勾玉遊戯:過去編1990-2000

03
 

 
 それから二日後の合格発表の日は、湿った雪ががりがりに凍ってしまっていた。雪がやんだ後、天気が回復し、夜には晴れて放射冷却現象が起きたためだ。
 その日の天気も――良かった。気温は低かったが空は遠く澄んでおり、気持ちがよかった。

      ☆

 合格発表は、学校の体育館で結果の入った封筒を受験者に手渡しする方法で行われる、とのことだった。
 司は、通っている中学校でも同じ受験校を選んだ生徒がいなかったので、ひとりだった。体育館に入ると、沢山の生徒がいた。友達と抱き合っている者、親と喜んでいる者、うなだれている者、それぞれだ。
 受験票を手に、結果を配布している机に向かった。何人かの学校関係社らしき人が、机の無効にいて、ダンボール箱から封筒を手渡している。
 そのときである――。


「司――!?」


 呼ばれたような気がして、司は振り返った。
 そして、そこに、めずらしく心底驚いたような顔をして司の方を注視している――自分の兄の姿を見出だした。
 柚真人の隣には、小柄な少女。
 緩やかな曲線を描く柔らかな髪が、肩のあたりでふわりと流れて、彼女も振り返る。柚真人の腕を取って――。
 ほわり、とやわらかく微笑む。
 その、有名私立女子中学校の可憐な制服に身を包む、絵に描いた天使のような美少女こそが――暁緋月、だ。
 彼女は司を認めると、丸く目を瞠って、ちょこちょこと手を振った。
 絵に描いたように可愛らしいしぐさである。
「お前――どうして――ここにいるんだ?」
「まあ――。まあ、司。なんてことでしょう。驚きましたわあ」
 ふたりが驚きの表情を隠そうとしないので、なんだか居所ない疎外感を感じて――しまう。
「あ――あの」
「お前、受験て――うちの学校だったのか?」
 なんでだろう。
 司は困惑した。
 何か、小さい頃に悪いことをして叱られたときのような、そんな気持ちになった。柚真人が、司に向けたまさざしが、どこかで司を責めているように感じた。
 それは、気のせいだったろうか。
「……なんだよ」
 柚真人はそういって、前髪を掻き上げた。
「なんでそういうことを内緒にする? ……まったく」
「あの――ゆ――兄貴――」
「それでか。ってか、このバカ。なおさら何で内緒にする必要があるんだよ?」
「まあまあ柚真人さま。で、結果はどうでしたの?」
 にこにこして、緋月が言った。
「え……っと。まだ、なんだけど」
「じゃあ、はやくいってらっしゃいよ」
 緋月に急かされたので、とりあえず司は封筒を取りに向かった。

      ☆

「はい。皇司さん。受験番号六六七番」
 そういって手渡されたクラフト封筒は、わずかに重みがあって、司は合格したことを知ることができた。
 安堵、した。
 それでも一応中身を確認して、その場を離れた。
「どうでした?」
「うん。一応その……うん」
「あら!」
 緋月は満面に笑みを浮かべて、司の手を取った。ぶんぶん、と勢い良く司の手を振り回す。
「おめでとうございます。よかったわね」
「ひ、緋月ちゃん――。あのね、わたし――」
「じゃあ、春から四人一緒ですのねえ。嬉しいわあ。楽しみですわねえ」
 司は応えて何となく笑った。緋月も、合格したのだということが知れる。
 緋月の嬉しそうな顔には、屈託がない。文句なく可愛くて、正直で、何だかわからないわだかまりを抱えている司は、わけもなく自分が嫌になった。
 緋月は――喜んでくれている。
 本当に。
 否、自分だって――嬉しいはず。
「ねえ。制服、早く見てみたいですわ。司、背が少し高くて、涼やかで、かっこいいですものね。きっと似合うわ」
「……そんなことない、よ」
「あら。わたくしと並んで歩けば間違いなくお似合いよ」
 胸を反らして緋月が言った。
「ねえ? 柚真人さま」
「……まあ、そうだろうね。……君はちっちゃいし。司は背高さんだしね」
「柚真兄……」
 どうして、緋月が――自分のことを嫌がるのではないかと思ってしまったのだろう。
「……飛鳥だな?」
柚真人が言った。
 司は小さく首を縦にふった。
 なぜだか、兄の目が鋭いような気がする。
「それで、うちの学校――受験ることにしたのか……」
「あのね、あの……」
「まったくあいつときたら」
 そうじゃない――といいそうになった。
 だが――いや、柚真人の言葉に間違いはなかった。飛鳥がそういってくれたから、受験を決めた。
 そのはずだ。
「飛鳥さんて、司のこと、大好きですものね」
「飛鳥くんはみんなのことが好きなのよ。みんな一緒がいいって、いうんだもの……」
「まあ! 私もそう思いますわよ。嬉しいわ、司。でも、とにかく合格、おめでとうございます。ねえ、柚真人さま?」
「ああ――うん。合格、おめでとう」
「うん……」
 けれどそういう柚真人のまなざしは。
 笑ってはいない――少なくとも、司にはそう思えた。
 形の良いその唇は、柔らかな笑みを刻んでいる。
 だが、司を見る瞳の色が、酷く冷たくはないか。
 ――怖い、瞳……。
 そんな言葉が相応しかった。
 周りのざわめきがすうっと遠くなる。鼓動が早くなる。
 ――怖い? ……柚真人が?
 司はふいに自分の脳裏をよぎったその感覚に戸惑った。
 触れると、斬られてしまいそうな、薄い刃のようなまなざし。
 血が、滲みそう。
 ――なぜ? 怖い? 
 そんなはずは、ない。
 触れることが、怖いのだろうか。
 斬られることが、怖いのだろうか。
 ――おかしい。
 イヤな感じだ。胸が、ざわざわする。
 柚真人は、笑っているのに。
 綺麗な笑顔。
 ほころぶ花のような艶やかな笑顔。
 なのに……。


 司は、軽く首を振って、断続的な思考を遮断した。
 何か、とりとめもなくおかしなことを考えていると思った。まるで、白昼の夢でも見るかのように。
 司は混乱した。
「ねえ、司?」
 緋月が柚真人の傍らで、小首を傾げる。
「同じクラスになれるかしら?」
「うん。……だと、いいよ、ね」
 微笑む口許に、何故か力が――入らなかった――。