04
「で? ――何かね、柚真人君」
昼休みである。
呼び出された飛鳥は、柚真人とともに、校舎の屋上にいた。
「お前一体何考えてる」
手すりに飛鳥を追い詰め、柚真人は幼馴染みを詰問した。
「なにって別に。好きな子と一緒にいたいと思うのは、いけないことじゃないと思うけど」
柚真人がすうっと目を細める。
「好き? 司のことか?」
「そうだよ。他に誰が? ああ、そう怖い顔するなよ。僕だって何も受験強制したわけじゃない。誘ってみただけ。そうしたら司ちゃんが自分でこの学校を受けるって言ってくれたんだからね。文句があれば――彼女に言ったら?」
飛鳥が柚真人を睨み見返す。
「もっとも――」
す、と飛鳥は声を低くして首を反らせ、柚真人の耳元に囁くように告げた。
「柚真人。君に、意見する資格があるなんて僕は認めないけれど。だってそうだろう? 司ちゃんは、君の物じゃあないし」
「……っ」
そうだ。
飛鳥は、柚真人自身の中にある――禁断の真実を、知っている。
それを告白されたのは、高校受験の頃――去年の今頃だったろうか。
それを聞いた飛鳥は、本当に驚いた。はじめは笑って、何の冗談かと問いつめた。
柚真人は、飛鳥が司に少なからず好意を抱いていることを、もう知っていた。だから、そんなに牽制することはないじゃないか、といった。
だが、柚真人の答えは変わらなかった。
――おい、お前それ――まずいんじゃないのか? 本気、なのか?
――本気も本気だ。呆れたろう?
その瞳に宿るのは、氷の零度。冷たい凶気。
飛鳥はその時、寒気を覚えた。この綺麗な少年が本当に真剣であることを、悟らざるを得なかった。
――だって、それじゃまるで――近親――。
飛鳥がためらった言葉の先を柚真人は悪びれもせず継いだ。
――相姦。わかってる。
柚真人は本気だった。
その時から本当に真剣だった。
罪であると自覚しながらそれを持て余し、自分で自分を抑えようともがき、耐えていることが、飛鳥にもわかった。 一蹴することはできなかった。
何故か?
当たり前だ。相手が誰であろうとも、気持ちのかたちに変わり在ろうはずが無い。飛鳥の中にだって、同じ気持ちが存在していた。だからだ。
厄介なことになりそうだ――飛鳥はそう思って本気で覚悟を決めざるをえなかった。柚真人が友人として好きだった。そして敬意を払うべき一族当主でもある。
だがそれでも、譲れないものもあった。
そして――はじまりは曖昧で幼い憧憬、子供のそれに過ぎなかったかもしれない『恋』が、ふたりのなかで成長をはじめた。
柚真人が、そう強いたのだ。
それは、自分でもそれとわからず、彼の焦りや苛立ちが招いた結果だったろう。
だが、――あとにはひけない。
こんなところで負けを認められない。
まして相手は彼女の兄じゃないか。
柚真人の瞳を見返し、飛鳥は唇にだけ無理矢理に笑みを刻んだ。
「どうする柚真人?」
柚真人は、今にも飛鳥を手すりから突き落としかねない気迫で、唇を噛んでいる。肩口をつかむ友人の手に、自然、力がこもるのがわかる。
「どうしろって……どうしろっていうんだおれに!?」
「諦めろ。お前、実の兄だろうがよ」
「――――――――っ」
もうすこしで――柚真人は、友人の顔を殴りつけるところ――だった。
☆
空が、遠い。
午後の授業の開始を告げる、本鈴が聞こえた。
――馬鹿野郎――。
コンクリートに座り込んで、飛鳥は空を見ている。
午後の授業に興味はない。
――なくなった。
あれから柚真人は、飛鳥を突き放すようにして、教室に戻って行った。
クラスの――いや、この学校中の彼を知る生徒があれを見たら、何と言っただろう。
いつも取り澄ました顔で座っている、成績優秀・頭脳明晰・容姿端麗――まるで理想の生徒の生きた標本のような彼が、あんな表情を持っていることは、誰も知らない。
――おれを、突き落とすぐらいのこと、してみせろってんだ。
そうしたら、少しは嫌いになれるかも知れなかった。そうしたら、自分はもっと残酷になれたかもしれなかった。
柚真人に縛られるこの今の状態から、自由になれただろう。
――否、……わかっている。
柚真人という人間は、そんな底の浅い奴じゃない。
見てくれは外面だけじゃない。
彼は真実完璧を具現している。
妹に恋をした――いうなればそれこそが唯一の欠損なのだ。
端麗をとおりこして凶悪でさえあるあの容貌と姿態。彼の本質は、それに見合うもので成り立っている。完全無欠・絶対無敵といわれれば、飛鳥はそれを否定しない。
陰陽清濁を合わせ持ちながら、己を律し、己のみを信じ、何事にも背を向けず――笑顔ひとつで人の陥落させ、視線ひとつで人を捩じ伏せる。
その術の悪辣さまでも熟知しながらそれをやってのけることのできる少年。
高校生とか、神社の息子とか、それ以前にそう言う存在だとしかいいようがない。
もちろん、彼と自分を比較して、己を卑下するつもりは毛頭無い。しかしだからこそ――気は焦る。
他ならぬ自分自身の心が、彼に拘束されているから。
負けるはずの無い勝負。
だが勝てる気がしない勝負なのだ。
「僕を失望させるなよ。……君はどう出る、優等生の柚真人君?」
「で? ――何かね、柚真人君」
昼休みである。
呼び出された飛鳥は、柚真人とともに、校舎の屋上にいた。
「お前一体何考えてる」
手すりに飛鳥を追い詰め、柚真人は幼馴染みを詰問した。
「なにって別に。好きな子と一緒にいたいと思うのは、いけないことじゃないと思うけど」
柚真人がすうっと目を細める。
「好き? 司のことか?」
「そうだよ。他に誰が? ああ、そう怖い顔するなよ。僕だって何も受験強制したわけじゃない。誘ってみただけ。そうしたら司ちゃんが自分でこの学校を受けるって言ってくれたんだからね。文句があれば――彼女に言ったら?」
飛鳥が柚真人を睨み見返す。
「もっとも――」
す、と飛鳥は声を低くして首を反らせ、柚真人の耳元に囁くように告げた。
「柚真人。君に、意見する資格があるなんて僕は認めないけれど。だってそうだろう? 司ちゃんは、君の物じゃあないし」
「……っ」
そうだ。
飛鳥は、柚真人自身の中にある――禁断の真実を、知っている。
それを告白されたのは、高校受験の頃――去年の今頃だったろうか。
それを聞いた飛鳥は、本当に驚いた。はじめは笑って、何の冗談かと問いつめた。
柚真人は、飛鳥が司に少なからず好意を抱いていることを、もう知っていた。だから、そんなに牽制することはないじゃないか、といった。
だが、柚真人の答えは変わらなかった。
――おい、お前それ――まずいんじゃないのか? 本気、なのか?
――本気も本気だ。呆れたろう?
その瞳に宿るのは、氷の零度。冷たい凶気。
飛鳥はその時、寒気を覚えた。この綺麗な少年が本当に真剣であることを、悟らざるを得なかった。
――だって、それじゃまるで――近親――。
飛鳥がためらった言葉の先を柚真人は悪びれもせず継いだ。
――相姦。わかってる。
柚真人は本気だった。
その時から本当に真剣だった。
罪であると自覚しながらそれを持て余し、自分で自分を抑えようともがき、耐えていることが、飛鳥にもわかった。 一蹴することはできなかった。
何故か?
当たり前だ。相手が誰であろうとも、気持ちのかたちに変わり在ろうはずが無い。飛鳥の中にだって、同じ気持ちが存在していた。だからだ。
厄介なことになりそうだ――飛鳥はそう思って本気で覚悟を決めざるをえなかった。柚真人が友人として好きだった。そして敬意を払うべき一族当主でもある。
だがそれでも、譲れないものもあった。
そして――はじまりは曖昧で幼い憧憬、子供のそれに過ぎなかったかもしれない『恋』が、ふたりのなかで成長をはじめた。
柚真人が、そう強いたのだ。
それは、自分でもそれとわからず、彼の焦りや苛立ちが招いた結果だったろう。
だが、――あとにはひけない。
こんなところで負けを認められない。
まして相手は彼女の兄じゃないか。
柚真人の瞳を見返し、飛鳥は唇にだけ無理矢理に笑みを刻んだ。
「どうする柚真人?」
柚真人は、今にも飛鳥を手すりから突き落としかねない気迫で、唇を噛んでいる。肩口をつかむ友人の手に、自然、力がこもるのがわかる。
「どうしろって……どうしろっていうんだおれに!?」
「諦めろ。お前、実の兄だろうがよ」
「――――――――っ」
もうすこしで――柚真人は、友人の顔を殴りつけるところ――だった。
☆
空が、遠い。
午後の授業の開始を告げる、本鈴が聞こえた。
――馬鹿野郎――。
コンクリートに座り込んで、飛鳥は空を見ている。
午後の授業に興味はない。
――なくなった。
あれから柚真人は、飛鳥を突き放すようにして、教室に戻って行った。
クラスの――いや、この学校中の彼を知る生徒があれを見たら、何と言っただろう。
いつも取り澄ました顔で座っている、成績優秀・頭脳明晰・容姿端麗――まるで理想の生徒の生きた標本のような彼が、あんな表情を持っていることは、誰も知らない。
――おれを、突き落とすぐらいのこと、してみせろってんだ。
そうしたら、少しは嫌いになれるかも知れなかった。そうしたら、自分はもっと残酷になれたかもしれなかった。
柚真人に縛られるこの今の状態から、自由になれただろう。
――否、……わかっている。
柚真人という人間は、そんな底の浅い奴じゃない。
見てくれは外面だけじゃない。
彼は真実完璧を具現している。
妹に恋をした――いうなればそれこそが唯一の欠損なのだ。
端麗をとおりこして凶悪でさえあるあの容貌と姿態。彼の本質は、それに見合うもので成り立っている。完全無欠・絶対無敵といわれれば、飛鳥はそれを否定しない。
陰陽清濁を合わせ持ちながら、己を律し、己のみを信じ、何事にも背を向けず――笑顔ひとつで人の陥落させ、視線ひとつで人を捩じ伏せる。
その術の悪辣さまでも熟知しながらそれをやってのけることのできる少年。
高校生とか、神社の息子とか、それ以前にそう言う存在だとしかいいようがない。
もちろん、彼と自分を比較して、己を卑下するつもりは毛頭無い。しかしだからこそ――気は焦る。
他ならぬ自分自身の心が、彼に拘束されているから。
負けるはずの無い勝負。
だが勝てる気がしない勝負なのだ。
「僕を失望させるなよ。……君はどう出る、優等生の柚真人君?」

