ以外の人選も、飛鳥が勝手に行ってくれたようだ。柚真人が聞いたところによると、司の級友が二人、緋月と、それに飛鳥の部活仲間がひとり、ということになってるらしい。
 しかし、柚真人はどうしても気乗りがしなかった。というより、すこぶる気が重かった、といったほうが正しいだろうか。
 その理由は、――以下にある。


「じつは遊びついでにひとつ片付けてほしい仕事があるんですよ、柚真人さん」
 優麻が、数日前に電話を掛けてきて、言ったのだ。ちなみに、彼が柚真人を『さん』付けで呼ぶときは、柚真人を皇一族の当主とみて自分を目下に置いていることを示している。これが後見人の立場から呼ぶとなると、『君』となる。
「その別荘は実は結構年期の入った洋館でして。幽霊屋敷と噂される物件だそうなんですよ。そんなわけでそれとなく、そこに居座っているモノを始末してきて欲しいんです」
 穏やかな声で、簡潔に、彼は言った。
 とはいえ優麻が柚真人に『仕事』を指示するのは、ごく当然のことでもある。彼は、多忙な学生である皇柚真人の後見人として、『皇の死者祓』についても依頼窓口となり、柚真人の『仕事』のマネジメントをしているのだから。
 それゆえ、柚真人が予め指定した条件のもと、契約を成立させてスケジュールを管理融通するのも後見人の仕事のうちだ。
「……ははあ。お前ら、直前になってその噂を聞き付けて敬遠したんだな? それでちゃっかりと幽霊退治を引き受けたわけだ?」
「何の話です? 私がそんな邪な姿勢であなたのスケジュールを管理しているとでも?」
「ほほう、違うのか?」
「心外です」
 全然そうは聞こえない声で言い放ち、優麻は切なげに嘆息などしてみせた。
 柚真人は、しかたないなと肩をすくめて問い質す。
「依頼主と内容を詳しく聞こうか」
「依頼主は、地主です。手配した事務所の者はまったく知らなかったそうなのですが、不動産では有名な『幽霊物件』というものだそうですね。仕事で関係のあった不動産屋から偶然その噂が耳に入って、うちの事務所員がすっかり怯んでしまいまして……」
「それでその不動産屋経由で地主に話をもってったのか、お前」
「そうですね。お金儲けはきちんとしないといけませんから」
「……」
「地主は、野次馬やテレビ局の取材、観光客の悪戯などで土地や建物が荒らされることも懸念しています。また噂のおかげで貸別荘としての経営も赤字。売却したくても到底不可能で土地建物の処分のしようもないと」
「お前がおれに話を持ってくるということは、その幽霊話、ただの噂じゃないってことか」
「はい。目撃者が多数。典型的な怪談扱いで、新聞・テレビなどにも取り上げられたことがあります。飛鳥君などは知っているかもしれないですね。詳しい資料は後にお持ちしますから、目を通してから出発して下さい。それと、同行される場合、司さんには何か護符を」
「わかった。報酬は」
「こちらで提示した額をのんでいます。諸経費込みで」
「……了承した。いいだろう」
 だが。
 怪奇現象過敏恐怖症の司と、怪奇現象愛好家の飛鳥、それにそれぞれの友人たちが参加する旅行において片付けなければならないものである以上、あくまで旅行のついでの仕事であってそれとなく始末を付ける必要があるわけで――状況的にかなり厄介なことは目に見えているではないか。
 ――司には厄除けの神札をもたせなくてはならないし。
 だからして、柚真人としては気が重いのである。
 ついでにいわせてもらえば、おそらく料理担当も自分であろうことが確実に予感できる。四日間のこととはいえ、七人分の面倒を見るのは――いかにも難儀な気がする柚真人だった。

      ☆

 件の貸別荘は、山の麓にあった。
 辺りは別荘地帯だが、一件一件はそこそこ距離があって、主な道は車が通れそうな程度には舗装されているものの、その合間を埋めるのは雑木林ばかりである。夜になれば外はさぞかし暗いだろう。
 その道路の突き当たり――つまり別荘地の一番奥にあるのが、これから宿泊する別荘だ。
 煉瓦の塀に囲まれた別荘は、白い外装といかにも洋風なたたずまいが重厚な建築物だった。管理者がいるらしく、門扉を入ってすぐ目につく広い庭も良く手入れされている。
 ――『幽霊屋敷』というにはあまりに綺麗だな。
 暑さで少し眩む頭をもたげて辺りを見渡した柚真人はそんなことをぼんやり考えた。
 ――もっとも、地主が講じている印象改善策の成果であれば、当たり前か。
 朽ち果て荒んだままにしておけば、賃貸するにも売却するにも困難だ。