上空からの偵察は続く
残りの三方についても
森の先には大地が続き、
人が生活している証拠となる
道、城壁、砦などを視認できた
地形や自然環境、建物については、それぞれに違いがあり
おそらく、違った文化が育まれているのではないかと思われた
「旦那様!」
千草の目が、はやくボールを投げてくれといわんばかりの
子犬の目になっているのに気づいて、大きくため息をつく
「だめだ、今日は上空偵察だけだ」
千草から顔をそらしながらきっぱりと言う
今、千草の顔はものすごくしょんぼりしているだろう
そんな顔は見たくない
つくづく俺は千草に甘いなと思う祥吾だった
「そうじゃ、そろそろ帰ろうではないか」
手元で、神爺が祥吾に賛同する
「わし、今日すごくがんばったじゃろう」
「頑張ったのはアズキだろ」
「わしが、おぬしの指示を、正確にアズキに伝えたればこそ
うまくいったのだぞ」
「わかったわかった」
自慢げに言う神爺に苦笑いを返す
「それでじゃな
これだけがんばったわしに、褒美の一つも…… な」
「褒美?」
「うむ、前のように晩酌をつけてくれぬかのう」
晩酌という言葉に、千草がピクッと反応する
「ばんしゃく~う」
異様な声に千草を見ると、両手で頭を抱えている
「ど、どうした、千草!」
「この前みた悪夢を思い出したのです
私がお酒に酔ってしまって
あろうことか、あろうことか
あああ……」
「落ち着け千草、夢だ、夢なんだ」
取り乱す千草をなだめるために、抱きかかえようと
手を伸ばす祥吾
「えっ?」
不意にすぐそばで間の抜けた声がした
声の主を見ると神爺だった
「えっ?」
祥吾も同じく間の抜けた声を出す
神爺は祥吾のすぐ先にいた
戸板のない空間に
一瞬顔を見合わす二人
刹那、神爺の姿が消える
声もまた
「えええええ……」
千草に伸ばした手は神爺をつかんでいた手だった
今度は千草と二人で顔を見合わす
千草に声をかけようとした瞬間だった
「――ッ!」
声になる前の叫びは、突如として消失した体の重さによって喉の奥に張り付いた。
世界が、上下を失った
祥吾の体がアズキの巨大な足の平から戸板ごと浮く
「きゃっ!」
千草が小さく悲鳴をあげる
アズキが急降下し始めたのだ
祥吾も千草も、そして戸板も
前方へ押し出された
普通なら、そのまま空中へ放り出されてもおかしくなかった
だが、アズキは前方に爪を出し、それを防いだ
その爪の隙間から眼下の景色が凄まじい速度で拡大し迫ってくる
それでも祥吾は恐怖を覚えなかった
千草を見る
不敵な笑みで見返してくる
貞淑な妻の顔ではなく
学者(?)としての矜持を持った者の顔
それを複雑な思いで見ながら祥吾は言った
「降りたら神爺を探すぞ」
「はいっ」
大地に降り立つときも
アズキは祥吾たちへの衝撃が弱まるよう
速度を落とした
そのせいで周りは、羽根の風圧で木々が倒れ
惨憺たる状況になっていた
祥吾は自分の方に首を下ろしてきたアズキの頭を
軽く撫でて言った
「ありがとう
助かったよ」
アズキは嬉しそうにグルルと喉を鳴らした
千草は、アズキに頬を寄せ優しく首を撫でてやっていた
「さて、神爺はどこに落ちたのか
アズキ、分かるか?」
アズキは首を上げ辺りを見回す
しばらく巡らせていた首が、ピタリと止まった
そのまま、その方向に歩き出す
倒れた木々も、倒れていない木々もお構いなく
蹂躙していく
改めて、アズキは理不尽なほどの強者であることを思い出させる
アズキの動きが止まる
後を追っていた、祥吾と千草は
アズキが止まった前方に、巨大な大木があるのを見た
その根元に小さな穴が空いていた
そこから、声が聞こえる
覗いてみると、神爺がいた
しかし、そこにいたのは神爺だけでなかった
「これは……」
「まあ、かわいらしい」
二人の反応は違っていた
祥吾は、驚きと共に厄介ごとの予感を感じていた
千草は、純粋な驚きと少しの怒りを滲ませていた
そこにいたのは、神爺を両手で掴み頬を寄せて
幸せそうな顔をして眠っている少女だった
10歳前後だろうか、幼いその顔は、
驚くほど整っていたが、まだ美しさよりかわいさが上回っていた
ただ、その顔も、そして、肌が露出した部分も数知れない傷や痣があった
しかも、その年の子どもの愛らしさにありがちなふくよかさはなく
骨と皮だけといってもいいほどで、痛ましさを感じさせた
先に動いたのは千草だった
少女に近づくと彼女を穴から出した
「助かったぞ奥方
この子につかまって
離してくれんのじゃ」
神爺がぶつぶつ文句を言っていたが
千草は聞いていなかった
少女の顔をタオルで拭き
顔や腕についた傷や痣を指で撫でた
千草は優しい顔をしていたが、その目は怒りが宿っていた
千草の口が開こうとして、ふと考え込む
そして、祥吾を見上げて
「この子の――」
不意に祥吾は、
「待った、まさか名前をつけようとしてるのではあるまいな?」
「だめでしょうか」
「ちょっと待て
状況が分かってからだ」
不服げな千草の顔を見ながら
この先に待ち受ける厄介ごとの数々が浮かんできて
祥吾は大きなため息をついた
残りの三方についても
森の先には大地が続き、
人が生活している証拠となる
道、城壁、砦などを視認できた
地形や自然環境、建物については、それぞれに違いがあり
おそらく、違った文化が育まれているのではないかと思われた
「旦那様!」
千草の目が、はやくボールを投げてくれといわんばかりの
子犬の目になっているのに気づいて、大きくため息をつく
「だめだ、今日は上空偵察だけだ」
千草から顔をそらしながらきっぱりと言う
今、千草の顔はものすごくしょんぼりしているだろう
そんな顔は見たくない
つくづく俺は千草に甘いなと思う祥吾だった
「そうじゃ、そろそろ帰ろうではないか」
手元で、神爺が祥吾に賛同する
「わし、今日すごくがんばったじゃろう」
「頑張ったのはアズキだろ」
「わしが、おぬしの指示を、正確にアズキに伝えたればこそ
うまくいったのだぞ」
「わかったわかった」
自慢げに言う神爺に苦笑いを返す
「それでじゃな
これだけがんばったわしに、褒美の一つも…… な」
「褒美?」
「うむ、前のように晩酌をつけてくれぬかのう」
晩酌という言葉に、千草がピクッと反応する
「ばんしゃく~う」
異様な声に千草を見ると、両手で頭を抱えている
「ど、どうした、千草!」
「この前みた悪夢を思い出したのです
私がお酒に酔ってしまって
あろうことか、あろうことか
あああ……」
「落ち着け千草、夢だ、夢なんだ」
取り乱す千草をなだめるために、抱きかかえようと
手を伸ばす祥吾
「えっ?」
不意にすぐそばで間の抜けた声がした
声の主を見ると神爺だった
「えっ?」
祥吾も同じく間の抜けた声を出す
神爺は祥吾のすぐ先にいた
戸板のない空間に
一瞬顔を見合わす二人
刹那、神爺の姿が消える
声もまた
「えええええ……」
千草に伸ばした手は神爺をつかんでいた手だった
今度は千草と二人で顔を見合わす
千草に声をかけようとした瞬間だった
「――ッ!」
声になる前の叫びは、突如として消失した体の重さによって喉の奥に張り付いた。
世界が、上下を失った
祥吾の体がアズキの巨大な足の平から戸板ごと浮く
「きゃっ!」
千草が小さく悲鳴をあげる
アズキが急降下し始めたのだ
祥吾も千草も、そして戸板も
前方へ押し出された
普通なら、そのまま空中へ放り出されてもおかしくなかった
だが、アズキは前方に爪を出し、それを防いだ
その爪の隙間から眼下の景色が凄まじい速度で拡大し迫ってくる
それでも祥吾は恐怖を覚えなかった
千草を見る
不敵な笑みで見返してくる
貞淑な妻の顔ではなく
学者(?)としての矜持を持った者の顔
それを複雑な思いで見ながら祥吾は言った
「降りたら神爺を探すぞ」
「はいっ」
大地に降り立つときも
アズキは祥吾たちへの衝撃が弱まるよう
速度を落とした
そのせいで周りは、羽根の風圧で木々が倒れ
惨憺たる状況になっていた
祥吾は自分の方に首を下ろしてきたアズキの頭を
軽く撫でて言った
「ありがとう
助かったよ」
アズキは嬉しそうにグルルと喉を鳴らした
千草は、アズキに頬を寄せ優しく首を撫でてやっていた
「さて、神爺はどこに落ちたのか
アズキ、分かるか?」
アズキは首を上げ辺りを見回す
しばらく巡らせていた首が、ピタリと止まった
そのまま、その方向に歩き出す
倒れた木々も、倒れていない木々もお構いなく
蹂躙していく
改めて、アズキは理不尽なほどの強者であることを思い出させる
アズキの動きが止まる
後を追っていた、祥吾と千草は
アズキが止まった前方に、巨大な大木があるのを見た
その根元に小さな穴が空いていた
そこから、声が聞こえる
覗いてみると、神爺がいた
しかし、そこにいたのは神爺だけでなかった
「これは……」
「まあ、かわいらしい」
二人の反応は違っていた
祥吾は、驚きと共に厄介ごとの予感を感じていた
千草は、純粋な驚きと少しの怒りを滲ませていた
そこにいたのは、神爺を両手で掴み頬を寄せて
幸せそうな顔をして眠っている少女だった
10歳前後だろうか、幼いその顔は、
驚くほど整っていたが、まだ美しさよりかわいさが上回っていた
ただ、その顔も、そして、肌が露出した部分も数知れない傷や痣があった
しかも、その年の子どもの愛らしさにありがちなふくよかさはなく
骨と皮だけといってもいいほどで、痛ましさを感じさせた
先に動いたのは千草だった
少女に近づくと彼女を穴から出した
「助かったぞ奥方
この子につかまって
離してくれんのじゃ」
神爺がぶつぶつ文句を言っていたが
千草は聞いていなかった
少女の顔をタオルで拭き
顔や腕についた傷や痣を指で撫でた
千草は優しい顔をしていたが、その目は怒りが宿っていた
千草の口が開こうとして、ふと考え込む
そして、祥吾を見上げて
「この子の――」
不意に祥吾は、
「待った、まさか名前をつけようとしてるのではあるまいな?」
「だめでしょうか」
「ちょっと待て
状況が分かってからだ」
不服げな千草の顔を見ながら
この先に待ち受ける厄介ごとの数々が浮かんできて
祥吾は大きなため息をついた
