ステラがエルフの集落で怒りに我を忘れ、
獣人の姿を現して森へ追い立てられてから、およそ半月が経った頃
商人バルドは、メルフィアの商業ギルド本部へと呼び出されていた
商業ギルド本部が王都ではなく
このメルフィアに置かれているのには理由がある
王都ソラディアには王宮をはじめとする
国の主要施設や機関が集中しているが、商業だけは別だった
メルフィアは魔の森に最も近い人間の都市
森から産出される希少な素材や魔石が最初に集まり
森へ向かう者も、森から戻る者も、この都市を経由する
だからこそ世界最大の商業都市となり
商業ギルド本部もここに置かれているのである
その反面、魔物の脅威にも最も近い
首都ソラディアを上回る高さと厚さを誇る城壁は
その危険を物語っていた
そんな都市の中心にある商業ギルド本部
朝から、広い会議室にはひどく重苦しい空気が漂っていた
ステラがエルフの集落で怒りに我を忘れ
獣人の姿を現して森へ追い立てられてから、およそ半月が経った頃
商人バルドは、メルフィアの商業ギルド本部へと呼び出されていた
王都ソラディアには王宮をはじめとする
国の主要施設や機関が集中しているが
商業ギルドに関してだけは
ここメルフィアにその本部が置かれている
メルフィアは、首都ソラディアよりもはるかに高く
そして分厚く頑丈な城壁で囲まれている
それはひとえに、魔物から都市と富を守るため
裏を返せば、それだけの危険が日常的に存在するということだ
そう、都市メルフィアは
人間の住む街の中で『魔の森』に一番近い都市なのである
森から産出される希少な素材や魔石が一番最初に集まるこの場所こそが
メルフィアを世界一の商業都市たらしめているのだった
朝から、広い会議室にはひどく重苦しい空気が漂っていた
部屋の中央。そこに、太い腕を組み
仁王立ちしている一人のドワーフがいる
白髪交じりの無骨な髭
岩のように頑固そうな顔つき
そして、ギルドの重役たちを前にしても一切ひるまない不遜な態度
偏屈で知られる商人、バルドだった
対する長机の向こうには
ギルド長をはじめとする数人の役員がズラリと並んでいる
誰一人として笑っていない
「……確認する」
重苦しい沈黙を破り、ギルド長が静かに口を開いた
「お前の元にいた見習いのステラ
あれは、獣人と人間の混血
……間違いないな」
バルドは、忌々しそうに鼻を鳴らした
「そうだ」
部屋の空気が、さらに一段階、重く沈み込む
「貴様は知っていたな」
「知っていた」
「いつからだ」
「拾った、最初からだ」
「…………」
堂々たる肯定に、役員たちが困惑したように顔を見合わせた
「ギルドの規約では、迫害対象である獣人
あるいはその血を引く者を従業員として雇う場合
厳密な届け出が必要となる」
「知ってる」
「だが、お前は届け出をしていない」
「してねえ」
「……理由は」
バルドは、いかにも面倒くさそうに肩をすくめた
「届け出なんかしたら、ギルドが雇わせねえだろ」
身も蓋もない正論に、誰も返す言葉がない
やがて、しびれを切らした別の役員が、バンッと机を叩いて身を乗り出した
「明らかな規則違反だぞ!」
「分かってる」
「ギルドに対し、偽証もしている!」
「そうだ」
「反省しているのか!」
「してる」
あまりにもあっさりとすべての罪を認め
微塵も言い訳をしようとしないバルドの態度に
逆に追及していた役員たちが調子を狂わされてしまう
「……では何故だ」
静かに、しかし深い疑問を込めてギルド長が聞いた
「何故、嘘をついてまで、あのような者を雇った」
バルドは腕を組んだまま、少しだけ会議室の天井を見上げた
白髪交じりの髭を撫で、やがて短く、ぽつりと答えた
「腹ぁ、減ってた」
「……え?」
「冷たい雨ん中でな」
「……」
「ガキが一人、路地裏で、死にそうな顔して座ってた」
部屋が静まり返る。
「だから拾った……それだけだ」
役員の一人が、呆れたように思わず口を挟んだ
「それだけの理由で、わざわざ泥を被ってまで匿ったというのか?
たかが獣人のために?」
「十分だろ」
バルドは、今日一番の不機嫌そうな顔で
眉を深くしかめてその役員を睨みつけた
「腹空かせて死にかけてたんだ
……獣人だろうがなんだろうが、ガキはガキだろうが」
その凄みのある一言に、多くの役員がたじろいだ
沈黙が降りた後、やがてギルド長が
呆れと、どこか深い理解の混じった長いため息をつく
「お前らしい
……だから、お前は損ばかりする」
長年の付き合いがあるギルド長には
この不器用で偏屈なドワーフの隠れた本質が分かっていた
「だが、……規則は規則だ」
バルドは何も言わず、ただ黙って頷いた
「四か月の営業停止
さらに、所有する荷馬車一台の没収と
罰金銀貨五十枚……以上だ」
その処分内容に、役員の一人が慌てて立ち上がった。
「ギルド長! それでは処罰が重すぎます!
バルドは長年ギルドに貢献してきた男です、そこまでしなくても――」
だが、ギルド長は静かに首を振った
「これでも、十分に軽いのだ
……規則を厳格に適用すれば
本来なら資格停止まで視野に入る案件だ」
その重い言葉に、会議室が再び水を打ったように静まり返る。
ギルド長は、まっすぐにバルドの目を見た。
「……この処分に、異議は」
「ねえ」
バルドは深く頭を下げた
「……受ける」
会議が終わる。
バルドは何も言わず、自分の商館へ戻るための荷物をまとめ始めた
その無骨な背中へ、同席していた若い役員が
やりきれない様子で声を掛ける
「親方……」
「……」
「どうして、あそこでもう少し言い訳しなかったんですか
せめて騙されていたとでも言えば、罰金だけで済んだかもしれないのに」
若い役員は拳を握っていた
バルドは、鼻でふんと笑った
荷物を肩に担ぎ、振り向かずに歩き出す
「今さら往生際悪く言い訳してどうする
……ドワーフの男がすたるわ」
自分の商館へと戻る。
いつもなら、門をくぐった瞬間に
「親方! お帰りなさい!」という、少し甲高い声が聞こえてくる
重い荷物をひょいと持ち上げ、小走りで駆けてくる姿がある
だが、今日は静かだった
荷車も止まったままで、きれいに掃き清められていたはずの庭には
うっすらと落ち葉が積もり始めている
バルドは、静まり返った商館の入り口で
無意識のうちに大声で叫んでしまっていた
「おいステラ! 荷物を受け取れ!」
……
返事はない
当然だった。もう、あいつはいないのだから
「……ちっ」
自身の無意識の行動に舌打ちをして
誰もいない薄暗い倉庫へ入る
棚を、綺麗に積まれた積み荷を、丁寧に巻かれたロープを見る
どれもこれも、ステラが毎日まめまめしく手入れしたものばかりだった
「まったく」
バルドは大きなため息をつき、ドスリと木箱の上に腰を下ろした。
「最後まで……世話ぁ焼かせるガキだ」
そう憎まれ口を吐き捨てながら
バルドは棚から昼飯用の木皿を取り出した。
「あ…… 」
木皿を持った手を止める
一枚でいいはずなのに
長年の癖で、無意識のうちに、二枚の皿を出してしまう
バルドは、手元にあるその『余分な一枚の皿』を
しばらくの間、じっと見つめていた
やがて、無言でその一枚を棚の奥へと戻す
「……どこかで生きてりゃ」
太い指で目頭を乱暴にこすり小さく呟く
それから、はーっと深くため息をついた
「そんなわけねえか」
そう呟いて、冷めたスープを一人で口に運ぶ
その頃、バルドがもう二度と聞けないと思っていた少女の笑い声は
遥か魔の森の奥で今日も響いていた
「ショウゴサマ! チグササマ! 今日もご飯が美味しいです!」
その笑顔を
不器用で、偏屈で、そして誰よりも優しい
ドワーフの親方は、まだ知らない
獣人の姿を現して森へ追い立てられてから、およそ半月が経った頃
商人バルドは、メルフィアの商業ギルド本部へと呼び出されていた
商業ギルド本部が王都ではなく
このメルフィアに置かれているのには理由がある
王都ソラディアには王宮をはじめとする
国の主要施設や機関が集中しているが、商業だけは別だった
メルフィアは魔の森に最も近い人間の都市
森から産出される希少な素材や魔石が最初に集まり
森へ向かう者も、森から戻る者も、この都市を経由する
だからこそ世界最大の商業都市となり
商業ギルド本部もここに置かれているのである
その反面、魔物の脅威にも最も近い
首都ソラディアを上回る高さと厚さを誇る城壁は
その危険を物語っていた
そんな都市の中心にある商業ギルド本部
朝から、広い会議室にはひどく重苦しい空気が漂っていた
ステラがエルフの集落で怒りに我を忘れ
獣人の姿を現して森へ追い立てられてから、およそ半月が経った頃
商人バルドは、メルフィアの商業ギルド本部へと呼び出されていた
王都ソラディアには王宮をはじめとする
国の主要施設や機関が集中しているが
商業ギルドに関してだけは
ここメルフィアにその本部が置かれている
メルフィアは、首都ソラディアよりもはるかに高く
そして分厚く頑丈な城壁で囲まれている
それはひとえに、魔物から都市と富を守るため
裏を返せば、それだけの危険が日常的に存在するということだ
そう、都市メルフィアは
人間の住む街の中で『魔の森』に一番近い都市なのである
森から産出される希少な素材や魔石が一番最初に集まるこの場所こそが
メルフィアを世界一の商業都市たらしめているのだった
朝から、広い会議室にはひどく重苦しい空気が漂っていた
部屋の中央。そこに、太い腕を組み
仁王立ちしている一人のドワーフがいる
白髪交じりの無骨な髭
岩のように頑固そうな顔つき
そして、ギルドの重役たちを前にしても一切ひるまない不遜な態度
偏屈で知られる商人、バルドだった
対する長机の向こうには
ギルド長をはじめとする数人の役員がズラリと並んでいる
誰一人として笑っていない
「……確認する」
重苦しい沈黙を破り、ギルド長が静かに口を開いた
「お前の元にいた見習いのステラ
あれは、獣人と人間の混血
……間違いないな」
バルドは、忌々しそうに鼻を鳴らした
「そうだ」
部屋の空気が、さらに一段階、重く沈み込む
「貴様は知っていたな」
「知っていた」
「いつからだ」
「拾った、最初からだ」
「…………」
堂々たる肯定に、役員たちが困惑したように顔を見合わせた
「ギルドの規約では、迫害対象である獣人
あるいはその血を引く者を従業員として雇う場合
厳密な届け出が必要となる」
「知ってる」
「だが、お前は届け出をしていない」
「してねえ」
「……理由は」
バルドは、いかにも面倒くさそうに肩をすくめた
「届け出なんかしたら、ギルドが雇わせねえだろ」
身も蓋もない正論に、誰も返す言葉がない
やがて、しびれを切らした別の役員が、バンッと机を叩いて身を乗り出した
「明らかな規則違反だぞ!」
「分かってる」
「ギルドに対し、偽証もしている!」
「そうだ」
「反省しているのか!」
「してる」
あまりにもあっさりとすべての罪を認め
微塵も言い訳をしようとしないバルドの態度に
逆に追及していた役員たちが調子を狂わされてしまう
「……では何故だ」
静かに、しかし深い疑問を込めてギルド長が聞いた
「何故、嘘をついてまで、あのような者を雇った」
バルドは腕を組んだまま、少しだけ会議室の天井を見上げた
白髪交じりの髭を撫で、やがて短く、ぽつりと答えた
「腹ぁ、減ってた」
「……え?」
「冷たい雨ん中でな」
「……」
「ガキが一人、路地裏で、死にそうな顔して座ってた」
部屋が静まり返る。
「だから拾った……それだけだ」
役員の一人が、呆れたように思わず口を挟んだ
「それだけの理由で、わざわざ泥を被ってまで匿ったというのか?
たかが獣人のために?」
「十分だろ」
バルドは、今日一番の不機嫌そうな顔で
眉を深くしかめてその役員を睨みつけた
「腹空かせて死にかけてたんだ
……獣人だろうがなんだろうが、ガキはガキだろうが」
その凄みのある一言に、多くの役員がたじろいだ
沈黙が降りた後、やがてギルド長が
呆れと、どこか深い理解の混じった長いため息をつく
「お前らしい
……だから、お前は損ばかりする」
長年の付き合いがあるギルド長には
この不器用で偏屈なドワーフの隠れた本質が分かっていた
「だが、……規則は規則だ」
バルドは何も言わず、ただ黙って頷いた
「四か月の営業停止
さらに、所有する荷馬車一台の没収と
罰金銀貨五十枚……以上だ」
その処分内容に、役員の一人が慌てて立ち上がった。
「ギルド長! それでは処罰が重すぎます!
バルドは長年ギルドに貢献してきた男です、そこまでしなくても――」
だが、ギルド長は静かに首を振った
「これでも、十分に軽いのだ
……規則を厳格に適用すれば
本来なら資格停止まで視野に入る案件だ」
その重い言葉に、会議室が再び水を打ったように静まり返る。
ギルド長は、まっすぐにバルドの目を見た。
「……この処分に、異議は」
「ねえ」
バルドは深く頭を下げた
「……受ける」
会議が終わる。
バルドは何も言わず、自分の商館へ戻るための荷物をまとめ始めた
その無骨な背中へ、同席していた若い役員が
やりきれない様子で声を掛ける
「親方……」
「……」
「どうして、あそこでもう少し言い訳しなかったんですか
せめて騙されていたとでも言えば、罰金だけで済んだかもしれないのに」
若い役員は拳を握っていた
バルドは、鼻でふんと笑った
荷物を肩に担ぎ、振り向かずに歩き出す
「今さら往生際悪く言い訳してどうする
……ドワーフの男がすたるわ」
自分の商館へと戻る。
いつもなら、門をくぐった瞬間に
「親方! お帰りなさい!」という、少し甲高い声が聞こえてくる
重い荷物をひょいと持ち上げ、小走りで駆けてくる姿がある
だが、今日は静かだった
荷車も止まったままで、きれいに掃き清められていたはずの庭には
うっすらと落ち葉が積もり始めている
バルドは、静まり返った商館の入り口で
無意識のうちに大声で叫んでしまっていた
「おいステラ! 荷物を受け取れ!」
……
返事はない
当然だった。もう、あいつはいないのだから
「……ちっ」
自身の無意識の行動に舌打ちをして
誰もいない薄暗い倉庫へ入る
棚を、綺麗に積まれた積み荷を、丁寧に巻かれたロープを見る
どれもこれも、ステラが毎日まめまめしく手入れしたものばかりだった
「まったく」
バルドは大きなため息をつき、ドスリと木箱の上に腰を下ろした。
「最後まで……世話ぁ焼かせるガキだ」
そう憎まれ口を吐き捨てながら
バルドは棚から昼飯用の木皿を取り出した。
「あ…… 」
木皿を持った手を止める
一枚でいいはずなのに
長年の癖で、無意識のうちに、二枚の皿を出してしまう
バルドは、手元にあるその『余分な一枚の皿』を
しばらくの間、じっと見つめていた
やがて、無言でその一枚を棚の奥へと戻す
「……どこかで生きてりゃ」
太い指で目頭を乱暴にこすり小さく呟く
それから、はーっと深くため息をついた
「そんなわけねえか」
そう呟いて、冷めたスープを一人で口に運ぶ
その頃、バルドがもう二度と聞けないと思っていた少女の笑い声は
遥か魔の森の奥で今日も響いていた
「ショウゴサマ! チグササマ! 今日もご飯が美味しいです!」
その笑顔を
不器用で、偏屈で、そして誰よりも優しい
ドワーフの親方は、まだ知らない
