勾玉遊戯:過去編1990-2000


 
 坂の上には神社がある。
 黄泉(よみ)の女神の杜がある。


 祭壇に揺れる焔。
 それは彷徨う魂を導く道標。
 それは想いの残滓を喚ぶ灯。
 揺れる炎は鎮魂の明。
 深紅の桜が咲き乱れ、血飛沫の如く花吹雪舞う、緋赤の社。
 そこは、迷える死者の魂が辿り着く、黄泉の女神を祀る杜。
 ――(すめらぎ)神社。
 祭神の名は、『佐須良(さすら)姫』。
 人の罪を背負い、永遠に死の国を彷徨い歩く、放浪の女神の御名である。
 黄泉の女神を一族の祖とし、黄泉の女神の血脈を継ぐと伝わる『(すめらぎ)』の『(かんなぎ)』は、人の眼に見えぬものを見るという。人の耳には聞こえぬ声を聴くという。
 黄泉と現世の境にありて彼の者は、彼岸を離れた魂に、辿るべき道を示すのだ。
 それが皇の神事である。
 そして皇の(かんなぎ)の務めである。
 (かんなぎ)は、古来よりその不可思議な力を血統に伝える一族より成る。
『皇』を筆頭に、『(こうがい)』、『(|ルビ《あかつき)》』、『(みささぎ)』、『(たちばな)』。
 その名を継ぐ者。
 その血を現代に継ぐ者たち。
 死者の、導きの手――である。

      ☆

 時は四月。
 季節は春。
 境内に狂ったように咲き乱れるのは緋の桜。
 兄妹は、血桜舞い散る境内に立ち、鳥居のむこう、透明な朝の空を見上げていた。
 淡い浅葱色が、静かな水面のように、どこまでも広がっている。
 そのもとにたたずむ少年と少女。
 ふたりは、社の巫だった。
 兄は神主。
 妹は巫女。
 神社の名は、『皇神社』といった。
 春には真紅の桜が咲き乱れ、季節を問わず緋色の花がその境内を彩るがゆえ、神社は『(あけ)の杜』とも呼ばれている。
 それが、兄妹の《《生まれた》》家。
 二人は――いまは揃いの制服に身を包んでいる。柔らかい鶯色の制服だ。ふたりが今日から共に通うこととなる、都内私立高校のそれである。


 境内を、まだ幾許か冷たい――凜とした気配を残して吹き抜けてゆく、春の風。


 彼は、妹が好きだった。
 彼女は、兄に恋をした。
 ――これからはじまる悪夢のような毎日に、一体何時まで耐えたら。
 兄が押し殺す血を吐くような危うい想いを、彼女は知らず。
 ――これから続いてゆく救いのない毎日に、一体どうして耐えたら。
 妹が掻き抱く血の滲むような寂しい絶望を、彼は知らない。
 交わることない平行線。
 ひとつにならない螺旋。
 それでもふたりは歩きだす。


 真紅の桜の舞い散る春から――次の季節へ。
 そこに待つのが、破滅でも。
 そこに在るのが、絶望でも。
 互いの心に禁断の想いを隠してふたりは――歩きだす。

      ☆

『ぼくねえ。……司のことが、とっても好きだよ』
『うーんと……。わたしも、柚真人のこと、大好き』


『それなら僕たち、おおきくなっても、ずっと一緒にいようね』
『ずっと?』
『そう。ずうっと、ずうっと』
『約束?』
『うん。約束』


『約束する。どんなときも、ぼくは司の傍にいる』
『約束する。絶対に柚真人を独りにしない』

      ☆

 その誓い――何時かの記憶は乱れ舞散る深紅の桜の花びらの、その洪水に埋もれている。
 遠い、遠い、約束。深い眠りについた憶い出。
 それはもはや叶わない宣誓。
 それはもはや届かない願い。
 けれど確かにふたりが交わした約束、だった。
 だからこそ。否、それゆえに。
 彼と彼女の運命は。
 ――螺旋を描いて――廻りはじめる――。