とある大正新婚夫婦の異世界転移サバイバル!日記 〜動植物学者の父に鍛えられたマイペース妻の知識がチートすぎて、未知の魔境を無双でまったり開拓していきます〜

夕餉の時間になっても、少女は目を覚まさなかった
祥吾と千草は、寝室に膳を運んで食べた
神爺も一人ではさみしいと一緒についてきた
晩酌はお預けである

3人が並んで食べながら、寝ている少女を眺めるという
変な絵ずらになっていた

「そういえば、神爺はなぜこの子に掴まれていたんだ?」
そう言ってから祥吾は、こちらをじっと見ている千草に気が付いて
あわてて言い直す
「どうしてきな子に掴まれてたんだ?」
とたんににっこりする千草

「ふん、尻に敷かれおってからに」
祥吾のせいでアズキから落とされ
おまけに晩酌もなしになって
神爺はご機嫌斜めである
「わかった、あとで酒は飲ませてやる」
「本当か?」
「ただし、冷だぞ」
「飲めれば何でも構わん」
途端に機嫌を直す神爺

「それでどうなんだ?」
「わしが、風を操りながらゆっくり降りて行った先が
 あの大木だったのじゃが
 あの穴から、あの子が顔を出して
 こちらを見ていての」
神爺は言いながら、きな子を見た
「はじめは不思議そうに見ていたんじゃが
 途中から、嬉しそうな顔になって
 こちらに手を伸ばして来るもんじゃから
 つい、近づいたら」
「近づいたら?」
「いやあ、急に掴まれて頬ずりしてきての
 そのまま嬉しそうに笑って気を失ったのじゃ」
「嬉しそうに? 気を失った?
 眠ったのではないのか?」
祥吾は驚いて問い返した

「うむ、どうもわしを、天使か妖精と思ったらしい」
「天使? 妖精? 」
祥吾は、神爺の妄言を笑おうとしたが
その顔が真剣なものに変わっているのに気付いてやめた
「どうした?」
「今、わしが天使とか妖精と言ったのは
 わしの妄言ではない
 その子が実際に、そう言ったのじゃ」
「きな子が?」
神爺は言い淀む
「……実際にそう言ったかはわからぬが
 その子の心に像が描かれておったのじゃ」
「神爺は、人の心が読めるのか!?」
祥吾は驚いて神爺を見た

その背後で、ガシャンと何かが割れる音がして振り返る
千草の手からお茶碗が落ちて割れていた
体が強ばり、その顔からは、血の気が引いている
「千草、大丈夫か!」
だが、千草は、祥吾の声が耳に入っていないようだった
神爺をじっと見つめている
「大丈夫じゃ、奥方
 わしもそこまで万能ではない
 普通は、そこまで読めはせん」
神爺は、安心させるように言った

千草の強ばりが緩んだ
顔に血の気が戻ってくる

祥吾は、ほっとして神爺に向き直った
「では、何故きな子の心が読めた」
神爺は言うことをまとめるように、少し黙ってから言った
「……たぶんじゃが
 あの子の持つ不可思議な力ではないかと思う」
「不可思議な力?」
「まあ、わしの力の一部のようなものじゃ
 この子は、意識的か無意識は分からぬが
 自分の思っていることを相手に伝えることができるのではないかと思う
 その後も意識を飛ばしてきた――」
神爺は少し言いよどみ、痛ましそうにきな子を見る
「母親とおぼしき女人に嬉しそうに抱きつき、天に昇っていく姿をな」
「そんな……」
千草もまた、きな子を見た
その目には、怒り、悲しみそしてわずかに恐れ
祥吾には、それらが混じっているような気がした

その時、きな子が身じろぎした
はっとして、千草が布団に近づくと、きな子の目がゆっくりと開いた
その目は、焦点が定まらないのか、しばらくさまよっていたが
徐々に焦点が定まり、千草の顔を見た
千草は優しく手を伸ばし、きな子に触れようとした
とたんに、きな子が身をよじり、体を起こすと
両手で頭をかばうようにして、ふとんの上にうずくまった

「××××××! ×××××!」
祥吾たちには分からない言葉がきな子から発せられる
だが、その格好と声の調子から、何を言っているのかは
容易に察せられた
「神爺?」
確認するように祥吾が尋ね、神爺が頷く

千草は、その様子を見たとたん
飛びつくようにきな子に覆い被さり抱きしめた

「……大丈夫だから、……大丈夫だから」

きな子にかける、その声は、しかし、大きく震え途切れ途切れのものだった

神爺が聞こえないようにつぶやく
「似たもの同士ということか、つらいのう」
そして、祥吾をちらっと見た

祥吾は、最初二人の様子に驚いていたが、千草の声にはっとして
二人に近づき、千草の頭を優しく撫でた
千草が驚いて顔を上げ祥吾を見る
優しく笑った祥吾は
「大丈夫だ」
大きく頷いた
そして、きな子の背中を何度も優しく撫で
同じように
「大丈夫」
と何度も低い声で繰り返した

やがて、きな子の声は止み、
おずおずと頭を上げた
怯えた顔で千草と祥吾を見る
だが、二人が微笑んでいるのを見て
不思議そうな表情へと変わった

「××××××××? ×××××××××?」
何かを問いかけてくるが、祥吾も千草も分からない
どうしようかと戸惑う二人の耳に、ググーッという音が響いた
きな子を見ると顔を真っ赤にしている

祥吾は笑って立ち上がった
「おかゆを作ってこよう」
「それでは私が――」
立ち上がろうとする千草を手で制し祥吾は言った
「いや、千草がそばにいたほうがいいだろう」

きな子は祥吾が作ったおかゆを食べると、眠そうにあくびをした
「ふむ、今は何も発せられておらんのう
 常に出せる力ではないのかのう」
神爺が不用意にきな子に近づく
「×××××!」
きな子は嬉しそうに神爺をつかむと、胸に抱き寄せた
「こ、こら、何をする! は、離せ」
「いいじゃないか。また、天使に間違えられたんだろう
 そのまま一緒に寝てやればいいじゃないか」
「なんじゃと、人ごとだと思いおって」
「人ごとだからな」

言い合っている二人に、膳をかたづけていた千草がいった
「旦那様は、お風呂に入って下さい
 その間にお布団を敷いておきます」
「わかった、川の字で寝るなんて思いもしなかったな」
「いえ、私はきな子と一緒に寝ようと思います」
「えっ?」
何故か足取りが軽くなっていた祥吾の動きが止まった
「きな子といっしょ?」
「はい、恐ろしい夢を見て夜中に起きるかもしれませんので」
「そ、そうか そうだな」
やむなく答える祥吾の目に、きな子の胸でにやにやしている神爺の姿が見えた

「両手に花じゃ。羨ましいじゃろう」

(う、羨ましくなどない、ないぞ うう……)
心の中で血の涙を流す祥吾だった