06
夜中、司は吐いた。
――あたしは報いを受けるべき。
トイレに屈んで咳き込みながら、思う。目尻に涙が堪ってきた。
――当然だわ……。
流れていく水を眺める視界が滲んでいる。
みぞおちがちくちくと痛んだ。頭の中で、心臓の音がする。
――どうかしてるよ。あたし、どうかしてる。
涙がこぼれ落ちた。
――助けて、柚真人。助けて、誰か……。気持ち悪い……。
――なんで、柚真人でないといけないの? どうしてこんなに……淋しいのよ!?
そう思うと、またきりきりと胃のあたりが痛みを訴えた。
――兄妹なのに。
――あたしたち、兄妹じゃない……。
――どうか、してるでしょう!?
トイレの壁にもたれて息をつく。背中が、ひんやりと冷たかった。
天井を仰ぐと、黄色く濁った電球が見えた。
目を閉じる。
脈絡のない考えが、頭の中に浮かんでは消えた。
幼かった頃の、記憶。それはいまや失われた楽園の記憶。二人が天使だった頃。
柚真人と司は、血のつながった兄妹だ。生まれたときからずっと一緒に育ってきた。
同じ親から、生まれたのだ。
生まれてからずっと一緒に。
――それなのに。
そう思うと、絶望で瞼の裏が赤く染まってゆく――。
赤く――。
真紅に――。
頭の奥がぴりぴりした。
――あ――?
一面の真紅の中に、何かが見え――。
見えた、ように思えた。
――何?
どくん、と心臓が跳ねた。
いけない。
警告。
警鐘。
唐突に、赤の色が濃くなった。止まらない。眼裏に深く鮮やかな緋色がどんどん広がってゆくのを、司は感じた。
鼓動が早くなる。
どくん。どくん。どくん。
違う、と司は思った。
これは、違う。
なんだろう。
急に不安になった。
体が、小刻みに震えだす。
なにかを考えていたわけではない。漠然と過去を憶っただけだ。
だが、司は、脳裏に拡散していった赤色に、本能的な嫌悪を感じた。
不吉な、色だった。これ以上、見つめてはいけない色だった。
天井の電球が瞼を通して見えたのではない。そんな物理的な色でなく、もっと禍々しい、脳の隅からじわりと染み出してくるような色彩だった。
体温が上昇する。
額の裏側がじんとする。
耳の付け根がずきずきする。
何だろう。
嫌いな色だ。
気持ちの悪い色だ。
けれど、司はその色を知っているような気がした。これは、記憶の何処かで整理されずに、強烈に灼きつけられたまま、置き去りにされた何かの断片だ。
まるで、褪せない血の、ように――。
☆
それは最悪の――二月。
――そしてきっと。
バレンタイン・ディは凍えた憶い出になる。
初めての恋が、潰れて消えたバレンタイン。
たくさんのリボン。綺麗なラッピング。両手一杯のチョコレート。
柚真人が抱えている、――たくさんの、たくさんの気持ち。
――お兄ちゃんて、とても綺麗ね。
――みんなが、お兄ちゃんのこと、好きなのね。
そんなことをいったのが、一体何時のことだったのか。
もう、憶い出せない。
――二月。
夜中、司は吐いた。
――あたしは報いを受けるべき。
トイレに屈んで咳き込みながら、思う。目尻に涙が堪ってきた。
――当然だわ……。
流れていく水を眺める視界が滲んでいる。
みぞおちがちくちくと痛んだ。頭の中で、心臓の音がする。
――どうかしてるよ。あたし、どうかしてる。
涙がこぼれ落ちた。
――助けて、柚真人。助けて、誰か……。気持ち悪い……。
――なんで、柚真人でないといけないの? どうしてこんなに……淋しいのよ!?
そう思うと、またきりきりと胃のあたりが痛みを訴えた。
――兄妹なのに。
――あたしたち、兄妹じゃない……。
――どうか、してるでしょう!?
トイレの壁にもたれて息をつく。背中が、ひんやりと冷たかった。
天井を仰ぐと、黄色く濁った電球が見えた。
目を閉じる。
脈絡のない考えが、頭の中に浮かんでは消えた。
幼かった頃の、記憶。それはいまや失われた楽園の記憶。二人が天使だった頃。
柚真人と司は、血のつながった兄妹だ。生まれたときからずっと一緒に育ってきた。
同じ親から、生まれたのだ。
生まれてからずっと一緒に。
――それなのに。
そう思うと、絶望で瞼の裏が赤く染まってゆく――。
赤く――。
真紅に――。
頭の奥がぴりぴりした。
――あ――?
一面の真紅の中に、何かが見え――。
見えた、ように思えた。
――何?
どくん、と心臓が跳ねた。
いけない。
警告。
警鐘。
唐突に、赤の色が濃くなった。止まらない。眼裏に深く鮮やかな緋色がどんどん広がってゆくのを、司は感じた。
鼓動が早くなる。
どくん。どくん。どくん。
違う、と司は思った。
これは、違う。
なんだろう。
急に不安になった。
体が、小刻みに震えだす。
なにかを考えていたわけではない。漠然と過去を憶っただけだ。
だが、司は、脳裏に拡散していった赤色に、本能的な嫌悪を感じた。
不吉な、色だった。これ以上、見つめてはいけない色だった。
天井の電球が瞼を通して見えたのではない。そんな物理的な色でなく、もっと禍々しい、脳の隅からじわりと染み出してくるような色彩だった。
体温が上昇する。
額の裏側がじんとする。
耳の付け根がずきずきする。
何だろう。
嫌いな色だ。
気持ちの悪い色だ。
けれど、司はその色を知っているような気がした。これは、記憶の何処かで整理されずに、強烈に灼きつけられたまま、置き去りにされた何かの断片だ。
まるで、褪せない血の、ように――。
☆
それは最悪の――二月。
――そしてきっと。
バレンタイン・ディは凍えた憶い出になる。
初めての恋が、潰れて消えたバレンタイン。
たくさんのリボン。綺麗なラッピング。両手一杯のチョコレート。
柚真人が抱えている、――たくさんの、たくさんの気持ち。
――お兄ちゃんて、とても綺麗ね。
――みんなが、お兄ちゃんのこと、好きなのね。
そんなことをいったのが、一体何時のことだったのか。
もう、憶い出せない。
――二月。

